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我に届くなその想い

 あまり声を大にして言いたくはないが、正直言って困ってる。


 先日、水上に強制参加させられた文化祭実行委員の件ではない。


 いやアレも十分面倒くさい出来事だとは思うが、一応文化祭が終わるまでいう明確な機嫌がある。終わりが確定しているならば、嫌なことでもなんとかなる。


 それに、やり始めてしまえば意外と乗り気になったりするものだ。

 人間なんてそんなもんである。面倒くさいように見えて、単純なところはとことん単純。ちょっと前まで怒っていた誰かが、次の瞬間にはコロッと機嫌が良くなっている、なんていうのは当たり前のこと。


 気を付けなければならないことは、終わりの見えない事象である。

 いつ終わるとも知れない、或いは終わりの見えない、延々と同じことを繰り返す……などなど。


 永遠という言葉に人はどんなイメージを持つだろう。かつて永遠を求めた偉人たちがいた。しかし誰もがそれを手にできず、結局は限られた時間の中で終わりを迎えたのだ。


 しかしそれで良かったのかもしれない。果て無き時間など概念だけで十分だ。少なくとも人間には過ぎた代物。

 

 そう。つまるところ終わりとはネガティブなことではなく、あらゆる事象に対する救済なのである。


 そのことを、タイチは現在進行形で嫌というほど実感していた。


「たいちゃ~ん? ちょ~っとこの幼馴染とお話しよっか~?」


 時は週末、土曜の夕方。暮れ行く陽射しは茜色。場所はマンション上階、大井暁良の部屋である。間取りは宇津木家と変わりない。


 しかしそこに住民の色というか雰囲気というか。暁良の部屋は至る所にラノベやマンガが乱雑に散らばり、太一の家とは比べ物にならないほどデカいテレビが壁を覆っている。

 ゲームの類は最小限。代わりに分厚いデスクトップパソコンが床に直置きされて存在感を放っている。随分とお高そうな代物だ。


 だがそんなことはどうでもいい。

 家の主である暁良は明らかにお冠と言った様子で、笑顔のままこめかみに青筋を浮かべている。

 太一は気まずそうに窓を背にして床に正座。夕日をバックに俯く姿はサスペンス劇場の終盤に追い詰められる犯人のようである。


「一応さ~。あーしも自分なりにたいちゃんのことを考えて気持ちを押さえたりとかってあるわけなのよ~」

「はい」

「でもさ~、さすがにさ~、昨日のアレはどうかと思うんだけどな~?」


 暁良の背中で赤黒いオーラが吹き上がる……ような錯覚を見た。

 気まずさMAX、恐怖が溢れて冷や汗大量……幼馴染のマジな怒りに太一の体はマジビビり。この形相を前にすれば震えた小鹿もピタリと止まるに違いない。


 まさか満天以外にここまで肝を冷やす日が来るとは予想外。


 腕を汲み見下ろす少女……大井暁良。太一の幼馴染。色素の薄い髪は太ももに届きそうなほど長い。薄っすらと日焼けした肌は健康的。中世的な容貌が今は悪鬼のごとく歪んでる。


「一応訊くけどさ、たいちゃん。あーしの気持ちはちゃんと知ってるよね?」

「……」

「こらそこツイ~って目を逸らすな」


 ゴキン――


「ぐえっ」


 首を無理やり捻られた。なんか嫌な音がしたのは気のせいじゃない。


「あーし、たいちゃんが好き。知ってるよね?」

「……はい」

「返事が遅い!」


 どこぞの天狗面みたいなイントネーションで怒鳴られた。

 床に散らばる漫画の中に該当タイトルを発見。もしかして読んだ直後だろうか。


 などと、現実逃避するように太一は思考を明後日の方向へ解き放つ。


「ちょっとたいちゃん人が真面目に話してるんだからちゃんと聞く」


 憐れ。放たれた思考はしっかり尻尾を掴まれ引き戻された。


「ほんとマジでさ、昨日のアレはナシだと思うのよ。さすがに」

「いや、だからアレはただの事故ってだけで」

「いやいやいや。たいちゃんは事故とか言うけどさ――どうすれば裸の満天さんとキスする状況になるわけ!?」


 暁良がここまでマジで怒り心頭になっているのかというと……話は昨日の夜まで遡る。


 ――……


 翌日に控えた休みにテンションが上がるのは自然の摂理。

 特に金曜日の夜は実際の休みより気分が高揚する。

 やはり楽しみというのは迎えた時より迎える前の方が数割増しに感じるものだ。


 しかしそんな浮かれ具合に脳みそを使えるのは恵まれた選ばれし企業戦士か高校生までである。


 だが、そんな高校生の一人であるはずの太一は、学校から帰宅しても気の休まる暇がない。


「おい太一もっと腰落とせって」

「いやもうこれ以上はムリ……いだだだだだだだだだっ!?」

「あんた相変わらず股関節かってーままだな」


 某有名ゲームハード専用のフィットネスゲーム。

 太一と満天は久しぶりに二人きりの放課後タイムに、順番にゲームで体を動かしていた。

 リング状のコントローラーを握り、ポップな敵をフィットネスをこなすことで倒していく体感型ゲーム。

 

 しかしゲームと言っても真面目にフィットネスをこなそうと思うとこれがガチで筋肉痛になるレベル。

 太一と満天は既に何十時間もこのゲームをプレイしているため汗を掻く程度だが、運動に慣れていない人間がこのゲームに手を出すと地獄を見ること間違いなし。


 が、慣れた二人でも一部の種目ではいまだに強い疲労感を覚えたりするため侮れない。


 そして現在、満天がプレイを終えて太一の番。コントローラーを手にエンカウントした敵をフィットネスをこなしてダメージを与える。

 だが、太一は選択した種目、ワイドスクワットで苦戦していた。通常のスクワットと比べて足を大きく開くワイドスクワット。通常のスクワットよりも深く腰を落として上げる、を繰り返すのだが、この時に股関節が硬い人間は体を落とす際に痛みが生じてしまうのだ。


 太一は……以前と比べるとマシになったのだが……股関節が硬く、ワイドスクワットを実施しても沈み込みが浅く、正しい姿勢で出来ているとは言い難い。

 本来なら、できない種目は外すこともできるのだが……


『いつまでも逃げてたら上達しねぇだろうが!』


 なんてスポ魂な根性論を出して発破を掛けてくる満天のせいで、苦手な種目から逃げることができない状態の太一である。

 しかもこの女、人様の可動域を無視して無理やり動かそうとしてくるのである。

 

 下半身がメリメリ音を立ててぶっ壊れそうである。このままいくと汚いアヘ顔待ったなし。誰も得をしない痴態をお披露目する事になっちゃう。


「ギブギブギブ!!」

「おお~そんにアタシの手伝いが欲しいってか。ならもっと手伝ってやるよ」


 背後で悪魔が囁いた。

 give(ください)じゃねぇんだよ!

 give Up(もうらめ~)の方なんだよ!!


「そ~れ!」

「んぎょあああああああああああっ!!」


 太一は(股関節が)逝ってしまった。

 背中に当たる満天の女な体温も柔らさも、全てが痛みに塗りつぶされた。


 ど~じでだよ~~~っ!?


 相変わらず距離感ゼロのくせに甘くならない二人である。


 ――それからしばらく。太一は内股気味になりながら、太一は満天に非難の目を向ける。


「きららさ~ん……」

「悪かったって。ちょい調子に乗り過ぎた」


 股間を蹴られたわけでもないのに下半身(意味深)を痛める太一。


「と言いますか、いつも僕に順番が回ってきたら先にシャワー浴びて来てくださいよ」


 というのも、汗が冷えてせっかく温まった体が冷えてしまうからだ。

 満天も太一と一緒に……悪戯で……体を動かしていたためか、体温は高いままのようだが。

 しかし、彼女がシャワーを先に譲るなんてことをするわけもなく、確実に太一は汗が冷える中順番を待つことになるだろう。


「あんたが運動で手を抜かねぇかどうか見張ってたんじゃねぇか。今日はアタシを二人だけだしな」

「そんなことしませんって……」


 どれだけ信用がないのだ。

 太一はため息をつきながら「早く言って来てください」と満天にシャワーを促した。

 なぜだろう。普通ならちょっといかがわしいシチュエーションのはずなのに、まったく色気の欠片もない。


「へいへい。わ~ってるっての」


 少し不貞腐れたように、満天は踵を返して脱衣所へと向かう。


「あ、てかアンタもそのまま一緒に入ればいいんじゃね?」

「いやいやいや」


 この女は起きながらお花畑の夢でも見ているのではあるまいな。

 太一は男、満天は女。幼い子供とか付き合ってるカップルならともかく、この歳で異性と風呂など倫理観の消えた異世界でもなきゃ成立するはずもなし。


「冗談はよしてくださいって」

「冗談じゃねぇっての」


 なお悪いわ。


「僕はここで待ってますから」

「アタシと一緒に入んのそんなにイヤかよ」

「そういうことを言ってるんじゃないですから……」


 この女の羞恥心はどうなってるんだ。全くもって純な男子の心を弄ばないでもらいものだ。天然物の童貞魂を舐めないでもらいたい。クラスメイトの裸なんて見た日には、喜ぶどころか気まずさ全開で引きこもりになっちゃうぞ。


「……ったく。これじゃいつまで経っても埒が明かねぇな……うし」


 いったい何が「うし」なのか。

 満天は部屋から着替えを準備しにリビングから出て行った。

 ナチュラルに着替えの用意を始める時点でお気づきかもしれないが、彼女が宇津木家の風呂場を利用するのはこれが初めてではない。それどころか、ちょっと前まで彼女と長期にわたって半同棲、みたいなことをしていたこともある。


 最近も彼女は宇津木家に泊まったりしている。彼女の親はそれを知りつつ「太一くんのお家なら」と公認宣言されてしまっている。

 いやちょっと待ってくださいおかあさん。いくらなんでも年頃の男子が住む家に娘を止まらせるのを、あっさりと許可するのは問題があると思います。


「ふぅ……」


 クラスメイト他、ギャルが家にいること自体はもう慣れた。

 たまに無防備な格好で家の中をうろつくのはやめて欲しい、と思いつつ、人間というのは環境に慣れる生き物である。


「とりあえずお風呂上がり用の飲み物でも準備しておくかな」


 別に頼まれたわけでもないのに、かいがいしく満天の風呂上がりの飲み物を準備する太一。

 最近のお気に入りは豆乳ココアである。姉の涼子がパック飲料を見つけてきて試したところ、女子から好評だった。

 基本はパック飲料だが、切らしていたり時間がある時はココアパウダーからペーストを作って自前の豆乳ココアを作る、なんてこともある。

 

 満天が風呂に入っている間、別にやることもない太一はプライパンを取り出した。


「まあ暇だし」


 別に料理男子を気取るつもりもない。

 が、意外と重い腰を上げてみれば案外面白かったりする。豆乳ココアは焦がしさえしなければ比較的簡単に作れる。

 ちなみにそのままだと甘みが足りないと感じる時があるので、宇津木家では黒砂糖ひとかけ加える。


 ……満天さんが上がってくるまでには冷めてるかな。


 熱いよりも常温の方が風呂上りはおいしい。

 よく冷たい物を飲んだりするが、あれはあまり体に良くなったりする。


 ココアパウダーに砕いた黒砂糖と合わせ、少量の豆乳を落としてよく混ぜる。

 ペースト状になったココア豆乳を弱火に掛け、徐々に豆乳を加えて都度かき混ぜる。

 豆乳をすべて投入したら、弱火のまま軽く熱し、気泡が浮いてきたら完成である。


 太一はペーストに豆乳を加えながら掻き混ぜる作業に集中する。


『お~い! 太一~!』


 と、不意に満天が廊下から呼びかけてきた。


『ちょっと手ぇ貸せ~! 急ぎ!!』


 え~、と思いつつ、太一は廊下に急いだ。

 彼女の要求を突っぱねると後が怖い。


「どうかしまた……かっ!?」


 廊下に出ると、バスタオル一枚姿でそこに立つ満天と鉢合わせた。


「満天さん、なんて格好してるんですか!?」

「別に裸ってわけじゃねぇんだからいいだろうが」

「いやいやいやいや!!」


 そんな紙装甲みたいな防御力しか持たない布切れ一枚で何を堂々としてらっしゃるのだ。

 腕を組み強調される胸元、少し捲れただけで大惨事間違いなしの下半身。

 

 そんな装備で大丈夫か。大丈夫なわけがない。


「この格好ならチキンのあんたでもアタシと一緒に風呂に入っても大丈夫だろ」

「なにが大丈夫!?」

「こっちは必至こいてアピってるのに全然手応えねぇし。まぁでも太一って全然女慣れしてねぇじゃん? てなわけでこの格好でアタシと風呂入って少しは慣れろ、女に」


 いや力業が過ぎるんじゃ~。もう下手な男よりも男前なんじゃ~。もはやあんたがおとこじゃ~。


「うし、んじゃ行くか」


 腕を掴まれる。


「待って待って待って!!」

「は? ってこら、抵抗すんじゃねぇっての!」

「さすがにこれは絶対にマズいですから!」

「何もマズいことねぇから一緒に来いっての!」

「い~や~で~す~!」

「別に前みてぇにヤレとか言わねぇから!」

「それでもダメです~!」


 抵抗する太一の脳裏にデジャヴが走る。

 そういえば少し前、しびれを切らした彼女に(性的に)喰われそうになったことがあったのを思い出す。


「とにかく来いっての!」

「ダメですってば~」


 廊下で半裸の女と強面男子が逆相撲。

 このマンションが防音でよかったね。しかしこちとら全然良くねぇんだよ。


「ん?」


 と、不意に満天がなにか気づいたように顔を上げる。


「なんか、ちょい臭わね?」

「え? ……あっ!?」


 思い出した。豆乳ココアを作ろうしてプライパンを火にかけたままだった。

 太一は満天に腕を掴まれたままキッチンに走る。

 

「はっ!? おい!?」


 しかし、不意を突かれた満天がたたらを踏んだ。


「えっ、うわぁ!?」


 そのまま二人はもんどりうって床に仲良くころりんこ。咄嗟に太一は満天を抱え下敷きになる。その際の衝撃で満天の体を隠していたバスタオルが役目を放棄。引き締まった肢体がまろび出て太一と密着……しかし、それだけでは終わらず、


「「っ……!?」」


 二人の唇が、意図せず触れる。

 見事に、奇跡的に、芸術的に、折り重なった二人の男女。


 そして――


「――ちょっとたいちゃん大丈夫!? なんか部屋の前に来たらすごい音がしたんだけ、ど」


 玄関のカギを掛け忘れたのか、扉を開けて暁良が乱入。

 廊下で裸の女と幼馴染がキッスしている現場を目撃してしまったのである。


「な、な……」


 わなわなと震える幼馴染。彼女は顔を真っ赤にしながら、


「何やってんの二人とも~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 この部屋は完全防音。しかし開かれたままの扉から、暁良の悲鳴が階層一帯に響き渡った。



 ΣΣ(゜Д゜;)

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