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第4話:ヒロイン失格

雛森、担任と一緒に教室に戻った。

クラスメイト達がこちらに視線を向けると席へと急ぐ。

俺も席に着くと担任の相変わらず大きな声が響き渡る。


「1年生のときに『総合的な探究の時間』の授業を受けてもらいました。2年生でも続けてやってきます」


ああ、あの謎の授業か。

なんでも、この授業は、つい数年前に学習指導要領に追加されたとかで、全高校で授業をすることになっている。

もちろん、必修だから授業を受けないと卒業できない。


「おさらいになるが、この授業では、社会課題、地域問題、将来の進路などを扱う」

「去年は探求の型を教えた。情報を集めて、分析して、どう伝えるか」

「2年生は実践編だ。うちの学校がテーマを決めて、それに取り組んでもらう」


「今年のテーマは……」


何になるのだろうか。

SDGsとやらか?

地元の町おこし?

それとも調べ学習系だろうか?


「演劇です!」


え、演劇!?


教室がざわつく。

一軍のクラスメイトは楽しそうに、誰がどんな役をするか話す。

一方で目立つのが好きでない生徒は唖然とし、中には頭を抱える者もいた。

最前列の眼鏡をかけてこれまた真面目そうな生徒が手を挙げる。


「先生!演劇って全然授業の趣旨とはあっていないと思うんですけど……」

「そう思うよな……。でも、演劇って、クラスで台本を作って、役割分担して、観客が楽しめるように舞台で発表する」

「ニーズの分析も必要だし、演技という名のプレゼン力も問われる」

「情報収集、分析、解決案、発表、ぜんぶ入ってるんだよ」

「ちなみに、うちの隣の高校でもやってる」

「まぁ、今年就任した校長が昔に演劇やってから、ってだけなんだけどね……」


質問した生徒はやや不服そうだがクラスのほとんどが担任の言葉に説得される。


「……なんか妙に納得した。てか、演劇、楽しそうかも」

「先生もそう思ってる。面白い授業になると思うぞ」


「演劇」という言葉で思い出した。

中学時代、演劇部だった雛森なら喜びそうな内容だな。

そう思って右を向くと、俺の予想は外れたのだと分かった。

雛森の目が見開かれた。

まるで、不意を突かれたように。

顔には明らかな動揺。

あんなに演劇が好きだった人が、どうして?


「じゃあテーマは伝えたから、あとは委員長に任せるぞ」

「先生はアドバイスできるけど、仕切ってはいけないルールなんでな」

「あと、俺の顔色を気にされても困るから、職員室に戻るな」


そう言い残し、担任はあっさりと教室を出て行った。

突然の指名に顔色一つ変えることなく、一人の生徒が教壇立った。


如月(きさらぎ)遥斗(はると)

このクラスの学級委員長だ。

彼は学校一のイケメンであり、成績優秀、スポーツ万能、しかもクラスの人気者と非の打ち所がない。

彼がこの学校で一番イケている男だと、太陽が沈むのは東から西なのだと。

そのぐらい当たり前のことすぎて、誰も異論を唱えるものはいない。


如月はまるで事前にこの事態を予測していたかのように、滑らかに切り出す。

「チームは『役者』『シナリオ』『演出』『美術』『音響・照明・経理(授業で給付される予算管理)』の計5チームに分けたいと思う」

「各チームをまとめる『監督』を一人決めて、監督指示の元制作を進めたいと考えている」

「まず監督から決めようと思うんだけどこの中で演劇経験者はいるかな?」


誰一人として手があがらない。

本来ここで手をあげるはずの雛森はというと、この場をやり過ごそうと下を向いていた。

重たい沈黙が、教室を包み込む。

だが、意外な人物が話を進展させた。


「つーかさー、遥斗でよくない? ウチ、遥斗以外の指示なんて受けたくないんだけど」


一瞬で空気をヒリつかせたのは……

――北川(きたがわ)裕子(ゆうこ)

このクラスを牛耳る一軍女子のリーダー。

女子だけでなく男子からも恐れられており、クラスの大半がなるべく彼女とは深く関わらないようにしている。

茶髪の内巻きロングに、短く折ったスカート。

だらりと結ばれたリボンが揺れる。

お手本のような派手系ギャルだ。

北川は髪を指でくるくるさせながら、授業のことなど興味なさげにスマホをいじっている。


「あはは……僕は演劇経験ないし他の人がいいと思うけど」


如月はそう言うと、一瞬だけ雛森の方に視線を向けた……気がした。

如月は雛森が演劇部だったことを知っているのだろうか?

二人が話しているところを見たことはないし、接点は全然なさそうなのだが?

誰かから、聞いていた?


「誰も手を挙げないなら、僕が監督でいいかな?」

如月の言葉に異論を唱える者はいない。

皆は手を叩いて、監督就任を祝福した。


「そしたら次は役者決めだけど」


北川が横から口を挟む。


「そんなの主役は私と遥斗で決まりじゃない?」

「私が姫で遥斗が王子で」


北川お付きの一軍女子たちが加勢し、まるでクラスの総意の様にする。


「賛成!やっぱり裕子が一番似合うよ!」

「裕子以外、ヒロインに向いているのいないっしょ!」


分かってるわねと言わんばかりの満足げな顔で、クラスメイトを威圧する。


「文句ある人はいないよね?」


クラスの女子は皆、何も意見することができずに、ただ黙って頷く。


「つーか、小学校の時から演劇やると、私いつもヒロインになっちゃうんだよね」

「裕子さすがー!」


どうせ、お前が選ばれたんじゃなくて、選ばせていたんだろうが。

だが、如月はそんな北川に目もくれずに、冷徹に言い放った。


「主役は雛森さんがいいと思うんだけど、どうかな?」


意外な人物の名前をそれも、クラスメイトから見たら、人前に立つ事とは正反対の性格の雛森を指名することに、皆驚きを隠せなかった。

クラスメイト全員の上に大きなハテナマークが浮かぶ。

だが一人だけ、疑問ではなく、別の感情をあらわにする者がいた


――北川だ。


「はっ、遥斗冗談はやめなよ、どう見たってこんな子ができるわけないでしょ?」


「どうかな?」

如月は北川を無視して、雛森に回答を促す。


「私は遠慮しておきます……私なんかが出ると迷惑なので」

「そっか。やりたくないのであれば無理強いできないね」

その後は淡々とチーム分けが進み、俺はシナリオ班、慧・桐原は演出、北川は当然役者班。

そして雛森は、美術班に割り振られた。

話し合いは終了し、如月が議論を締めようとする。


「進捗は都度、僕に報告してね」

「じゃあ、今日はこれで終わりに……」

如月が会を締めようとしたその時。


眉をひそめ口元を固く結んだ北川が席を立つ。

そして、まっすぐ雛森のもとへと歩く。


「あのさ、遥斗となにかあるの?」

「えっと、どういうこと?」

「とぼけないで。遥斗が他の子を特別扱いなんてしたことはなかった」

「何もないって。如月君とは初めて話したよ」

「なんで私を指名したのかはわかりないけど」

「そう。なら、いいのよ」

「あなたみたいな、いてもいなくても変わらない置物が、主役になんかなったら大惨事だったからね」

「役者向きの性格じゃないのよあなたは」


北川は不敵に笑みを浮かべる。


「ああ!いいこと思いついた」

「じゃあさ、私の衣装、あんたが作りなさいよ」

「普段何もしてないんだから、ちょっとは役に立ちなさいっての」


北川の執拗な攻撃に誰しもが言い過ぎだ、謝るべきだという雰囲気だが、北川に逆らうことは女子はもちろん男子でもできない。


――そう、俺を除いては。


「おい」

気づけば立ち上がり、北川の前に立つ。


「お前より雛森の方がヒロインに向いているぞ。せいぜいお前は意地の悪い魔女役がお似合いだろ」

「は?あんた、誰?地味すぎて名前も覚えてないんだけど、出しゃばらないでくれる」


北川は、嘲笑しながら言い返す。

鋭い眼光が突き刺すが、俺は絶対に引かないと決めた。

緊張が教室中に張り詰める。


「二人とも…やめて」


雛森が小さく声を漏らした。

その表情を見て、俺は言葉を失う。

北川の圧に怯えているんじゃない。


――違う。


演劇という言葉に、心の奥底から怯えていた。


「北川さん」


雛森は、震える声で言った。


「私が……北川さんの衣装を作ります。それでいいですよね?」


あっさりと、雛森が認めたことに北川は一瞬驚くも、傲慢さが顔に戻る。


「ええ、そうしなさいよ!」

北川は満足げに頷き、ふんっと鼻を鳴らした。


なんでだよ……

あんなに演劇が好きだったろ。

こんなのおかしいって、ここで引き下がっちゃいけないだろ。

「北川よりも雛森の方が上手い……」

俺が、そう言いかけたとき、雛森が袖を引っ張り呟く。

「言わないで……」

「もうやめたの」

「それに……」

「私は……ヒロイン失格なの……」


その声は、悲しみでも怒りでもなかった。

ただ、何かを悟ったような諦めの声だった。


「それに、どのみちクラスで何かしら仕事をしないといけないのだから、これぐらい平気」


そのとき、教室の扉が開く音がした。


「お、どうだ?いい感じまとまったか?」


担任が満面の笑みで教室に入ってきた。


「って、お前ら何しているんだ?」


そうだ、義理人情に厚そうなあんたなら雛森の肩を持ってくれるよな。

そう期待したが無駄だった。


「おお、活発に議論してていいことだな!でも時間だから席についてくれ」


そんなわけないだろ。


俺は、渋々席につくと、小さな呟き声が聞こえた。


「衣装を作るだけだから、大丈夫」


自分に言い聞かせるように呟きながら、雛森は机の下で震える手を握り締めた。

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