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第1話:訳ありヒロイン

ここ数日の寒さはどこに行ったのかと思うような、暖かな日差しを浴び、桜咲く通学路を自転車で進むと、今日が新学年の始まりにふさわしい日だと感じる。

高校二年生、最初の登校日。

春の陽気が心地よくて、いつもより少しだけペダルをゆっくりと踏んだ。

駐輪場に自転車を停め、我が桜ヶ丘高校の玄関をくぐると、そのまま教室へと向かう。


教室の前で足を止め、プリントに記されたクラスと表札を見比べる。

新学期早々、変なことで注目されたくはない。

入念にチェックしてから、「あってるな」と確認して、扉を開ける。

黒板に貼り出された座席表から、どの席に座るのかを確認する。


ええっと……俺の座席は……


座席表の左端から順に目を走らせる。


「田中亮平」

「石橋彰人」

「三輪優樹菜」


それから……


あった。


瀬川(せがわ)奏汰(そうた)


俺の名前は、窓際の最後尾の席に記されていた。

前のクラスでは、教室の真ん中が多かったから、ようやく落ち着ける場所にありつけた。


何もクラスメイトを避けたいわけではない。

ただ、勉強がちょっとできるってだけで、宿題の解説やら質問やらが殺到する。

テスト前なんか、こっちの時間が全部吸われるレベルだ。

だが、新学期早々運がいい。

当面の間はゆっくりできそうだ。


自分の席が分かったので、さっさと席に座ってもよかった。


――が。


俺は再び座席表に目を走らせる。

どこだ……どこだ……

すると、自席のすぐ右隣で視線が止まる。

席に記された名は――


雛森 灯。


クラス分けプリントが配られた時、思わず目を疑った。

だが、雛森灯がこの高校に進学していたと分かった時、俺は言葉を失った。

雛森であれば、その名は学年中いや学校中に轟くはずだ。

なのに、雛森の存在すら認知できなかった。

クラスが別であったとはいえ、1年間も同じ生活空間を共にしておきながら一度も彼女に気づくことができないなんて…

そんなことあるのだろうか。


いや、たまたま耳に入らなかっただけかもしれない。

この高校に進学したのは、俺とアイツと雛森だけだ、であれば同じ中学の友人づてで、話が回らないのも納得だ。

まぁ、雛森ほどの人物がこの学校で埋もれていたとも思えない。

本当に偶然なのだろう……


俺が考えに沈んでいると、チャイムが鳴った。

急いで自席に戻る。

だが、右隣の席には誰も座っていなかった。


数分後、新しい担任のイケメン体育教師が教壇に立ち、爽やかな笑顔で自己紹介を始める。

軽い雑談を交えつつ、教室の雰囲気を徐々に和らげていった。


それから、初対面のクラスメイトと、気まずい空気のまま始業式へ。

教室に戻ると担任が教材や年間行事の説明を済ませる。

特に質問がなかったおかげか、想定よりも早く終わり、残り1コマ分が空いた。


どうせアレだろうな……

新学期、初日、時間つぶし。

これだけそろえば、もう答えのようなものだ。


担任は、笑顔で言った。

「時間も余っているし……みんな!自己紹介しようか!」


だよな……

やっぱり自己紹介だった。


担任は、窓際の一番前の生徒を指名し、そこから後ろへと自己紹介をするように説明する。


自己紹介は順調に流れていく。


そして、俺の番になった。


変に目立っても、イジられるだけなので、ありきたりなことをいうか……


「瀬川 奏汰です。趣味は朝ランです。昔陸上やってたんで、習慣みたいな感じです」

「今は、部活とかは入っていません」

「皆さんよろしくお願いいたします」


担任がなにか言おうとしたが、ツッコミどころがなかったのか、言葉に詰まった。

それから、こういった。


「奏汰! よろしくな!」

「はい、えーと、次は……」


面白くすることを諦めたようで、次の生徒を指名した。


ひと息ついて、席に身を預ける。

今日はこれができればもう終わったようなものだからだ。

初日の仕事をやり遂げた気分になり、後続の紹介は適当に傍観することにした。


すると、教室に、ドアを開ける音が響いた。


静まり返った空気を切り裂くように、ひとつの足音。


その場に現れたのは、一人の少女だった。


「すみません、遅れました」


第一声は、驚くほどか細い。

教室が静寂でなければ、かき消されていたかもしれないほどの声量だった。


「おう、おはよう」

「体調の方は大丈夫なのか?」

「ええ、まぁ……」

「座席は……そこに座ってくれ」


担任は、俺の右隣を指さすと、少女は歩みを進め、座席に腰を下ろした。


えっ?

危うく、間抜けな声を出すところだった。

寸前で踏みとどまり、無理やり平静を装う。

俺は彼女が一体誰であるのかを思い返し、何度も思考を巡らせた。

だが、いくら考えても結論は同じだった。


そう。


彼女は、雛森灯である。


クラスの男子は皆、雛森に視線が釘付けになる。


「なぁ、あの子すっげえかわいいよな」

「お前、声をかけに行ったらどうだ……」

「ああ……でも、何だか具合悪そうな顔してないか……」


美しい容姿に変わりはない、髪型が変わったわけでもない。

ただ、一点大きく変わったものがある。

それは、かつて輝きを放っていたオーラがなくなっていたことだ。

今は目から光が失われ、表情が抜け落ち、死んだような顔をしている。


本当にこの雛森はあの雛森なのだろうか。


十回目の推理に取りかかろうとしたが、これは紛れもない事実だと受け止めた。


そうしているうちに担任は自己紹介を雛森に振った。

雛森は、机に落としていた視線を担任に向け、ゆっくりと立った。

そして、か細い声で自己紹介を始めた。


「雛森 灯です……」

「えっと……趣味は特にありません。部活にも入っていません……」


ん?

あれだけ演劇に夢中だったのに?

てっきり、このまま続けて、将来は女優でも目指すのかと、そう思っていたのに。


「クラスに一言……特にありません」


あまりに後ろ向きな発言に、クラスの空気が一瞬で凍りついた。

さすがに、「よろしくお願いします」くらいはあるだろう……


担任も、どうフォローするか迷って、絞り出すように言葉を発した。


「お、おう。そうか……」

「これから、何かやりたいことが見つかるといいな!」


彼女は、ゆっくりと座った。

俺は雛森に目を向ける。


そこにはヒロインと呼ばれた頃の彼女の姿は、もうなかった。


こうして、俺の全く予想しないかたちで


――訳アリヒロイン、雛森灯との学校生活が始まった。

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