第18話 正義の味方と悪の女幹部、はじめてのおつかい
「なにか良さそうな依頼あった?」
「そうだなぁ」
俺たちは掲示板に張られた依頼書を順々に眺めて内容を吟味していた。
早朝は混むと聞いていたので、時間をずらして冒険者ギルドへ来たおかげで混雑に巻き込まれることなく、ゆうゆうと掲示板を眺めて依頼を精査することができている。
とはいえ冒険者たちがあらかた依頼を受けて行った後なため、残っているのは面倒なものや金にならない常時依頼のような人気のないものぐらいしかない。
だが俺たちは選り好みするつもりはないので気にしない。
「やっぱり討伐系に行きたいわよね」
ミーハーな彼女がそういうであろう事は大体想像していた。
だがその願いは重大な問題を抱えている。
「……お前、戦闘能力ないだろ」
「そこはそれ、あなた頼みになるわね」
「他力本願だな」
「役割分担と言って頂戴」
実際に野生生物や魔物と遭遇した場合、俺が対処することになるのは確実であろうが、複数出てきたときに俺一人で対処しきれるとは限らない。
不意を突かれればリリーの身に危険が及ぶ事だってありえるだろう。
ただの遭遇戦ですら若干の危険を孕んでいるというのに、わざわざ討伐系の依頼を受けて危険に飛び込む必要はない。
討伐系の依頼を受けるのは、リリーが何かしらの攻撃手段を得てせめて自衛できるようになってからでもいいだろう。
「とりあえず今日のところは無難で簡単なやつにしよう。これなんかどうだ?」
俺は採集系の常時依頼の依頼書を取り、リリーに見せた。
若干不満げではあったものの、今の現状では準備万端とは到底言えない事は重々承知だったのだろう。
彼女はしぶしぶ了承した。
俺は掲示板から依頼票を一枚はがすと、受付カウンターに持っていく。
受付カウンターには先日と同じ猫耳の受付嬢がいた。
確か名前はミラとかいったか。
なんとなく顔見知りのほうが気が楽なので、彼女に依頼票と俺とリリーの認識票を提出する。
「おはようございますアッシュさん、ええと……カアライ草の採集依頼ですね。お二人ならもっと難易度の高い依頼もこなせると思いますけど宜しいんですか?」
「こっちの地理には疎いからな。まずは手始めに肩慣らしをすることにするよ」
「そうでしたか、では依頼の受注手続きを進めますね。採集するカアライ草の情報はあちらの資料室ありますから確認してくださいね。時々違う雑草を採集してくる冒険者さんもいますので。あと、カアライ草の納品に期限はございませんが、できるだけ新鮮なうちに納品された方が買い取り額が高くなりますよ」
「なるほどわかった」
「ではお気をつけていってらっしゃいませ」
ミラが差し出す認識票を受け取ってカウンターを離れようとしたが、なぜかリリーは動こうとしない。
訝しく思ってリリーの様子を窺っていると、彼女はミラに用があるようであった。
「あ、ねぇちょっと質問してもいいかしら?」
リリーが話しかけると、なぜかミラはびくっと体を震わせた。
なんだ?怖がられてるのか?
俺のときはそうでもなかったけどな。
「な、なんでしょう?」
「家ってどこで買えるのかしら?」
何かと思えば早速家探しをするつもりらしい。
まだ伯爵からの報奨金や盗賊から回収したものの売却金も貰っていないのにせっかちな事だ。
「家、ですか?それでしたら、商業ギルド支部に行かれたらよろしいかと」
「商業ギルドね……ねえ、場所はわかる?」
リリーが振り返り俺を見た。
俺が作った地図には昨日巡った街の主要施設の場所が記録されている。
その中に商業ギルドもあったはずだ。
「ああ、記録してある」
「そう、ならいいわね。依頼をこなしてから行ってみましょうよ」
俺たちはミラに礼を言ってからカアライ草とやらを確認するために資料室に向かった。。
* * *
資料室で情報を集めたのち冒険者ギルドを後にした俺たちは、その足で依頼をこなすために必要そうな道具を買い、そのまま街を出て森に入っていた。
とはいえ森の浅いところであり、資料室にあった情報では危険度の高い魔物や動物は生息していない所だ。
「えっと、カアライ草は単葉植物でその葉の部分に薬効があり、日の当たらない湿った場所に自生する、と」
「これかしら?」
「えーと、それっぽいな」
画像診断した結果、資料室の文献にあった絵と九十六パーセントの確率で一致した。
この植物で間違いないだろう。
「それで、これをいくつ採取すればいいの?」
「依頼達成は五十本だな。それ以上は適正価格で買い取ってもらえるらしい」
「五十本ね……」
俺たちは周囲を見渡す。
テニスコートほどの一面がカアライ草だ。
「楽勝じゃない」
「まあ、そうだろう。なにせ初心者向けの依頼なんだから」
「それにしても採取して一週間もすればまた生えてくるっていうんだから、ファンタジーよね」
「普通の植物とは違って、水や栄養素だけでなくマナを吸収して成長する、らしい。成長が早いのはマナのせいだな」
「マナってあれよね、魔法の源泉ってやつよね?」
「らしいな」
「なんらかの元素なのかしら?それとも電気みたいなエネルギーなのかしら?」
「俺にはわからんよ。少なくともこのカアライ草に蓄えられるってことはなんらかの物質なんじゃないのか?」
「うーん、わからないわね。脳にある例の器官でマナに指令を出して、マナを操るのが魔法なのかしら?でも魔法で作り出した火は私たちの知っている化学法則で説明できるわけだから、マナはあくまで他の魔法的現象を起こすための”手足”に過ぎないのかしら?」
リリーが暴走しているが、毎度の事なのでいい加減慣れてきた。
「おーい、考察は後回しにしてカアライ草を集めるのを手伝えよ」
「はいはい」
俺は採取をするために身軽になるために背負っていた大剣を地面に下ろした。
使う予定は全くないが、いくら危険度が低い採取といえども武器を持たずに行く奴はいないだろうと考え、周囲の目を気にして冒険者らしいように一応持ってきていたのだ。
大剣の他にも採取に必要な道具は街を出る前に揃えて、一通り必要そうなものは適当に魔法袋に入れてリュックにつめて持ってきている。
俺はリュックから必要な道具を取り出してカアライ草の採取にとりかかった。
資料室にあった採取の手順では、カアライ草の根元に近いところでナイフで切り取り、採取したカアライ草は傷つけないように布で包む。このとき布を水で湿らしておくと鮮度が保たれるらしい。
もっとざっくばらんかと思いきや、結構丁寧な作業が求められるようだ。
センサーで周囲の警戒をしつつ、もくもくとカアライ草を採取していく。
なんというか、地味だ。
十分ほどしたところでリリーが根を上げた。
「あー腰が痛いんだけど。……もっと冒険者って華々しいものじゃないの?」
「どんな仕事でも下積みを経験するもんだろ」
「残念でした。私は悪の組織一筋なのよ。一般の仕事をしたことはないわ。それに最高幹部の娘として最初から幹部スタートよ」
なぜかリリーはドヤ顔だ。
それは自慢なのか?
「普通に親のコネ全開じゃないか」
「むぅ……でも私の才能があってこそ幹部の勤めが果たせたわけよ」
「まあお前の才は否定しないが、身内揃いの組織で幹部って言われても、お山の大将って感が拭えないな」
「うっさいわね。あなたこそどうなのよ」
そう言われて思い返してみると、俺も他の仕事についたことがないことに気付く。
”正義の味方”としては色んな雑務をこなしているんだけどな。
「あー、俺も”正義の味方”しか職に就いた事がないわ」
「あなただって人のこと言えないじゃない」
とはいえ俺とリリーの事情はちょっと異なる。
「いやぁ、若い頃に改造手術を受けて、半ば強制的に”正義の味方”に入れられたからな。職の選択の自由なんてなかったし」
俺の答えに柄にもなくリリーが申し訳なさそうにした。
「……いきなり重い話をぶっこまないでよ。っていうか悪の組織よりも”正義の味方”のほうがブラック企業じゃない」
言われてみればそうだな。
でも今更な話だ。
そんな風に和気藹々(?)と採集をしていると、周辺の警戒網に反応があった。
「なんか近づいてくるな」
体を起こしてそちらを窺う。
反応が合ったのは俺が周辺の警戒のために飛ばしているUAVだ。
UAVは俺たちに近づく生物の発する熱と動体を検知して知らせてくる。
ただ上空を飛ぶUAVのセンサーでは、茂る木々が邪魔して近づいてくる存在を視認することは難しいので、最終的には自分の目で見て確認しないといけない。
そしてやがてそいつは俺の目視圏内に姿を現した。
大きな犬、いや狼か。
茶色と灰色と黒色の入り混じった斑な毛並み、獰猛そうな目つき、口から見える鋭い犬歯。
人間が乗れるくらいにはデカイ。
某国産アニメに出てくる山犬を思い浮かべればイメージしやすいだろう。
体長は二メートル以上あるだろうか。
大王岩猪に比べれば小さいが、こいつに噛まれれば人間は簡単に死ぬだろう。
犬は好きだが、こいつは獣だ。仲良くなんてなれないのがひしひしと伝わってくる。
「なんだっけ、斑狼、だったか?」
ギルドの資料室でこいつの情報を見た覚えがある。
でも確かもっと森の奥の方に生息しているはずだったのだが。
「どうでもいいけど、さっさと対処してくれない?」
リリーがさりげなく俺の背後に回りこんでいた。
非戦闘員だから逃げるのは当然だろうが、なんだろうこの盾にされてる感は?
気を取り直して斑狼に対峙する。
周囲に他の狼がいる様子はない。
普通狼は群れを形成するが、こいつは一匹狼らしい。
群れから離れて番を探す若い狼なのか、それとも群れから追われたのかはわからないが、一匹だけなのはこちらとして僥倖だ。
俺は大剣を鞘から抜き、軽く構える。
「さて、どっか行ってくれると面倒がなくて嬉しいんだが?」
別に俺は生き物を殺すことに喜びを感じる人間じゃない。
俺は事なかれ主義なんだ。
斑狼もそこんことろを汲み取ってくれると嬉しかったんだが、残念なことに斑狼は俺たちの事を餌だと思っているようで、引く気配は微塵も感じさせなかった。
大の男が両手で持つのがやっとな重さの大剣だが、強化外骨格を纏う俺は片手で振るうことができる。
斑狼が踏み込むと同時に俺は大剣を振るう。
だが斑狼はすぐさま飛びずさり、俺との距離を開けた。
「お、なかなかいい反応だ」
こいつはかなり素早い。
大王岩猪も速さはあったが、斑狼のような機敏さはなかった。
大王岩猪が高速で突っ込んでくるトラックだとしたら、こいつは戦闘ヘリだ。
奴は軽くステップを踏みながら、俺との距離を測りつつ、俺に一撃を加えるタイミングを探っている。
俺も積極的に攻める事はせず、斑狼の出方を観察していた。
そんな応酬に痺れを切らしたのか、リリーが野次を飛ばしてくる。
「ちょっと遊んでんじゃないわよ」
俺は一応真面目にやっているつもりだったが、リリーには遊んでいるように見えたようだった。
確かに俺の武装は大剣だけじゃない。
EM拳銃を使えば一瞬で片がつくだろう。
だが俺はあえて大剣を使ってこいつとやりあいたかった。
この世界で生きていく上で、こういった近接戦は少なからず起こりえるだろう。
その状況下で、いつもEM拳銃や強化外骨格の武装が使えるとは限らない。
弾数制限もあるし、きちんと整備できない故に故障も起こりえるだろう。
だからできるだけ剣で戦うようにしておきたかった。
そんなこんなで俺は大剣で一、二度試しに斬りつけてみてみるが、斑狼に避けられてしまった。
とはいえ俺はそんなに焦ってはいない。
少し戦ってみて分かったことだが、斑狼は素早くてもあまりトリッキーな動きはできない。
攻撃や回避のパターンも多くない。
生身の人間からすればこの素早さは相手取るのを難しくするものかもしれないが、素早いだけじゃ俺の敵じゃない。
俺はわざと大振りに大剣を振るい、誘いをかける。
斑狼は俺の魂胆など知る由もなく、俺の握る大剣に食らいついた。
俺の武器を奪おうとしたのか、それとも本能的に食いついただけかわからないが、強靭なアゴで食いついたまま俺と斑狼は拮抗する。
咥えた獲物を振り回して止めを刺そうとする。
犬にもある狼の習性だ。
だが残念ながら強化外骨格のパワーと重量を前に、振り回すことも大剣を奪うことも難しいだろう。
それに俺が食いつくように誘ったのは別に理由がある。
それは斑狼に近接するため。
斑狼の高い瞬発力も意味を成さないまでに近づくのが目的だった。
そしてその目的は果たされた。
大剣に噛み付く斑狼は手を伸ばせばすぐに触れることができるまでに近くにいる。
強化外骨格の出力を上げて大剣を引き寄せ、それに噛み付く斑狼の体勢を崩す。
そしてその無防備な胴体を、大剣を握っていない左腕で思い切りぶん殴った。
コンクリート壁さえも砕くパンチだ。
たとえ四メートルを超えるデカい犬だろうと、殴り飛ばせる。
案の定、斑狼は俺のパンチを受けて宙を舞い、巻き添えに木を何本かへし折った。
流石の斑狼も無事ではすまなかったようだ。
体のあちこちに傷を負い、足も折れたようで変な方向に曲がっている。
「悪いな」
倒れる斑狼に歩み寄ると、俺はできるだけ苦しまないように止めを刺すべく大剣を振るい下ろした。