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『 :2008/08/07 am11:55〜15:30 松島 家にて』


 

姉妹戦争が、雫の泣き落としと母親の雷とで鎮圧されてから早一時間。


「あのクソ姉・・・」


 小さなレディの口から出たとは認めたくない言葉を吐き散らす怪獣が、たいそう立派な倉に一匹。あぐらをか

き、肩肘をつき、「歩の歩み」と銘された本を憎々しげに眺めている。


「もう、千佳ちゃんも悪いんだよ?せっかくお姉ちゃんが教えてくれるって言うのに変に意地はるから」


 怪獣の横には、小さな少女が一人。彼女は当初、「ねえ、ちゃんと掃除しようよ。でないと、またおばさんに怒られるよ」と怪獣をたしなめていたが、存外に今開いている本——もといアルバムが面白かったため、ミイラ取りがミイラ取り状態になってしまっている。


「ふふ、雫ちゃん。これ見てると、あのクソ姉は身長だけはタケノコみたいにスクスク育ってるってことは分かるけど、胸のほうは直立不動で静止してるがごとく、“歩んでない”ってことがわかるよね?」



「もう、またそんなこと・・・よくないよ、そういうの。」

 今朝方起きた姉妹戦争は結局のところ喧嘩両成敗となり、歩はボランティアとしてクソ暑い海へ掃除しに。もう一人の当事者である千佳は涼しいが、空気が相当淀んでいる年期の入った倉でのカビ臭い書物の整理と目録作りを言い渡されていた。


 そんなお仕置きの最中、憎っくき姉のアルバムを見つけてしまったのだ。ならば、することは一つ。

 すなわち、他人様にはお見せできない恥ずかしい過去探し。


「でもさ、あのクソ姉もこんなふうにかわいく笑えてた時代があったんだね。ここなんか凄くない?ものすごく女の子っぽいよね?それがどうよ今は。妹の私に関節決めて、猿山のボスざるみたいな声で高笑いしてるんだよ?なにがどうなったらそうなるんだろうね?」


 まさに、この「歩の歩み」の魅力はそこにある。現在の歩を知っている人間が、このアルバムの中に眠る“かつての歩”の愛らしさを目の当たりにしたとき、当然、「いったい何が彼女を変えてしまったんだ?」と思わずにはいられない。そう、基本的にまじめな雫から、本来の任務である掃除という大義を奪ってしまう程に。


「ねえ、千佳ちゃん。わたし思うんだけどさ、千佳ちゃんのアルバムって家の中にあるよね?」

「そうだけど、それが?」

「ううん、大したことないんだけど、なんでお姉ちゃんのだけ倉の中にあるのかなって思って」

「そう言えばそうだね・・・。なんでだろ?」


 顔を見合わせる二人。がしかし、そこに答えはない。


「次、見よう?」

「ああ、そうだね」


                  ♪


 彼女達のアルバム閲覧はそれから小一時間程続き、その結果。


「お姉ちゃんて、やっぱり良いお姉ちゃんだね。千佳ちゃん?」

「・・・」


 という結論に達していた。

 なぜか。

 それは、とある良い話をアルバムで発見したからだ。


 アルバムには、所々に千佳と歩の両親の走り書きが残されている。そしてその良い話は、歩が合気道を始めた

ころの写真と、市の合気道大会に優勝したときの写真の下に刻まれていた。





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歩が合気道を始めたころの写真への寄せ書き


 千佳が近所の男の子達にからかわれているのをみて、歩が激怒。向かっていくも返り討ちに。その日の夜、珍しく神妙な顔で「強くなりたい」と言ってきた。なんでと聞くと、「お姉ちゃんだから」と一言。本当に優しい子だと、我が子ながら誇らしく思う。雄仁さんにそのことを話すと、苦笑いをしていた。歩は、父親似らしい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


市の柔道大会に優勝したときの写真への寄せ書き


 歩には武道の才能があったらしい。なんと、合気道を初めてたった三年で黒帯に手が届く程に。そして今日、市が開いた大会で優勝。私も妻も我が子の成長を喜ぶ。

 しかしながら、歩は強くなる程に、女の子らしさを捨てていっているのではと不安になる。あんなに可愛らしかった娘が、自分の身の丈以上の男の子を投げ飛ばしてほくそ笑んでいる光景を目の当たりにすると、何か間違っている気がしないでもない。そして確か、投げ飛ばされていた少年は歩が合気道を始めるきっかけになった子だ。因果応報と言うかなんと言うか・・・しかも、そんな姉をまねて、千佳も合気道をやりたいと言ってきた。私はどうするべきなのか。今晩にでも妻と話し合おうと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 合気道という武術は一見するとたいして力の要らない楽な格闘術に見えるが、実際はそうではない。基礎的な身体を作るにしても、その後の術の取得にしても、大の男が音を上げるような厳しい鍛錬を強いられる。この類いの術式はいざ戦闘となった場合、敵と自身の両方を守ることが可能である武術であるが故に、その代価として求められる時間と努力も、それに応じて高くなるのだ。


「ねえ、千佳ちゃん。もういいよね、掃除しても」


 ブスッとしている千佳に笑いかける雫。この台詞だと、まるで雫は千佳のアルバム閲覧(姉の弱み探索)に仕方なしにつき合っていたように聞こえるが、全然そんなことはない。


「・・・」


 千佳は、そんな雫の笑顔から逃げるようにアルバムを丁寧に片付ける。


「いいなー。私も、お姉ちゃん欲しーなー」


 そう言いながら千佳の横でクスクス笑う雫。彼女の仕事は倉の換気だけだったので、掃除開始数分で終了してしまっている。(もともとする必要もなかったのだが)

 なので、今は千佳の真横で目録作りを手伝っている。


「そういうのはね、兄妹がいない一人っ子だから言える台詞なの。普段は良いもんじゃないんだから・・・兄妹って」


 未だに仏頂面の千佳であるが、既に本来の役目である書物の整理と目録作りには戻っている。(雫が目録作りをやっているので実質、整理のみ)


 それからしばらく、彼女達は黙々と作業を続けた。どちらも一言も口を開かない。しかし、そこにある空気が宿す気配は朝のそれとは違い、とても暖かく穏やかで、しかしどこか気恥ずかしさを秘める、そんな微笑ましいものだ。後は、この空気が歩と千佳の間でも流れることを望むばかりである。

 時が流れ、作業も進む。それに伴い、お腹もすく。


               ♪


 倉の中に漂う穏やかな空気を破ったのは、「おやつよ〜」という偉大なるツルの(母の)一声だった。もちろん、少女達は仕事に区切りをつけ、おやつのもとへ。


 倉から雫と一緒にでた千佳は、太陽のまぶしさに目を細める。

 このとき千佳は、歩に謝ろうと思っていた。いろいろと思うことはあるが、今日の喧嘩においては、自分にも非があるのは確かなのだから。


 それに、自分の中にあるこの照れくさい気持ちを伝えるよりは、謝ることの方が遥かに簡単なことだとも思えたのだ。


『なんて謝ろうか・・・』


 庭を横切る間、玄関で靴を脱ぐ間、必死に考える。しかし、思い浮かばない。

 こういうときに限って、姉に謝ったことなどほとんどないという事実に思い至る。どうすれば素直に謝れるのか、どうすれば、少しでもこの自分の気持ちを伝えられるのか。


『・・・』


 先ほど玄関で脱ぎ捨てられている姉の靴を見た。多分今なら、居間にいることだろう。姉は、こういうことか

ら逃げる人じゃないから。


 もう、廊下を歩いている。居間はすぐそこ。なのに、思い浮かばない。


『・・・』


 結局、千佳が行き着いた結論は、「なるようになる」だった。残念ながら、時間切れ。腹をくくり、気恥ずかしさを押し隠し、廊下と部屋を隔てる障子を開く。そして、やおら居間に入ろうと部屋を覗き込んだ瞬間に。


「・・・どういうこと、お姉ちゃん?」

「何が?」


 胸にあった照れくさい気持ちも、素直に謝ろうとしていた決意も、倉から持ってきたはずの穏やかな想いも、霧散していた。


「そのロールケーキ、誰の?」

「あんたの」


 雫は千佳の右斜め前方で、無言で立ち尽くしている。そして、何を思ったのかそっと障子を閉めた。

 即座に千佳が障子開け放ち、居間に乗り込む。


「そのカフェオレ、だれの?」

「これ、エスプレッソ」

「そんなこと聞いてないのよ、このクソ姉。誰のかって聞いてんのよ」

「あんたの」


 用意されていたおやつの皿とカップは3つ。なのに、残っているのは歩が現在進行形でぱくついているのを除けば、一つしかない。


「どういうこと?」

「ごちそうさまでした。たいへん、おいしゅうございました」


 丁寧に頭を下げる歩。

 きちんと正座し、指をそろえて頭を深々と下げるその様は、千佳をいらだたせる以外の役目は果たさない。

 未だに廊下で立ち尽くす雫。彼女は何を思ったのか・・・は何となく分かるが、再び障子を静かに閉めてどこかへ逃走。


 多分、何かを呼びにいったのだと推測されるが。


「・・・」

「・・・」






その後。

本日二度目の第二次姉妹対戦が勃発し、これまた母親の雷とげんこつで鎮圧されることになるのだが、本当に遺憾ながら、割愛させて頂く。

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