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第2話:訳あり探し

「雛森さんがどうかしたの?」


俺の問いかけに、桐原(きりはら)美智留(みちる)が首を傾げる。


「なんというか、ほら、なんとなく気になって」

「あら、そういうことね〜」


椅子に逆向きで座り、こちらに向かってニンマリと笑みを浮かべる。


「邪推しても無駄だぞ。全然そういうのじゃないからな」


まるで素直になれと言わんばかりに、手をこまねいて俺をからかっている。

入試の日、ちょっとした縁があって知り合った。

そして、一年生のときに同じクラスに。

今年もまた、偶然席を並べることになった。


小柄で活発な彼女が、髪を揺らすとほんのり桜色のインナーカラーが覗く。

俺は、恋バナがしたいわけではない、純粋に雛森が変わった原因が知りたいだけだ。


「なんというかさ、雛森って昔はもっと……」

「……いや、仲いい友達とかいるのかなって……」


さすがに「どうしてあんなに変わったの?」なんて、面と向かって聞けるわけがない。

まずは周囲から、それとなく探ってみることにした。


「うん~私も知らないんだよね~」

「桐原なら、女子の事情に詳しいと思ったんだけど……」

「あー、雛森さんだけはちょっとね……」


桐原は難しそうな顔をする。


「雛森さん、誰に対しても距離をとっている感じでさ。最初は仲良くなろうと思って声かけたんだけど、だめだった〜」


始業式から二週間が経過し、小さくまばらであった友人の輪は次第に大きくなり、グループの形がはっきりとした。


だが、どのグループにも属さない者がいた。


――雛森灯。


雛森は、休み時間のチャイムが鳴るとすぐに本を開く。

まるで誰も話しかけるなと壁を作っているかのように。

それでも男子共は彼女の美貌に惹かれて声をかけていたが、言葉のキャッチボールというよりもノックの返球のような、機械的でそっけないやりとりに、次第に誰も話しかけなくなっていった。


今――つまり昼休みになると、雛森は席を外してどこかへ行ってしまう。

だから、こうして教室で彼女の話ができる。


「そうか……」

「奏汰。ほどほどにしなよ~」

「しつこい男は女の子から嫌われるぞぉ」

「はいはい、分かってますよ」

「入学試験の日に、落としものして涙目だった誰かさんを助けてあげたぐらい、俺はお節介だからな〜」

「ちょっ……! とっとと忘れなさいってば!」


ポコポコと頭を叩く手から俺は身をよじって守る。

と、そのときチャイムが鳴って、雛森が教室に戻ってきた。


「いけない、私、日直だったんだ」

「じゃあね!」


桐原は軽く手を振ると、急いで黒板を掃除する。


そうしていると、雛森は席に座り、教科書を開いて、つまらなさそうにため息をつく。

俺も次の授業のために本を開いて準備をする。

だが俺の視線は教科書の文字よりも雛森の横顔に吸い寄せられていた。

先生が扉を開ける音で俺はようやく、目を文字に落とした。


帰りのホームルームが終わると、雛森は誰よりも早く席を立った。

まるで風に押し出されるように、無言で教室を出ていく。

雛森を目で追っていると、聞き覚えのある声がした。


「奏汰。掃除するぞ」


抑揚のない淡々とした声の主は 白石(しらいし) (けい)だ。

慧とは、小学校、中学校と同じ学校で、高校も偶然一緒になった。


「はいよ、やりますか」


椅子を机の上にあげて、前側半分に集め、空けたスペースをほうきで掃除する。


「なぁ、慧」

「なに?」

「雛森って、中学時代はどんな感じだったんだ?」

「慧、三年間同じクラスだったろ」


俺は雛森とは中学校、三年間一度も同じクラスにならなかった。

休み時間に雛森を見かけるだけだったから、どんな生徒かは知らない。


「昼休みになると、彼女の周りにいろんな人が集まってた」

「皆、彼女のこと慕ってたからな」

「お前の思ってる通り、今とは真逆だよ」


“思ってる通り”って……慧、やっぱこういうとこ鋭いな……


「じゃあ。高校に入ってから、おかしくなったのか」

「そうだな。あー」


慧は何か思い出した様な顔をする。


「確か、中学三年生の夏休み明けぐらいから、なんか元気ない感じだったけど」

「友達が雛森にどうしたのって、心配していたな」

「夏休みに何かあったのか?」

「そこまでは知らん。てかお前さ……」


慧が怪訝そうな表情を浮かべる。


「また面倒ごとに首突っ込もうとしているな……」

「入学試験の時のこと、忘れたのかよ……」

「あれは、仕方ないだろう……」


俺の第一志望の高校は桜ヶ丘高校ではなく、県内の公立トップ高だった。

だが、入試会場へ向かう道中、道端で苦しそうにうずくまっている老人を見つけた。

すぐに救急車を呼び、隊員の到着を待つ間、不安げな老人のそばについていた。

気づけば時間は過ぎていて、試験会場への到着は数分の遅れとなった。


「そりゃ、いいことだけどさ。他に助けてた人もいたんだし任せればよかったのに」

「今ごろは、トップ高にいっていたんだぞ。もったいないって」

「そうだけど……」


自分でもわかっているさ。何度もこれで最後にしようと思っているが、一度気になりだしたら止まらない。


「まぁ……そこがお前のいいところなんだけどな……」


そう思っているなら少しは、温かい言葉をかけてくれよ……


「別に雛森を無理やりクラスの輪に入れようなんて、考えていないさ」

「本人が拒否しているんだ、俺がどうこうする話ではないさ」

「本当かな……」


慧は不安そうなにため息をつく。


「まぁ、大丈夫か……」


床を掃き終え、机をひとつずつ定位置へ。

最後に、雛森の机を戻して――俺たちは教室を後にした。

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