近すぎて
王都の少し外れにある小さなパン屋に、男は護衛の任務で訪れていた。
護衛対象は今日も弾み足で店の中へ入って行く。
本人は気づいてないが、王はこのことを大層心配なさって、周辺の警備人数は城並みだ。
パン屋の入り口は開けたまま、中の様子を眺めつつ、男は周辺に注意を払う。
ふと、パン屋の横の路地に黒いものがもぞもぞと動いているのを見つけた。
子犬だ。これが成犬の野良であったなら、安全のため警備のものが捕まえていただろう。
「おまたせ。」
買い物を終えた主人が、入り口から出てきた。
「今日は甘いパンにしたの。お茶の時間にみんなでいただこうと思って、たくさん買ってしまったわ。」
侍女と共にパンを抱えて、満足そうに微笑んだ。
服装はどこにでもいるような町娘そのものだが、きちんと手入れされた美しいブロンドの長い髪は光に反射しきらきらと眩しく、長いまつ毛と通った鼻筋、透明感のある肌に健康的な桃色の頬と、あげればキリがないほど、この場に似つかわしくない存在感を放っていた。
「どうかした?」
特に、この瞳がーーーー
「あら。あんなとこに子犬が。」
するりと何の躊躇もなく狭い路地に体を滑り込ませて、パンと泥だらけの子犬を抱えて出てくる。
「姫様…」
止める間もなかった。
お腹が空いている犬へパンはダメよと話しかける姫様に、伸ばした手を力無く下す。
「姫様。困ります。」
「あら、大丈夫よ。ちゃんと躾して馬小屋の番犬になってもらいましょう。」
飼うつもりらしい。いや、問題はそこじゃない。
困るのだ。俺が。
この人との間には、分厚くて頑丈な高い壁があるのに、町角のパンと泥だらけの犬を抱えている姿が、まるでそんなものないかのように、近くて。
普段必死で距離をとる俺に、軽やかに近寄ってきて。
手が届きそうだと錯覚する。
どうあがいても、これ以上近づくことは出来ないのに。




