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第22話 冒険者ギルド支部長、黙して語らず

 僕は思わず出そうになる欠伸をかみ殺す。

 会議が始まってからすでに数刻経ち、夜も更けてきている。


 僕は空腹を紛らわすために水の入ったコップを口に運ぶが、会議が始まったときはまだ冷たかった水もすっかり温くなってしまっている。


 それにしても自分がここにいるのが甚だ場違いに思えてならない。

 僕はそっと重厚なテーブルを囲むメンバーを見渡した。

 領主キーネン・クラウトス、領軍軍団長、商業ギルド支部長、鍛冶ギルド支部長支部長、冒険者ギルド支部長、魔導士ギルド支部長、その他若干名というそうそうたるメンバーが、厳かな領主の館の一室に集っている。


 今日は月に一度のオジェク領の定例会であり、オジェクの街を表と裏から取り仕切る人間たちが集まって領主様に対する報告と意見交換が行われていた。


 ではなぜ僕がこんな場にいるのか。

 なぜなら僕が、冒険者ギルドオジェク支部の支部長だからだ。


 ああ、なんで僕なんかがギルド支部長なんてやってるんだろう。

 いや理由は明白、前支部長に押し付けられたからだ。

 あの糞爺、面倒なことを押し付けやがって。

 その張本人はさっさと引退して、若い奥さんと王都に引っ越して行きやがった。


「・・・・・・以上で報告を終わります」


 前支部長に対する呪詛を心の中で吐いていると、冒険者ギルドの優秀な補佐官が報告を終えたところだった。

 補佐官である彼女ユディットがいなければ支部長の職もずっと大変だろう。

 ユディットは受付嬢の仕事もこなす上に、僕の補佐官としての仕事もやってくれているとても優秀な女性だ。

 正直僕は彼女なしでやっていける気がしない。むしろ彼女に支部長をやってもらいたいくらいだ。


 領主様に対する報告はほとんどユディットがやってくれている。

 というのも僕がそういうのが苦手だっていうこともある上に、彼女が黙ってどっしり構えていた方が支部長っぽい貫禄が出るというので僕は言われるとおりにしているのだ。

 自分の仕事を人任せにするのはどうかとは思うけど、個人的には僕の仕事は少なくなるので大いに結構な事だ。


 ともあれ報告は冒険者ギルドが最後なので、今日の定例会は終いのはず。

 そう思って一息ついていると、領主様は口を開いた。


「クリスカの襲撃及び拉致に関する調査はどうなっている?」


 げ、今それを突っ込んでくるか。

 まあ、親の身分だったら自分の子供が危険に晒された案件に関心を抱くのは尤もだろうけど。


 冒険者ギルドとして例の件に関する報告は何も持ち合わせていないので、場を静観していると普段定例会に参加しない人物が挙手した。


「そちらについては私から」


 確か彼はルイス・ロイドと名乗った司法官だ。


 司法官は領内で起きた事件を捜査して犯罪者を確保する職務を負っており、領内に五名しかいない。

 捜査権は領軍の衛士など一部の人間も持っているが、国から任じられた司法官はそれよりも遥かに多くの権限を有している。なにせ司法官は特権階級といえる貴族でさえ逮捕する権限を持つのだ。

 小さくない力を有するため司法官は中立であることを求められ、領主様にも領軍にも組織的に属さない。

 オジェクの街に住みながらかなり特異な存在と言えた。

 


「先日、領軍の騎兵さんがたと一緒にクリスカ様の襲撃現場を確認してまいりました。その際、近くの森の中で討ち捨てられていた冒険者パーティーらしき遺体を確認してきました。生存者の報告にあったとおり、護衛に当たっていた冒険者パーティーと数名の使用人の遺体を確認しましたが、もうひとつの冒険者パーティー”赤の剣戟”の遺体は確認できませんでした。周辺の捜索からも何も出ておらず、街の中での目撃情報もあがっておらず生死は不明です」


 問題のパーティー、”赤の剣戟”か。

 腕は良いが評判は悪くリーダーのエモンを筆頭に他のパーティーとの諍いや女性がらみのいざこざなど問題ばかり起こす奴らだった。

 ……今にして思えば、よく領主のご令嬢の護衛依頼を受けることができたな。

 あとでちょっと調べてみよう。


「それと襲撃のあった場所の近くにあった盗賊共のアジトで捕縛した者たちですが、尋問した結果、クリスカ様を襲撃に参加していたことを自白しました。そして襲撃の手際を問いただしたところ、行方知れずになっている冒険者パーティー”赤の剣戟”が手引きしたとの証言を得ました」


 ルイスの発言に、場がどよめいた。

 

「それは確かか?」


 領主様の問いにルイスは深く頷いた。


「はい、複数名の証言に食い違いはなく、状況も証言と一致しますので間違いはないと思います。よって件の”赤の剣戟”を手配したいと思うのですが」

「許可する。各所、手配書を回して件の連中の確保に当たれ」


 領主様の言葉を受けて各名が頭を下げるなか、領軍軍団長ハロルド・チャニングが声を荒げた。


「だから冒険者など信用ならんのです。領軍が警護にあたっておれば、こんなことにはならなかったでしょう」


 冒険者を貶める発言に、流石の僕もイラツときたので無言で軍団長を睨みつけると、彼は焦ったように視線を逸らした。

 ちょっとした威嚇程度で怖気づくぐらいなら、煽らなきゃいいのに。


 彼の冒険者嫌いは有名なので、誰も反応はしない。

 せいぜいが「またか」という感じで、演技じみた彼のその発言は周囲を白けさせていた。

 そんな軍団長に領主様が鋭い視線を向けた。


「そもそもだ。本来領軍がしているべきクリスカの警護を冒険者がしていたのはなぜだ?」

「それは人員が足りないためでして、それにつきましては領軍の増強を…」


 軍団長の言葉尻が尻すぼみになっていく。

 彼の発言があまりに言い分けじみているのは明白だ。


「十二分に予算を回しているはずだが?それに君の前任者は今よりも少ない予算で十分勤めを全うしていたと記憶している。それとも君は予算を有意義に使えない無能なのか?」


 領主様は鋭く睨みつける。

 まさに墓穴を掘ったといったところか。


「そもそもクリスカを救い出したのもまた冒険者だ。いや、あのときはまだ彼らは冒険者ではなかったな。いずれにせよ救い出したのは領軍の兵士ではないな」


 領主様の指摘に軍団長は苦虫を噛み潰したような顔をする。



「彼らが偶然居合わせたのだけは幸運だった。彼らがいなければどうなっていたことか。そうは思わないか?」

「どこの人間かもしれぬ得体の知れない奴等です。信用なさらないほうが……」


 領主様にとって恩人である二人を貶める発言を繰り返す軍団長は、本当に空気の読めない奴だ。

 領軍の面子を鑑みて護衛を受けなかったあの二人組みとは雲泥の差である。


 領主様も辟易した様子で吐息をついた。


「領軍の兵士の中に彼らに匹敵する者はどれだけいる?」


 軍団長は言葉に詰まる。


 二十を超える盗賊を相手にたった二人で制圧できる人間など、領軍のなかにほとんどいないからだ。

 いや、冒険者ギルドにもそうそういないだろう。

 せいぜいが一握りの一級から二級の冒険者だろうし、そういう人間は王都にいるものだ。


「彼らは有能だ。それをみすみす逃せと言うのか?それがこの街にとってどれだけの損失になるのかを理解しての発言か?」


 オジェクの街はすぐ傍に”ガルドルス大森林”があるため、大型の魔物に襲われる危険性が高い。

 また”ガルドルス大森林”の奥にそびえる”ベレト大霊峰”には竜種が住むとされている。


 ガルドルス大森林やベレト大霊峰から、強力な魔物が現れた場合、この街は窮地に立たされることになる。

 彼らは噂では単独で大王岩猪でさえ倒すような輩である。

 その話が盛ってあるとしても、大型の魔物が現れた場合十分に戦力になることは間違いないだろう。


 そんな人物が折角街に居ついてくれそうだというのに、多少素性が怪しいという理由から排斥してこの街に愛想を尽かせるようなことをするなんで愚か者のする所業だ。


 ましてや領主様のご令嬢を救い出した恩人でもある。

 そんな人物を無碍に扱ったとなれば、領主様自身の名を汚すことになるだろう。


「もういいハロルド、君は下がれ」


 領主様の言葉に軍団長はどこか憮然としながらも黙礼をして、補佐官たちと共に部屋を退室していった。


 彼がいなくなると場の空気が弛緩した。

 嫌われ者一人を作ることによる場の団結はすごいな。

 ……まさか領主様はこれを意図して作っている訳じゃないだろうな?


 うん、領主様を見やれば悩ましげに頭を抱えている。


 領軍の指揮権は領主様にあるが、指揮官クラスの任命権は王国軍の大本営にあるため、領主様といえども容易に軍団長を解雇することは出来ない。

 だからあの使えない軍団長は領主様にとって実に頭の痛い問題だろう。


 あの軍団長は中堅貴族の三男だとかで、無駄に気位が高く、それ故に庶民階級を見下す傾向があった。

 そのため領軍の中でも貴族出身を厚遇し、平民上がりを冷遇するために反感を買うことが多いという。

 人間に対してもそれだけ身分差別が酷いのだ。亜人に対しては言わずもがなってものである。


「あいつの選民思想も変わらないな」


 ドワーフとヒトのハーフである鍛冶ギルド支部長オズワルド・ドッティも軍団長の事は嫌いなようだ。


 しかしこの人、でかいよな。

 まあ、僕も人の事は言えないけど、オズワルドの腕は丸太みたいだし、毛深いから熊みたいだ。

 などとオズワルドを観察していると、場の空気を変えるためか司法官ルイス・ロイドが声を上げた。


「領主様、話は変わりますが、件の二人組は一体何者なので?」


 ルイスの問いを受け、領主様は皆を見渡して問いかけた。 


「皆はあの異邦人のことを知っているか?」

「あれだけ目立てばねぇ」


 魔導士ギルド支部長マダム・ウェンディは艶やかな笑みを浮かべる。

 実に色っぽい魅力的な女性だが年齢不詳の魔女で、底の知れない雰囲気を漂わせる油断ならない人物だ。


 そもそもこの人、僕が子供の頃から支部長をやってる気がするのだが……年齢を尋ねないほうが身のためだろう。


「目立つから皆も知っているだろうが、私としても正直なところ、得体が知れないというのが一番の感想だな。唐突に現れ、圧倒的な戦闘力を有し、この国の常識はないが一定以上の教養と礼節はある」

「あの教養や魔導鎧を見るに、やはり異国の貴族か騎士なのでしょうか?顔立ちは東方の生まれっぽいですが」

「彼らは何も語らなかったが……クリスカとラウラは”大森林”のほうから来たと聞いたそうだ」

「ガルドルス大森林を通ったと?いや、噂の戦闘力が本当ならばそれも可能ですな」


 ガルドルス大森林は幾百年も開拓を試みては失敗を重ねてきた土地だ。

 今では誰もが大森林に入るのを躊躇うほどである。

 そんな大森林を通ったなんて普通なら信じられないだろう。


 現に商業ギルド支部長マーヴィスが疑わしそうに尋ねてきた。


「力量の方は本当なんですか?噂じゃ単独で斑狼を片手間に倒したとか」


 彼が疑うのも無理は無い。

 斑狼は例え一匹でも五級冒険者が数人で囲んで狩る魔物だ。

 少なくとも冒険者になりたての人間が単独で倒すものではない。


 僕はユディットを窺うと、彼女は心得たように頷いて質問に答えた。


「それについては事実です。半日のうちにカアライ草の採取ついでに襲ってきた斑狼を倒し、その亡骸を担いで帰ってきたそうです」

「担いでって、斑狼の成獣は十八ロドス(約二五〇キログラム)は超えるだろう……それを森から担いでって、それは本当か?」


 俄かには信じがたいのだろう。オズワルドが口を挟んだ。


「ええ、門番が目撃していますのでそれは確かです」

「……ありえん輩だな。俺でも十五ロドス(約二〇〇キログラム)がせいぜいだぞ?しかも森から担いでくるなんてありえねぇ」


 いえ、十五ロドスの重さを持てるあなたも十分化け物ですよと僕は心の中でつっこみをいれる。

 僕なんかはせいぜい十一ロドス(約一五〇キログラム)だよ。


 呆気にとられるオズワルドやそのほかの面々をよそにユディットは言葉を続けた。


「初心者向けの依頼を受けたかと思えば、大型の魔物を狩って来たりと動きに予想がつきません。ただ実力は確かなのでいつランクが上がってもおかしくありませんね」


 領主様からの推薦を受けて六級からスタートしたが、いつ五級に上がってもおかしくない働きを見せている。

 本人たちは金に不自由しておらず、功を上げて名声を得たいわけでもないようで、のんびりと依頼を受けているために経験点の溜まりもゆっくりではあるが、彼らが本気になればあっというまに三級くらいまで上がってしまうんではなかろうか。

 一度その力量を直に見てみたいのだが、生憎と未だその機会が無いでいる。


「灰色の騎士に目が行きがちだけど、あの黒い娘もなかなかの曲者よね」


 マダム・ウェンディの言葉に彼の娘を思い起こす。

 ギルドにいるのをちらと見ただけだが、年若い線の細い女で、冒険者というよりも魔導士らしい風貌だった。

 顔も少しだけ拝見できたが、異国風の顔だちの美人だったな。

 そんな上から下まで真っ黒な格好に、黒髪黒目のこちらでは見かけないその姿からついた二つ名が”黒き魔女”だ。


「黒き魔女、ですか」


 この二つ名は結構広まっているようで、マーヴィスも知っているようだった。


「そうそう、黒き魔女と呼ばれている娘がね、魔術書を色々買い漁ってるそうなのよ。初級向けから上級向けまで幅広く。あの娘、なかなかに研究熱心で面白いわぁ」

「しかし初級の魔術書まで買っているとなると、彼女は魔法を使えないのでしょうか?」

「どうかしら?もしかしたら生まれの国の魔術の体系がこちらと違うのかもしれないわねぇ。私も他国の魔術書を集めてるし、研究熱心な魔道士はどんな魔術書でも買い集めるものよ」


 なるほど、そういうものなのか。

 僕が使える魔法は身体強化ぐらいで、適正はからっきしなので魔法については全然知らないからな。


「噂じゃあ魔道具も作るらしいから、あの娘は戦闘系魔導士じゃあなくて学者なのかもしれないわねぇ」

「そういえば、黒き魔女が戦っているという話は聞きませんな」


 灰色騎士だけで事足りるだけかもしれないが、確かに黒き魔女が戦ったという話は聞かない。

 というか魔法を使っていたという話も聞かないな。


 ……外見から勝手に判断していたが、黒き魔女は実は魔導士ではないのか?

 魔女が魔導士ではないとは、これ如何に。


「もしかすると、灰色騎士は黒き魔女の護衛かなにかなのかもしれないな」


 オズワルドが珍しく鋭い意見を述べた。


「そうねぇ、主導権もあの娘が握ってるらしいし、案外そうかもしれないわねぇ。……ねえマーヴィス、商業ギルドから彼らの話は無いの?」

「商業ギルドでも彼らの話は聞きますよ。なんでも家を購入したようですね。冒険者にしては面白い金の使い方をする者達ですよ。他にも色々と変わったものを購入したりしていますが、金払いがいいですからね。商業ギルドではなかなか好意的に見られておりますよ」


 金に頓着しないという話は、彼らがやんごとなき身分出身という説を裏付けているようにも見える。


「鍛冶ギルドとしては、あの魔動鎧が気になるな。あれはなかなかの代物だぞ」


 確かに灰色騎士の身に纏う魔動鎧は今まで見たことがないまでに精巧で素晴らしい一品だった。

 そもそも魔導鎧は高級品だ。

 高性能の魔動鎧は国に所属する騎士レベルでないと所持できないし、購入することも難しい。

 簡易の魔動鎧は比較的広まってはいるが、それでも冒険者が所持し維持することはかなり厳しいと言っていいだろう。


 個人であれほどの魔動鎧を所有し、維持できるあの二人組みの謎は深まるばかりである。 


「……全くもってあの二人への興味は尽きないわねぇ」


 マダム・ウェンディの言葉は皆の総意のようで、誰しもが頷いた。


「兎に角、接触するのは構わないがあの者たちは私の娘の命の恩人なのだ。下手なちょっかいはかけないよう注意してくれ」


 領主の言葉に皆が頷く。

 あの二人に興味こそあれど、この場にいる人間に害意などない。

 もしあの二人を害そうとする人間がいるとすれば、この場にいない軍団長ぐらいだろう。


 まあ、あれほどの実力者なら自分で火の粉を払えそうだけどな。


 そうこうあって定例会もお開きとなった。

 あー、座りっぱなしでケツが痛いな。


 椅子から立ち上がり、人気の少なくなった部屋の中でふと気付く。


 ……あれ?僕一度も話してないんじゃないか?

登場人物


ウォルト       冒険者ギルド支部長  

ユディット      冒険者ギルド補佐官、受付嬢


キーネン・クラウトス 領主

ハロルド・チャニング オジェク領領軍軍団長

マダム・ウェンディ  魔導士ギルド支部長 

オズワルド・ドッティ 鍛冶ギルド支部長 ドワーフのハーフ

マーヴィス      商業ギルド支部長

ルイス・ロイド    司法官


アッシュ       ”灰色騎士”、正義の味方

リリー        ”黒き魔女”、悪の女幹部

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