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第21話 正義の味方と悪の女幹部、引っ越す

 家を買ってから一週間が経った。

 その間に俺たちは家の購入に必要な手続きをし、家の掃除をし、生活に必要な家財を買い揃えた。


 リリーはギムレイ商会の伝手で風呂を作って貰ってご満悦だった。

 風呂といっても当然の如く日本で一般的なFRPのバスタブではなく、金属製でもホーローでもない。

 

 見た目は一言で言えば、木桶だ。

 貴族の家の風呂は露天風呂のように穴を掘って石やタイルを敷き詰めるものが一般的で、普通の部屋に浴槽を置くということはしないらしい。

 なのでリリーが欲するような浴槽は存在しないのだが、そこは機転を利かせて木桶や樽を製造している工房に依頼して人が入れる大きさの桶を作らせた。

 水を張った浴槽のなかに熱した石を入れるなり、炭の燃える釜を入れるなりして水を沸かせばお風呂の出来上がり――言うなれば鉄砲風呂というやつだ。


 風呂場は作業部屋の奥の物置を改造した。

 広さが丁度良かったことと、井戸が近かったためでもある。

 この世界、風呂を入れるのは重労働だ。

 リリーならそのうち魔改造を施して電動ポンプで水を汲み上げそうだが、手間は少ない方がいい。


 風呂に続いて改装を施したのがトイレだ。


 床に穴が空いているだけなのを改良して、便器を設けた。

 とはいえ木の箱を穴の上に置いて、お馴染みの便座と蓋をつけただけだが。


 外観はなんだか介護用ポータブルトイレみたいだが、とりあえずはこんなもんで十分だ。


 あとはベッドやテーブル、椅子といった家具を購入して搬入したり、生活雑貨を買い揃えたりしていたらあっというまに一週間が経ってしまった。


 そういうわけで、今日は引っ越しだ。

 とは言っても移動させる荷物はほとんどない。

 そもそも俺たちが地下基地から持ち出したのはコンテナケースひとつだけだし、必要なものはこちらで買い揃えてすでに家に運び入れてある。

 だから俺は今まで使っていた宿を引き払い、ちょっとした荷物を持ってくれば引越しは終わりなのだが、リリーはこの一週間のうちに魔導書を買い漁って荷物が増えてたりする。


 女性の荷物は多いっていうのは本当だな。


「……ようやく住むことが出来るわね」

 

 リリーは新居を前にどこか嬉しそうに家を眺めていた。


「嬉しそうだな」

「嬉しいわよ、もちろん。なんだかこういうのってわくわくしない?」

「わからなくもないが……」

「では早速、中に入りましょう」


 リリーはそう言うが早いが、建物の入り口にある鍵を開けて中へと入った。


 この鍵だが、建物を修繕する際に新しいものに付け替えてある。

 家では安心して過ごしたいがために、セキュリティ面をかなり強化しているのだ。

 建物入り口の扉も頑丈なものに換えてあるし、防犯上弱そうな部分は補強してある。

 

 なにせ俺の強化外骨格はこの世界で掛け替えのないものだし、リリーの器材も十分貴重なものだ。

 俺の強化外骨格を盗めるとは思えないし、盗んだところで使えないだろうが下手なことで壊されても嫌なので、手出しされないように用心するに越したことはない。


 宿屋から持ってきたちょっとした荷物を片付けていると、玄関先から声が聞こえてきた。


「こんちわー、ノイマン商会です。注文の品物、お届けに参りましたー」


 外に出ると中学生ほどの少年がいた。

 ノイマン商会の丁稚でっち、パウルだ。

 彼はギムレイ商会のマーカスが手配してくれた御用聞きだった。


 御用聞きとは訪問販売の一種で、得意先を巡回して注文を受け、商品を届けるというシステムである。


 こちらの世界でも同様のシステムで運営されているようで、何かと生活する上で必要になる薪や食料品、ちり紙、酒といったものを定期的に回って売っている。


 なにぶんこの家は商店街からちょっと離れているし馬車も持っていないから、重量物を買って買えるのは少々面倒なので、注文すれば持ってきてくれる御用聞きの存在は中々便利だ。


「ご注文の品を下ろしちゃいますね」


 そう言って次々にパウルは馬車から次々と荷物を降ろしていく。

 引越しに合わせて注文しておいた薪と食料品、細々とした生活雑貨を受け取り、注文どおりの品物か確かめる。


「あとはこいつですねー」


 そう言って最後にふたつの籠を馬車から下ろした。


 別に籠を買ったわけではない。かごに入っているのは鶏だ。

 プロイラーのような品種改良は成されておらず、また鶏と聞いてイメージするような白色レグホンのような鶏でもなく、茶色い野鶏のような鶏だ。


 それを横から見てリリーが若干呆れ顔で俺を見た。


「鶏も買ってたの?」

「卵は食べたいだろ?」

「……食べたい」


 日本人は年平均三二〇個の卵を食べる。

 消費量は世界二位と、卵が大好きな人種だ。


 卵焼き、オムレツ、ゆで卵、目玉焼き、スクランブルエッグ、卵ご飯といった基本的卵料理は勿論の事、マヨネーズやタルタルソースといった調味料、プリンやケーキなどのスイーツにも欠かせない。

 料理に卵を一個も使わない日はかなり稀と言えるだろう。


 だがこちらでは卵は意外と高価な食材だ。


 養鶏業者はいるにはいるが、大規模飼育はなされていない。

 こちらの世界では基本鶏は放し飼いのため、大規模飼育になると卵の回収が困難になる上に、ワクチンの摂取も出来ないために病気によって全滅というリスクが高くなる。

 また合成飼料がないために、大量の鶏の餌の確保が難しいという面もある。


 大規模養鶏業者がいないため市場に出回るものは少なくなり、当然卵の値段は高くなる。

 そのため敷地に余裕のある家庭でほそぼそと自分の家で食べる分を作っているのが一般的である。


 鶏は一日に一個の卵を産むが、飼育環境やえさ、鶏の年齢などによっては必ずしも一日一個産むとは限らないので、今回雌鳥を四羽購入した。


「ちなみに生卵は食べられないからな」


 珍しそうに鶏を眺めるリリーにそう告げると、彼女は愕然とした表情をした。


「マジ?」

「マジ」


 理由はもちろんサルモネラ菌だ。


 卵がサルモネラ菌に汚染させるルートとして内部イン外部オン、ふたつの可能性がある。

 外部、つまり卵の殻にサルモネラ菌がついている場合、卵を洗浄すれば問題ないのだが、卵の内部となると洗うことも出来ないため割った後に加熱するしか方法がなくなる。

 そのため生食は危険といわれるのだが、実は卵の内部にサルモネラ菌が入る確率は低いうえに、菌の数が少なく食中毒になる可能性は低い。


 そこで生卵を常食する日本では鶏に与える飼料に抗生物質が加えられているため、安全に生卵を食べられるわけだ。


 アメリカでは殻の洗浄は行っているが抗生物質は与えられていないため、生食をしてはいけないことになっている。

 とはいえ某ボクサー映画のように生で食べることがなくもないし、べちょべちょのスクランブルエッグのように十分に加熱せずに食べることもある。

 日本以外での卵の生食は確かにリスクはあるが、新鮮なものを冷蔵保存し、新鮮なうちに食べることができるならまだ安全と言えるだろう。


 ただこちらの世界での卵の生食はそれよりもリスクが高くなってしまう。

 薬品や機械に依らずに個人の手で洗浄してどこまでサルモネラ菌を除去できるか未知数であるためだ。


 まあ、いずれにせよ毒の効かない俺にはあまり関係のない話なんだが。


「……こっちでお米が見つかってないし、生卵はまだ食べないわよ」


 リリーは若干不服そうだったが、言うとおりご飯がなければ卵かけご飯も食べれない。

 卵かけご飯以外に生卵を食べる機会はそうそうないので、今のところ問題ないのかもしれない。


「餌はなにをやればいいの?」

「雑食だからなんでも食うな。虫とか野菜くずとか雑穀とか魚のアラとか。基本は野菜くずとかの残飯をやって放し飼いにして雑草とか虫を食べさせてやればいいだろ。ただカルシウムが不足すると自分で卵を食べる悪癖がついちまうから、細かく砕いた牡蠣の貝殻とか食べさせることもあるみたいだが」

「やけに詳しいわね。それも昔取った杵柄ってやつ?」

「そんなところだ」


 荷物を下ろし終わったのを確認してから代金と次の注文を書いた紙をパウルに手渡し、次いで小額のチップも渡してやると彼は嬉しそうに頭を下げた。


「有難うございます、これからもノイマン商会をご贔屓ください」


 パウルが馬車で去っていくのを見送った後、家に入ってとりあえずリビングに運び入れた荷物を眺める。


 当座の食料、生活雑貨、ちり紙、油といったものがリビングのテーブルの上に所狭しと置かれている。

 薪と鶏のえさは中庭に置いてあるから物置に仕舞わないといけないし、食料も傷まないように地下に運ばないとな。

 鶏も小屋に移してやらないといけない。

 ……結構やることがあるな。


 などと考えていると、おもむろにリリーが手を上げた。


「私、やりたいことがありますので失礼しても宜しいでしょうか」


 リリーの口調がいつもと違っておかしい。


「……どうした?」

「お風呂の準備をしたいです!」

「お前、ぶれないな」

「蒸し風呂はもう嫌なのよ。湯船につかりたいのよ!」


 ああ、うん。リリーの言いたいことは分かるが、テンションがいろいろおかしい。


「……別に良いが、一人でできるのか?」


 井戸から水を汲んで浴槽に水を溜め、薪で火を起こして湯を沸かさないといけない。

 要するに時間が掛かるし、結構な重労働である。

 だがリリーはどこか含んだ笑みを浮かべつつ、ひとつの物体を取り出した。


「この時のために電動ポンプを作っておいたのよ!」

「お前、ぶれねーな」


 とりあえずそのドヤ顔を殴りたい。

 なんだよ、そのベクトルの変なところに全力投球って。


「そういうわけで、あとは任せるわ!」


 そう言ってリリーは電動ポンプを片手に颯爽とリビングから出て行った。

 ……うん、別に構わないけどさ。

 俺も久しぶりに湯船につかりたいし。



 俺は溜息を吐きつつ、荷物を片付けるべく動くことにした。

登場人物

アッシュ 正義の味方。俺。

リリー  悪の組織の女幹部。マッドサイエンティスト。

マーカス ギムレイ商会の次期商会長

パウル  ノイマン商会の丁稚

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