表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/41

・退廃の帝国

 ベルナディオ皇太子殿下は聡明な方だ。あの方が世継ぎならばアザゼリア帝国は安泰だろう。

 しかしアザゼリアの宮殿に住まう魔物たちは、分別のある皇太子殿下とは正反対だった。


「奥様ご覧になって、アリラテ王国の方のあの見すぼらしいお姿を……」


「まあっ、なんて古めかしい……! あれはどこのゴミ捨て場から拾ってきたお召し物なのかしら!」


 馬車に乗るために宮殿を出ようとすると、俺たちはその道中、宮廷社会の洗礼を受けた。


「あらご存じではありませんの? あの子たちは、あの血染めのオラフの子供たちですのよ」


「あの怪物の? やだわっ、いきなり噛みつかれたりしないかしら……!?」


「オラフは倒した魔物の生肝を喰らうそうよ。そんな怪物の子供たちが、血塗れのドレスや鎧でこなかったのがわたくしには驚きですわ」


「ふふっ、あのお召し物はただ貧しいだけじゃないのかしら!」


「まあそれはそうね、貧乏でなければ、あんな恥ずかしい格好はしないわ」


「おかわいそうな王子様……!」


「おかわいそうなお姫様……!!」


 到底、俺たちには理解できない人たちだった。

 彼らは貧相な姿で現れた姉弟を蔑み、隠しもせずに笑いたてた。


「奥様方、オラフ王は祖父の代より続く平民の血筋。彼らに洗練された貴族階級の暮らしなど、理解できるはずがなかろう」


「あら酷いですわ、子爵様」


「酷いものか。辺境国など蛮族の国と何もかわらぬよ。聞けば彼らの国では玉ネギを生でかじるそうだ!」


 父上が息子の運命をはかなんでいたわけが今わかった気がする。

 宮殿の空気は濁り切っていた。貴族の誇りなんてものはどこもなく、あるのは虚飾に溺れた者たちの悪意と背比べ(・・・)だけだった。


 貴族から女官まで、ジメジメした怪物が集う宮廷を抜けて馬屋までやってくると、とうに馬車の準備ができていた。


「はぁっっ、なんなんですの、あの方たちはっ!! 父上も母上も民のために身を粉にする立派な王者ですっ! アリラテは蛮族の国ではありません!!」


 黒塗りの立派な馬車に乗り込むと、姉さんが抱え込んでいた鬱憤を吐き出した。


「あまり気にしねぇ方がいいですよ、やつらは誰にだってああですんで」


「あら、口が利けましたのね、貴方!」


「へい、下級騎士のゴルドーと言いやす。オラフ王殿下とは、遠征で何度か」


 その眉毛がキリリとした護衛は、堅物そうに見えてフランクなおじさんだった。


「まあっ、父をご存じなのですか?」


「何度か肩を並べて魔物と戦いやした。やつらわかっちゃいねぇんですよ、オラフ王のあの武勇で、どれだけの兵士が救われたのか、まるでわかっちゃいねぇ」


「ですが家ではやさしい普通の父親ですわ。時々、全身血まみれで帰ってくるところ以外は」


「姉さん、その時点でやさしい普通の父親、とは呼べないかと思います」


「はははっ、違いねぇや!」


 ゴルドーさんは向かいの馬車席で警備の目を光らせながら、俺たちを城下の屋敷に連れていってくれた。


 帝都は広く、豊かで、大通りは人でごった返すほどにたくさんの人々が暮らしていた。

 搾取されている祖国とは大違いの、立派な服を着た人たちが大勢いた。


 オシャレな洋菓子店やカフェ、宝飾店に仕立て屋。馬車が目的地に近付くにつれて、故郷にはない贅沢な店が増えていった。


「到着しやした」


「…………え?」


「到着って、こ、ここ……ですの……?」


 俺たちの屋敷は貴族街の中でも、特に大きな屋敷がひしめく一角にあった。

 広い庭に囲まれた絢爛豪華なお屋敷の前で、乗っていた馬車が止まり、門で待機していた使用人たちに迎えられた。


 その数、庭師も含めて4名もいた。


「ようこそ、アルヴェイグ王子殿下。ここが貴方様の新しい城、ですぜ」


「え、ええええ…………!?」


「さあ、メイドたちが茶と菓子の支度をして殿下をお待ちしておりやす」


「えっ、これで全員じゃないんですか!?」


「庭師が2、メイド含む使用人が4、それを束ねる執事長が1、そしてここに護衛のおっさんが1名おりやす」


 聞かされて気が遠くなった。

 これまでの清貧生活とは正反対の環境を俺は与えられた。


「ここで暮らせばもう2度と、故郷に帰りてぇなんて思えなくなりやすぜ」


「アルはうちの子ですっ!! 必ず帰ってきます!! でも、本当に、すごいお屋敷……」


 俺たちは中へと招かれ、甘いマドレーヌと紅茶で迎えられた。

 ここまで露骨だと、アザゼリアの魂胆を推理するまでもない。


 あのとき父上が『故郷の家族のことを忘れた』と言ったのは、きっとこの生活があってのことだ。

 アザゼリア帝国は属国の世継ぎに贅沢で恵まれた生活をさせて、心の底までアザゼリア人の文化に染め込む。大方そんな魂胆に見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ