第12話 正義の味方と悪の女幹部、物色する
話が決まればとりあえず今夜ここで過ごす準備だ。
盗賊たちのアジトとはいえ、ここで彼らも生活していたのだから探せば何か使えるものがあるはずだ。
寝床、食料、それとラウラ達二人とも返り血を浴びているから着替えが必要だろう。
ついでにこれから街に行くから金目のものもあればいい。
流石に無一文というのは今後のプラン的に問題だろう。
そう思って周囲を見渡していると、リリーが一軒の小屋の前で俺を手招きしていた。
「ねえ、こっちに来てくれない?鍵がかかっている小屋があるんだけど」
隙間から中を覗きこむと、木箱やら袋やらがいろいろ納められているようであった。
「ねえ、宝物庫っぽくない?」
「確かにそれっぽいな」
扉を見ればゴツイ錠前が掛かっている。
誰かが鍵を持っているかもしれないが、探すのも面倒だ。
俺は錠前を掴み、無造作に引きちぎった。
現代の鍵と違って簡単な作りだからピッキングも容易だろうが、強化外骨格のパワーがあるから壊した方が早い。
なんか後ろで見ていた現地人二人の視線が痛いが、気にしないでおく。
俺は扉を開け放ち、中を覗いた。
中には宝箱っぽい木箱とか、何かが詰まった麻袋とかが乱雑に置かれていた。
「なんかこういうのワクワクするわね」
リリーは少し楽しそうに箱の中身を検分していく。
中身はこちらの貨幣と思われる金銀銅貨、煌びやかな貴金属や宝石の装飾品、銀食器、豪奢な刀剣類、重厚な書物、色鮮やかな布や衣服だ。
リリーの興味を引いたのは書物くらいなもので、それ以外は興味がないようだ。
実際俺も興味はないが、金目のものは役に立つだろう。
俺たちが物色している間、それを後ろから眺めていたラウラとクリスカであったが、クリスカが一箇所に固めて置かれていた複数の鞄に気付いた。
「あ、あれ」
仕立てのいい革鞄だ。同じデザインのものが幾つかあるのが見える。
彼女たちの反応を察するに、どうやら彼女たちの持ち物のようだった。
「これ、あんたたちのか?」
「……はい」
俺はその鞄を彼女たちに手渡そうとしたが、なぜかそれを手に取ろうとはせずにいた。
ラウラたちの様子に訝しく思っていると、彼女は若干躊躇いがちに俺を見た。
「いいのですか?」
「なにがだ?」
「盗賊を討伐したのはアッシュ様方ですので、盗賊の所有物の所有権はお二方になっています。ですから元が私たちの物とはいえ、今の私たちが所有権を主張することはできないのです」
なるほどと俺は一人納得する。
どうしたものかとリリーを一応窺ってみるが興味は全く無いようで、先ほど見つけた書物を一心不乱に読んでいた。
ああ、うん、あいつに何かを期待していたわけじゃないし、俺の裁量でいいかな。
「目の前に持ち主がいるのに、それを奪う気はない。自分の持ち物は持っていくといい。……それに着替えが必要だろ?早く着替えてくるといい」
俺の言葉を受けてラウラは鞄を受け取り、深く頭を下げた。
* * *
俺が宝物庫を物色して使えそうなものと金になりそうなものを仕分けしていると、その中に眼を引くものがあった。
質のいい大剣だ。
全長は一五〇センチを超え、グレートソードと呼んだ方がいいかもしれない。
両刃の刀身は真っ直ぐで、柄も刀身と一体となっている。
そしてその大きさ故に、一体誰が使えるのかわからないぐらい重い。
十キロを超えるかもしれず、生身の人間では持つだけで精一杯だろう。
とてもじゃないが実用的な代物には思えなかったが、装飾などがないために儀礼剣というわけでもなさそうだった。
俺がその剣を手にとって眺めていると、横からリリーが覗き込んできた。
「なに?本当に騎士にでもなるつもり?」
リリーはラウラが俺の事を灰色の騎士と呼んだことを耳聡く聞いており、それを何かにつけてからかってくるのだ。
自分だって黒き魔女なんて呼ばれていたくせに。
何を言っても無駄だとわかっているので俺はリリーのからかいを無視することに努める。
「俺の武装は特殊警棒と刃渡りの短い電磁ナイフ、EM拳銃くらいなものだろ?EM拳銃はなるべく使いたくないし、こっちの武器と違うものを使って目立ちたくないしな」
「そういえばそうよね。私のは魔法に見えなくもないみたいだけど」
ぶっちゃけこっちの世界の武器ならば武器なしでも俺は対処できるのだが、丸腰だと舐められて要らぬ問題を招く可能性もある。
「だから適当な武器でも持っていようかと思ったんだが、どれもいまいち質が悪い」
「そうね、ここの武器はただの鍛鉄ね。日本のような複構造じゃなくて単構造だから、まさしく叩き切る西洋剣といったところかしら」
「それでこいつだ」
俺は手に持っているグレートソードをリリーに見せる。
「構造は他のロングソードと変わらないけど……なにこの素材。ただの鉄じゃないわね。未知の素材かしら」
リリーが興味を示す。
なんとなくこいつの扱い方が分かってきた気がするな。
「磁性体で導電性があり、比重は鉄よりも重い。しかも俺の特殊警棒を薄く傷つけることができて尚刃こぼれしてない」
「つまりクロモリ並みに固いってこと?」
「下手したらそれ以上かもな」
「うーん、手元にある簡単な装置じゃ駄目ね。施設にある設備を使わないと」
X線を照射して組成を調べたり構造解析したり、電子顕微鏡で表面観察や組成分析したりするんだろう。
「それを持って歩いたら下手ところなら床が抜けるんじゃない?」
リリーの指摘も至極尤もだ。
俺の体重プラス強化外骨格の重さだけで一六〇キロを超える。
ボブサップ並みに重いのだ。
それにこの大剣を持てば一七〇キロ超。
弱い木の床だったりしたら踏み抜いてしまうかもしれないし、普通の椅子に座ったらまず壊れるだろう。
「でもまあ、お似合いなんじゃない」
リリーの許しを得たので確保しておくことにし、白銀の刀身を革で出来た鞘に収めた。
その後小屋の中の物色を終わらせて、小屋から出した金目のものを見渡して息をつく。
地面に広げた物品はかなりの量に及び、運ぶのに軽トラ一台は必要そうな量であった。
多いのはいいことだが、持っていける量には限りがある。
「結構あるな。持っていけないのは諦めるしかないか」
「そうね、嵩張らないこちらの貨幣と宝石類を中心に持って行きましょ」
中でも価値の高そうなものを選び出そうとしたところ、着替えを済ませて戻ってきたラウラが声を掛けてきた。
「如何なさいました?」
「ああ、ちょっと全部持っていくには多いなって話してたんだ」
「あちらに魔法袋があるようですから、それに収納なされば宜しいのでは?」
「魔法袋?」
聞き慣れない単語に俺は首を傾げ、すぐにインストールされた情報の中にそれに該当するものがあることに気付く。
魔法袋、それは見かけ以上の収容力を持つファンタジーな代物だ。
見た目は至って普通な四十五リットルのゴミ袋ほどありそうな麻袋のようだ。
「……アッシュ様方は魔法袋をご存知なかったので?」
こちらでは一般的なものなのだろうか、ラウラは若干訝しげに俺たちを見た。
「話には聞いていたが見た事はなかったな」
事実、フィクションで聞いたことはあるが、実際に見たことはないので嘘はない。
ラウラは俺の言葉に納得したのか分からないが、特に追及することはなかった。
「そうですか、では使い方をお教えしますか?」
「頼む」
「とは言っても、これに物を入れて袋を閉じるだけですが」
ラウラはその辺にあるものをぽいぽいと魔法袋の中に入れると、その口を閉じた。
すると袋がみるみるうちに縮み、小さな巾着のサイズにまでなってしまった。
もちろん中身が入ったままでだ。
持ってみれば重さも軽い。
質量保存の法則とかはガン無視である。
凄ぇな、ファンタジー。
その魔法袋に早速リリーが食いついた。
「なにこれ、凄いんだけど。これって空間の圧縮?でもそうなると物質の組織が変成してしまうわよね。中にカーボンを入れて、出したらダイヤになるなんてわけもないだろうし……ってことは見た目が小さくなっているだけで、中が全く別の空間、亜空間になっているのかしら。となるとこれは一種のワームホールを繋げるゲート?いえ、でもそうなるとどうやって一定の亜空間を繋ぎとめているのかしら?」
ひとりでぶつぶつ呟き、自問自答している。
正直ラウラとかはドン引きだろう。
俺はこっちに来てから何度か目撃しているので慣れたが。
リリーがぼっちなのはこういう性格だからっていう理由もあるだろうな。
「悪いな、あいつは研究者肌で面倒くさい奴なんだ」
「はあ、そうですか」
ラウラは若干リリーを見て呆気にとられていたが、俺はリリーは無視して作業を進めることにする。
魔法袋はさほど珍しくもないものらしく、一般人でも少し裕福な家ならば一家庭にひとつくらいはあるらしく商人なら複数所有しているのが普通らしい。
確かにこれがあれば物資の輸送がかなり楽になるよな。
商人を襲う盗賊のアジトにはかなりの数の魔法袋があったので、俺はラウラに手伝ってもらいながら次々と魔法袋に物品を詰めていく。
「それにしても便利だな。これで粗方のものは持っていけるかな」
「あちらに私たちが使用していた馬と馬車がありましたので、それが使えます」
「そうか、じゃあ明日はそれで移動するか」
ラウラが手伝ってくれたお陰で作業は思いのほかすぐに終わってしまった。
一息ついていると、いつの間にか正気に戻っていたリリーが俺に歩み寄ってきた。
「ねえ、アッシュ。そろそろお腹空かない?」
リリーの指摘に、俺も空腹を感じた。
そういえば一連の騒動の所為で昼食もろくに食べていなかった。
捕らえられていた二人も同様だろう。
時間を確認すると四時半くらい。
晩飯には早いが、ガスコンロも流し台もないこの環境下において食事の支度はちょっとした労働だ。
時間も当然長く掛かるので早めに支度するに越したことはない。
「ちょっと早いが晩飯の支度をするか」
「あちらに食材庫らしいところがありました」
地下施設から持ってきたレーションの数は残り少ない。
なにせ一泊の予定だったから、たいして持ってこなかったからだ。
それに人数が増えるなんて想像つくはずもない。
だからこのアジトにあった食料を使うことにする。
ラウラが見つけていた食料庫には芋、玉ねぎ、キャベツっぽい野菜、何かの肉の塊、壷入りの酒、固いパンがあった。
それらを適当に持ち出して、盗賊たちが寝泊りしていたらしき長屋へと運んだ。
長屋には竈と水を溜めておく水瓶があり、テーブルやベンチも置かれている。
男所帯だからか雑多な雰囲気があるが、今晩はここで寝泊りするほかないため贅沢は言っていられない。
俺はさっさと料理を始めるために手早く竈に火をおこし、鍋を火にかける。
玉ねぎっぽい野菜とキャベツっぽい野菜があったのでそれを使うことにする。
玉ねぎは薄くスライス、キャベツは一口大の大きさに切る。
切って野菜を沸騰した鍋にいれ、間食のつもりで持ってきたメガ猪の干し肉を手ごろなサイズにちぎり鍋にぶち込む。
干し肉がダシ代わりになっていい味を出してくれるのだ。
具にもなって一石二鳥である。
十分ほど煮込んで野菜がトロトロになったら塩胡椒で味付けして完成だ。
ローズマリーかパセリでもあれば最高なんだがな。
ないものねだりをしても仕方ない。
俺が料理を作っている間にラウラが長屋の中をある程度片付けてくれたようで、多少はマシになっていた。
鍋をテーブルに持っていき、洗っておいた食器を並べて食卓が整った。
「さあ、食うか」
* * *
メイドであるラウラがクリスカと同じテーブルに付くことを固辞したり、それを宥めてどうにか席に着かせたりとひと悶着あったが、どうにか四人全員がテーブルについた。
依然クリスカは、俺を怖がるかのようにラウラの陰に隠れていたりする。
なんだか俺って怖がられているみたいだ。
どうせ俺は子供に人気がなかったさ。
無愛想だったっていうのもあるかもしれないが、一番の要因は派手さがなかったことだろうな。
俺のファンだという大きなオトモダチは何人かいたんだがな。
俺が遠い眼をしていると、リリーが横から俺を覗き見た。
「ひとつ言っていいかしら」
「なんだ?」
「あなた、いつまでフェイスシールドを下ろしてるつもり?」
リリーに言われて気付く。
そういや俺、ずっとフェイスシールドを下ろしたままだった。
もしかして俺がクリスカに怖がられていたのって、ずっと顔を隠していたからか?
うん、きっとそうに違いない。
俺はフェイスシールドを解除すると、音を立てて頭部の装甲が変形していき、素顔が露わになる。
装着している間は何の閉塞感もないのだが、解除するとやはり楽になる感じがして、ほっと息を吐く。
そして俺の顔を見た二人はというと、驚いていた。
顔を晒して驚かれるっていうのは、どことなく微妙な気分だ。
どういう顔をしたらいいんだ、俺。
言語と一緒にインストールされたこの世界に基礎知識の中に黒髪黒目が忌避されるといったものはなかったはずだ。
もしかしたら黒髪黒目だけでなくて、俺のアジア人らしい顔立ちもあるのだろうか。
この世界の人間は彫りの深い西洋風の顔立ちのようだった。
リリーのハーフっぽい顔立ちならまだマシなのかもしれないが、俺の顔はこの世界では浮いているのかもしれない。
もしかして顔立ち云々を抜きにして俺の顔が驚くようなものなのか?
至って平々凡々な顔だと思っていたのは、過小評価だったのか?
確かに、年中不機嫌そうな顔とか、表情筋が死んでいるとか、正義の味方の癖に悪人顔とか、死んだ魚の目だとか言われたことがあるが。
だが俺の内心とは裏腹に、彼女の驚きは別のところだったらしい。
「それは……魔動鎧ですか?」
彼女の興味は強化外骨格に向いていた。
魔動鎧という聞きなれない単語をすぐにインストールした情報の中から探る。
どうやら魔動鎧とやらは、読んで字のごとく魔法の力で力を増幅した鎧のようなもので、確かに強化外骨格に似ているといえた。
そういうのもあるのかという感想を抱き、それと同時にそれをこのオーバーテクノロジーの塊の言い訳にする算段をつける。
「そうだ。魔動鎧のようなものだ」
俺は堂々とそう答える。
俺は良い意味で言えばポーカーフェイスなので、結構嘘がばれにくい。
悪く言えば冗談なのに冗談に聞こえない種類の人間だ。
今まで俺を怖がっていたクリスカも興味津々という顔で俺を見ていた。
「珍しいか?」
「はい、下級の魔動鎧ならば比較的目にしますが、アッシュ様の使っておられるほど素晴らしい上級の魔動鎧は見たことがありません」
なるほど、魔動鎧にも下級とか上級とかがあるのか。
性能にも差があるようだし、上級と相対することも考えて対策を講じる必要があるかもな。
「リリー、お前も顔を晒せよ」
リリーはフードを目深に被っているので顔はあまり見えなかったはずだ。
俺は言わずもがなである。
そのことが二人に不信感を抱かせているかもしれないということを今更ながらに気付いた。
顔を常に隠している人間がまともな人間だとは思えないよな。
クリスカとラウラはリリーと俺の顔をまじまじと眺める。
少しだけ居心地が悪いな、これ。
「お二人とも異国の方だったんですね」
「まあね、私たちみたいのはこの辺りじゃ珍しい?」
「そうですね、滅多に見かけませんね」
ラウラの話に興味を覚えなくはないが、今はそれよりも目の前の飯だ。
「その話は後にしよう。飯が冷めちまう」
「そうね、頂きましょうか」
リリーの声を合図に皆がスプーンを手に取る。
結果から言うと、俺の料理は概ね好評だった。
スープに入っている肉は何の肉かと問われたので、馬鹿でかい灰色の猪の肉だというとなぜかラウラとクリスカが固まってしまったが、別に食べたらマズイからではなく、滅多に食えない肉だかららしい。
……ちょっとだけ焦ったのは内緒だ。