想いが通じた日
放課後の教室。
いつも通り、私は教室で机の上に頬杖をついてぼんやり。視線の先にあるものはオレンジ色に染まっていく空。
そんな夕空を眺めながら、何度漏らしたか分からないため息の回数を更新してしまう。
「――こんな風にため息出ちゃうなら、勇気出せば良い話なのに……」
思い浮かぶのは、同じクラスのあの人。
あの人はそんなに人気者ではないと思う。クラスにごく普通にいて、ごく普通に男子とバカな会話しているだけのクラスメート。
私自身、どこを好きになったのか分からない。分からないけど、なんとなく意識してしまうようになった。
そこから、『好きなんだ』って気付くのは早かった。
けど、気付いたからって話しかけること出来なかった。ううん、今まで話しかけたことがなかったから、今さら話しかける行為が出来ない。なんて話しかければいいのか、それが分からないから。
同じことばかりをぐるぐると頭の中で考えては、またため息。
「友達に、相談……しようかな……」
何度も考えたこと。
友達がいないわけじゃない。けど、それはそれで違う勇気がいる。ほんの少し勇気を出して相談すれば、きっと力になってくれると思う。
「――けど……、茶化されるの怖いしなー」
またまたウダウダと悩んで、またため息の回数を一つ更新。
他人の恋愛事は女の子にとっては一つのイベントでしかない。真剣に相談に乗ってくれているように見せて、心の中では楽しんでいる。
誰でもない私がそのタイプだから。
「――帰ろ。なんか悩み疲れたし……」
机の横にあるカバンを手に取り、立ち上がる。
ガラガラ! と急に開く教室のドア。
誰も来ないと思っていた私は、いきなり開いたドアにビクッ! と身体を跳ねさせて、ドアの方を見る。
そこにはあの人が立っていた。
「あれ? 何してんの?」
あの人もまた、私が残っていたことを不思議そうにきょとんと見つめてきていた。
慌てて逸らしながら、
「しゅ、宿題だよ! 家に、か……帰ったら、集中力がなくなっちゃうから! あ、蒼井くんは!?」
思いっきり動揺した声で返事を返してしまう。
「そんなに動揺するなって! オレは忘れ物を取りに来ただけだよ」
動揺した私を見て、クスクスと笑いを少し吹き出しながら言葉通り、自席に近付く。そして、机の中から今日配られたプリントを見せてきた。ファイルか何かに挟んでなかったせいでくしゃくしゃになったプリントを。
「く、くしゃくしゃになってるじゃん」
「だな。ま、しゃーない」
「いい加減だなー」
「男なんてそんなもんだろ」
カバンを開け、そのプリントを適当に折り畳んで、カバンの中に入れる蒼井くん。この時点でさらにくしゃくしゃになることを考えていないみたいだった。
「しょうがないなー」
「え? 何が?」
「良いから、さっきのプリント――カバンの中に入ってるプリント全部出してよ。ファイル、貸してあげるからさ」
カバンを開けて、ちょうど余っていたクリアファイルを一つ取り出す。
「悪いから良いって」
「良いから出して。私のことは気にしないでいいから。それとも女の子の優しさを無下にするつもり?」
「……そういうつもりじゃないけどさ」
「じゃあ出して」
「……はいはい」
私の勢いに負けた蒼井くんは、机の上にカバンを置いて中身を確認し始める。
すると私の想像通り、たくさんのプリントが姿を現す。
中途半端に折れたプリント、完全にゴミと化したプリントなど千差万別。
そんなプリントを見ていると、『気付いてくれてありがとう』と私に言ってくれている気がした。
「こ、こんなに埋まってるとは思わなかった……」
「あのねー……」
蒼井くんはそのくしゃくしゃになっているプリントを元の形へと伸ばし始める。私に見られていることが恥ずかしいのか、苦笑いを溢しながら。
私は嘆息を一つ落とし、蒼井くんに近寄る。そして、クリアファイルを蒼井くんの机の上に置き、まだくしゃくしゃのプリントを一枚取り、
「終わったやつはそれに入れてよね?」
と、隣の机を使ってプリントを伸ばしながら指示を出す。
「うい。迷惑かけてすまん」
しょんぼりした蒼井くんの返事が返ってくる。
そこから少しの間、私たちはプリントを伸ばす作業に集中――なんて、出来るはずがなかった。
お、お節介なことしちゃった!? これ、絶対蒼井くんにとって迷惑だよね! それ以前に私、話しちゃってるじゃん! 今まであんなに話しかけられないことに悩んでたのがバカみたいじゃん!
脳を動揺の言葉でいっぱいにしながら、隣にいる蒼井くんをちらっと見てみる。
予想以上に真剣な表情をしながら、くしゃくしゃになったプリントを伸ばしていた。
こんな間近で、そんな真剣な表情を見れると今まで考えてなかったから、蒼井くんから視線を外せなくなってしまう。
「ん? どした?」
「え……ううん、何でも……違う違う! ちゃんとやってるかなって思って見張ってるの!」
「なんで疑われてんの、オレ? クリアファイル貸して貰えるんだから、これぐらいちゃんとするに決まってるだろ?」
「ご、ごめん! そ、そうだよね! ちゃんとやるに決まってる……よね……。ごめん」
思わず出てしまった言葉で傷つけちゃった。そんなつもりはなかったのに……。
そう考えて自己嫌悪。
少しだけ涙目になりつつ、私は自分が持っているプリントを必死に伸ばす。作業に集中しないと目から涙が勝手に溢れそうな気がしたから。
「なぁ」
「何?」
不意にかけられた言葉にぶっきらぼうに返してしまう私。
「なんか色々とごめん」
「意味分かんないんだけど」
「え……いや、なんか空気が悪くなった気がしたから、怒らせちゃったかなって思ってさ」
「べ、別に怒ってない」
「そっか……。なら、いいんだけどさ。っていうか、オレ嫌われてると思ってたんだけど、そうじゃなかったみたいで安心したよ」
「え!?」
その発言に私は涙目になっていることを忘れて、蒼井くんの方へ顔を上げる。
私の顔を見た蒼井くんはびっくりした表情になっていた。
「え、え? あ、あれ……もしかして勘違いだった? そんなに泣きそうになるほど、オレのこと嫌いだった!?」
蒼井くんの顔は真っ青になっていく。よっぽどショックだったらしい。
それ以上に私の心は修羅場になっていた。
な、なんでそんなことになってるの!? そんな態度、一回もとったことないのに!?
「そっか……、嫌いだった、のか……。いや、薄々気が付いてたけど、面と向かって分かるって、結構心に来るものがあるなー……」
私が動揺し過ぎて否定の言葉が出なかったせいで、蒼井くんの中では、『私は蒼井くんのことを嫌い』ということが決定したようだった。
なんとか、その勘違いを否定したかった。
なのに、言葉が出なかった。
蒼井くんの中で決まっていく答えが、私と蒼井くんの距離をどんどん作っているような気がしたから。それが心を締め付け、ズキズキとやってくる痛みのせいで涙が頬を伝い、喋ってしまったら声が震えて、上手く伝わんなくて、また距離を作ってしまいそうだったから。
けど、何とかしたかった。
何とかしないと距離は開いて、この気持ちを伝えることが一生出来なくなる。
それが嫌だから……、絶対にそんな風にしたくなかったから――私は蒼井くんの腕に抱き付く。
「ちょっ、な、なんだ……よ……? オレのこと嫌いなのに抱き付いてくるなよ……」
蒼井くんの反応に困った声。
私はそれを否定するべく顔を横に振り、蒼井くんの服に擦り付ける。
「ち、違うのか?」
さすがにその行為で気が付いたのか、そう尋ねてくる蒼井くん。
私は即座に首を縦に振って、同意の意思を示す。
「じ、じゃあ……なんでオレが顔向けたら、いつも顔逸らしてたんだよ。そのせいで勘違いしちゃったんだろ?」
「ふぇ……き、気付いてたの?」
自分で変な発音が出た、と思いながら尋ねた。
上手く隠しきれてると思ってたのに、それが上手くいってなかったことにびっくりしながら。
しかし、蒼井くんは私の間抜けな発音をスルーして、
「な……なんで、涙目になってんだよ!?」
ほんの少し慌てた後、何を思ったのか、私を自分の胸に顔を押し付ける蒼井くん。
まさか抱き締められると思っていなかった私も思考停止。
「あ、わ……わりぃ!」
肩を掴んで引き離そうとしたので、私もまた反射的に蒼井くんの背中に手を回して、離れたくない意思を見せる。
「お、おい……なんでだよ。なんで離れようと……しないんだよ……」
「だ、だって……ッ!」
「なんだよ?」
「……そ、その……」
「その?」
「…………」
「…………」
私はそこで言葉が出なくなってしまう。
違う、これ以上伝えらる言葉が一つしかなかった。
それは告白。
離れることを拒否した時点で、それ以外の術を自分自身で追い詰めてしまっていた。
「な、なぁ……勘違いしてたら悪いんだけどさ。オ、オレのこと……好きなのか……?」
その瞬間、私の心臓は跳ね上がる。
気持ちが通じた……?
ううん、雰囲気で分かっちゃう……よね……。
本音を言えば、この雰囲気で察して欲しかった。けれど、そんなワガママを今は言っていられない。
だから、私は勢いに任せて自分の気持ちを吐き出す。
「――そうだよ。好きなの、蒼井くんのことが! だから、だから! 蒼井くんが顔を私の方に向けたら、気付かれたくなくて逸らしてたの!」
「え、あ……お、大声出すなよ!」
「だ……だってしょうがないじゃん! 私の気持ち、バレちゃったんだからさ!」
「な、泣くなって!」
「うるさい、バカッ!」
気持ちが爆発し過ぎて、恥ずかしいのか、それとも苦しいのか、何も分からなくなった。
頭が真っ白。
ただ、この場から逃げたい。
その思いが溢れ、背中に回していた手を今度は胸に押し当てて離れようとした。
でも、それは私の背中に回っている蒼井くんの腕に今まで以上の力が込められ、阻止される。
「ちょ……離し――」
その時、私の視界が暗闇に染まり、唇に柔らかい物が触れた。
しかし、すぐにそれは離れる
離れていくにつれて、真っ赤になっている蒼井くんの顔がちょっとずつ離れていく。
キスされた?
私の頭は希望的推測の答えを導き出し、瞬間沸騰のように私の顔も暑くなる。
そんな顔を見せたくなかった私が蒼井くんの胸に顔を埋めようとする前に、蒼井くんの手によって私の顔は蒼井くんの胸に埋められてしまう。
「ごめん、順番ぐちゃぐちゃになっちゃったな。オレ、お前のこと好きだったんだ」
「う、ウソ……、そんな素振り……」
「だって嫌われてるかと思うと、そんな勇気なかったんだよ。だから、諦めようって考えてたんだ……」
蒼井くんは自嘲を溢す。
勇気を出せなくて、私に辛い思いをさせていたんじゃないか?
そんな辛さが混じった笑いだった。
「それは私もだよ……。勇気が出せなくて、こそこそと見てるだけだったし。勘違いさせてごめんね……。そんなつもりなかったのに……」
「いや、オレが勇気を出せば良かっただけの話だ。だから、オレが悪いんだよ」
「違うよ、私がいけないんだよ! なかなか話しかけることが出来なくて、こうやって放課後に一人で悩んで……」
「話しかけられるような状況をオレも作ってなかったから、そっちばかりが悪いってわけじゃない」
「ううん、話しかけるタイミングなんていくらでも――」
「だから、そっちばかりが悪いってわけじゃあ――」
埒のあかない謝罪をし始める私たち。
けど、その何とも言えない心地よさに私たちはどちらからともなく笑い始める。
今まで募ってきた想い、この数分間で味わった気持ちを吹き飛ばすように。
そして――。
「付き合おうか?」
と、蒼井くんの告白に、
「うん!」
私は満面の笑みと共に元気よく答えを返した。
いつもの教室。
普段は私のせいでどんよりしていた教室の雰囲気が明るくなったような気がした。
ごめんね。
いつも放課後、ジメジメした雰囲気にして。
どちらからともなくした二度目のキスをかわしながら、私は心の端っこで教室に謝罪をした。
すると、どこからか吹いてきた風が私たちを包み込む。まるで、教室が祝福してくれているような、そんな気がした。
最後までお読み頂きありがとうございました!




