第10話 正義の味方と悪の女幹部、人助けをする
目が覚めると、そこは薄暗い檻の中だった。
私の手足は縛られ、藁を敷いた地面に転がされている。
体を起こそうとして後頭部が痛むことに気付く。
意識を失う前に誰かに殴られたのを思い出し、そのせいで意識を失ったことに思い至った。
それから自分の姿を見やる。
着慣れた侍女服のままで、ところどころ汚れたり、裂けたりはしているものの衣服に乱れはないので、まだ乱暴はされていないとほっと安堵の息をつく。
とはいえ、それも時間の問題だろうが。
「――ラウラ!」
声がした方を向けばお嬢様がすぐそばにいて、心配そうに金色の瞳で私を見ていた。
「お嬢様……お怪我は?」
縛られた手足でどうにか這いずり、お嬢様の傍へと寄る。
見たところ無事のようではあったが、奴らに何かされている可能性も否めない。
声を潜めて尋ねると彼女は首を横に振った。
「私は大丈夫、ラウラは?」
私は縛られた手足を見た。
縛られたところが縄で擦れて若干血が滲んでいるが、それ以外に傷はないようだった。
「私は大丈夫です。……このようなことになってしまい申し訳ありません」
私の謝罪を受け、彼女は哀しそうに目を伏せた。
子供ながら現状を理解し、この先に待ち受ける苦難を把握しているのだろう。
まだ少女といって差し支えない小さな体を震わせる。
「私が命に代えてでもお助けします」
安心させるように微笑みながらそう声をかけた。
そう、『命に代えてでも』だ。
私以外の護衛は皆殺された。
女である私が生かされたまま捕らえられた理由なんて分かりきっている。
私に待ち受けるのは、殺された男たちよりも酷い未来だ。
私は暴力を振るわれ、犯され、最期には殺されるだろう。
痛みや苦しみを味わう前に、尊厳ある死を選んだほうが幸せなのかもしれない。
だが自分ひとりではない。
私が死を選べば、小さな主は一人でこの困難に立ち向かわなければならなくなる。
それはできない。
ここから逃げ出すべく、周囲を見渡した。
どうやら気を失っている間に、奴らの根城に運ばれてきたらしい。
「お嬢様、ここは?」
「……彼らの根城みたいです。周囲は魔物対策のために柵で囲まれていて、この檻はその一番奥にありました。たぶん見張りもいるはずです」
お嬢様の言うとおり、檻の近くに人の気配が幾つかある。
恐らく私たちが逃げ出さないように見張っている人間もいるのだろう。
盗賊たちの練度は高くないが、数が多い。
馬車の襲撃の際には二〇人前後の盗賊が居た。
当然、襲撃の際に根城に居残った人間もいただろうから、勢力は二十を超えるはずだ。
その数を相手にして逃げ出すのは難しいだろう。
私は戦闘の心得があるが、残念ながらまともな武器がない。
あるのは奴らから隠し通せた靴の中の刃渡りの短い隠しナイフだけ。
それで隙を突いて殺せるのは一人か二人だけだ。
自分ひとりならばその隙を突いて逃げることもできただろう。
だがお嬢様を守りながら、この深い森を抜けるのは困難を極める。
この森の中にいる敵は盗賊だけではない。
この森に巣食う魔物さえも私たちに牙を向く。
街道に出れたとしても、馬を持つ奴らに速さで負けてしまうだろう。
八方塞だった。
そうこうしているうちに外がやけに騒がしくなっていた。
気付いた頃にはもう遅かった。
喧騒が近づいてきたかと思えば、金属音がして檻の扉の鍵が開けられた。
それから檻の入り口に小汚い男が顔を出し、続いて盗賊たちがづかづかと檻の中に入ってきた。
「お嬢様!」
私はお嬢様を庇うように彼女の前に立ち塞がり、盗賊たちを睨みつける。
先頭に立つ盗賊の頭らしき男は私をじっとりと眺め、卑しい笑みを浮かべた。
「残念だが、今回用があるのはお前だ。皆、ご無沙汰でな、ご褒美を待ってるんだ」
私は盗賊たちに腕を掴まれ、檻の外へと引き摺り出された。
「ラウラ!」
お嬢様が私に追いすがろうとするが、盗賊の一人に取り押さえられる。
これから起こることをお嬢様には見てもらいたくない。
お嬢様には心を確かにしてほしいからだ。
だがそんな私の願いは虚しく、盗賊たちはお嬢様に一部始終を見せることに下種の楽しみを見いだしたようだった。
私は盗賊たちの前に連れ出され、地面に引き倒される。
盗賊たちは醜悪な顔に喜色を浮かべ、下卑た視線を私に向ける。
彼らに蹂躙されるなど怖気が走る。
だが早々に私が壊れてしまえば、彼らは私では飽き足らず、やがてそのお嬢様に興味を向けるかもしれない。
取引に使うつもりらしいが、生きてさえいればいいと判断して彼女に毒牙を向けるかもしれない。
それは避けなければならない。
ならば自分が出来るだけ耐えて時間を稼ぎ、隙を窺うしかない。
反撃の時を。
その喉笛を噛み切るときを、虎視眈々と狙うのだ。
手足を押さえられ、暴れることもできなくなった。
盗賊の頭は荒々しく私の服を引き裂き、胸をはだけさせた。
盗賊の頭らしき男が私の股の間に体を割り込ませ、スカートの中に手を入れようとする。
歯を食いしばった。
ありったけの呪いの言葉を紡ごうとしても、はめられた猿ぐつわのせいでくぐもった音しか出すことはできない。
男の手が私の体の上を這い回る。
不快でもその手から逃れることは出来ない。
さっさと事が終わることを願いつつ、私は意識を手放そうと真上に広がる空を見た。
青空には雲ひとつなく、空には変な形の鳥が飛んでいた。
羽ばたくことなく、ぐるぐると私の上を飛んでいる。
まるで私を見ているように。
見ているなら助けてくれと、私は信じてもいない神に祈る。
刹那、私の手を押さえていた盗賊の一人の頭が弾けとび、赤い雨が降った。
生温かいその液体が顔に掛かり、私は我に返る。
周囲を見ると突然の事でその場の誰しもが呆気に取られ、動きが止まっていた。
私にのしかかっていた盗賊の頭が異変に気付いて体を上げると、胸に大穴が開いてその反動で吹き飛ばされた。
真っ先に我に返ったのは誰だったか。
恐慌状態の中、誰かが叫び、皆が武器を手に取った。
だが武器を手にしても、彼らは襲撃者に挑むことはせず、ただ足を震わせるばかりだった。
今、恐怖に怯えるのは私ではない。彼らの方だった。
私が身をひねり顔を上げると、彼らの視線の先に襲撃者がいた。
そこに立っていたのは、御伽噺から出てきたような灰色の騎士と黒い魔女だった。
* * *
その集落を見つけたのは偶然だった。
発見した道の周辺をUAVに適当に調べさせていると、森の中を移動する熱源を見つけたのだ。
森が深くて移動する熱源が単なる動物なのか、知的生命体なのかは判別できなかったが、まるで目的地が定まっているような移動の仕方をしていたので、その延長線上を先回りして調査したのだ。
そして発見したのが森の中に隠れるように存在した集落であった。
そしてそこに人間の存在を確認する。
姿形は俺たちが知る人間そのものであり、衣服を見にまとい道具を手にしていることから、彼らがこの世界の知的生命体であることは明白であった。
リリーは小躍りせんほどに喜んでいたが、俺は少しばかり嫌な予感を覚えていた。
集落は小規模ながらも周囲に丸太の杭を建ち並べて囲い、まるで要塞の様相を呈している。
この世界にモンスターがいるのならば、小さな村とはいえ、防御のための塀で囲っていても不思議はない。
問題は、道から大きく外れた森の中に築いていることだ。
利便性から考えて普通なら道のすぐ傍に村を築くだろう。
だが当の集落はまるで身を隠すように森の中に存在する。
つまりこれはどういうことか。
とはいえ、接触はしないまでもできれば現地に赴いて観察はしたいところである。
俺の懸念が杞憂で終わればそれでよし、的中したならば様子見で留めて退却すればよい。
……なんて思ってたんだがな。
UAVで偶然発見した集落に赴くと、生憎な事に俺の予想は的中し、そしてそれを上回るほどに厄介な状況であった。
そこには小汚い格好の武装した男たちと、手足を縛られた女性と少女がいた。
女性と少女は小奇麗な格好で、どう見ても盗賊に拉致されたお嬢さん方といった雰囲気であった。
恐らくUAVで見つけた森の中を移動する熱源の正体だろう。
一団が二人を道沿いで攫って集落に戻ってきているのを、俺たちが偶然見つけたのだ。
そうして観察している間に、女性が檻から引きずり出され、男たちに組み伏された。
これから起きることは想像に難くない。
「あー、同意の上での行為じゃねぇよな?」
集落からやや離れたところで俺たちはUAVの映像を見ていた。
この異世界においての正常な性交渉がこのような乱暴に行われるものであるという可能性はなくもないが、男達が武装し、女が目に涙を浮かべて抵抗していることから見て強姦の途中であると判断した。
「地球人とほぼ同じ外見かと思いきや、こんなところまで同じとはね。喜びも半減よ」
リリーは冷たい視線を男たちに向けている。
彼女には彼女なりの悪の矜持があるらしい。
それに同じ女性であるから、尚更ああいう行為には腹が立つのだろう。
「どこの世界も悪党は皆同じか」
「あなたの出番じゃない?」
「俺はこの世界の正義の味方じゃない」
「だったら私がこいつら殺していいわよね?」
「奇遇だが俺も同意見だな」
俺は“正義の味方”だが、熱血漢の正義漢ってわけじゃない。
だが、目の前の光景には反吐が出る。
残念ながら今の俺は“正義の味方”ではない。
だから俺を縛るものなんてない。
全員処分だ。
俺はホルスターからEM拳銃を抜き、集落の中に入った。
彼らは目の前の宴に夢中で、侵入者である俺たちに全く気付かない。
全く何のための見張りだよ。
俺は構わずEM拳銃を構え、安全装置を解除。狙いを定め、引き金を引いた。
俺の強化外骨格から供給された電力は電磁的な力を発生させ、弾体を加速させる。
反動は強化外骨格に吸収され、銃を撃ったという感覚すら俺には伝わらないが、目の前の光景は凄惨を極めた。
男の頭が西瓜割りみたいに弾けて周囲に赤いものを飛び散らせる。
続けざまに女を組み伏せる男の胸を撃つ。
すると胸に大穴が開いて、その反動で後ろへ吹き飛んだ。
あ、いけね。出力を調整するの忘れてた。
後片付けが面倒そうだ。尤もする気はないがな。
忘れないうちに出力を一〇パーセントまで落とす。
これでアサルトライフル並みの威力にまで下がったはずだ。
そうこうしている間に、俺たちの存在は彼らに気付かれたようだった。
まあ、隠れているつもりなんてなかったけどな。
「*****!」
男たちは何かを喚き、俺を化け物か何かを見るような恐怖した目で見ている。
だが剣を抜いているところを見ると戦意はあるようだ。
相手の武装をスキャンする。
どれも鋼製の刃物だが日本刀ほど鋭利じゃない。
叩き切るタイプのロングソードだ。
あんなもんじゃ俺の強化外骨格の間接部すら貫けない。
飛び道具はクロスボウが二丁。
だがスキャンの結果その威力は脅威に値しないと判断する。
EM拳銃を使うまでもないな。
俺は特殊警棒を取り出した。
剣が直撃しても俺は痛くも痒くもないが、わざと攻撃を受けて相手をおちょくるほど俺は悪趣味ではない。
振り下ろされる剣を右手で握る特殊警棒で横から叩きつけ、怯んだ隙に左手でぶん殴る。
一部金属で出来た胸当てが大きくへこみ、男は吹き飛ばされた。
基本的に殺すつもりはないが、殺さないように手加減するつもりもない。
まさに鎧袖一触。
生身の人間と強化外骨格を纏う“正義の味方”の差はあまりに大きい。
果敢にも俺に立ち向かってくる男共を蹴散らし、放り投げ、殴り飛ばす。
クロスボウ持ちが俺を狙っていたので、飛んでくるボルトを迎撃しようと思っていたら、俺の攻撃圏内に入る前にボルトは撃ち落された。
背後を見ればいつの間にか小型の無人機が二機、リリーの周囲を飛んでいるのが見える。
あれには見覚えがある。
飛来物を自動で無力化するアクティブ防護システム―通称APS―だ。
リリーの奴、あんなもんまで用意してたのか。
一機が一秒につき二つの飛来物に対応することができ、使用者の位置を正確に把握し、使用者を直撃するものだけを正確に撃ち落すことができるので飽和攻撃でもない限り使用者を守る最強の盾となるとんでもない防御機構だ。
あれは敵に回せば厄介だが、味方になれば心強い。
少なくともリリーに流れ弾が当たる心配を気にしなくてもいいのは助かる。
なんて余裕でいると、センサーが後方の熱反応を捕らえた。
先ほどまで存在していなかったはずなので訝しく思いながらも、それを見ることもせずにセンサーを頼りに避ける。
速度は投球よりやや速い程度なので避けるのは余裕だ。
火の玉が来た方を見ると、武器を持たない男が手を掲げていた。
どうやって火の玉を投げたんだ?
「アッシュ!魔法よ魔法!」
興奮気味にリリーが言う。
どうやらそういうことらしい。
「*****!」
男が叫ぶのと同時に男の手の平の上に火の玉が出現した。
おお、なんかマジックみたいだな―――だが所詮ただの火だ。
メタルジェットやプラズマぐらい高温ならいざ知らず、ただの火程度の温度では強化外骨格に影響はない。
俺は迫り来る火の玉を手で払う。
思ったとおり大した温度じゃない。
俺の装甲に煤をつけることすらできずに火は打ち消された。
さて、反撃だ。
とはいえ魔法使い(仮)までちょっと距離がある。
EM拳銃を使うのも面倒なので、俺はそこらへんに落ちている小石を拾う。
あとはただ投げるだけ。
強化外骨格の性能でパワーアップ&コントロール向上された投石は、見事に魔法使い(仮)に直撃した。
うん、当たり所が悪かったら死んだかもしれんね。
残る敵対勢力は僅かだ。
ほとんどは逃げているが、ひとりだけ逃げていない奴がいた。
「******!」
声がしたので振り返ると、男が少女にナイフを突きつけていた。
人質ってやつか。
ちょっと失敗したな。
リリーの方を気にしていて、捕らえられていた女性と少女の確保を後回しにしていた。
俺は仕方なしに特殊警棒を地面に置いて、両手を軽く挙げる。
それから人質をとる男に向き直り、少しだけ男に歩み寄った。
男は俺が降伏したとでも思ったのだろう。口に笑みを浮かべ、そしてナイフを持つ手が少し緩み、刃先が少女から逸れた。
俺はその隙を見逃さない。
肩口に仕込まれた発射機構から、五寸釘に似た弾体を射出。
EM拳銃ほどの威力はないものの、精密無比に男のナイフを持つ手を撃ち抜きナイフを取り落とさせた。
その隙に少女は男の手から逃れて距離をとる。
これで少女の身は安全だ。
男は撃たれた手を押さえてしゃがみ込み、痛みをこらえながら男は俺を見て何事か叫んだ。
「*****!!」
涙目で俺を見て懇願している。命乞いだろうか。
だが非常に残念なことに、こっちの言葉が分からない俺には何を言っているのか分からない。
だから命乞いを聞いてやれないんだ。
「悪ぃな。なに言ってんのかわかんねぇよ」
俺はEM拳銃を構えると、無造作に男の胸を狙って引き金を引いた。
* * *
それは瞬く間の出来事であった。
灰色の騎士と黒い魔女が現れたかと思うと、次々に盗賊をなぎ倒し、気付いた頃には盗賊たちの全員が地面に倒れていた。
半数がすでに息絶えているのが明白であり、残りの者も満身創痍で起き上がることは出来ないようだった。
私は身じろぐ暇さえなかった。
灰色の騎士はお嬢様を人質に捕った卑劣な男を奇妙な魔道具で殺すと、地面に置いた伸び縮みする棒を回収して私のもとにやってきた。
私にすがるように抱きついていたお嬢様の体が震えているのを感じる。
恐らく怖いのだろう。
私たちの護衛を殺しつくした盗賊たちを、虫を潰すかのごとく容易く殲滅して見せた灰色の騎士が。
私も怖い。
顔すら窺うことのできない鎧で全身を覆うその不気味さと、畏怖の念を抱かせるまでに圧倒的な強さが。
彼は私たちのすぐそばまで歩み寄ると、ナイフを取り出した。
それを見てつい体を強張らせてしまうが、彼は気にせずにしゃがみ込んで私の手を縛っていた縄を切ってくれた。
それから私を一瞥し、自らが纏っていたマントを外すと私に渡してきた。
そういえば私の服は裂かれ、胸が見えていたはず……。
彼の行為の意味を悟り、私は赤面する。
だが彼は気にするわけでもなく、お嬢様の手を縛っていた縄を切るとすぐに立ち上がり、私たちに目をくれずに行ってしまった。
どうやら黒い魔女が彼を呼んでいたようだ。
その後姿を見送ると、不意にお嬢様が私に抱きついてきた。
「……ラウラ、私達は、助かったのですか?」
「はい、救われたようです」
今まで気丈にしておられたお嬢様は声に出して泣き始め、私は彼女をそっと抱きしめる。
それでようやく私にも、助かったのだという実感が沸いてきた。