遅延証明書
たぶん、一過性夏風邪の様に、本当に自分の未来があまりにも、漠然としすぎた時。
この度は、初監督作品『劇場版 ある小学校、園芸部へようこそ!』の完成おめでとうございます、
MCは僕にマイクを向けて、続けて、こう言った、
漫画化コミカライズ化されてからアニメ、そして、劇場版と続き今回、全編オリジナルでの劇場版の完成おめでとうございます、まず、どなたに見ていただきたいですか。と話を振ってきたので。
まず、あの頃に出合った、アニメ制作会社の作画監督さんです。
エッどういった、経緯でしょうか。
そうですね、僕が高校三年生の夏です。
その夏、自分の描いた、絵を、鞄に詰め無謀にもアニメメジャー製作事務所に持ち込んだことがある。漫画、アニメが大好きで、この仕事を生業としたい。との思いで。
その時は受験の時間がもったいない、と思ったのか、ただ、受験から逃げたいと思ったのか、今では、そのどちらなのか、判別は難しい。
いずれにしても、高校最後の夏、夏期講習を泊まり込みの合宿と偽り、親から、いくらかのお金をせしめ、運賃と宿泊費にあて、アポイントを取り付け出発した。
列車のホームでは、家族連れだろうか、お父さんらしき、人と、お母さんらしい人。
お父さんの手にはいくつぐらいだろう、男の子が、列車の模型を握り締め、通過する列車を見て、指を差しお父さんやお母さんに話しかけている。
その風景が、自分の幼い頃とダブってしまい、いま、父や母を、だまして、都会に行く自分がなんだか、犯罪を犯した、指名手配犯の様な。そんな気持ちだった。
お母さんに抱っこされている、赤ちゃんが、じっとこっちを見ている。
今の自分の気持ちを見透かされていてそうで、実際はそうではないにしろ、なんだか居た堪れなくなって、足早にその場から離れ、売店で、列車で食べる弁当を買った。
時刻より若干遅れて、列車がホームに着き自由席を見つけ陣取り、さっそくお弁当を広げた。
車窓から見る景色は遠くの景色は変わらず、手前の風景だけが、恐ろしいスピードで駆け抜けていく。
斜め前の座席が角度的に見えた。どうやら、恋人同士、または夫婦だろうか、手を繋いだまま動かないでいる、男性の顔にはアイマスク、この角度からでは見えないが女性の方は片手でなにやらスマホをスワイプしているようだった。
正面の流れる電光掲示板には、通過した駅の名前が逐次流れていた。
会社員のおじさんが、キャリーケースを引っ張りながら、フーフー言いながら、席に着き新聞を広げガサガサ、新聞を折り返し、裏返し見ていた。
会社員のお姉さんが、ノートパソコンを広げ、何やらブツブツ言っている、会議か何かだろうか。
僕は、ブルートゥースから、3曲目が流れ出した頃食べ終わり車窓をみていた。
スクランブル交差点と言うものに翻弄されながら、その会社。アニメ制作会社の前に立っていた。
当然アポイントを取っての事だが、いざ前に立つと緊張する。
玄関の前は、小さくその製作している作品からは、想像できないくらい小さな看板で、意識して見ていかないと、それとは、分からない位で、町の喫茶店や洋食屋の道に立てて置いてある、本日のメニューとか、開店中とかの看板のそれと酷似していた。
自動扉が開くと受付用の白い電話機があり『御用の方は、受話器を上げて下さい』と書いてあった。
受話器を取ると呼び出し音が鳴り、続けて男性の声で要件を聞いてきた。アポイントの予約の事を伝えると、そこで待つ様言われ、鞄を持つ手が、一層緊張で汗ばんだ。
『やあ、遠い所ご苦労さん』と言いながら、作画監督さんは出迎えてくれた。
ただでさえ、忙しい中、アポイントを取れただけでもすごい事なのだが、たまたま、取りついで貰ったのがこの人だった。
『どうぞ』といわれ、椅子に腰を掛けながら、鞄の中から家から持ってきた、選りすぐりの絵を見せようと、した。
『まあ、お茶でも』と言われ、女子社員の方が出してくれた、冷えたお茶をぐいと一気に飲み干すと。
『確か』と言いながら、僕の出身地を言い『高校三年だったら、進路選択と言うか、受験とか、い忙しいんじゃないの。』と。
気遣いなのか何なのか、思いあぐねていると、ようやく、『じゃあ絵を見てみようか。』
慌てて鞄から絵を取りだし彼に差し出した、暫く数枚見た後、丁寧に絵をテーブルの上に置き、『あと、データとかはある?』と。
『タブレットはあります』と僕は言いながら起動させて、同じく見てもらった。スワイプを何度かして『ありがとう。』と言いながら、返してくれた。
『スタート位置。』と僕に絵を返しながら言った。僕は『スタート位置。』と繰り返すと『そう、スタート位置、自分が好きな事、やりたいことが分かった時点で、ようやく人はスタート位置に立てる。』
『あとは、どれだけの努力と運と、才能と。ここからスタートできるんじゃないかな。いちど、ここのスタジオぐるっと見てきたらいいよ。』といって、彼は僕にスタジオ見学を促した。
僕の背中に向けて、『戻ってきたら、また話そう。』と言って、送り出してくれた。
一階の奥には机が十何台と置いてあり、下から光を当てているようだった。
スタッフさんは、それぞれにまさにテーブルにかじりついている様相で、筆記用具の走る音だけがその空間を支配していた。
何人かは僕の気配を感じたのか、視線だけを僕に向けすぐ、手を動かし続けた。机の傍に行き描き方を見させてもらおうと思ったけど、近づけないでいた。
隣もその隣も、同じオーラと言うものがあるのならば、多分それがそうなんだろうと納得する雰囲気だった。
毒気に侵され、早々に彼の待つ部屋に戻り、監督さんは待っていたかのように話し出した。
『どうだった。面白かったでしょう、本気のオーラと言うものが。どういうものか。』
監督さんは『たしか、』といって、僕の住んでいる都市の名前を言って、『そこから、列車に乗ってきたのかな。』
『その時、色んな人が乗ってたでしょう。親子連れ、学生、会社員、夫婦。
今の時期は会社員だけじゃなく色んな人が乗ってくるからおもしろい。
考えてみたら、君もその中の一人なんだがね。
なにが面白いか、同じ列車にいろんな立場の人が、同じ場所に向けて乗り合わせる。
偶然と言ってしまえば、また、その方法でしか目的地に行けないから当然なんだが。
でも、目的は違うだろう、そこで、何をするか。何を目的とするかだ。それは、全然違う。あたりまえだ。違う人生だから。彼らは、つまり、君が今見てきたデスクにかじりついている人たち、はどう思う。』
『どうとは、』と僕
『先に目的地に着いたと思うかい。』続けて。
『そうじゃない、彼らもまた、スタート位置に着いたばかりの連中、さ。
どんな列車に乗ってもいい、
先に目的地についてもゴールじゃない終わりじゃないそこからなんだ。
憧れと言う列車に、遅延証明書は何の意味も無い。
列車遅延したからと言って、学校や、会社が、遅刻をチャラにしてくれるよう、自分の憧れに乗り遅れたからと言ってチャラにしてくれない。
ただ、学生は学生、会社員は、会社員、家族を守る親は親。の、役割をちゃんと果たしてこそだけどね。』
要は、子供をある意味、傷つけない大人の配慮、と言うものだろうか。
いいように煙に巻かれたような気がする。帰りの列車で、彼のセリフを反芻しながら、家路についた。
当然親にバレ、こっぴどく叱られ、あとは知るべし。といった具合で、その後は憑き物が落ちたように自分の役割をこなしつつ、受験一色となり、何とか志望大学に合格した。
在学中に映像制作会社に出入りするようになり、何本か、映画の仕事、アニメ制作を手伝う様になった。
卒業後社会人を経験したある日、あの夏の言葉を思い出し。
なんとか、映画製作会社に転職。何本か携わった後、今回初監督作品を世に送り出すことができた。そして。
MCは再び僕にマイクを向け、今回見に来て下さる原作ファン。映画ファンの皆さんに何か一言ありますか。
一呼吸置いて。
『憧れに遅延証明は意味はないが、それを握り締めて、目的地に行くことは意味があります。』 了
拙作はカクヨム様に出品した物です。読んでいただき、目を通していただき本当に有難うございます。