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第13話 正義の味方と悪の女幹部、始まりの街へ行く

 あくる日、俺たちは盗賊のアジトから馬車を持ち出し、森を抜けて街道へと戻り、オジェクの街へと向かっていた。

 俺が御者となって馬車の御者台に乗っており、そして俺の横にはなぜかリリーが座っている。

 ラウラとクリスカはキャビンの中にいるのでリリーもそっちにいればいいと思うのだが、ひとしきり彼女たちとお喋りをした後は俺と並んで御者台に座っていた。


 今は森を抜け、なだらかな丘陵地帯をゆるやかに蛇行する街道を馬はゆっくりとしたスピードで歩を進めていた。

 無人機(ドローン)を飛ばしていて周囲に危険がないことは把握済みなので警戒する必要もないため、暖かな陽気に欠伸が出そうになる。

 安全であるに越したことはないが、いささかのんびりすぎるようでリリーはどこか退屈そうにしていた。

 

「馬車って案外遅いのね」

「馬が時速六十キロで走れるって言っても、あくまでそれは全速力での話だからな。普通の歩速なら時速七キロ程度……人間の歩く速さと大して変わらないさ」


 馬は生き物だ。全速力でいつまでも走らせることなど出来ないし、常足(なみあし)で歩かせていても適度に休憩を取らないといけない。


「それにこの馬車で時速二十キロも出せばとんでもないことになるぞ」

「ああ、悲惨なことになるわね」


 まともなサスペンションも付いていない馬車で、舗装されていない道を速い速度で走行したらどうなるかなんて火を見るより明らかだ。

 乗り物酔いしにくい人間でもゲロるだろうし、荷物はシェイカーに放り込んだような状況になるだろう。

 そもそも馬車が耐え切れるかどうかすら怪しいところだ。


「別に急ぎはしないんだからいいだろ、ゆっくり行っても」

「そうだけど……あ、UAVが街を視認したわよ」

「お、ついにか」


 あまり遠くに飛ばして帰還不可能になっては回収することも難しいので、UAVは高度二十五メートルぐらいのところを飛ばして近場の警戒だけに使っていた。

 そのためUAVが視認できる範囲は大体半径二十キロ以下だ。

 尤もこの星の直径が地球と大体同じならの話だが。


 つまり俺たちのいる地点から街までは二十キロぐらいあるってことだ。


「あと四時間くらいか。まだ結構あるな」

「ゴール地点が見えただけまだマシね」


 そう言ってリリーは御者台の上で伸びをした。


「それにしても彼らは放置でよかったのかしら」


 リリーが言う“彼ら”が誰を指すのか一瞬理解できず、ちょっと悩んだがすぐにそれが盗賊たちの事を指すことに気付いた。


「盗賊どもか?だってどうしようもないだろ?連れて来るにも馬車に入れる訳にもいかないし、縄で引いていくとスピードが遅くなるし」

「まあ、そうよね。水と食料は置いておいたから死にはしないと思うけど」


 意外とリリーは人道的なようだ。

 俺としては大勢人を殺し、女性を犯そうとしていた連中などどうなっても気に止めないが。

 全くもってどっちが正義の味方かわからなくなるな。


 とはいえ盗賊どももあのまま放置というわけではない。


「それに街に着いたら捕縛のための人間を向かわせればいいってラウラが言ってただろ。俺たちはこっちの事情はよく知らないんだし、ラウラの言うことに従った方がいいだろ」

「そうね」


 リリーは納得したように頷き、それから俺のほうをいぶかしむように見た。


「ところでひとつ訊いていいかしら」

「なんだ?」

「なんであなた馬車の御者ができるわけ?」

「これも昔取った杵柄ってやつだ」


 俺の答えにリリーはなんとも言えぬ顔をした。


「謎が多すぎるわよ、あなた」

「そうか?」


 確かに俺は無駄に引き出しが多い自覚はあるが、そんな変人を見るような目で見られる筋合いはない気がする。

 だってこっちの世界では動物を解体することも、馬車の御者をすることも至って普通のスキルなのだから。


 第一、それを言ったら死人の頭に針をぶっ刺して記憶を盗み取るリリーの方が変人だろう。

 もちろん後が怖いので口にはしないが。


「それにしてもやっと人間の文化圏に入れるわね。美味しいものはあるかしら」


 どこかうきうきとした表情でリリーは言う。


「あー、どうだろうな。あまり期待しない方がいいと思うが」


 俺の夢も希望もない発言に、リリーは若干へそを曲げたようだった。


「どうして“正義の味方”ってそんな現実的で悲観的なのかしら。夢を持ちなさいよ、夢を。悪の組織を見なさいよ。彼らは常に夢を追って生きてるわよ」

「その夢と夢を追う方法に問題があると思うがな」


 他人に迷惑が及ばない夢ならいいが、悪の組織はそこが問題だから悪の組織と呼ばれるんだ。


 だが俺の抗議の言葉をリリーは華麗に無視する。


「そうね、美味しいものがなければ作ればいいわけだから、食料品が手に入れば良いわね。出来れば香辛料とかの調味料、あとは新鮮なお野菜ね。他にはこの世界の資料を集めたいわね。そうそう、魔法関連のものとか!」

「……テンション高いな、おい」


 リリーのテンションが高い。

 彼女に会って以来、一番のテンションの高さかもしれない。


「だってやっと異世界転移らしくなってきたのよ?テンション上がらない?」


 まあ、上がらないかと言われれば、上がるのかもしれない。

 フィクションの中でしか存在しなかったものが目の前にあれば、テンションも上がるだろう。

 だが街に入るということは、大勢の人間と接触するということであり、それだけ多くのトラブルの種が周囲にあるのだ。

 俺はどうしてもそっちのほうに気がいってしまう。


 それを口にするとリリーは呆れたように俺を見た。


「全く本当にこれだから“正義の味方”は……。折角の異世界なんだから楽しまないと損よ」


 用心深いと言ってくれ。

 石橋叩いて割るくらいじゃないと“正義の味方”は生き残れないんだ。




 * * *




 数時間後、目的の街オジェクへと近づくにつれ、その全貌が見えてきた。

 小高い丘の上にあるその街は外周を高い城壁に囲まれており、そこから突き出るように石造りの塔が建っているのが見える。

 どうやらインストールした知識によれば、あれはこの周辺一体を治める領主が住む城砦らしい。

 

 やはり一際目立つのは城壁だろう。

 高さ十メートルは超える高さの城壁はまさに圧巻だ。

 メガ猪みたいな化け物が跋扈している世界だ。

 化け物が街に害を及ぼさないように警備は厳重にもなるだろうし、街を城壁で囲う必要も高いのだろう。


 また街の周囲には畑が広がり、そこになる小麦らしきものが風にそよいでいた。

 なんとも牧歌的風景だ。



 街の入り口にある門に着くと、門番らしき武装した男に馬車を止められた。

 鎖帷子に鉄兜という軽防具を身にまとい、槍を手にしている。

どうやらここで誰何を受けるらしい。


 なにせ御者は全身を奇妙な鎧で包む男と、全身真っ黒なローブの顔を隠す女だ。

 しかも乗っている馬車は、そこそこ身分の高い人間が乗るキャビンがある馬車。

 怪しまない方がおかしい。


「面倒が起きても嫌だからラウラを呼んだほうがいいんじゃない」

「そうだな」


 俺は御者台からキャビンをノックしてラウラを呼ぶ。

 するとすぐさまラウラが顔を出し、周囲の様子から内容を察したのか馬車から出てきて門番に何事か告げていた。


 話を聞いていた門番はすぐに顔色を変えて俺たちを見た。


「しょ、少々お待ち下さい!」


 門番はそれだけ言うと血相を変えて門の方へと駆けていく。


「何事かしらね?」

「やんごとなき身分のご令嬢が盗賊に拉致されかけて、護衛が全滅したんだ。そりゃ血相も変えるだろうよ」

「どうでもいいけど、おなか空いてきたから早くして欲しいわね」

「こっちには電話とかないだろうし、伝令が走って回って情報が届けられるだろうから……時間はかかるだろうな」

「えー」


 リリーがうんざりしたような顔をする。

 長時間座りっぱなしで退屈しているらしく、彼女は少々不機嫌になっている。

 彼女を宥めるために袋の中から盗賊のアジトから失敬してきたリンゴに似た果物を手渡した。


「これ食って我慢しておけ」


 リリーは言われるままに果物に齧りつき、シャクシャクと咀嚼する。

 何かを研究させておくか何か食べさせておけば騒がしくないので、これでしばらくは大丈夫だろう。


 俺はそれからラウラに視線を向けた。


「問題はないか?」

「はい、恐らく伯爵様にご報告に向かったのだと思います。襲撃した盗賊を捕縛するために騎兵も用意する必要もありますから」


 なにかラウラの発言に聞き捨てならないことがあった気がする。


「……伯爵?」

「ええ、お嬢様のお父上はここの領主であられるキーネン・クラウトス伯爵様ですが?」


 さも当然という顔を彼女はしているが、俺は聞き覚えがない。

 インストールした知識にもないので、俺が失念しているわけじゃないだろう。


 盗賊の奴ら、誰の娘を拉致したのかすら分かっていなかったのか?

 俺がインストールした盗賊のリーダーらしき男の記憶にはクリスカを人質として利用するような内容はあったはずだ。

 だから盗賊たちはクリスカに手を出さなかった。

 それにも関わらず盗賊のリーダーすらもクリスカが誰の娘か知らなかったことに若干の違和感を覚える。


 まあ、その話は今は置いておこう。


 しかしいいところのお嬢様だとは思ったが、まさか貴族とはな。

 その割には偉ぶったところはないし、身分さを感じさせずに普通に俺たちにも接していた。

 ……若干、俺を怖がってはいたが。


「知ってたか?」


 隣でリンゴを咀嚼するリリーに問いかける。


「あー、そんなことも言ってたかもしれないわね」


 さして気にした風でもないリリーはあっさりとそう言ってのけた。

 

 うん、コミュニケーションは大事だな。



 * * *




 何分待っただろうか。

 たぶん五分以上十分未満といったところか。

 リリーが食べていたリンゴはすでに芯だけになっており、彼女の苛立ちが再発して貧乏ゆすりを始めている。

 ラウラは一度馬車に戻ってクリスカの様子を窺った以外は馬車の横に立ち、不動の姿勢で迎えを待っていた。

 リリーにはラウラの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


 そうこうしている間に街の中から物々しい一団がやってくるのが見えた。

 今俺たちが乗っている馬車と同じような馬車や、馬に騎乗する騎士らしき鎧の一団だ。

 

「やっとお出ましみたいね」


 どこか不機嫌そうにリリーは言い、伸びをした。

 こいつ、不敬罪に問われたりしないか凄く不安なんだが。


 目上の偉い人間を前に御者台の上からというのも失礼な気がしたので早速御者台から降り、無難なラウラのそばで一団を待つ。

 

 やがて目の前で馬車が止まって身なりのいい中年男性が飛び降りてきた。


「クリスカ!」


 凄い慌てふためいた様子でクリスカを呼ぶが、そのテンションとは反対にクリスカはおずおずと馬車の中から降りてきた。

 馬車から出てきたクリスカを伯爵(仮)は感極まったように抱きしめるが、クリスカはちょっと呆れたようなうんざりしたような顔でされるがままになっている。


 なんというか父娘で温度差があるな。


 しばしクリスカを抱きしめる伯爵(仮)と、それを眺めるその他大勢という構図が続いたが、伯爵(仮)が乗ってきた馬車から降りてきた女性が伯爵(仮)の頭をひっ叩いてそれに終止符が打たれた。


「あなた、いい加減してください。クリスカも困っているじゃありませんか」

「あ……すまない」


 伯爵(仮)を叩いた女性はどうやら伯爵夫人(仮)らしい。

 伯爵(仮)から開放されたクリスカは、伯爵夫人(仮)のもとへ行き抱きついている。


 それを伯爵(仮)は寂しそうに見つめ、それから今更ながら周囲の目に気付いたようでは誤魔化すように咳払いをして俺たちに向き直った。


「私はキーネン・クラウトス。ここの領主をしている。君たちが娘を助けてくれたそうだね。礼を言おう」


 凛々しい顔立ちと堂々とした振る舞いには身分相応の威厳があるのだが、今までの光景を見た後では全然説得力がない。

 こちらとしてもどうしたらよいか判断に迷っていると、伯爵の横に控えていた騎士然とした男が俺たちを睨みつけた。


「伯爵様の御前だぞ、素顔を見せて名を名乗れ」


 値踏みするような視線を受ける。

 まあ、見るからに俺たちは怪しいから仕方ない。


 リリーを窺うと、頷きが返ってきた。

 それを確認してから俺はフェイスシールドを解除、リリーは俺に続いてフードを取る。


「失礼、こちらの礼節は知らぬものでご無礼をお許し下さい。私はアッシュ、こちらはリリーと申します」


 俺は軽く身を屈め、お辞儀をする。膝をつくつもりはない。

 あくまで日本式の礼儀をとって、こちらの礼儀は知らないで通すつもりだ。


 なぜか伯爵と周囲の騎士たちは俺たちを見て息を呑む。

 ラウラたちに顔を見せたときと似た反応だ。


「異国の方だったか。……それにその魔動鎧」


 伯爵は俺を凝視する。

 強化外骨格を売ってくれとか言わないだろうな。

 支給品だから俺の持ち物じゃないし、俺の持ち物でも売る気はないが。


 なんとも言えぬ微妙な空気になったとき、クリスカが伯爵の脛を蹴り、伯爵夫人が伯爵の頭を再び叩いた。


「――痛ぁ!」


 痛がる伯爵をよそに伯爵夫人が微笑を浮かべて俺たちに歩み寄ってきた。


「まったくおよしなさいな。恩人にそんな不躾な態度をとるものではないでしょう。……ごめんなさいね。私はクリスカの母、オルマです。こんなところで立ち話もなんだからうちにいらっしゃらない?」


 俺とリリーは顔を見合わせ、それから頷いて返した。


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