第16話 正義の味方と悪の女幹部、魔法への夢を広げる
ギルドで登録を終えた俺たちは昼食をとるためにラウラの勧める店へと足を運んでいた。
伯爵が手配したらしく結構な高級店らしい。
個室になっており、悪目立ちする俺たちなので周囲の視線に気兼ねすることなく会話できるのは丁度良かった。
ラウラも一緒に食事を取ろうと誘ってはみたが、用事があると固辞されてしまった。
彼女とは昼食後に合流し、街の案内や、宿の紹介をしてもらうことになっている。
高級店ということもあって食事の内容や味は地球のものと遜色がない。
とはいえ食材や調味料の種類は限られているように見受けられ、レパートリーは少ないように感じられた。
地球の中でも手軽にあらゆる国の料理を楽しめた日本での食事を知っている俺たちにとって、食糧問題は切実な問題かもしれない。
なにはともあれ満足できた食事を堪能した後、俺たちは食後のお茶をのんびりと味わっていた。
「こいつが認識票ね」
俺は冒険者ギルドで受け取った認識票を眺めながら呟いた。
認識票と呼ばれるそれは、その名の通り首からぶら下げるドッグタグに似たもので、名刺サイズよりも小さい革でできた認識票の表面に名前と冒険者番号、等級が刻まれている。
偽造できそうなほど簡単ものだが、なんでも魔力が込められているため複製は難しく、その上冒険者番号から冒険者の情報を照会されれば一発で偽造がばれるらしい。
なくすと面倒らしいので、俺はパスケースに入れて強化外骨格の見える位置に付けておく。
本来このパスケースは、階級章や通行証などを入れておくものなので、認識性が高い上に簡単には外れない。
冒険者ギルドの認識票を入れておくにはもってこいの代物だ。
リリーは普通の冒険者同様に首からぶら下げることにしたらしい。
「冒険者は納税の義務がないらしいわよ。なんでも報酬から天引きされてるみたい」
リリーはギルドで渡された”冒険者初級の手引き”という冊子を読んでいる。
コピー用紙のように漂白はされていないもののわら半紙のような紙質で、この世界の製紙技術は中世のものより優れているみたいだった。
しかも活版印刷技術まであるらしく、”冒険者初級の手引き”は印刷物と呼んで差し支えない出来だった。
つまり俗に言う内政チートはできないらしい。
「えーと、冒険者支援機関なる冒険者ギルドの下部組織が冒険者相手にお金を融資してるみたいね。他にも融資だけじゃなく預貯金もしてるみたい」
「まさか銀行制度まであるとはな。思いのほか、この世界は成熟してるな」
「そうね、冒険者の情報もギルドの支部同士で共有するシステムが構築されているみたいだし。ある程度のレベルの通信技術があるのは確かね」
「但しその根底にあるのは魔法か」
冒険者ギルドで見た魔道具を思い出す。
機能はカメラそのものだったため大して驚きはしなかったが、この世界の魔法技術は地球の科学に匹敵するほど複雑に発達しているようだった。
食材関連も魔法によって長期保存が可能になっているらしい。
そうなってくるとひとつの疑問が生じる。
俺たちは魔法が使えるのか、と。
「なあ、俺たちも魔法が使えると思うか?」
魔法は得体の知れない技術だ。
何がどう作用しているのか分からない。
技術を学べば使えるようになるのか、それとも技術に見合う素質を持っていないと使えないのかわからない。
「そのことなんだけど……ねえ、ちょっと見て?」
彼女は手の平をかざすと、その手の平の中に燃える炎の玉が生じた。
紛うことなく、目の前のそれは魔法あった。
……マジか。
「おい、いつの間に魔法使えるようになってんだよ!?」
そんなそぶりなんて全然見せていなかった。
っていうか、どこにリリーが魔法を使えるようになる要素があったっていうんだ?
だってほとんど俺と一緒にいただろう。
「盗賊の中に魔法を使った奴がいたでしょう?」
そんな奴もいたな。
確かあいつは火の玉を投げてきて、俺は投石で対応したんだったか。
そういえば生き残りの中にあいつの姿がなかった。
どうやら当たり所が悪くて死んでいたらしい。
「……まさか、そいつの記憶を読み取ったのか?」
そういや俺がラウラたちの様子を見に戻った後もリリーは死体相手に作業を続けていた。
ってことは俺にインストールした情報以外にも、リリーは死体から情報を回収している可能性がある。
ところがリリーの行動は俺の想像の斜め上をいった。
「タネを明かすと、これね」
リリーが取り出したるは、透明な容器のなかに満たされた液体に浮かぶ、脊髄動物の中枢神経をなす内臓器官――脳みそだこれ。
「……お前、何考えてんだよ」
記憶どころか、脳みそまで回収してるとは。
ってかどこにしまってた?
あ、魔法袋に入れてやがったのか。
「解剖するまでは百歩譲って許すとしよう。でもなんで持って来るんだよ。写真でいいじゃねーか!」
俺の言葉にリリーは不満そうに口を尖らせる。
なに可愛こぶってやがる。
「だって貴重なサンプルだし」
「だっても糞もあるか!伯爵たちに荷物を検められたらどうするつもりだったんだよ。そんなもん持ち歩いていたらどっからどう見ても危険人物だ!」
恐らく誰かに見られるのを考えていなかったのだろう。
街に入る時点で荷物検査があったかもしれない可能性に思い至ったようで、流石のリリーも青い顔をしていた。
「過ぎたことをあれこれ言ってもしょうがない。今度から気をつけてくれ、マジで。それとそいつを早急に処分しろよ」
そうでないと色々ヤバイ。
主に俺たちの立場が。
流石に反省したのか、彼女は少々気落ちしている。
「それで、その脳みそがなんだ?」
俺の問いかけに多少気を取り直したリリーは俺の前にずいと脳みそを突きつける。
……うん、俺もグロ耐性はあるほうだけど、かなりグロいぞ。
「これはあの魔法使いの脳なんだけど、普通の脳に比べて異様に発達している部位があるのよ」
まあ、そう言われて指差されてもわかんないが。
リリーが言うならそうなのだろう。
「ただの腫瘍とかじゃないのか?もしくは個人差みたいなものもあるだろう」
「それが一体だけならただの個体差という可能性もあるけど、他の死体も検分して同じように脳の一部が発達している人間が複数いることがわかったわ」
「つまり偶然じゃないってことか」
「獣人を見る限りこの世界は地球とは異なる発展を遂げているといえるわ。とはいえ違いはボタンの掛け違い程度で、体の構造上に大きな違いはないと思うけど。でも魔法を使えるかどうかが体にある器官で左右される可能性は捨てきれないと思う」
こちらの世界で独自発展した器官……魔法となんらかの関わりがあると考えるのが道理に適っているだろう。
そうなるとその器官がない俺たちには魔法が使えないってことになる。
……ん?おかしくないか?
リリーの仮説に依れば、脳の一部が発達したこの世界の人間しか魔法が使えないはずだ。
でも現実問題、リリーは魔法を使って見せた。
「そうなるとお前が魔法を使えるのは何でだ?」
俺の咎めるような視線を受けて、リリーは笑みを浮かべた。
「あなたの想像通り、この器官がない私たちに魔法は使えない。でも機械的な装置でこの器官の肩代わりができないかと考えたわけ。そこで調べてみたところ、この脳の一部が発達した器官によって魔法が制御されているとしたら、電気信号の一種によって制御されてるんじゃないかと考えたわけ。……というわけで出来上がったのがこれね」
そう言ってリリーは手の平サイズの小さな箱型の機械を取り出した。
料理番組であらかじめ仕込んでおいた料理みたいに簡単に出すなよ。
「これはあの器官を取り出して電気的に接続した、いわば”外付け装置”みたいなものよ。ここに魔法使いの記憶から取り出した魔法発動のイメージの電気信号を送り込むと、ほらこのとおり」
リリーの手の平に再び火の玉が出現する。
「まだ実験段階だけど、魔法は発動するようになったわ。どういう原理で魔法が発動するのかはわかんないけど、どうやれば発動するのかは分かったってところね」
つまりコンピュータの仕組みは分からなくても、コンピュータを使うことは出来るのと同じことだろう。
いろいろと大事なところを端折っている気がするが、リリーに説明されても半分も理解できないだろうから突っ込まないでおく。
「今後の課題としては、この器官を人工的に再現することと、他の魔法発動イメージの作成、あとは魔法発動のアルゴリズムの解明と、オリジナルの魔法の作成ってところかしら」
研究熱心なことだ。
それにしても魔法を使えるかもしれないっていうのには確かにテンションが上がる。
「じゃあ俺も魔法が使えるかもしれないってことか」
魔法……ちょっと中二臭くて胸アツだ。
だがそんな俺をリリーはどこか申し訳なさそうに見ていた。
「……悪いけど、あなたには無理じゃないかしら」
「なんで?」
リリーの表情からただの意地悪で言っているわけではないことは分かる。
だがなんでリリーだけ魔法が使えて、俺には魔法が使えないのか納得がいかない。
「これってBMIに似たシステムを使ってるのよ。あなたの強化外骨格の制御にはBMIが使われているでしょ?それであなたは入出力装置を使わずに強化外骨格からの情報を知覚できるし、強化外骨格を操作できる。でもあなたが魔法を使おうとすると、BMIのシステムと干渉して誤動作する恐れがあるわ」
つまりこういうことか?
強化外骨格を使うと魔法が使えない。魔法を使うと強化外骨格が使えないってことか。
どちらか選ばなければならないとしたら、もちろん強化外骨格だ。
……マジか。
「くそう、折角の異世界なのに魔法は諦めなきゃ駄目なのか」
「強化外骨格のシステムを調整すれば多少は使えるようになるかもしれないけど、私も魔法に関しては手探りだから期待しないで」
なんかリリーに気を使わせたらしい。
「ああ、別に気にしなくていい。俺は強化外骨格があればどうとでもなるからな。……で、あんたは魔法使い目指すのか?」
「魔法や魔道具っていうものに興味あるし、冒険者としてやっていくのなら何か魔法的攻撃手段があったほうが良くない?」
俺一人でも十分だとは思うが、リリーに何も攻撃手段がなければ不安が残る。
リリーに前衛職は務まらない。
正直、運動オンチなリリーに刀剣類を持たせるのは怖い。
かといってアジトに銃器があるらしいが、こちらの世界観をぶち壊してしまうし、周囲の目を考えると使用は避けたい。
その点、魔法による後方支援はリリーに適任だ。
同士討ちだけには注意してもらいたいが。
「それで実戦で魔法は使えそうなのか?」
「そうね、ちょっと研究すれば素手よりはマシになるかしら。せめて自動照準機能とか熱源追尾機能とか欲しいわね」
「一応念の為に言っておくが、自重しろよ」
リリーにやらせたら、魔法が魔改造されそうだ。
ただでさえ俺たちは目立つのに、これ以上目立っては今後の活動に支障が生じかねない。
……まあ、今更な話なのかもしれないが。




