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第23話 冒険者姉妹、灰色騎士と遭遇す

 茂みに隠れ、息を潜める。

 

 五ルドネ(約十メートル)ほど先に、茶色の動物が何羽か群れているのがわかる。

 羽ウサギだ。


 羽ウサギは特に害のある魔物ではないが、繁殖力が強く森から出てきて畑を荒らしたり、凶暴化して子供を襲うことがあるので定期的に討伐依頼に上がる魔物だった。

 さらにその皮と肉はそこそこ質が良いので、売ればそれなりの金になるのが良い。


 問題は耳が良いためなかなか近づけないことと、飛んで逃げるということだろう。


 すぐそばにいる妹のタリアに声を出さずに手信号で、タリアが左の羽ウサギを私が右の羽ウサギをように指示を出す。


 タリアはそれを頷くことで了承し、投擲機を構えて矢を番える。

 私も矢筒から矢を一本抜き、投擲機に番え、狙いを澄まして投擲機のゴムを引き伸ばす。


 そのとき、羽ウサギの一匹が何かに気付いたように耳を立てて周囲を警戒した。

 でももう遅い。


 タリアが矢を放ち、それと同時に私も矢を射った。

 五ルドネ程度の距離を外すほど未熟な腕はしていない。


 私たちが放った二本の矢は、見事に羽ウサギを捕らえていた。


「これで依頼の数は集め終わったわね、タリア」


 私達は確保した羽ウサギの血抜きを済ませ、羽ウサギの耳を縄で括って担ぎ上げた。

 これで獲った羽ウサギの数は八羽。

 一日の稼ぎとしては十分だし、今日はちょっと奮発してお酒も飲めるかもしれない。

 そう思うと頬が綻ぶが、タリアはどこか険しい顔をして、鋭い視線を周囲に向けた。

 のほほんとしている見掛けに反して、タリアは気配の察知能力が高い。


 きっと何かに気付いたのだろうと、私もタリアに倣って耳を澄ませると確かに微かな物音が聞こえてきた。


「近くに何かいるみたい」

「魔物かな?」

「どーかな?」

「一応確かめてみる?それでやばそうなら引き返せばいいし」

「それでいいよ~」


 タリアの了承を得ると、私は音のするほうへと足を向けた。



 * * *



 物音の発生源に近づいた私達は身を屈めて茂みに隠れ、息を潜めつつ様子を窺うと、灰色の騎士が切り株に腰掛け呑気にパンを食べているのが見えた。


「なにかな、あれ?」

「さあ」


 道に迷った騎士……には見えない。

 旅の途中で道に迷ったのならあからさまに呑気だし、傍らに置く大剣と袋がひとつしか荷物がないというのもおかしい。

 騎士なら一人ではなく従者を数人連れているだろうし、単独では行動しないだろう。



 盗賊の類でもないだろう。

 盗賊の中には囮役を用意して、不用意に近づいた通行人や冒険者を襲う輩もいるというが、あんな警戒してくれといわんばかりの囮役はない。

 それにあんなご大層な鎧を着る盗賊もいないだろう。


 そもそもこの森の中で全身鎧を着ているなんて正気の沙汰ではない。

 全部が金属で出来た鎧は動きが悪くなるし、音も出てしまうので、素早く静かに動くことが優先される森の中での活動には不向きだからだ。

 オジェクの騎兵団でも森の中での活動のときは全身鎧では着用せず、部分鎧を着用するものだ。


 大軍で戦略行動をとるときならまだしも、一人で活動するときには尚一層全身鎧などは使わないものだ。


 そうなると考えられるのは冒険者だ。


 偶に馬鹿貴族のボンボンが社会勉強だといって冒険者登録にやってくることがあるけれど、大抵そういう馬鹿は家に伝わる大層な全身鎧を身に纏っている。

 実戦をまったく知らないが故の所業であり、そういう奴は数日もしないうちにいなくなる。

 

 依頼を受けている途中に死ぬ場合もあるし、馬鹿をやっていることが実家に知れて連れ戻される場合もある。

 稀有な例だが、実戦を経験してから自分の愚かさに気付いて軽装備に換える場合もある。


 その他にも一級冒険者の盾役が全身鎧を着ることもあるらしい。

 全身鎧を着ていれば目立つので攻撃を集めやすく、攻撃が集中するために防御を固める必要があるからだ。

 さらに一級冒険者にもなると人間離れした身体能力を持つ人間がおり、重装鎧を着ていても身軽に動く冒険者もいるというのだから恐ろしくもある。


 問題は目の前の灰色騎士が底抜けの馬鹿なのか、人間離れした猛者なのかはなんとも判別できないことだ。

 いずれにしても普通の人間ではないだろうし、関わったところで私たちに利益があるようには思えない。


 怪我をした冒険者だとか、道に迷った一般人なら恩を着せて金をせしめることもできたのだが、ああいう訳のわからない手合いにはあまり関わり合いにならない方が賢明だ。


「タリア、あいつには関わらないで帰ろう」


 予測不可能なものには近づかないのが冒険者として長生きする上での鉄則だ。

 そう判断してこの場を去ろうとするとしたが、タリアがぽつりと漏らした。


「お姉ちゃん、気付かれてるみたい」

「え?それ本当?」


 小声で問い返すが、タリアは頷いて返した。

 気配察知能力の高い羽ウサギに五ルドネまで近づけるほど、私たちの隠密能力は高い。

森の中で警戒心の強い獣を狩ってきたことによる賜物であり、上級の冒険者にも引けを取らないという自負もある。


 だが件の灰色騎士はいまだ呑気にパンに齧りついているが、その視線が私たちの方に向いていた。

 まるで私たちがそこにいることを知っているみたいだ。


 だが灰色騎士はなんの行動も起こさずに私たちのいる方に視線を向けるだけだ。


 タリアの気のせいじゃないのかと思いつつ、この後どうするか考えつつ息を潜めて灰色騎士を窺っていると、唐突に灰色騎士が立ち上がって私たちの方に一歩近づいた。


「そこの君たち、何か用か?」


 灰色騎士の言葉に私の心臓が跳ね上がった。

 完全にばれている。

 しかも私たちが複数であることまで分かっていたという事に、警戒の度合いを一段階上げることにする。


 とはいえばれてしまっているので変に逃げるよりも出て行った方が良策と判断して、私は茂みから体を出した。

 それから警戒されないように努めて明るく話しかける――右手はさりげなく剣にかけながら。


「騎士さんがこんなところでなにをしてるんです?」

「俺は騎士じゃない、冒険者だよ」


 彼は私たちが出て行ってもそのままの姿勢で、そばに置いてある大剣に触れることすらしない。

 私たちを警戒していないのか、それとも剣などなくても私たちの奇襲に対応できるという自信があるのかはわからない。


「それで君たちは何者だ?ずっと隠れてこっちを窺ってたみたいだが?」

「……見かけない人が森にいるからちょっと好奇心から窺ってただけ。私たちはただの冒険者よ」


 そう言って腰に結わえてある羽ウサギを見せた。


「なんだ、盗賊か何かかと思ったよ」


 そう言って彼は先ほど座っていた切り株のもとに戻って再び腰掛けた。

 彼はすっかり私たちを警戒しておらず、私たちを盗賊だと疑ってないことに胸を撫で下ろすが、私たちが身を隠して様子を窺っていたのは事実であり、盗賊の類と誤解されても仕方ないのは確かだ。


 彼が私たちを警戒していないのに、私が彼を警戒するのも変に感じて剣に掛けていた右手を密かに離した。

 これ以上彼に変な誤解を抱かせかねない行動はやめるべきだろう。


「誤解させてごめんなさい。私は五級冒険者のメリア、こっちが妹のタリアよ」

「俺はアッシュ、六級だ」


 六級冒険者が着るにしては分相応でない全身鎧だ。


 近くで見れば、それがただの金属鎧でないことがわかる。

 まず見た目からして変わっている。

 全体的にボリュームがあり、分厚い装甲で覆われているだろうことは予測できても、その動きに重さは感じない。

 装甲は金属にも、革にも見えない謎の素材で出来ており、見たことがない接合の仕方がされている。

 そして関節まで隙間なく装甲で覆われているのに、音もなく動く。

 というか、全身鎧につきものであるはずの動くときに音が鳴らない。


 正直言って、こんな鎧を私は見たことがない。

 もしかしてこれが噂で聞く魔導鎧なのだろうか。

 何れにせよ相当に高価な鎧のはずだ。

 こんなものを六級の冒険者が所持しているなんておかしすぎる。


 私の考えをよそに、彼の顔をじっと見ていたタリアが合点がいったように手を打った。


「もしかして、巷で噂の灰色騎士さんじゃないかな?」


 タリアの言葉に彼も頷いた。


「どんな噂かは知らないが、灰色騎士っていう異名はたぶん俺だな」


 二人の会話についていけてない私はタリアを窺った。


「灰色騎士?」

「お姉ちゃん、忘れたの?酒場で噂になってたでしょ?領主様の娘さんを助けただかで、景気のいい冒険者がいるって」


 ああ、そんな話もあったかもしれない。

 だけどすっかり忘れていた。


「盗賊を四十人相手して殺したとか、ドラゴンを倒したとか」

「いや、ドラゴンは遭ってないし、盗賊は二十人だったし、皆殺しにもしてないぞ」


 彼はやんわりと訂正するが、それでも六級冒険者の所業ではない。

 魔導鎧を着るような人間だけあるということか。


 無駄に警戒して損した気分だ。


「今日は一人なんですかー?確か黒き魔女も一緒とか聞いてたけど?」

「ああ、あいつは……しばらく使い物にならないな」


 彼は諦めにも似た悟りきった表情をしていた。

 黒い魔女になにがあったんだろうか。

 少し気になる。


「じゃあ一人で依頼受けてきたんですねー」

「そうなんだが……羽ウサギを狩りに来たのはいいが、飛び道具を用意するのを忘れて困ってたところだ。この大剣で狩れなくはないんだが、仕留めてもミンチになっちまうんだよな」


 ずいぶん間抜けな話だ。

 狩る魔物にあわせた武器を用意するのは冒険者の基本だろうに。


「六級なのに随分抜けてるんですねー」

「うん、まあ、冒険者になって一週間ほどしか経ってないしな」

「一週間で六級になったんですか?やっぱり噂は本当だったんですねー」


 タリアは人懐こい笑みを浮かべて彼と会話を続けている。

 大概の男はタリアのこの笑みに負ける。


 タリアは男受けがいい。

 愛想がいいこともさることながら、一番はその豊満な胸だろう。

 タリアはしょっちゅう男共に声を掛けられ、酒を奢ってもらったり、値引きしてもらったりしている。

 双子なのに扱いに私と差があることが若干気になるが、まあ可愛い妹なので嫉妬はしない。


 ……いや、その胸を少しだけ分けて欲しいと少しだけ嫉妬する。


 このアッシュとか言う灰色騎士もどうせタリアの揺れる乳に目が釘付けだろうと思っていると、彼はなぜか私を見ていた。

 え?私?

 ま、まあ、私も黙っていれば美人とか、残念美人とか言われる程度には容姿が整っている方だとは思うし、世の中にはタリアよりも私が好みだという男がいてもいいと思うけど。


「それはもしかして投擲道具か?」


 ああ、うん、わかってた。

 私がタリアより魅力的ではないのはわかっていたさ。

 でも私にもそういうのがあってもいいと思うんだ。


 彼は私の手にあった投擲器を見ていた。


「ちょっとそれ、見せてもらえないか?」

「……別にいいわよ」


 私はなんとも言えない気持ちになりつつも、彼に投擲器を手渡した。

 別に珍しくもない投擲器だ。

 街の武器屋などで安いものなら大銀貨一枚程度(約五千円)で売っている。

 私のはちょっと高いものだけど、それでも大銀貨二枚程度のものだ。

 そんなものを彼は珍しげに見ている。


「スリングショットみたいだな」


 ”すりんぐしょっと”なるものが何かはわからないけど、彼は似た物を知っているらしい。


「この部分って何から作られてるか知ってるか?」


 そう言って彼は引っ張り伸ばすゴムの部分を指した。


「確か砂蚯蚓すなみみずの皮だったはずだけど」

「なるほど、そういうものもあるのか」


 砂蚯蚓の皮なんて別に珍しい素材じゃないと思うんだけど、彼はどこか面白そうだ。


「これでどれぐらいの大きさの獣まで狩れる?」

「矢を使っても小型の獣や鳥がせいぜいね。中型以上になると威力が足りないわ。大抵、筋肉や骨に阻まれて深く刺さらないのよ」


 弓ほどかさばらず、狩りで重宝するのだが、如何せん威力が低いのが難点だ。

 砂蚯蚓の皮を幾重にも張れば威力は増せるが、そうなると私の力では引けなくなってしまう。

 痛し痒しといったところである。


「へー、ちょっと使ってみてもいいか?」

「いいわよ、じゃあこれを使って」


 私は頷いて腰の革袋に入っている石を彼に手渡した。


 狩りをするときは矢を使うけれど、試し射ちなら小石でも良いだろう。

 似たようなものを使ったことがあるのか、彼は投擲器に石を番えて構えてみている。


「なにか適当なものを狙って撃ってみて」

「そうだな、あの鳥にしてみるか」


 そう言って彼は近くの木にとまっていた鳥に狙いを定めた。

 あれはイヨドリだ。

 何の変哲もない鳥で、肉は少ないけどスープにすると美味しい。

 

 彼が狙いを定めている最中、イヨドリは不穏な空気を感じたのかとまっていた枝から飛び立った。


 飛んでいる鳥に当てるなんてまず不可能だ。

 投擲器から放たれた飛翔物は弓なりに飛ぶから、距離が開けば開くほど狙い通りの場所に当てるのは難しい。下から上のものを狙うときは尚更だ。

 更に鳥がどう飛ぶかなんて予測できないし、上空は地面付近と違う風が吹いているから余計に難しい。

 

 私たちでも鳥を狙うときは飛び立つ前を狙い、飛んでいる鳥を狙うことはしない。

 でも彼は未だにイヨドリを狙っていた。


「あれは流石に無理――」


 私が止めようとしたが、彼は気にせずに石を放った。

 石は勢いよく、まるでイヨドリに吸い込まれるように飛び――そして直撃した。


 翼が折れたのか、イヨドリはきりもみしながら地面へと落下する。


 私とタリアは言葉もなくそれを見ていることしかできなかった。


 イヨドリを射落とした彼はというと、平然と満足そうに投擲器を見て、それから私に問いかけてきた。


「いいな、これ。どこで売ってるんだ?」




 * * *




 異世界生活二十一日目。

 新居に引っ越してきてから、リリーは久しぶりに風呂に入れてご満悦だった。

 かく言う俺自身も久しぶりの風呂を堪能したわけだが。

 そしてリリーは念願の研究室に篭ってしまったので、俺一人で冒険者稼業に勤しむことにしたのだ。


 冒険者ギルドで適当な依頼を受けたのは良いものの、飛び道具がなくては狩りづらいものだとは想定していなかった。

 途方に暮れつつ、屋台で買ったパンで昼食を済ませていたところ、そこで冒険者であるメリアとタリアの姉妹と偶然出会い、こうして談笑しているわけだ。


 そんなさなか、着信音が響いた。

 主に俺の頭の中で。

 もちろん相手はリリーだ。


『なんか用か?』

『いまどこ?』

『依頼を受けて森の中だ』

『ああ、ドローンで位置を確認したわ。秘匿通信って案外遠くまで繋がるのね。あら、そばにいるのは誰?』

『ここで知り合った冒険者だ』

『女の子じゃない?ねえねえ、その子達って可愛い?』

『可愛い方じゃないか?』


 メリアもタリアも美人と形容していい部類だろう。

 双子なので二人は顔立ちが似ているが、性格の違いからか二人の印象は異なる。

 メリアは勝気でどこかきつめのクールビューティーといったところだが、タリアはふんわりとした癒し系のおっとり美人といった感じだ。

 年齢は十八歳らしいが、西洋系の顔立ちなので大人びて見える。


 ……俺より十歳も年下なのか。おじさん、歳を感じちゃうな。


 ちなみに姉のメリアはスレンダーなアスリートのような体型で、タリアはメリアよりも女性的な――有り体に言えば見事な胸をしている。

 なお、メリアは……ささやかであるとだけ表現しておく。


『あらやだ、お持ち帰り?事を致すんなら連れ込み宿に行ってよ?』

『しねーよ』

『私がいちゃ自慰も出来ないでしょ?色々と不便じゃない?それともあなたってもしかして……インポテンツ?まさかのゲイ?』

『どっちでもねーよ!』


 人をなんだと思ってるんだ、こいつは。

 けらけらと笑っていたリリーだったが、急に声のトーンを変えて真面目な口調で問うてきた。


『まあ、冗談抜きで……実際のところどうなのよ?改造手術で生殖機能を失ったとか?』


 確かに実験段階の改造手術を受けた初期の患者の中には、生殖機能を失った人間もいたという話は聞いたことがある。

 また、改造により生身の体の大部分を失ったことによって生殖機能がなくなった人間もいた。

 でも俺は一応大丈夫だ。


『いや、それは大丈夫なはずだ。検査の結果問題ないってことになってる。ただなぁ、”正義の味方”をやってると、下手に恋人もつくれないし、外聞からその手のお店も利用しづらいからな』

『ああ、悪の組織に弱みを利用されるってことね』

『そのとおり。それに”正義の味方”をやっていく上でハニートラップなんかに引っかからないように、そういう”欲”を抑える薬を投与されてたから、かなり性欲は減退してると思う』


 そういう欲がないわけではないが、それでも健康な成人男子に比べてかなり”賢者”だとは思う。


『こうして聞いていると、悪の組織よりよっぽどブラックよね。本来あるべき欲求を捻じ曲げているなんて』

『否定できないのが辛いな』


 俺は改造の末、睡眠欲、食欲、性欲の三大欲求が抑えることができる。

 果たして俺は本当に人間なのだろうか。


『というわけで、大人の遊びをしてきてもいいわよ』

『締めがそれかよ』


 俺は溜息を吐く。

 もちろん、俺はメリアとタリアの姉妹に対してそういう劣情は抱いていない。

 二人は可愛いと思うが、それだけだ。

 まあ、同業者として仲良くしておいた方がいいかもしれないが。

 

 リリーとの通信を終えると、気付けばメリアが俺の顔を覗きこんでいた。

 

「どうかしたんですか?」


 秘匿通信は声を発する必要がないとはいえ、周囲から見れば黙り込んでいるように見える。

 今後、そのあたり気をつける必要があるな。


「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。……それにしても済まないな、俺の用事に付き合わせちゃって」


 話しているうちに、二人にスリングショットを売っている店に案内してもらうことになったのだ。

 それで俺たちは狩りをやめて街へと戻っている最中である。


「いえ、私達はもう狩り終えましたから」

「それにどのみち矢を補充したかったしねー。それに今、街で噂の有名人とのコネが作れるならお安い御用ですよー」


 タリアの言葉になんとも複雑な気持ちになる。


「俺とのコネね、大したもんじゃないと思うが」

「そんなことないですよー、冒険者なんて仕事は、信頼できる仲間、強い仲間のコネがあってこそ生存率を高められるんです」


 確かにタリアの言う通りかもしれない。

 冒険者は命が掛かっている危険な職だ。

 命を預けるなら、信頼できる人間、強い人間に預けたいものだろう。

 そんな人間に関わりあう機会など稀有だろうし、そういう機会を無駄にせずに恩を売るのも大事なことなのかもしれなかった。


「それはそうと、こっちでいいのか?」


 タリアとメリアに付いて歩いているが、俺は適当に歩いてきたので道を覚えていない。

 オートマッピングをしているので俺は道に迷うことはないが、タリアとメリアはやっぱ憶えているんだろう。


「えーと、こっちが近道なんだよね。ちょっと分かりづらくて奥まっているけど穴場で、あんまり人がいなくて宿営にもおすすめなの」

「まあ、ここから街までそう遠くはないからここで宿営することなんて滅多にないけどね」


 メリアの言うとおり、ここから街まで一時間も距離はない。

 よほどの理由がないかぎり、街へ戻るほうが賢明だろう。


 少し急な勾配と鬱蒼と茂る草木をかいくぐりながら俺は二人の後に従って歩いていたが、唐突に先を行っていたタリアとメリアが歩みを止めた。

 訝しく思いながら二人に近づくと、彼女たちの前の光景が俺の目にも入り思わず息を呑む。


『……悪いが帰りは遅くなりそうだ』

『あら、やっぱりお持ち帰り?いたいけな乙女を二人も?卑猥だわぁ』


 残念ながらリリーの軽口に付き合える状況ではない。


『違う、そうじゃなくて―――目の前に死体が転がってる』


 死体くらい俺も見たことはある。

 だが辺りの地面を一面真っ赤に染めるほどの惨状はそう見たことはない。


「……ひどい」


 そう漏らしたのはタリアだったか、メリアだったか。

 だが俺もその意見には賛成だ。


 目の前には少なくとも複数人の人間のバラバラ死体が転がっていた。


登場人物

メリア 五級冒険者。双子の姉

タリア 五級冒険者。双子の妹


アッシュ 正義の味方

リリー  悪の組織の女幹部

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