第2話 正義の味方、フラグを立てる
正義の味方。
颯爽と現れて悪を倒し、弱きを助ける。
どんな逆境にもめげず、いかなる困難にも挫けない。
不屈の精神で敵に挑み、世界の平和を守る真の英雄。
俺も小さい頃はそんな姿に憧れて、ヒーローごっこなんてしたりもしたもんだ。
まあ、そんな記憶も遠い昔。
正義の味方なんてもんはブラウン管を通して見ているくらいが丁度いい。
少なくとも正義の味方になんてなるもんじゃない。
実際に正義の味方になっちまった俺が言うんだから間違いない。
今から十五年位前からか。
“怪人”、“怪獣”、“戦闘ロボット”を開発し、犯罪を企てる犯罪組織が現れ始めた。
特撮モノでお馴染みの“悪の組織”ってやつだ。
奴らは自らの要求を飲まそうと破壊活動を繰り返し、多大な犠牲が払われた。
当然の如く、そんな規格外な代物に警察が対応しきれるわけがなく、かといって法律的にも自衛隊を動かせるわけもなく、ただただ“悪の組織”に煮え湯を飲まされる日々が続いた。
だがそれにも転機が訪れる。
敵が“悪の組織”ならば、それを取り締まる側に“正義の味方”を作ればいいのではないか。
そんな単純な発想から作られたのが、特殊組織犯罪対策機構―通称“ヒロイックシステム”である。
警察などでは対応しきれない特殊な組織犯罪に対抗するため、特殊戦闘に特化した対策部隊の編成を目指した官民合同によるプロジェクトであり、“正義の味方”たちには国の研究機関から提供された試験段階の最新技術をふんだんに用いることが許されていた。
退役自衛官、退職警官、その他有能な民間人の中からごく少数の人間が選ばれて“正義の味方”となり、個人的報復を恐れて仮面で顔を隠し、素性の一切を隠して悪との戦いに身を投じることになった。
そんなこんなで早十五年。
“正義の味方”と“悪の組織”の戦いは一進一退、勝ったり負けたりを繰り返している。
ヒロイックシステムの設立後、その維持に金が掛かるために税金だけでこれを維持することが出来ず、デザインなどを玩具メーカーに委託、グッズを販売したり、映像作品を作るなどして金策を行った。
それにより“正義の味方”は視聴者を味方につけ、オタクという強力な資金源を得たお陰で装備を強化でき、徐々にだが“悪の組織”を壊滅へと追いやっていった。
とはいえ、“悪の組織”はひとつではない。
ひとつが消えては、新たにひとつ現れる。
“正義の味方”の戦いに終わりはないのだ。
……なんて格好つけても、“正義の味方”だって日がな毎日“悪の組織”と戦っているわけではない。
“悪の組織”だって常に破壊活動をしているわけじゃないからな。
だが普通の犯罪者には警察が対応するわけで、“正義の味方”は“悪の組織”やそれに類する警察では対応しきれない犯罪にしか出動しない。
もちろん給料を貰っている以上、ぶらぶらしているわけではない。
訓練をしたり、警邏活動をしたり、ボランティア活動をしたり、“悪の組織”絡みではない事件に駆り出されることもある。
尤も、人気のある花形ヒーローなんかはテレビの撮影やら、ファンサービスなんかをやったりするらしいが、俺みたいな一般戦闘員タイプに回ってくるのは雑用ばかりだ。
それに“正義の味方”と一括りで言ってもその職務は様々だ。
タコ野郎を回収していた解析班のような学者肌な連中もいれば、オペレーターのような情報管制班もあるし、俺たちの装備の点検整備をする技術班もいる。
そして“正義の味方”が好き勝手暴れた後に、警察が戦闘員たちを逮捕して検察が起訴するわけだ。
実際俺の背後では警察やら消防やらが現場に入り始めている。
派手に壊したからな、道路の修繕や被害を受けた車両の撤去などこれから色々大変だろう。
戦隊モノが廃鉱山で戦う理由が窺い知れるってもんである。
人が慌しく動くのを尻目に、俺たちは報道機関や野次馬から見えないところで一息ついていた。
隣にいる八八五号がヘルメットを脱ぎながらぼやく。
「ふぁー、やっぱり蒸しますね」
八八五号、本名は有賀有希、俺の後輩だ。
訓練生時代に面倒を見てやって以来、なぜか懐かれていた。
大きくて吊り目がちな瞳と、小柄でしなやかな体躯は猫を思わせ、無造作に短く刈られた髪と小柄な体躯は少年と見まがう容姿であるが、強化外骨格を脱ぐとその下にぴったりと体のラインを強調するボディースーツを着ているおかげで控えめながらも胸があり女であることがわかる。
「人目を気にしないとヘルメットも脱げないなんて大変ですよね」
“正義の味方”は基本、本名と素顔は非公開だ。
中には自己責任で顔出しする目立ちたがり屋や、広報担当の美男美女のお飾りなんかがいるし、カメラマンに盗み撮りされて週刊誌に載ってしまうドジもいるが。
「顔を晒したら面倒だぞ。変な輩がストーキングする程度ならまだマシだが、悪の組織に身元を調べられて家族を人質に……なんてことも以前あったからな」
家族を人質に捕られた“正義の味方”は脅迫に屈せずに単身で敵地に乗り込み、結果として誰も生きては戻らなかった。
その正義の味方も、その家族もだ。
「うわぁ、気を付けます」
そう言って八八五号は周囲から身を隠すように身を縮めた。
今更な気はするが指摘しないでおく。
八八五号は俺の横に腰掛けると、思い出したかのように俺を見て笑みを浮かべた。
「そうだ、先輩聞いてください、私、明日昇級試験受けるんですよー。“色つき”までもう一踏ん張りです」
“正義の味方”の一般戦闘員の強化外骨格は通常砲金色で塗られている。
砲金色の強化外骨格は所謂ところの量産型の証であり、街中で目にする“正義の味方”のほとんどが砲金色である。
だが上級戦闘員、俗に言う“色つき”は、文字通り各々違う色で強化外骨格を塗り分けられることになるのだ。
テレビでちびっこに人気の花形戦闘員は当然“色つき”だし、最新装備を真っ先に回してもらえるのも“色つき”なのである。
「“色つき”になったからといって、花形になれるとは限らないぞ」
花形、つまりテレビに出て広報活動をしたり、ちびっ子向けのショー紛いのことをする連中は謂わばエリートである。
訓練所を優秀な成績で卒業し、戦績も高評価で、尚且つテレビ栄えのする美男美女である必要があった。
てっきり彼女も花形を目指していると思っていたのだが、彼女は首を横に振った。
「花形みたいなお飾りなんかじゃなく前線でバリバリ働きたいです」
確かに花形はエリートぞろいだが、テレビへの露出が大きいこともあって実戦に回されることは少なく、細かい雑務などは回ってこない。
そのためやっていることは“正義の味方”の本来の業務とはかけ離れており、その分命の危険は少ない。
八八五号の容姿なら十分花形でやっていけるだろう。小動物みたいで可愛いし。
好き好んで危険な仕事をする必要なんてないと思うんだがな。
「それに私の目標は先輩ですから」
彼女はどこか照れたようにそう言った。
俺の強化外骨格のボディーカラーは標準職の砲金色ではなく、アッシュグレイであり、これでも俺は“色つき”だった。
まあ、地味な色だし、戦隊も組んでいないから人気なんてないがな。
「俺が目標なんて志が低いな」
俺は“正義の味方”の戦闘員の中でも古参の部類だが、実際大したもんじゃない。
派手さはないし、人気もない。
細々とした雑務が回される地味な役回りだ。
そんな俺を目標にするなんて、奇特な奴だ。
「そんなことないですよー」
彼女は怒ったように頬を膨らませる。
やっぱり小動物みたいだ。
「昇級できれば八八五号って味気ないコードネームともさよならか」
「そうですよー。その点、先輩の“灰色”って格好いいですよね」
砲金色の強化外骨格を使う下級戦闘員はコードネームに番号が用いられるが、“色つき”になった上級戦闘員はそのボディーカラーで呼ばれることになるのだ。
俺の場合は“灰色”。
ボディーカラーは地味だが、コードネームはそこそこ格好良いと自負している。
「それで昇級試験に受かったら色はどうするんだ?」
「そうですねー、私の名前がユキだからスノーホワイトにしようかなって思っています」
「あれ?白って他に誰かいなかったか?」
正義の味方のボディーカラーのダブりは禁止されている。
だが八八五号は自身ありげに笑みを浮かべた。
「白のカラーコードは#ffffffですけど、スノーホワイトのカラーコードは#fafdffで、白よりも若干青味がかってるんですよ。なので白とは違う色なんです」
「なんかずるくないか、それ?」
「いいんですよ。次に会うときはスノーですからね」
「まあ受かればの話だけどな」
「受かりますもん」
八八五号と下らない話に興じていると、無常にも無線が鳴った。
生憎と平和は長くは続かないものらしい。
『“灰色”、出動要請です』
オペレーターが無情にも告げる。
時計を確認するとぎりぎり勤務時間内だった。
移動して現場に行くだけで時間が掛かるから時間外労働なのは間違いない。
「今日は残業かよ……んで、内容は?」
『敵のアジトがあるという情報で、偵察任務です。ただ確度の低い情報らしく本部もあまり本気にしていないようです』
そんな仕事をこっちに回すなと言いたいが、上には逆らえない。
サラリーマンは辛いな。
「仕方ない。給料分の仕事はするか」
俺は立ち上がり、装備を点検する。
強化外骨格、武装、ともに問題なし。
八八五号も身支度を整えようとするが、俺はそれを制した。
「お前明日試験なんだろ?俺が行くからお前は明日の試験に備えろ」
「いいんですか?」
「どーせガセだろ?俺一人で十分だ。――それで、いいよな?」
しばしの沈黙の後、オペレーターが答えた。
『構いません。“灰色”が任務を続行し、八八五号は帰還してください』
あとになって俺は気付く。
あれが“フラグを立てる”ってやつだってことを。