第11話 正義の味方と悪の女幹部、現地人と対話する
俺は捕虜だった二人の手足を縛っていた縄を切ってあげたのち、リリーの指示を受けて手早く生きている奴らを縛り上げる。
意外と死んだ盗賊は少なく、死者数は十人に抑えられた。
ちなみに生存者は十一人だ。
アバラや腕が折れていたりしたが致命傷になりえる傷を負った人間はいなかったので、簡単に処置した後に檻の中に放り込んでおいた。
それから俺が死体を彼女たちから見えない位置まで運び出して集めていると、リリーが器材を手にやってくるのをが見えた。
「彼女たちは無事?」
「意思疎通ができないから詳しいことはわからないが、まだ事には及んでなかったみたいだな」
「それは不幸中の幸いね」
そう言いつつリリーは持ってきた器材を広げ始める。
てっきり彼女たちに配慮して死体を移動させたのかと思ったのだが、どうやら違ったようだった。
まさか異世界の人間を解剖しようとかいうんじゃないよな?
「おい、何してんだ?幾ら相手が悪党でも、死体に鞭打つようなことはどうかと思うぞ?」
「人間を汚い花火にする人に言われたくないわね」
ご尤も。まさに正論だ。
リリーがなにをするのか興味を覚えて彼女の作業を眺める。
リリーは嬉々とした表情で五寸釘ほどの太さをもつ針を手にし、その銀色に光る針を俺が二番目に殺した男の首筋に幾つも突き刺していく。
マッドサイエンティストの面目躍如と言ったところか。不気味なことこの上ない。
「なにしてるんだ?」
「ちょっと記憶をね、探らせてもらうのよ」
「記憶?」
「そう、今気付いたけどこっちの言葉が通じないじゃない?それを一から勉強するなんて時間がかかるし、面倒じゃない。だから記憶を戴いちゃおうと思って……さてさて、さくっとダウンロードしちゃうわよ」
首に突き刺さる針から延びるコードが繋がる端末を操作していたリリーだったが、その内容を確認して嬉しそうに笑みを浮かべた。
「思っていたより損傷は少ないわね。問題なく記憶は回収できそうよ」
「そんなことできるのか?」
「ネクタルの科学力を舐めないでもらいたいわね」
俺が思う以上に悪の組織の科学力は凄いことになっているらしい。
「この人の過去なんていらないから感情に起因する記憶は捨てちゃて……必要なのはこっちの基本的知識と……地理とか歴史ってところかしら」
リリーはぶつぶつと呟きつつ作業を進めていく。
どうやって記憶を戴くのか興味を覚えた俺は黙ってその作業を見ていた。
数分程端末で調整をしていたリリーだったが、おもむろに自分の頭巾を下ろし、そして自らのこめかみへと端末から延びた端子を近づけた。
その光景に俺は見覚えがあった。
皮下に埋め込まれた非接触端子を介する電子通信だ。
その様子を見て驚く俺を見て、リリーは意味ありげな笑みを浮かべる。
「あら、改造人間は自分だけだと思っていたの?残念でした。私も一部“改造済み”よ。まあ、改造してある部分は神経系だけ。身体はほとんどそのままよ」
まあ、そうだろう。
肉体を改造している人間が二キロも歩かないうちにへばりはしない。
とはいえ、多かれ少なかれ彼女が改造人間であることに親近感を覚える。
……俺ってちょろいな。
リリーのインストールは三十秒もしないで終わったようだった。
頭へ接続していたケーブルを外して満足げにリリーは俺を見て、それから口を開いた。
「******?」
リリーが何を言っているかわからないが、先ほど男たちが話していた言語に似ている。
言語のインストールが成功したと見ていいだろう。
「おお、凄いな」
「これでこっちの言語は問題なしね」
「……もしかして俺にもできるのか?」
俺の問いにリリーは少しだけ思案してから、頷いた。
「確か強化外骨格の制御システムにはBMIが使われていて、装着者は例外なくその改造手術を受けているのよね?だったらあなたにも出来るわよ」
そう言ってリリーは俺にケーブルを手渡してきた。
確かに強化外骨格の制御にBMIが使われていて、俺も現に使っているが、これで情報のインストールなんてやったことなどない。
少々怖い気持ちがあるが、この世界の言語がなければ不便なことこの上ないことに変わりはない。
俺は覚悟を決めて強化外骨格にあるアクセスポートにケーブルを接続。
一拍の後にインストールが開始された。
「うお、なんだこれ」
流れ込んでくる情報の波。
情報の暴風といでも言うべきか。
様々な情報が次々に頭の中に入り込んできて圧倒されるが、なんとか堪え切れないわけではない。
リリーと同じ三十秒ほどの出来事のはずだったが、実際にはそれ以上に感じられた。
すべてを理解したとはいえないが、それでも知識を得たのは実感できる。
日本語で文章を考えてからこちらの言語に翻訳するのではなく、最初からこちらの言語で文章が浮かぶのだ。
なんとも不思議な感覚だった。
「言語と基礎的知識だけ取り込んでみたわ。最初のうちは齟齬を感じるかもしれないけど、そのうち慣れるから安心して。あと初めのうちはあまり脳を酷使しないようにね」
リリーは器材をしまいつつ俺に告げ、それから背後を見やった。
「彼女たちをこれ以上放置しておけないわね。ちょっと見てきてくれる?私はもうちょっと記憶を回収したいから」
「男に襲われたんだから、俺よりもあんたのほうが適任なんじゃないか?」
「……長いことボッチだった私に無理な要求よ」
悪の組織はほぼ身内のような環境で他者との交流をあまり持たなかった上に、組織がほぼ壊滅してからはひきこもりがちになって更に拍車が掛かっていたようだ。
俺も滅多に仲間と組まないぼっちヒーローだったとはいえ、あちこち仕事で行って他者と否が応でも関わらなくてはならず、現場に行けばその土地の警察機関と情報交換をしなきゃいけなかったり、最近では後輩の指導なんかもしなくてはいけなかったから内向的なんて言っていられる状況ではなかった。
俺とリリーの違いはそこだろう。
対人性能が皆無のリリーには荷が重いに違いない。
「あー、わかった。今回は俺が行く」
「悪いわね」
言葉とは裏腹に全然悪びれた様子のないリリーをあとに、俺は諦めて二人のもとへ向かった。
* * *
俺が戻ってみると未だ二人は先ほど同じところに座り込み、ただ呆然としていた。
盗賊に捕まって襲われかけたかと思えば、いきなり乱入してきた二人組が盗賊を殲滅したとなれば呆然とするか。
俺はこの世界の人間とのファーストコンタクトに若干緊張しつつ、二人の前に立った。
「大丈夫か?」
話しかけてから気付く。
俺は本当にこちらの言葉を話しているのかと。
だが俺の心配は杞憂に終わり、女性は頷いた。
問題なくインストールした言語は機能し、彼女は俺が話した言葉を理解したようだった。
「……はい、お陰様で命拾い致しました。この度は助けて頂き感謝いたします。私はラウラ。こちらが私が仕えますクリスカ・クラウトス様です」
男たちに襲われていた女性はラウラと名乗り、俺が渡したマントで体を覆っていた。
年は二十代前半。茶髪に碧眼の整った顔立ちの美人だ。
格好がメイドっぽかったが、『仕える』と言っていることから考えても同じような職なのだろう。
それからラウラにしがみつく少女を見やる。
年は十歳前後。金髪、金色の眼の可愛らしい女の子だ。
汚れてはいるが、仕立てのよい服を着ていることから上流階級に属する人間だと想像できる。
「俺の名前はアッシュ、さっきいた黒いのがリリー。・・・・それで、あなたたちはどこから来たんだ?」
「馬車でオジェクの街へ移動していたのですが盗賊に襲われてこのようなことに」
オジェクという単語が耳に入り、その単語を俺は知っていることに気付く。
なるほど、これがインストールの成果か。
確かオジェクはここより東のかなり大きい規模の街だったはずだ。
〈盗賊に襲われてる女性を助けるなんて……こう言っちゃなんだけど、異世界転移のテンプレよね〉
突如、リリーの声が耳に聞こえた。
秘匿通信だ。
〈おい、いつのまに俺のチャンネルを調べた〉
秘匿通信は声を発せずに会話できる通信手段だ。
擬似的に音声で会話しているようになっているが、実のところ脳のほうから直接電気信号として送っているので、周囲にこの会話は聞こえないようになっている。
主に作戦中に使うものであるため高度に暗号化されているはずなのだが、リリーはいつの間にか俺のセキュリティを突破していたようだった。
〈簡単よ。この世界に存在する通信機は私か、あなたの強化外骨格しかないんだから。……というわけで、私も話を聞いてるから宜しくね〉
あとでもう一度説明するのも面倒だし、なにかと便利なのは確かだ。
リリーへの追求はあとでするとして、今はラウラとの会話を優先することにする。
気付けばリリーと会話していた所為で変な間が空いてしまい、ラウラは何も反応しない俺を若干訝しげに見ていた。
秘匿会話のため、俺とリリーの会話はラウラには聞こえていないので、彼女には変な人間にしか見えないだろう。
それを誤魔化すために俺は咳払いをしつつ、二人を窺った。
「あんた達二人で……ではないよな。護衛はやっぱ殺されたのか?」
いくら街道を行く旅だとしても二人では行わないだろう。
モンスターが跋扈する世界だ。少なくとも護衛数人を連れていたはずである。
だが先ほどこの集落の中を軽く見て回ったところ、他に捕らえられた人間はいなかった。
となると、他の護衛は殺されたと見るべきだ。
「はい、全員殺されました。男の護衛はもとより生かすつもりはなかったようです」
数人の命が奪われたことは痛ましいことだが、問題はそこではない。
護衛がいないということは、彼女たちを帰そうにもそう簡単にはいかなくなるということだ。
そして現状、彼女たちの護衛となりえるのは俺たちしかいない。
そして案の定、ラウラは俺を真っ直ぐに見据えて懇願してきた。
「あの、差し出がましいお願いだとは思いますが街まで私たちを護衛してもらえませんでしょうか。もちろん謝礼は致します」
〈やっぱりそうなるか。おい、どうする?〉
秘匿通信でリリーに問うと、彼女はいともあっさり了承した。
〈いいんじゃない?どうせ街には行くつもりだったんでしょ?〉
正直なところ、俺は乗り気ではない。
彼女たちの護衛をすることではなく、街に行くことがだ。
街は俺たちにとって未知の領域だ。
だからできれば段階的に調査を進めてから行きたいところであり、下準備もなしにこのまま文化圏に入り込むのは少々怖くもある。
それに彼女たちには面倒事の匂いがする。
とはいえ、今更彼女たちを見捨てるような真似はできない。
後付のメリットとしては、良い所の生まれらしい彼女たちに同伴すれば、多少の利便性を期待できることもある。
メリットとデメリットを天秤にかけ、俺は覚悟を決めた。
「そうだな。俺たちは構わない。どうせ街まで行くつもりだったからな。だが出発は明日だ」
俺の言葉を受けてラウラはどこかほっと安堵したようだった。
ラウラの陰に隠れるクリスカも、俺たちが護衛すると聞いて幾分ほっとした様子だった。
さあ、なし崩し的に街へ行くことが決まったが、これが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知るところだ。