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プロローグ:二葉中のヒロイン

我が二葉中学では9月になると、文化祭が開催される。

文化祭と銘打っているが、実際のところは文化部の活動報告に近い。

生徒会の進行のもと、各部が演奏やダンス、制作物を体育館のステージで発表し、全校生徒は客席でそれを鑑賞する。

これと言って盛り上がる行事ではないが、ある演目だけは別だ。


「そろそろだな」

「ああ……、準備はできている。ていうかお前は同じクラスなんだから俺と席交換しろよ。見づらいだろ!」

「嫌に決まってんだろ!」


振り返ると、最前列と最後列の中間あたりで男子生徒たちが言い合っていた。

席を交換しても見え方は大して変わらない気もするが、前の席に行きたい気持ちはよくわかる。

振り向きついでに最後列にも目をやると、双眼鏡でハンデをカバーしている者がいた。

涙ぐましい努力だ。

そんな光景を達観している俺はというと、幸いにも最前列。

おかげで集中して鑑賞できる。


俺が男子生徒たちの反応を眺めていると、会場が暗転した。

数秒間のざわめきのあと、やがて場内は静寂に包まれる。

そして──スポットライトを浴びた司会が演台に立ち、待望の題目を読み上げた。


「ええ、皆さんお待ちかねの演目です。続いては、演劇部による舞台劇。

 タイトルは──『星降る夜に君と誓う』!」

「それでは、どうぞ!」


一瞬の静寂。

幕がゆっくりと上がり、ステージに人影が現れた。

一人、ドレス姿の少女が舞台中央に立っていた。

手を胸に当てて、客席を見据える。


「あの方と久しぶりに会える……」


観客の視線が、一斉に彼女へと集中していった。


輝いていた。

目が眩むほどに。

俺をそうさせたのは、ステージを照らすスポットライトではなく、彼女が向ける笑顔だった。

注目のお題目もとい注目のあの人、雛森(ひなもり) (あかり)だ。

雛森はこの劇の主役にして、別名、二葉中学のヒロインである。


もし、この学校で「誰がいちばん美しいか」という投票があったなら、雛森にすべての票が集まると断言できる。

翠色の澄んだ瞳とその下にバランスよく配置された鼻と口。

神様が描いた傑作の顔には、枝毛のない群青色の髪が添えられている。


ヒロインの名を冠する雛森が注目される理由は、容姿だけではない。

彼女の魅力は、その性格の良さにもある。

誰に対しても分け隔てなく接するのだ。

……その証拠として、とある生徒の話を紹介しよう。

ちなみに俺ではない。

本当だよ。


雛森と同じクラスになった、とある男子生徒はこう思った。


「高嶺の花の雛森さんは、自分とは住む世界が違う。目の保養になれば、それで十分……」


そう諦めて、教室の隅の席でラノベ主人公みたいに黄昏れていると、どこかで聞いたことのある声が耳に届いた。


「……君って、勉強得意なの? 廊下に張り出された順位表見たよ! 凄いね!」


まさに青天の霹靂だった。

どうして、こんな地味で目立たない俺に、雛森さんが興味を持っているのだろう。

……いや、まさか誰かのイタズラではないのだろうか。

そうだ、きっとそうに違いない。

俺をその気にさせておいて後で、笑いものにするつもりなんだ。

と疑ったが驚くべきことに雛森はこれが平常運転なのだ。


雛森は自分が話したいと思うことがあれば、男でも女でも、初対面でもおかまいなしにコミュニケーションを取る。

それが単に好奇心なのか、あるいは狙っているのか定かではないが、クラスメイトにとっては高嶺の花というより、身近な存在なのである。

それ故、男女ともに雛森を慕う人は多い。


そんな雛森にも夢中になっているものがある。

それは、イケメンの男子生徒と付き合うことでもなければ、SNSで承認欲求を満たすことでもない。

雛森の目にはいつも舞台で活躍する自分の姿が映っていた。

俺が朝練前に教室へ荷物を置きに行くと、既に隣の教室で、部活の準備を終えた雛森がいた。

下校時間のギリギリに練習が終わり、俺が急いで校門を抜けたそのすぐあとに、雛森もまた校門を駆け抜けていた。


俺と雛森に面識があるわけではない、いや顔ぐらいは覚えてくれているかもしれないが、それでも朝練仲間として一方的にシンパシーを感じていた。

いったい、どんな演技をするのだろうか。

気になる問いかけには雛森がこの舞台で答えてくれる。



演劇は、これといったトラブルもなく、無事に幕を下ろした。


「ありがとうございました!」


部員達が一斉に深々と頭を下げると、会場からは惜しみない拍手と声援が湧き起こった。

その瞬間、物語の登場人物がふっと姿を消し、雛森という存在が、

現実の雛森が、舞台の上に戻ってきたように感じた。

そう感じさせるほど、雛森の演技は圧倒的だった。

いや、もはや演技というより、雛森自身が“人物”そのものになっていた。

お遊戯程度の芝居しか見たことがなかった俺にも、ようやくわかった。

これが、演劇というものなのだと。


感銘に浸っていると、雛森は体育館全体に向かって手を振った。

「やっべぇよ、可愛すぎだろ」

「俺、今日告白するわ」

「やっぱり、灯ちゃん可愛いよね、私も好きになりそう」

ただの挨拶一つで、会場がどよめいた。

さすがはヒロインである。


会場の熱気も束の間、演技を終えた部員達は舞台袖へと帰っていく。

雛森も手を振るのをやめて、先に戻った部員達を追いかけるように、客席に背を向け一歩を踏み出した。


――が。


なかなか二歩目が出ない。

どうしたのだろうか。

数十秒が経っても、雛森はその場に立ち尽くしたままだった。

気になった俺は、最前列の利を生かし、視線を雛森の顔に向ける。


先ほどの笑顔とは打って変わり、そこには何かに焦ったような不安な表情が浮かんでいた。

さっきまで光を宿していた瞳は、今は影に沈み、ここではないどこか遠くを見つめていた。

ミスのない素晴らしい演技だったが何か納得のいかない点があったのだろうか。


次の瞬間、雛森は開いていた手を力強く握ると、目に潜んだ影に光を灯し二歩目を踏み出した。


一体何だったんだろうか。

俺の気のせいだろうか……


そんな疑問を背に、雛森は舞台袖へと消えていった。

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