第25話 正義の味方、武器屋へ行く
異世界生活二十二日目。
俺は早朝のジョギングを終えて家に戻ると、リリーがリビングで朝食を食べているところだった。
恰好は昨日の夜に研究室に消えていったときと同じものだから、また研究室で夜を明かしたんだろう。
こいつに自室は必要ないかもしれないな。
湧いているお湯で茶を入れてテーブルにつく。
別に茶が嫌いというわけではないのだが、コーヒーが飲みたくなる。
しかもこの茶葉はチャノキからとれるお茶の葉ではなく、この世界独自のエルバという植物の葉もので味も違う。
熊笹や柿の葉を煮出す野草茶に似ているかもしれない。
他にも炒った麦を煮出す麦茶もあり、こちらは俺たちにも馴染み深い味で、水出しよりも深い香りと旨味は逆に新鮮だった。
飲料がコンビニや自販機で手軽に買える地球と異なり、こちらの世界で安易に飲める飲料は酒かお茶しかないのだ。
朝は昨日買っておいたパンと昨晩の残りのスープを食べることが多い。
そのままでは堅い黒パンを温めたスープにつけてふやかしながら食べる。
黒パンに悪いイメージがありがちだが、保存は効くし、栄養も白パンに比べて豊富だ。
まあ、そのままでは少々食べにくいのが欠点だが。
「今日の予定は?」
俺が黒パンを食べているとリリーが尋ねてきた。
基本俺たちは自由行動で協調性はないに等しいが、同居している身でもあるため互いの予定は把握するように努めている。
「あの姉妹と買い物だ。本来であれば昨日行く予定だったんだがな」
結局昨日は死体を回収して簡単に調書を取られて潰れてしまい、解放されたのは日が暮れてしまってからだった。
地球では問題ない時刻でも、こちらは明かりが豊富でない世界のため日が暮れると店じまいするところが多い。
そのため二人との約束が今日にずれ込んだわけである。
「そしてそのまましっぽりってわけね。二人を相手にだなんて卑猥だわ」
「お前の発言はどこかおっさん臭いぞ」
「それにしてもあなたイベント続きで楽しそうじゃない」
「あれが楽しそうに見えたか?どう見ても厄介事じゃねーか」
メリアとタリア姉妹を抜きにしても、バラバラ死体やら冒険者ギルド長やら司法官やら、どうみても厄介ごとに巻き込まれるフラグが立っているようにしか見えない。
「正義の味方の宿命じゃないの、トラブル体質は」
「正義の味方は休業中のはずなんだがな」
正直言ってこっちの世界でまで正義の味方なんてやりたくはないし、よそ者の俺にその権利も義務もないだろう。
「関わり合いになるのが嫌なら、見ぬふり知らぬふりをすることね。……まあ、あなたにそんなことができるとは思えないけど」
否定できないのが悩ましい。
困っている人がいるなら助けてしまうし、助けを求められたらそれに応えようとしてしまう。
考えるより先に体が動いてしまうだろう。
これは俺が善人だというわけではない。
いわば職業病といってもいいだろう。
この職業病は正義の味方に自己犠牲の精神を刷り込み、自己保存を希薄にさせて俺たち自身を死に至らしめるほど根深いものだ。
自ら選んで正義の味方になったとはいえ、自己犠牲を強要されているようであまり気分のいいものではない。
俺自身の正義を望む思いが、悪を憎む気持ちがまやかしであるようで、気持ち悪い。
俺はそんな思いを誤魔化すように話題を変えた。
「そういう自分はなにしてたんだ?」
「魔法の実験と魔石の活用方法の模索ね」
最近のリリーは魔法にご執心だ。
彼女にとって魔法は謎多いものだから当然と言えば当然だろう。
「そもそも魔石とは何かってことよ」
頼んでもいないのに唐突にリリーの講習が始まった。
いつもの事なので俺は黙って拝聴することにする。
経験上、何を言っても無駄だと知っているからだ。
「色々と文献を調べてみたんだけど、魔石とはマナが結晶化したもの、と言えるかもしれないわね。いうなれば乾電池みたいなものよ。これが魔力の塊であり、これをリソースにして魔法を発動できるわけ。通常、魔法使いは周囲の大気中に存在するマナを集めて魔法を発動させるのよ。生物が酸素を吸収するみたいにね。だけどそうなると大きな魔法を発動させるのに必要な魔力は賄えないから、あらかじめ体内に蓄えた魔力や、魔石に蓄えた魔力を使うようね」
「ってことは人間にも魔石があるのか?」
リリーの言葉にちょっとした疑問が生じ、言葉を挟む。
魔物の体内に魔石が作られるのだから、人間であっても同じこと、なのだろうか?
「ええ、ただこれも個人差があるみたいね。強力な魔法使いになると大きな魔石が体内に形成されるらしいし、魔法使いとして大成するために体の中に魔石を埋め込む人間もいるらしいわよ」
「こっちの世界の改造人間か」
自分も改造人間であるため、どこか親近感を抱く。
まあ、全然規模もクオリティも違うんだが。
「魔石の中の魔力は一度使っても時間経過と共に魔力を再び溜め込むことができるみたいね。しかもその大きさに応じて蓄える魔力の量が変化するから、大きな魔石ほど重畳されるようね。そして魔石は生物の中で育つことが多いけど、地中で形成されることもあるみたい。その魔石が魔物化するとダンジョンになるそうよ」
「この世界にはダンジョンもあるのか?」
ファンタジーにテンプレともいうべき存在に俺は声を上げる。
ダンジョンって……ファンタジーにすぎるだろう。
「ええ、しかもダンジョンそのものが魔物扱いね。ダンジョンコアとなった魔石を守るために防衛本能が働いて複雑なダンジョンを形成し、効率よくエネルギーを吸収するために人間を引き寄せる餌をダンジョン内に設置し、魔物に襲わせて吸収するようね」
「魔物とダンジョンは共生関係というわけか……もう訳分からないな、この世界」
まったくもって俺の理解は追いつかないが、リリーは嬉々とした表情だ。
「本当、この世界は面白すぎるわね」
自分の常識の全く通用しない未知の世界に立たされて、不安を抱くか、好奇心を抱くかは人それぞれということか。
知識欲の権化と言うべきリリーは当然の如く後者だ。
「……それで魔法はなんなのかわかったのか?」
俺の問いにリリーは首を横に振る。
「色々と実験した結果、魔法とは何なのか分からないことが分かったわ。マナがどんなふうに作用しているか、どんな機器を使っても観測できなかったのよ。――でも分かったこともあるわ」
どこか誇らしげにリリーは笑みを浮かべた。
「例えば水属性魔法と呼ばれるものには、大別して手元にある水を操る魔法と何もない空間から水を作り出す魔法の二種類あるらしいの。でも私は本来魔法自体には、操る魔法と作り出す魔法といった区別はなくて、魔法はマナで周辺の元素を動かす力のことを指すのではないかと仮定したわけ」
なかなか理解しにくいがなんとかまとめてみる。
「ええと、つまり何もない空間から水を作り出したんではなく、空気中の水蒸気を集めて水を作ったと?」
「その方が自然じゃない?そこで実証実験をしたのよ」
そう言ってリリーはタブレットに一つの動画を表示させた。
真空ポンプにつながれたガラス容器と、その中にある先日見せてくれた魔法の発動装置だ。
ガラス容器につながった圧力計の数値から、中が真空であることがわかる。
「真空状態の環境下において魔法がどのように発動するか実験してみたんだけど…結果から言うと魔法の発動に必要な元素がなくても発動できたのよ」
リリーが動画を再生すると、真空のはずのガラス容器の中で水球が生まれた。
リリーの仮説が合っているなら、水分子が存在しない真空状態で魔法は発動しないはずである。
「つまり仮説が間違っていた?」
「いえ、半分は合っていたというところかしら」
「半分?」
「魔法の発動に環境が不十分な場合、無理やり発動させることもできるみたいなの」
「無理やり?」
「真空状態では文字通りなにもないから、本来であれば水も火も生じ得ないわよね?でも魔法を発動させることができた。つまり魔法の発動に必要な水素や酸素などをどこからか持ってきたのかという話になる。……そこで空間魔法の出番よ」
「空間魔法?」
転移門や魔法袋に使われているというアレか。
地球の科学力をもってしてもどうなっているのか見当もつかない謎技術だ。
「マナは空間の隔たりに関係なく作用する特性があるんじゃないかと私は推察するわ」
そこまで聞いて、俺はリリーの言わんとすることを察した。
「つまりそれって空間転移を小規模ながら起こしているってことか?」
「ええ、魔法の発動に必要な元素や分子が不足している場合は、他の空間から呼び出して無理やり魔法を完成させるみたい。ただその場合は、必要な元素が足りている場合よりも多くの魔力を食うみたいね」
「つまり魔法とは、マナによって起こされる現象全般を指すもので、マナは空間の隔たりに関係なく分子や原子を動かす作用をもたらす、ってことか」
「そういうことね」
「……マナってものがさっぱりわかんなくなったな」
「それを言っちゃあおしまいよ。人智の到底至らぬものとしておくしかないわね」
要するにあれだ。
都合のいいマクガフィン、なんでもありの機械仕掛けの神ってことだ。
「それで今日はどうする?買い物に付き合うか?」
一応誘ってみるが、リリーは案の定首を横に振った。
「デートのお邪魔はしないわよ」
「その本音は?」
「今、研究がいいところなのよ」
「まあ、そんなことだろうと思った」
彼女は俺に気を使った、というわけではなく、ただ単に研究を続けたかっただけだろう。
「色々試してみたいこともあるし……とりあえずは魔石を利用して何か作れないか試してみるわ」
「そうか、じゃあ行ってくる」
「……まさかと思うけど、強化外骨格を着ていくつもり?」
俺はそのつもりだったが、どうにもまずかったらしい。
「街の中だけでしょ?街の中で完全武装は流石にどうかと思うわよ?」
確かに俺は改造手術のおかげで、人間相手なら強化外骨格なしでも十分対応できるはずだから、強化外骨格は必要ではない。
俺が常に強化外骨格を着ている理由は、ただそれが習慣だからだ。
考えてみれば、四六時中鎧を着ているなんて怪しい人間だよな。
「ただでさえすでに目立ってるんだから気をつけなさいよ」
ああ、うん。俺が言うのもなんだが、その発言はブーメランだと思うぞ。
リリーは魔導書を買い漁ったため、魔導士ギルドに目をつけられているという話を商人のマーカスから聞いている。
ただ変な人間がいるという程度なので静観しているが、悪い意味で目をつけられてしまわないようにそのうち対処しなくてはいけないかもしれない。
「それにデートなんだから、服装ぐらい気をつけないと女の子に幻滅されるわよ」
「いや、デートじゃねぇよ」
* * *
この世界、実は時計がある。
もちろん機械式時計ではなく、魔石を利用した魔道具であり、比較的リーズナブルに普及している。
魔法で何でもありだな。ファンタジー万歳。
こちらの世界では一日を十二等分する定時法が使われており、基本的に日の出から一日が始まるとされている。
魔石を利用した時計は正確な時刻を知ることができるものではないのだが、ある程度の時間を知ることができる。
時計は一つの針がある円盤型で、一日かけて一周するもので、文字盤は全部で十二に分かれており、針の位置で大体の時間を知ることができる。
こちらの時計に慣れていない身としては読むのが少々難解ではあるものの、それでも時計があるとないとでは一日の活動予定を組み易くなるし、なにより時間指定で待ち合わせも可能になるのは大きな違いだ。
五分前行動を常とする日本人的習慣の染みついた俺は、約束の時間の少し前に待ち合わせた広場に到着した。
広場を見渡すが、今のところあの姉妹はまだ来ていないようだった。
こちらの世界の人間の時間の概念は緩い。
先程も述べた通り、こちらの時計では一分一秒まで分からないためだ。
そのため時間を約束しても約三〇分程度遅刻しても問題ないらしい。
だから俺もそれなりに待つことを覚悟していたのだが、思いのほか早くメリアがやって来るのが見えた。
彼女は俺の姿を見止めると、駆け足でやってきた。
「すみません、待ちましたか?」
「いや、さっき来たところだ」
……ん?なんだこのやりとり。
凄い、デートっぽいな。
まあ、そんなものは幻想だ。
メリアが普段着で、ちょっとおめかししていても断じてデートなんかではない。
武器屋に行くのがデートなわけがない。
「ところでタリアはどうした?」
待ち合わせ場所に来たのはメリア一人で、タリアの姿はなかった。
「なんだか用事があるとかで……」
「そうか、昨日面倒事に付き合わせたお詫びも兼ねて食事でも奢ろうかと思ったんだがな……。仕方ない、タリアはまたの機会ということにしておくか。早速で悪いが、武器屋に案内でしてもらえるか?」
「そうですね、行きましょうか」
武器屋へと行く道すがらメリアと言葉を交わす。
「そういえば、今日は魔導鎧を着ていないんですね」
「街中だからな。そう言うメリアだって私服じゃないか」
上はワンピースと体にぴったりとしたボディス、下はひざ下までの長さのスカートで、ドイツの民族衣装のディアンドルに似ている。
町娘に多く見られる恰好で別段珍しい服装ではないが、先日の革鎧の冒険者風の恰好とはまた違った年相応の少女らしい雰囲気を漂わせている。
……腰からぶら下がる短剣は余計な気がするが、冒険者である彼女には必須のアイテムなのだろう。
「私は普段の服でいいっていったんですけど、タリアがこれを着ていけとうるさくて」
メリアは若干邪魔そうにスカートを振って見せた。
彼女はあまりスカートに慣れていないようで、歩きづらそうだ。
「でも似合ってるし、可愛いと思うぞ」
「そ、そうですか、ありがとうございます」
メリアは少し顔を赤らめてはにかんだ。
* * *
メリアと会話しつつしばらく歩くと、鍛冶屋が多く立ち並ぶ一角にたどり着いた。
騒音や、排水、火災などの危険の観点からこういった鍛冶屋はある程度固まって区画が整備されているらしい。
日用雑貨を買うために何度かここへは来たことがあったが、包丁や鍋といった日用品の鍛冶製品と、剣や盾、鎧といった武器などは別々の鍛冶屋が受け持つのが常のため、俺は武器を扱う鍛冶屋に立ち寄ったことはなかったのだ。
なにせ俺には強化外骨格とそれに付随する装備品があるし、盗賊のところで手に入れた大剣もあるので、武器には不自由してなかったから武器屋には来る必要性がなかったからだ。
武器屋と言えばファンタジーの醍醐味だというのにすっかり失念していた。
メリアの目的地である鍛冶屋もここにあるらしかった。
「このお店ですよ」
メリアが指す店を見ると比較的大きな店が目に入った。
表に掲げられた看板には”火神の大槌”という文字がある。たぶんこれがこの店の名前だろう。
店の前には甲冑が立っている。
ケーキ屋の女の子の人形とか、フライドチキン屋の創始者の人形みたいにマスコットなのだろうか?
入り口をくぐると見えてきたのは所狭しと陳列された剣や盾、その他様々な武器の数々だった。
まさに圧巻だ。
もしここで地震に遭えば、武器の雪崩に巻き込まれて生還するのは困難を極めるだろう。
「なんだ、メリア。今日は男連れか?」
馬鹿でかい髭面の男がカウンターの奥で意地の悪い笑みを浮かべていた。
体格と毛深い様子も相まって熊みたいな男だ。
彼は俺を見ると、なにかに気付いたように目を細めた。
「見ない顔だな……もしかして”灰色騎士”か?」
「……この街に来てからそう呼ばれてるな」
「今日は魔導鎧は着てないのか。噂の魔導鎧を拝みたかったんだがな」
彼はあからさまに残念そうにする。
別に俺が悪いわけではないはずだが、少し罪悪感を感じてしまうのはなぜだ。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はこの店”火神の大槌”の店主、オズワルド・ドッティだ」
そう言ってオズワルドは丸太のような腕をカウンター越しに伸ばしてきた。
拒否する理由もないので手を取り、握手する。
うわ、見た目どおり力も強いな。
「知ってるようだが、”灰色騎士”なんて呼ばれてる六級冒険者、アッシュだ」
握手を終えるとオズワルドは面白そうに俺を見た。
「噂通りの化け物だな。それなりに力を込めたのに顔色を変えなかったのはお前と冒険者ギルド長ぐらいなもんだぜ」
何気に俺を試していたのか。
ってかなにしやがる。俺じゃなかったら結構やばいくらいに力が入ってたぞ。
「見た目はそんなに大きくないのに、タフな野郎だ。気に入ったぜ」
「そうかい。まあ、それはいいとして、今日はあんたとおしゃべりしに来たわけじゃないんだが」
「おお、すまないな。今日は何を買いに来たんだ?少なくとも防具じゃあないだろうが」
強化外骨格を持つ俺が防具を買う必要はないのは、先刻承知だろう。
「私の持ってる投擲器と同じやつが欲しいんですって」
ちょっと影が薄くなっていたメリアが告げると、オズワルドは訝しげに眉をひそめた。
「投擲器なんて何に使うんだ?投擲器を使うような依頼は初心者や、小遣い稼ぎ向けだぞ。大型の魔物には投擲器なんて用をなさないし、お前ほどの男なら投擲器を使うような依頼を受ける必要なんてないだろ」
「遠距離から攻撃する手段が欲しくてな」
「別に欲しいというなら売るが、お前さんほどの腕力があるのなら石を投げても同じようなもんだろ」
そう言われると言い返せないな。
実際、投石でそこそこの成果は出せるだろうし。
でも自分で投げると狙いを付けづらいんだよな。
「それに投石機を使うくらいなら弓のほうがいいんじゃねーか?お前さんならかなりの強弓を使えるだろ」
弓はその張力で威力が決まってくる。
弓道の男子の弓はせいぜい18kgNで、ハンティング用だと45KgNはないと弱いそうだ。
歴史の中には十人がかりでないと弦を張れないような”十人張り”なんていう強弓を使った猛者もいるという。
”十人張り”が誇張だとしても、強化外骨格で常人の何倍もの力を発揮できる俺ならばかなりの強弓を使えるだろう。
問題は俺に弓を扱った経験がないことだ。
「いや、俺は弓を使ったことがないから無理だな」
西洋弓と和弓では矢の番え方が違うし、きちんとした所作で使わないと弦が腕に当たったりするし、余計な力を使うことになる。
いくらなんでも一朝一夕で弓を使えるようにはならないだろう。
そしてなにより大剣を背負っているのに更に弓を持つというのは、正直嵩張りすぎだ。
「あの……投擲機の砂蚯蚓の革を何重にもしたら結構な威力にはならないんですか?」
横からナイスアシストを決めたのはメリアだ。
「そいつは名案だな。確かにそうすれば威力は増すだろうし、張力が強くなっても”灰色騎士”なら引けるだろうしな」
メリアの発言に俄然オズワルドがやる気になりだした。
「確かお前さんは十八ロドス(約二五〇キログラム)はある斑狼を担いで持ち帰ったらしいな。なら通常の五倍の張力にしてもいけるな?」
情報がダダ漏れだ。
これでいいのか冒険者ギルド。
まあ、個人情報保護なんて概念のない世界だし、仕方のないことなのかもしれないが。
「張力を強くするとなると、基部も頑丈にしないといけないな……そうだな、三日ほど時間をくれ。値段はそうだな大銀貨五枚(約二万五千円)でどうだ?」
普通の投擲機の五倍の張力だから値段も五倍か。わかりやすくていいな。
俺は腰に結わえた革袋の中から大銀貨を五枚出して彼に手渡した。
「大銀貨五枚、確かに頂戴した。じゃあ三日後までに仕上げておくから受け取りに来てくれ。……ところで話は変わるが、ちょっとそいつを見せてくれないか?」
そう言ってオズワルドはちょいちょいと俺の背にある大剣を指した。
「これがどうかしたか?」
「こいつはどこで手に入れた?」
「そいつは盗賊のアジトを潰した時の戦利品だよ」
俺の言葉を聞いてオズワルドはどこか納得したような顔をした。
「盗賊がこいつをねぇ、お前さんはこいつが何か知ってるのか?」
「いや、他の剣とは質が違って良さげだったから使ってるだけだ」
「無知でも物を見る目はあるのか。……こいつはアダマンタイトの大剣だ。こいつだけで大金貨十枚(約二百万円)は下らないぜ」
「アダマンタイトだったのか」
リリーが未知の金属だと言っていたので大方こちら特有の金属だろうとは思っていたがアダマンタイトだったとは。
アダマンタイトと聞いてメリアは興味深そうに大剣を横から覗き込んできた。
やはりこちらでも有名な金属なのだろう。
現在ではゲームや創作物の中で、空想上の非常に硬い金属の名称としても使われているが、本来、アダマンタイト、正しくはアダマントはギリシア語の「征服されない」という語に由来する語で、ダイヤモンドや鋼鉄など非常に硬い物質を指すものに用いられていた語だ。
またアダマントは中世においてラテン語から由来する語から転じて磁石を意味するようにもなったりしていて、かの「ガリバー旅行記」では空中都市ラピュタを浮かばせる磁石の素材としてアダマントの名が出てくる。
とはいえ空想上の金属だと聞いても俺はそんなにミーハーじゃないし、どっかの誰かみたいに探求心豊かじゃないんでね。へーそうなんだ、という感じだ。
俺の反応が薄いことに彼はつまらなそうにした。
「反応が薄いな。剣を持つ者は誰しも涎を垂らして欲しがる逸品だぞ?」
「斬れれば鉄だろうとアダマンタイトだろうと何でもいいさ。欲しいなら売るぞ」
価値があるものだとは理解したが、俺は別にこれでないといけない理由も、これにこだわる必要もない。
むしろこのアダマンタイトの大剣は質が良くてもデカくて重いので、ちょっと邪魔だったりする。
「腕の立つ剣士は使う剣を選ばないってか?大した野郎だ。折角の申し出だが、俺は剣は使わねぇし、並の人間じゃこんな大剣持つことすらできねぇよ。つーことで、いらん」
まあ、そんな気はしていた。
俺は改造手術を受けているため普通に使うことができるが、普通の奴なら持つだけでやっとの重さだろう。
「そいつの手入れをしたいときは俺のところに持ってこい。他の奴には荷が重いだろうぜ」
この大剣の重さを掛けているのか?
確かにこの熊みたいな大男ならこの大剣を持つことはできるだろうから手入れも簡単だろうけど。
「まあ、そのときはあんたに頼むよ。じゃあ三日後にまた来る」
俺はそう告げると大剣を背負い直し、メリアと共に店を出た。
* * *
”火神の大槌”を出ると、俺は周囲を見渡した。
鍛冶屋街のメインストリートを人が行き交い、活気の良い喧噪に包まれている。
「どうかしたんですか?」
周囲を伺う俺の様子に、メリアはどこか不思議そうに俺を見た。
「尾行されてるな」
ずっと気になっていた気配があるのだ。
……まあ、その相手は大方想像はついているのだが。
「尾行、ですか?」
メリアも周囲を見渡すが、分からないようだ。
俺は道端で小石を拾うと、気配のあるほうに向かって軽く投げた。
別に攻撃ではない。あくまで知っているぞという意思表示だ。
俺の意図を察したように、物陰から一人の人物が出てきた。
「見つかっちゃいましたかー」
そう言ってバツが悪そうに出てきたのはタリアだ。
「タリア、なにしてんの?」
メリアは驚いたように声を上げた。
どうやら気付いていなかったようだ。
まさかとは思ったが、タリアもリリーと同じように要らない気を回していたのか。
色恋事に疎そうな姉に気を遣って俺と二人きりにし、そして事の次第を遠くから見守り、もとい出歯亀していたと。
だがタリアのささやかな気配りは、生憎のことながらメリアに全く伝わっていなかったようだ。
なんにせよ、健気な妹の配慮を無下にしないように俺は助け舟を出すことにする。
「奇遇だな、こんなところで会うなんて。用事は済んだのか?」
「え?ああ、うん!そうなのよ!用事が済んだところでお姉ちゃん達が見えたからついてきたのよ!」
俺の意図に気付いたタリアは無難に会話を合わせた。
まだ若干メリアは疑い深い目でタリアを見ていたので、話を逸らすべく俺は口を開いた。
「なんにせよ丁度良かった。先日、面倒事に巻き込んだお詫びに俺が二人に昼飯を奢るぞ」
「え、本当ですか。やったー」
「……なんだかすみません」
メリアはどこか申し訳なさそうにしていたが、タリアはノリノリだ。
やや姦しいがタリアがいてくれて助かった。
こういうことに不慣れな俺やメリアだけだったらお通夜になりかねない。
「じゃあ、私がいいお店知ってるんで、案内しますね」
タリアはそう言うと早速俺とメリアの腕をとって歩き始めた。
なんか俺、異世界を満喫してないか?
地球で”正義の味方”をやってたときなんて、女の子と食事なんてしたことなかったぞ。
ああ、俺、地球に帰りたくないな。
そのときちょっと嫌な感じがしてそっと頭上に目を凝らすと、小さな影が雲の合間に見えた。
……ああ、うん。十中八九、ドローンだ。
これはあいつ、見てやがったな。後で絶対からかわれるパターンだ。