八月十七日
有楽町の銀座口に十一時半といったのに、来たのは三十分遅れますとだけのメールだった。携帯を逆向きに折りそうになった。大学の数少ない友人のりっちゃんはいつも葉子との約束に遅れる。多分相手があたしでなければ時間通りにくるんだろう。キャンキャンとかJJとかの雑誌をうのみにしていて、自分の装飾品にだけは金遣いが荒くて、体弱いアピールの多い痛い子だけど、葉子には友人がとにかく少ないのだ。というか、自分と友達になってくれるのなんてその程度の人間だ。そもそも昨日の夜から息が苦しいのでも頑張っていくだのうざいメールがきて嫌な予感はしていた。だから朝にも確認の意味で「今日大丈夫?」とメールをして、大丈夫だというから来たのに。家からここまで片道九百円以上する。葉子は「もういいよじゃあ」とだけ打って、昼食を取りに行くことに決めた。四年の付き合いだが、我慢の限界だった。ああこうやってわたしもいろんな人から切られてきたんだろうなと思った。きっかけとか動機とかっていうのは、嘘だ。ありとあらゆることはすべて幾重にも折り重なった時間の上に決まる。ニュートンのリンゴはただ最後のほんのひと押しにすぎない。何時間にも何日にも何年にも及ぶ観察と思考とが彼に結果をもたらしたのだと思う。
前から行ってみたかったリプトンのランチビュッフェに行ってみた。すごい行列だった。なので葉子は順番が来るまでに謝罪のメールが来たら許そう、とひとつかけをしてみることにした。行列は進まない。メール。「もうすぐつきます。まってて」誰が待つか。
もうこれで友達の縁がきれても構うもんか。いらいらが物凄い。
三十分くらいで席に案内された。食べろぐで評判の良かったサンドイッチは具だくさんで確かにおいしい。鶏肉の脂身の多いところをクリーム煮にしたものも気に入った。パスタは惰性で取ってしまったけれど微妙な味だった。始めは普通の食事のつもりで食べていたのに、ケーキのせいでスイッチが入ってしまった。脂っぽいもの、炭水化物をちょっと異常なスピードでかっこみ、ケーキを無料の紅茶で流し込んだ。おいしいと思ったサンドイッチは気がついたら口に押し込んで呑み込むだけのものになっていた。全部おいしいのに憎たらしい。おなかがくちくなったせいで律子に対するいら立ちが治まって自己嫌悪に変わってきたのも過食を加速させた。六十分の時間制限をいっぱいに使って、二階のトイレで吐いた。脂っぽいものを詰め込んだ分気持ちいいくらいすっきりはけた。
そのあと暑い銀座をブラブラ歩いた。買いたいものはたくさんあるけどお金がない。明らかに水商売の女とその客であるような二人をたくさん見た。うらやましかった。ティファニーとかアルマーニとかヴィトンとかカルティエとかよくわからないけれどでもほしい。自分で買っても意味ない。誰かに買ってほしい。そういうのぽんぽん買ってくれるならセックスとかしたっていいのに。でもそういう機会は私にはなかった。もっとしょぼいのならあったけど。まああたしも何してあげたわけじゃないからしょうがないんだろうけど。まだ女として価値があるうちに高く売りたいけどあたしみたいな女が水商売以外でどこでそういう相手をみつけろっていうんだ。本当にあの家に生まれたのが疎ましい。大学ではキャバクラとか銀座のクラブとかでアルバイトして人脈創るつもりだったのに全部計画がぶちこわれだ。仕方なく出入りしていた出会いカフェは私の人格と男に対する幻想をますます打ち砕いたし。まあ風俗に落ちなかったのはカフェのおかげだしカフェの一番おいしい時期を体験できたのはよかったのかもしれないけど、いかんせん単価が安すぎた。当時はそれなりにお金周りはよかったけどぜんぜん引っ張れなかったし、貯金もほとんどない(ニート時期と過食嘔吐のせいもあるけど)腹立たしい。今水商売はあたしだけじゃなくてたいていの女の憧れだっつうの。なっちゃんみたいな青春が送りたかった。なっちゃんはどうしてるかな。あたしは絶対仲良くなれると思うのに、距離をとられてしまう。正直失恋より辛い。あたしはおかしいんだろうか。
そのあとりっちゃんと一緒に行く予定だったピエールマルコリーニにいって1700円のチョコレートパフェを食べた。この世のものとは思えないほどおいしかった。吐いたせいで背中と胃が痛くて体調が万全でなかったのが悔しい。食べ終わる頃には完全に元気になっていて、もう一杯食べたいのを理性で捻じ曲げて帰ってきた。ムースが濃くて、アイスもちゃんとカカオなのにまろやかで甘くて、無糖のホイップもおいしいしバニラアイスはぶちぶちにバニラビーンズが入っていた。カカオの力か元気になってしまったのでまえから気になっていた有楽町の献血ルームに行ってみた。いつもと同じで赤血球の量が足りなくてできなかった。献血できたのは唯一一回、大宮だけだけど、大宮のはなんか基準がおかしいんじゃないだろうか。あそこだけだ検査とおるの。携帯の充電させてもらいながらこっそりサツマイモあいすを食べ、クッキーをふた袋食べ、家路についた。今日は泊まるんじゃなかったのかと母が機嫌悪くしていた。新橋と池袋での二晩を経て、結局電車代がかさんでも家に帰ったほうが快適で安く上がると気がついたのだからしかたない。でもまた物凄く一人になりたくなったらみじめな貧しい夜を過ごしてみるとひとのありがたみがわかっていいかもしれない。