第14話 正義の味方と悪の女幹部、今後について話し合う
「はー、疲れた」
そう言いリリーはベッドの上に倒れこんだ。
ここは伯爵たちの住む屋敷の一室だ。
伯爵夫人に招かれて伯爵たちが住まう屋敷に来て、そこで歓待を受けた俺たちはそのままの流れでこの屋敷に泊まることになったのだ。
伯爵夫人は身分が高いにも関わらず気さくな人柄でずいぶん話しやすい人だったが、何気ない会話のなかに俺たちの素性の探りがある点侮れない人物だ。
そんな和やかながらも気が張る食事でリリーは若干疲れを見せていた。
「礼儀作法がそんなに厳しくなかったからまだマシだったけど……やっぱ身分が高い人間が相手っていうのは気を使うわね」
「それに俺たちの素性を教えるわけにもいかないしな」
「秘匿通信で口裏を合わせておかなかったら、すぐにボロが出てたわね」
「多少は怪しまれたかもしれないが、訳ありだと勘違いしてくれてると助かるな」
「実際訳ありだしね」
リリーは幾分声を潜めて俺に問い尋ねた。
「……それで、あの人たちは信用できると思う?」
俺はしばし考え、首を縦に振る。
「伯爵夫妻は信用していいんじゃないかな。俺たちを利用しようとは考えていても、俺たちを騙そうとはしてないと思うぞ」
「その違いは?」
「俺たちに害意があるか、ないか。俺たちを利用してくるかもしれないが、それは俺たちにも益になることだろう。つまり持ちつ持たれつってわけだ」
「ふうん……で、そう思う根拠は?」
「俺の勘」
「あなたね……」
「冗談だ。強化外骨格の情報処理装置による観測結果が根拠だよ」
「そういえばあなたのそれって人の仕草や生体反応をモニターして嘘を診断できるんだったわね」
人が嘘を吐いた場合、身体的に兆候が現れる。
脈拍数の上昇、発汗、瞳孔が開き、目が泳いだり、大げさな仕草、又は身体の硬直といったものが見られる。
嘘を吐きなれている人ならば見分けるのは難しくなるが、それでも特殊な訓練を受けていない限りこの嘘発見器を誤魔化すのは困難だろう。
「一〇〇パーセントとは言わないが、少なくとも嘘を吐いた兆候はなかったな」
「じゃあ彼らを信用できそうだから、報奨の他に盗賊のアジトから持ってきた物の引き取りを頼んだの?」
「いや、あれはただ単に俺たちにあれを換金するにもコネがないことと、あれだけの量を引き取ってくれる先を探すのも手間だからだ。それに本当に彼らが信用できるかの試金石にもなる」
「代金を誤魔化したら、その程度の人間ってことね」
「まあ大丈夫だろ?彼らは誠実そうだし、その上あっちは貴族の名があるんだ。阿漕な真似をしてその名に泥を塗る真似はしないさ。それにこっちとしては失っても痛くもない金だからな」
「それもそうね」
「それにこの部屋に置いておいた強化外骨格に近づいてもいないようだしな」
食事を取るタイミングで脱ぐように夫人から勧められ、俺はそれに応じていた。
本来であれば、盗難や交戦などを警戒してあまり強化外骨格を脱ぎたくはなかったのだが、流石に食事に鎧姿でいく奴もいないだろうと考えて俺も了承し、宛がわれた部屋で脱いでおいたわけだ。
初対面のときの反応を察するに、伯爵はこの強化外骨格に興味を抱いていたようだった。
ラウラによれば高性能な魔動鎧は高価で、たとえ金を積んでも入手が困難だという。
ならば喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
だが伯爵はそんなことはおくびにも出さず、交渉を持ちかけてくることもしてこなかった。
もしかしたら盗もうとしてくるかと若干警戒したのだが、それは杞憂だったようだ。
俺は念のために端末を操作してセキュリティシステムをチェックするが、俺達がいない間に誰もこの部屋に入ったりしていないようだし、俺たちの荷物も漁られていないようだった。
伯爵たちは想像以上に礼節をわきまえているようだ。
真っ当な人間なら、娘の命の恩人に対して恩を仇で返すような真似はしないだろうが。
「でも危ない賭けだったんじゃない?それが盗まれたら面倒よ?」
リリーの指摘は尤もだが、実のところ強化外骨格を盗むなんて物理的に無理がある。
「もし仮に誰かが強化外骨格を盗もうとしても、この強化外骨格だけで重さが百キロ近くあるからな。そう簡単に持ち運べないだろうし、着るにも俺の生体認証が必要だ。盗むのはまず無理だろうな」
「そういうことね。やけにあっさり部屋に放置するから大丈夫か不安だったんだけど」
強化外骨格は俺たちの攻撃力の要といってもいい。
だからリリーにとっても強化外骨格を失うことは看過できない事なのだろう。
「話を戻すけど、伯爵たちは信用できるってことでいいわね?」
「ああ、この部屋にも俺たちを観察するためののぞき穴とかはないみたいだしな」
「のぞき穴!?」
リリーはその可能性を考慮していなかったらしく、勢いよく立ち上がって周囲を見渡した。
「壁の向こうで使用人が聞き耳を立ててるなんてこともないから安心しろ」
ここが地球ならば盗聴盗撮を警戒するところだろうが、こちらではそれに警戒する必要はないし、壁の向こうで直接監視したり盗み聞きしたりというのは俺が簡単に察知できる。
その一方で魔法的な手段を講じられたら俺たちに成す術はないのだが、不必要にリリーに警戒させてもしょうがないので黙っておくことにした。
俺の言葉で安心したのかリリーはベッドの上に座りなおし、改めて部屋の中を見渡した。
「それにしても貴族となるとやっぱり屋敷も調度品も豪華ね」
オジェクの街の最も高いところに位置する伯爵の屋敷は豪邸というよりも砦だった。
堅牢な石造りの建物で、そう易々とは攻め落とされはしないだろう。
だが伯爵たちが住む居住区は厳つい外見とは裏腹に、内部は貴族に相応しく豪華に飾られていた。
俺たちのために用意された一室も質の良い調度品が揃えられていた。
とはいえヴィクトリア宮殿の内装や調度品の事を考えれば、これでも控えめな方だろう。
「見栄を張ることで自分の家の格と豊かさを誇示するわけだから、必要なことなんだろうさ」
「まあ、そうなんだろうけど私はあまりごてごてと派手なのは好きじゃないのよね」
そういえばリリーが着ている服は大概モノトーンだった。
てっきりダークリリーという自身のキャラ付けのためかと思ったが、考えてみれば私服までそれに縛られる必要などない。ただ単に彼女の好みなのだろう。
「まあ俺も金ぴかなものは好きじゃないが……問題はそれよりも、この現状だろうな」
ただ今問題なのは、ちょっとばかり派手な部屋の内装などではない。
当たり前のようにリリーと同室だったりすることだ。
一晩泊めてもらう身である以上、部屋を分けてくれとも言い出し辛い。
「一体私達はどういう関係に見られているのかしら」
「少なくとも敵対関係だとは思われてないだろうな」
少し憤然とした様子で言うリリーだが、この一帯では珍しい人種同士で旅をしているという状況証拠からみれば、親しい間柄だと思われていても不思議じゃない。
それに敵対関係にある二人が仲良く一緒に旅をしてるなんて思わないだろうしな。
とはいえベッドがきちんと二つ用意されていたり、部屋の一部に間仕切りがあってプライバシー保護も配慮されているあたり抜かりない。
「まあでも、一緒の部屋で寝るのなんて今更な気もするけど」
確かにリリーの言うとおりここ数日は一緒に野営したり、盗賊のアジトの小屋で一晩を過ごしたりした。
俺たちは今更恥らい合う間柄じゃない。
どちらかというと寝首を掻き合う間柄なわけだ。
とはいえ休戦協定を結んだ今では、ある程度互いを信頼していると思う。
リリーはローブを脱いでベッドの上に放り投げ、それから俺の正面に立って俺を見据えた。
「さて、今後の事について話し合いましょう」
* * *
俺たちは応接椅子に向かい合って座り、顔をつき合わせた。
「そうね……ところでひとつはっきりさせておきたいんだけど、あなたここに定住するつもり?」
「なんだ?帰る当てでもあんのか?」
「ないわよ、そんなもの」
「なら、とりあえずここでの生活をどうにかするほうが先決だろ。……第一、俺は向こうに帰る必要性を感じないしな」
俺の言葉に彼女は幾分意外そうに俺を見た。
「意外ね。てっきりあなたは向こうに帰りたいんだと思ってた」
「そう見えたか?」
「帰らないつもりなの?」
「さあどうかな、こっちの世界をある程度見て回ってからでもいいとは思ってる」
正直なところ、俺は帰れても帰れなくてもどうでもいいと感じている。
それに異世界に来ることなんて滅多にできることじゃない。
たとえ向こうに帰る術があるとしても、こちらを満喫してからでも悪くないだろう。
これまで“正義の味方”として碌な休暇もなかったんだ。これくらいしても罰は当たらないはずだ。
そんな俺の返答にリリーは呆れ気味だ。
「なんというか“正義の味方”って刹那的よね。今を生きるのに必死で、将来を見据えていないというか」
「そうか?」
「そうでなければ、逃げる悪の組織を放置なんてしないでしょ。追いかけて徹底的に叩き潰すでしょうよ。それをしないから悪の組織は撤退して力を蓄えて再起するんでしょ?」
全くもって耳が痛い話だが、追撃しないのが“正義の味方”の美学というかセオリーになっている気がする。
それを悪の組織の一員であるリリーに諭されるのもどうかと思うが。
「あんたはどうなんだ?あっちじゃあんたはお尋ね者だ。こっちに居た方が気兼ねなく生きられるんじゃないか?」
「……言われてみれば私が向こうに残してきたものなんて何一つないのよね。家族はいないし、組織も潰された。私の全てはあの研究所だけだから心残りなんてないのよね」
「組織以外の知人友人はいないのか?」
俺の問いにリリーは寂しそうに笑った。
「生憎、私は物心ついたときから悪の組織の頭領の娘として生きてきたの。意図的に親しい友人を作らないようにしてきたし、転校続きで友人関係も長続きしなかったわ」
「徹底的にぼっちだな。その分だと恋人もいない感じか」
俺の言葉にリリーはむっとした表情で俺を睨んだ。
「うるさいわね。どうせ年齢イコール恋人いないわよ。あなたこそどうなのよ」
「まあ、俺も人の事言えないな。向こうに俺の帰りを待つような人間はいない」
「あなただってぼっちじゃない」
「“正義の味方”に恋人作るような暇はないんだよ。作ったら作ったでハニートラップじゃないか念入りに素性調査されるし、大事な人を悪の組織に狙われる可能性だってあるしな」
「言い訳がましいわよ」
「……はい、俺もぼっちです」
リリーのジト目を受けて俺は観念した。
だが所詮ぼっち同士である事実は変わらず、実になんとも言えない空しい気持ちで満たされる。
それはリリーも同じだったのか、彼女もどことなく悲壮感漂わせていた。
「不毛ね」
「不毛だな」
変な空気になったのを察し、リリーはわざとらしく咳払いをして話題を変えた。
「話を戻すけど、こっちで研究を続けてもいいかもしれないわね。こっちの世界には魔法なんて面白いものもあるみたいだし。あなたはどうする?」
リリーはこの世界に留まることにかなり乗り気のようだった。
「どっちにしろ俺には帰る術の見当がつかないから、俺が帰れるかはあんた次第だしな」
「……そういえばそうね」
俺としてはどちらでも良いのだが、如何せん俺一人で帰ることは出来ない。
リリーが向こうへ帰る方法を見つけなければ、俺は否応なしにここに留まらなくてはいけないわけだ。
そのことに気付いたようで、俺を異世界転移に巻き込んだ責任を幾らかでも感じるのかリリーは少しだけ申し訳なさそうにする。
でも俺は別にこちらの世界に来た事で彼女を責めるつもりはない。
なにせあれは事故だったし、要因の一端は俺にもあるしな。
だからなるべく彼女が気負わないように配慮する。
「だから俺はあんたが帰還方法を見つけるまでこの世界を満喫することにするさ」
「随分お気楽なことね」
俺の配慮を知ってか知らずか、リリーは呆れたように笑った。
「というわけで、とりあえずはこの街で生活するってことでいいのか?」
「ええ、できればこっちの世界の事も調べたいし、帰還する方法のヒントになるようなものもあるかもしれないし」
そういわれてみれば確かにそうだ。
こっちにしかない技術、魔法関連で帰還する方法のヒントかなにかあるかもしれないしな。
でも十中八九、リリーはただ単に己の知識欲からの発案だろう。
それでも別に構わないが。
「そうなってくるとこの街での生活基盤を作らないといけないな。それと必要なものは衣食住だな。……それらを手に入れるためには、金が必要か」
「あとはある程度の身分、社会的立場ね」
「そうなると何らかの職に就くことが望ましいか」
「そうよね……当座のお金は今回の事で手に入ると思うけど、この街で生活していくつもりなら一定のお金を稼がないといけないわね」
「そうだな、何か仕事を見つける必要があるよな」
こっちの世界に職安なんてないよな。
それにこの世界の文化レベルに対応できる俺たちのスキルがあるかどうか疑わしい。
……うん、皿洗いや農作業しているリリーの姿なんて想像つかない。
そうなってくると俺たちに出来そうな仕事の心当たりなどひとつしかない。
「冒険者か」
「やっぱりそこに落ち着くわよね」
したり顔でリリーは頷く。
なぜか彼女は嬉しそうだ。
「異世界転移のお決まりね。冒険者!テンション上がるわね」
「そうか?」
結構リリーはミーハーらしい。
冒険者の存在はラウラの話から聞いていたし、盗賊からインストールした知識の中にも断片的に存在していた。
冒険者――雑用をこなす便利屋であり、深い森で狩りや採取をこなす狩人であり、護衛を勤める傭兵であり、魔物狩りのエキスパートであり、未踏の遺跡の調査員であり、時として間者や密偵となる。
冒険者ならば俺たちに適した仕事が転がっているかもしれないし、リリーが働くのに適さなくても、荒事の得意な俺が稼ぎに出てもいいだろう。
……あれ?なんだこのお父さんポジション。
決してリリーは俺の扶養家族じゃないぞ。
「とりあえず冒険者として日銭を稼ぐってことでいいか?」
「ええ、じゃあ早速明日は冒険者ギルドに行きましょうか」
「そうだな。当座の金の心配ないとはいえ、冒険者登録はさっさと済ませておいた方がいいだろうな。あとは……宿屋か」
「ああ、そういえば宿屋も探さないといけないわね」
リリーは失念していたが、今日この領主の屋敷に泊まることができたのは伯爵たちの好意によるものだ。
当然明日からは自分で寝床を探さないといけない。
「たぶん冒険者ギルドに行けばおすすめの宿とか教えてもらえるだろ」
「明日はラウラが街を案内してくれるってことになってるから、彼女に訊いてもいいかもしれないわね」
すっかり俺は忘れていたが、この街に不慣れな俺たちに配慮して伯爵がラウラを一日貸してくれることになっていた。
盗賊がインストールした知識が思った以上に偏っているため、彼女から得られる情報は不可欠といえるだろう。
「ならさっさと寝ないとな。恐らくだがこっちの人間の朝は早いぞ」
こちらの文化レベルが見た目同様に中世程度ならば、夜明けとともに活動を始める可能性が高い。
幾ら客人扱いとはいえ遅くまで惰眠を貪っていては、街の案内を頼んだ手前示しがつかない。
「そうね、目覚ましもセットしないと」
リリーはそう言うと、俺たちの荷物が詰まった耐衝撃コンテナケースから何か取り出した。
ハンドボールサイズの金属製の球体だ。
「……なんだそれ」
「センチネル君弐号よ」
リリーは電源を入れると部屋の中央にそれを無造作に転がした。
どことなくこの世界に転移する現象を引き起こした爆弾に似ている。
どう見ても目覚ましには見えない。
「いや、名前じゃなくてだな、何に使うものだ?」
「警備用のドローンよ。二十四時間監視、スタンガン搭載で不審者を非殺傷で対応可能。それになんと目覚まし機能付き」
どうやら目覚ましついでに寝ている間の警戒活動はそのドローンに任せるらしい。
「ああ、うん、そうか……ところで目覚ましはスタンガンでじゃないだろうな?」
「ええと、うん、大丈夫よ」
なぜかリリーは言葉を濁した。
仕事が忙しくなるため次回更新は遅れます。