表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

第8話:放課後の教室2

放課後の教室。

衣装づくりを始めて、一か月が過ぎていた。


ドレスは表地と裏地の合体作業が八割終わり、あとは細かい部分の縫製を残すのみ。

雛森が黙々と布に針を動かしている顔をふと見ると、どこか疲れているように見えた。

土日も作業していたから、無理がたたっているのかもしれない。


すると目を閉じて、うとうとと船を漕ぎはじめた。

針が指に刺さったら大変だ。

雛森に声をかける。


「おーい、大丈夫か?」

「無理そうなら変わるぞ」

「はい、大丈夫でふ」


呂律が回らないせいで、語尾がおかしくなっている。


「大丈夫じゃないな……、変わるぞ」


目を閉じた雛森が答える。


「カメムシに消臭スプレーしたらどうなりますか……」

「何を言ってるんだ……」

「返事がない……」


夢って深層心理を表すというけど、意外と天然なのか……。

確かに、においが消えるのか気になるが……


俺は、雛森の手から針を取り上げ、布を自分の方に持っていき作業をする。

効率を重視するのであれば、手縫いではなくミシンを使いたい。

だが、あいにく、うちの学校には家庭科室がなく、代わりに多目的室に家庭科部用のミシンが置いてあるだけ。

美術チームにいる家庭科部の子にミシンを貸してもらえないかと頼んだが、制作発表を控えているため無理だと言われた。


針を通しながら、ぽつりとつぶやく。


「土日の作業、そんなに大変だったのか……」

「……」

「今週は俺が持って帰って、進めるよ……」

「……」

「なぁ、聞いているの……」

「って、寝てるして」


机に突っ伏して、すーすーと寝息を立てている。

こんな穏やかな表情の雛森を見るのは、初めてかもしれない。

普段は気を張り詰めていたんだな。

こうしてみると、やっぱり目鼻顔立ちが整っている。

まつ毛長いな……


本当の彼女は、今ごろクラスの人気者で、放課後は部活で活躍していたんだろう。

俺とこうして放課後の教室で机を並べることなんて想定外だったはず。

ヒロインの衣装は6月の中旬にクラスメイトにお披露目する。

だったら、もうこうして作業できるのもあと1か月か……


いや、いかん。何を考えているんだ俺は。

冷静に考えれば衣装を北川に作らされているんだぞ、とっとと完成させないと。

慌てて、布に針を通す。


1時間が過ぎた頃、雛森はのっそりと顔を上げた。

前髪の隙間から時計を見つめ、数十秒ほどじっと眺めたあと、目を見開く。


「ごめん、ごめん、10分ぐらいのつもりだったのに……」


大きく伸びをすると、眠気が抜けたのか、急にハキハキと話し始めた。

なんだか猫みたいだ。雛森って、犬っぽいより猫系だよな、やっぱり。


「土日の作業、結構きつかったんだな」

「作業というより、中間テストの勉強疲れが溜まってたみたい」


確かに、衣装づくりと中間テストを並行してこなすのは大変だろう。


「テストの出来はどうだったんだ?」

「現代文、古典、世界史は得意なんだけど」

「数学は赤点じゃないことを祈るしかないかな」


俺は思わず、くすっと笑ってしまう。

拍子抜けするような彼女の弱音に、肩の力が抜けたからだ。


「ふふ……」

「えっ、なに?なんかおかしいこと言った?」

「いや、演劇に関係しそうな科目は強いんだなって思って」


舞台に立つには、読解力も必要だろう。

言葉を扱うセンスも。


「だけど、そんなに数学難しかったか?」

「うわ、それ嫌味?」


ふやけていた顔が、ピシッと引き締まる。


「いやいや、土日まで頑張ってたし、それなら赤点回避くらいはいけたのかなと」

「数学ってさ、誰かに教えてもらわないと分からないよね?」

「私、高校に入ってから、友達ひとりもいないから、誰にも聞けなくて……」


あんなに壁を作っていたら、話しかけにくいのは当然だ。


「そうか、入学した時から合わなかったんだな」

「いや。一年生の5月まではいたよ。でも違ったんだ」

「違った?」

「聞いちゃったんだよね……」


「高校に入学してさ、友達と呼べるような存在ができて」

「これから、楽しい学校生活が送れなって。そう思っていた矢先に」

「教室のドア越しに聞いてしまったの」


女子生徒1:雛森さんって、なんか変だよね。

女子生徒1:いつも顔死んでいるし、話しても全然笑わなしさ。

女子生徒1:なんか気まずいんだよね。

女子生徒2:あー分かる。なんていうんだろう。

女子生徒2:気持ち悪いんだよね

女子生徒1:えー、ちょー分かる

男子生徒 :お前らあんまり雛森さんのこと悪く言うなよ

女子生徒2:えー、……君も絶対そう思っていたでしょ

男子生徒 :正直ね。話していて気まずいなって思ったけど……顔はいいからさ

男子生徒 :皆仲良くしてあげなよ

女子生徒1:絶対狙ってるじゃんよ。サイテー


「だからさ、友達を作るのはもうやめたの」


無関係な俺ですら胸が締めつけられるほど、心ない言葉だった。

本当にそんな奴らがこの学校にいるのかと信じたくないほどに。


「でも、中学校の友達とは仲がいいんだろう」

「皆とは高校は違うけど連絡は取っていた」

「でも、物理的な距離が開いたからかな、どこかに心の距離を感じた」

「私の悩み事全部打ち明けたんだ」

「でも、『気にしすぎじゃない』としか帰ってこない。誰も信じてくれない……」

「そうだよね。私の痛みは私しか分からない」

「結局、同じ空間にいたからお互い必要としていただけだって」

「こんな“厄介な存在”はいらないって」

「友達って、もっと尊いものだと思ってた。でも、ただの利害関係だったんだ……そう思っちゃったの」


その言葉の背景に何が隠れているのか俺には分からない。

でもきっと彼女にとっての大きな何かがあるんだってことには気づいた。


「……ごめん。ただの愚痴。作業、変わるよ」


「考えすぎだよ」――そう言いたかった。


でも、俺も彼女が“元ヒロイン”だったから異変に気づけたわけで。

もしもっと地味で、目立たない子だったら……気づきもしなかった。

雛森の言う“利害関係”って、もしかすると俺自身の行動にも当てはまるのかもしれない。


それから、一時間が経過した。


「よーし、完成した!」


雛森が背伸びをする。

机の上には、真っ白なドレスが置かれていた。

サテン生地が上品な光沢を放ち、裏地をつけたことでドレス全体に厚みが出ている。

しっかりとした仕上がりだ。

これだけのクオリティの衣装、俺たちだけかもしれない。


「ここまでくれば、あとは装飾をつけるだけだな」

「最初は間に合うか不安だったけど……なんとかなりそうだね」


そのとき、下校を知らせるチャイムが鳴った。


「やば、もうこんな時間! 急ごう!」


机の上の衣装を手早く片付け、丁寧に畳んで紙袋に入れる。

俺たちは手荷物をまとめ、ふらふらと教室の出口に向かっていく。

そのとき、先頭を歩く雛森の体から何かが落ち、俺の足元で光った。


「おい、雛森、何か落としたぞ」


拾い上げると、それは小さなネックレスだった。


「よかったー、それ、大事なものなんだ」

「プレゼントか?」

「うん。親友がくれたやつだから」


さっき友達いないって言ってたけどいるじゃん。


「その子とは、今も会ってるのか?」


雛森は首を横に振る。


「遠くに行っちゃってて、会えないの」


――遠くって、どこだ?  海外か?


そうしているうちに担任が、帰宅の催促にくる

「ほら、早く帰れ!」


俺は、廊下の窓から、夕焼けに染まる空を見て帰った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ