第1話 正義の味方、悪党を退治する
喧騒、サイレン、ヘリのローター音。
本来であれば行き交う人で賑わうはずの街路は物々しい装備の警官でごった返し、警戒線の外側には野次馬と報道関係者が溢れている。
人混みを掻き分けて俺の乗る車両はノロノロと警戒線の内側へと入る。
野次馬連中は物珍しげに俺の乗る車両を眺め、スマホを片手に写真を撮っている。
おめでたい連中だ。
警戒線の内側は自分と関わりない世界と思っているのか能天気なものだ。
仕切るテープの一本向こうには、理不尽な暴力と死の危険があるというのに。
不躾な興味本位の視線が鬱陶しいことこの上ないが、正直構っている暇はないので無視しつつ俺が車を降りると、この現場の責任者らしき警官が俺に歩み寄ってきた。
「ご苦労様です。お手数をおかけします」
「状況は?」
「犯人グループは路上で破壊活動を行い、国道を閉鎖。現在は逃げ遅れたバスの乗客が人質になっており、昨日逮捕された幹部の釈放を要求しています。犯人グループの人数、及び武装は不明です」
俺は責任者の話が事前に得ていた情報とさして変わりないと判断し、説明を続ける責任者を片手を上げて制した。
「あとはこっちで引き受ける。あんたらは下がっていてくれ」
そう言って俺はさっさと歩き出そうとするが責任者が慌てて留めた。
「真正面から行くんですか?相手は武装していますが……」
「問題ない。俺にはこれがあるからな」
そう言って俺は自分の身を纏う金属と複合素材の塊にして、最先端技術の結晶――強化外骨格を指差して見せた。
見た目は着るロボットスーツといったところで、イメージとしてはアイ○ンマンを想像すればいいだろう。
装着者のあらゆる能力を強化するのが目的の戦闘用装備である。
九ミリ弾は勿論のこと、数発程度なら五〇口径ライフル弾すらもものともしない装甲と、一〇〇キロ近い装甲を纏いつつも装着感を感じさせない機動力、そして電子化された情報支援機器と個人のレベルを超える攻撃力を得ることが出来るのだ。
強化外骨格は元々物資運搬用の機材だった。
強化外骨格は装着者の筋力を強化し、通常の三倍近い力を発揮することができるため、大量の装備を持って移動する兵士にはもってこいのものだったのだ。
だがこれを戦闘用にしたらどうなるか、と考えたのがアメリカである。
強化外骨格に装甲を付け、普通なら着て動けるはずがない重量の装甲でも、強化外骨格によって重さを感じさせない機動力を確保したのだ。
強化外骨格はその頑丈さだけが取り柄ではない。
電子機器によって高度な情報収集と戦闘支援が行われ、内蔵された多様な武器は如何なる戦況においても対応できるよう設計されている。
強化外骨格ひとつを身につけて戦地のど真ん中に降り立ったとしても、無事に帰還することができることはおろか、追っ手の一個小隊を相手に戦闘を繰り広げることさえ可能である。
なぜそんな物騒な代物を俺が持っているのか?
なぜなら俺が“正義の味方”だからだ。
強化外骨格のごつい見た目が伊達ではないことを責任者は悟り、俺に道を譲った。
「本当に支援はいりませんか?」
「ああ、この程度の事件は何度もこなしているからな」
安心させるように俺は笑みを浮かべる。
尤も、頭全体を覆うヘルメットのせいで彼には俺の顔が見えないだろうが。
警官が遠巻きに取り囲む物々しい雰囲気の中、俺は単身警戒線の内側へと入った。
狭い空を見上げれば、マスコミのヘリと警察のヘリがいるのが見える。
とはいえ現場上空は飛行制限が付されており、“正義の味方”のUAVしか飛んでいない。
『敵勢力からの犯行声明を確認。犯人グループは“薄の魑魅”、バスの乗員を人質に、以前逮捕された幹部の釈放を要求しています』
オペレーターが情報を読み上げるのを聞き流しつつ、UAVから送られてくる上空からの敵の情報を俺の視覚に次々と情報を表示する。
統合された情報によって俺の視点から見えない敵もその位置は明らかになる。
敵のほとんどが人質の乗るバスを円の中心にして固まっており、放置された車をバリケード代わりに周囲を警戒していた。
それにしても“薄の魑魅”って随分渋い組織名だな。
薄ってのは「枯れ尾花」だろ?
んで、魑魅ってのは魑魅魍魎の魑魅で、山の怪、要は化け物とか幽霊の類だ。
ということは“薄の魑魅”ってのは、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」……つまり“実態のない化け物”ってことか?
ずいぶんと示唆に富んでる気がするが、悪の組織の名前としてはどうなんだ?
下らない事を考えながら俺は悠々と歩き、ついでに敵さんの様子を観察する。
戦闘員は覆面で顔を隠し、防弾ベストと戦闘服で身を包んでいる。
まったく警察よりもいい装備をしてやがる。
武装は拳銃や短機関銃で、大口径の武器はなさそうなので一安心だ。
流石の強化外骨格も重機関銃の弾を何発も食らえば致命的だからな。
――しかし、悪の組織が銃器を持ち出すとか世も末だな。
ヒーロー戦隊モノの悪の組織の戦闘員は格闘と相場が決まっているだろうに。
程よい距離にまで近づくと俺は外部スピーカーをオンにして、敵さんに呼びかけることにした。
“正義の味方”にも通過儀礼というものがあって、なるべくならば平和的交渉で解決するのが望ましいからだ。
「武器を捨て、投降しろ」
俺の言葉に、相手は銃撃をもって応えた。
俺を纏う装甲に当って火花を散らすが、9パラ程度では装甲を薄く傷つける程度しかできず、なんら問題はない。
ってか命中率が悪いな。
むしろ流れ弾が後ろに行かないかが不安だ。
俺は銃撃を受けながらも散歩でもするかのように歩き続けて一人の戦闘員の目の前に立った。
戦闘員は焦ったように引き金を引き続けるが、功を奏することなく弾切れとなる。
「終わりか?」
俺は熱を帯びた銃身を手で掴む。
戦闘員は俺から銃を離そうとするが、強化されたパワーを前にびくともしない。
なにせ強化外骨格を着た俺の重量は一六〇キロを超える。
人間がどうこう出来る重さではない。
俺は銃を握る手に徐々に力を込めていくと、やがて銃が歪み部品が欠落した。
呆気にとられる戦闘員を尻目に、俺は左手を男の腹目掛けて突き出した。
ひねりも何もないただのパンチだが、強化外骨格を纏っている状態でのパンチだ。
本気で殴るとスプラッタになるので、精一杯加減している。
それでも人間を吹き飛ばせる威力ではあるが。
俺に吹き飛ばされた戦闘員は路上に止めてあった車にぶち当たってボディーを大きくへこませた。
死んではいないだろうが、骨の一本や二本は折れているかもしれない。
吹き飛ばされて気絶した戦闘員から視線を外し、次の標的に狙いを定める。
俺がそちらを見たことに焦った戦闘員は、弾倉を取り替えようとするがそのまえに肉薄する。
今度は殴り飛ばすことなく、戦闘員の腹に当てたこぶしから高電圧の電流を流し、気絶させた。
開発部はスタンフィストとか名付けたらしいが、実のところ拳にあるただのスタンガンだ。
いとも呆気なく二人を無力化。
仕事が楽なのはいいが、少々手ごたえがなさ過ぎる。
「人質がどうなってもいいのか!?」
敵のリーダーらしき男が叫ぶが、俺は意に介さない。
「なんで俺が馬鹿正直に真正面からやってきたのか考えろよ」
そう言ってバスの方を顎でしゃくって見せた。
そこには俺のとは色違いの強化外骨格を身に纏う“正義の味方”がそこにおり、彼女は手を振って見せて自分の務めを果たしたことを知らせていた。
「先パーイ、人質の救出完了しましたー」
彼女の背後にある人質の乗っていたバスはすでに空になっている。
更に彼女の足元には二人の戦闘員が地に伏せており、意識がないのは明白だった。
俺が真正面から来たお陰で、バスの人質を見張る人員も全部俺に集中した。
だが俺はあくまで陽動役で、救出役は別にいたわけだ。
“正義の味方”がぼっちである制約などない。
「お前ら、“正義の味方”を舐めすぎだろ」
この程度の準備で“正義の味方”を相手取るなんて図々しいにも程がある。
過去の悪の組織の中には“正義の味方”を倒すために戦車を用意した輩もいた位だっていうのに。
だが敵もそこまで“正義の味方”を舐めきっていたわけではないようであった。
「くそっ、こうなれば……おい、あいつを出せ!」
リーダーらしき男が吼えた。
指示を受けた戦闘員が小さな機器のスイッチを押す。
すると近くに停めてあったトラックのコンテナが開き、やけに大きな影が姿を現した。
「……隠し玉ってやつか。やるじゃん」
但し、出すタイミングが遅いがな。
「先輩、感心してる場合じゃないですよ。怪人です!」
怪人。
“正義の味方”に対抗するように悪の組織が開発した戦闘用改造人間の通称だ。
目の前の怪人は、薬物投与によって得た歪な筋肉をまとう巨躯に幾つもの管を生やし、なんだかわからない機械が頭や体にくっついて癒着していた。
両手には体よりも長い鞭のような触手が生え、普通の手はない。
姿形は一応人間と言えるが、すでに人間をやめている。
「……お前、どうやって尻拭くんだ?」
俺の問いに答えたのかどうかわからないが、怪人が吼える。
さっぱり何を言ってるのか分からない。
「日本語を喋れ、タコ野郎」
怪人は答えることなく、両手の触手をしならせる。
触手の一振りで停めてあった車の天井はひしゃげ、大破した。
『知性はありません。すでに人間ではないので処分して下さい』
オペレーターの冷徹な一言に俺は溜息をつく。
すでに人間ではないとは言え、元は人間だったものを殺すのはあまり気分のいいものではない。
だが奴を生かしていても救いがあるわけではない。
だったらさっさと死なせてやるのが救いだろう。
「あー、面倒臭ぇ。八八五号、俺が怪人の相手をするからお前が他の戦闘員を確保しろ。……本部、タコ野郎の情報はまだか?」
“正義の味方”は数多くの悪の組織との戦闘の情報を集積し、それを研究し、対策を練っている。
その中には当然怪人の情報も含まれる。
すべての悪の組織が怪人を製造できるわけではない。
怪人の製造ができない武闘派の悪の組織は複数存在する怪人の製造を受け持つ悪の組織から仕入れることが多い。
つまり製造元によって怪人のつくりはある程度の似通っているのだ。
『製造型から判断してK-11タイプと思われます。制御ボックスに電流を流してください。ではご武運を”灰色”』
感情の篭ってない激励だな。
しかしKってことは“黒死会”の怪人か。
あそこの怪人は基本使い捨ての粗悪品だけど、パワーがあるから厄介なんだよな。
タコ野郎が触手を振り上げ、俺目掛けて振り下ろす。
……まあ、幾らパワーがあるって言っても粗悪品なんだけどな。
俺は振り下ろされた触手をキャッチした。
衝撃は地面へと伝わりアスファルトが砕けるが、俺自身は問題ない。
さて、反撃だ。
俺は受け止めた触手をしっかりと掴むと、思いっきり振り回した。
タコ野郎は成すすべなく振り回されて、車へと衝突する。
車は大破するが、タコ野郎はまだ大丈夫らしい。案外頑丈だな。
俺は駆け寄って右手を振り上げる。
手加減なしの右ストレート、ついでのスタンフィストだ。
コンクリートも砕く衝撃と高電圧の電撃がタコ野郎に炸裂する。
衝撃の余波で土煙が舞い上がる。
「ちょっとやりすぎたか」
土煙のせいで様子が分からないタコ野郎に警戒しつつも、土煙が晴れるのを待つ。
土煙が晴れたあとに残ったのは、地面に転がって動かないタコ野郎だった。
観測を続行していたであろうオペレーターは事務口調で俺に告げた。
『怪人の活動停止を確認。――”灰色”お疲れ様でした』