第二章:静かに回りだす運命」
魔法使いによる考察1』
時空というものはデジタルな存在である。
そうであるが故に、現在と過去は互いに独立した関係であるというのは疑いようの無い事実であろう。
しかし、デジタルな存在である時空に身を置く我々が、「現在」と「過去」の関係性を観測した場合、その関係性をデジタルなものではなく、アナログ的な関係であるように感じるのもまた事実である。
無限に独立して存在する時空から二つの時空を選び取り、一つの道筋に収束させる現象。
この現象が指し示すのは、単に世界のあり方だけでなく、我々という自我を持つ知的生命体が、連続性の上でしか存在できないこと(あるいは、我々という存在が、個々に独立した存在から連続性を生み出すこと)をも指し示していると考えられる。
『 :2008/08/07 am9:55〜10:00 松島 家にて』
「雫ちゃん、ちょっといい?」
朝の涼しい時間。
「うん、ちょっとまって。もうすぐ解き終わるから」
小学4年生たる二人の少女が仲良くノートを広げて、あることをやっている。
「ねえ、千佳。それくらいだったら私でもいけるよ。ちょっと貸してごらん」
そこに混じる中3。彼女は、前日に雫と交わした約束を守るべく、少女達と供に参考書を広げていた。
「いや。お姉ちゃんに聞いたら後で因縁付けられるもん」
まったくもって、奇妙な光景。
「そんなことしないって。ほら、貸して」
「いや」
言葉の応酬がなくなり、場を静寂が満たす・・・というより、緊張が走る。
「・・・」
「・・・」
この日、雫と千佳の二人は夏休みの宿題を終わらせる気でいた。理由は、特にない。
「いやいや、千佳。ほんとに何もしないって。ほんとにただの親切だって」
そしてこの日、千佳の姉である歩は彼女にしては珍しく、本当に無償で千佳のことを手伝おうとしていた。こちらも、理由は特にない。
「うそ。お姉ちゃんがそんなことしてくれるはずない」
姉妹の揺るがない信頼関係。十年という月日を同じ屋根の下で過ごしてきた彼女らの間には、どうにもならない絆が生まれていた。
「だから、今日は——」「いや。絶対頼まない」
日頃他人のことをまったく顧みない人間がたま〜にこういう要らん親切心を出すとどうなるか。
「だから——」「いや」
当然ながら断わられ、断わられた本人は意地になる。
「あのねーーー」「いや」
そして。
「ちょい、あんた——」「うるさい」
最終的に。
「いい加減に——」「いいよ、千佳ちゃん。どれ?」「あ、これなんだけどね。私ここまでは分かるんだけど、ここからーーー」
パシンと涼しい部屋に乾いた音が響く。中を舞うノート。いや、舞うというより、滑空するノート。
「お姉ちゃん?」
よく分かってない様子の雫。宿題に集中していた証拠だ。
「・・・」
「・・・」
無言の姉妹。二人ともぴくりとも動かないし、一口も開かない。
そんな微妙な空気の中、雫がノートを取るために腰を浮かそうとし、
「雫ちゃんは座ってて。それは、雫ちゃんの仕事じゃない」
千佳に止められる。
「おねえちゃん、とって」
空気が凍る。夏なのにね?
「いいよ、貸し一ね」
腰を浮かす歩。がしかし、
「やっぱいい」
千佳が前言を即座に撤回。彼女は素早く立ち上がりノートのもとへ——
「!?」
行けなかった。歩に凄まじい足払いを浮けたから。
「・・・はい、千佳。貸し一ね。」
妹を想いっきりすっ飛ばした姉は何事もなかったかのようにノートのもとへ。そしてそれを拾い、不自然すぎるさわやかな笑みを浮かべ、ブツを手渡す。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
その後いったい何があったのかは割愛させてもらうとして、場面は明達のもとへと飛ぶ。