『 :2008/08/07 am9:55〜12:00 阿蘇 神社にて』
松島で姉妹の姉妹による姉妹のための仁義なき戦いが繰り広げられているころ。
「おい、春日井。巫女服着ろよ、巫女服」
阿蘇でも同様の悲劇が起ころうとしていた。
「前から思ってたけど、あんた頭おかしいんじゃない?」
「いや、おかしいのは信也じゃないだろ。どっちかっていうと、春日井がおかしいと思う。なあ、明?」
「うん。裕也と信也に一票」
暑い日本の夏にあり、阿蘇という土地はその高山地域という特性のためにかなり涼しい。
しかし、その空気に響く会話の内容がいろいろと篤い気がするのは、決して気のせいではない。こういう頭の悪い会話が許されるのは小学校の低学年までだ。ちなみに、彼らは全員小5。
「明、お願いだからあんただけはマトモでいて」
とはいっても許されるだけで、イタいことに変わりはないのだが。
「なんでだよ?お前、巫女だろ。なら巫女服着ろよ」
「しつこいな!わたしは巫女だけど、巫女服着るのは神儀があるときだけよ!ちょっとテレビでなんかあるとす
ぐ影響受けるのって端から見てると本当にイタい!」
ひたすら男子勢から巫女服を所望されているのは、春日井 暦。彼女は神社の娘で、ときおり客引きのために巫女として家業を手伝っている。
もちろん、そんな特殊なことをしてるものだから、生徒という刺激のない日常を過ごす子供らに話の肴にされるのは仕方のないことだといえなくもない。特に、この年頃からなら。
彼女らが今集まって遊んでいるの場所は、まさに話題中心である彼女の家の庭である。つまり、神社の境内だ。
この神社の歴史は古く、起源を求めてときを遡れば室町時代にまで行き着く。
「でもさ、暦の服のバリエーションの無さはちょっとどうかと思う。ふつう、もうちょっとおしゃれすると思うけど」
「さっすが市内在住の明!良いこと言うな」
「でもよ、裕也。普段着で巫女服は着ないよな?いくらなんでも」
それはそうだ。
「あのね、私だってこれでも服には気をつかってるんですけど・・・」
自分の服を見下ろし、ふてくされたように抗議する暦。確かに、彼女がいうように彼女自身は服に無頓着というわけではない。彼女の持つ服の種類は、同年代の女子のそれよりも若干多めといっても過言ではなし、服の組み合わせのセンスも悪くはない。
「それは分かる。だけど、そこをもうちょい頑張ってもいいじゃんよ、と思うのが僕たちこの辺の男子の願いなのです。なんせお前はこの辺じゃレッド・・・なんだっけ、裕也?」
「この間授業でやったやつ?えっと、絶滅危惧種の・・・レッドアニマル?」
「なんか、戦隊ものみたいだね、その動物」
正解は、絶滅危惧種におけるレベルレッド。
「女は“種”じゃないからね、あんたたち」
くらくらする会話にこめかみを押さえながら暦が注意を促す。その、ありがたい巫女の神託に対して信也は。
「細かいことは横においとけよ。俺たちが言ってることは分かってるんだろ?」
「・・・まあね」
少子化。これは、阿蘇なんていう半分陸の孤島と化した山村では笑えない問題である。
現在、阿蘇市五木村に在住している子供の数は中学生を含めて30名。その内訳は小学生7人に中学生13人。あと、幼稚園児以下がまとめて10人。
さらに細かく小学生の部を見ると、6年生が2人、4年生が3人、2年生が1人、1年生が1人となる。
「あ〜、春日井以外の女見てー。そんで、お近づきになりてー」
ちなみに、子供30人のうち女子の数は一人。つまり、暦がこの辺で唯一の女子ということになる。
「明は良いよな。お前んとこの学校、一学年140人はいるんだろ?そのうち、ドンくらいが女?」
「半分くらい・・・かな?」
いいなー、とバカ二人の声が澄んだ山の空気に響く。
「ほんと、ばかみたい。女は量より質よ」
良いこと言う小4女子春日井暦。まさにその通りであるからして。
「だったら、おしゃれしろよ。この眉毛ブス」「裕也に一票であります!暦被告は、その特異な性別を生かし、
我々男子の目の保養となるべきなのであります!」
この言い方はないが、そう思う男子は少なくない。とはいっても、本気でそれをのぞんでいる子供など小学生にはいないのだが。
「・・・明。こういう奴って、女子にどう思われてるか教えてやって」
「ギャルゲーなら、死亡フラグ。現実でも、死亡フラグ」
映倫的に18歳以下は知らなくていい概念で説明する小4。ちなみに、彼の学校でのあだ名は「歩く死亡フラグ」。
こんな発現を日常的にしているので、さもありなん。
「「「?」」」
明以外の三人は互いに顔を見合わせ、お互いに知らなくても良い単語の説明を互いに求め合っている。
「あれ?ギャルゲーって知らない?」
うなずく三人。
「あ〜、そこからか・・・。え〜っと、ギャルゲーってのは——」
その後。
明の株価が男子勢の中では良い意味でプライスレスとなり、暦の中では悪い意味でプライスレスになったことはいうまでもない。