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・エピローグ 3/3 ソーミャ皇女と器を満たした日

 僕の名はアルヴェイグ・イポス公爵。もう王族ではない。父上は王位を捨て、帝国貴族となる道を選んだ。

 その住まいをアリラテから帝都へと移し、統治を祖母と従兄弟に任せて、うちの屋敷にやってきた。


 もちろん姉さんと母さんも一緒だ。俺たち一家が帝国で不自由なく暮らせるように、ベルナディオ皇帝陛下が一通りの便宜を図ってくれた。


「すみません、これまで隠していましたが、私は帝国貴族アレルギーなのです」


 父上は公爵の地位を息子に押し付けて、今は帝国軍の総司令をしている。父上にとって帝都は故郷のようなもので、毎日が楽しそうだった。


 父上は血染めのマントと服をクローゼットの中にしまい、立派な絹の軍服をまとうようになった。

 血染めのオラフの突然の心変わりに、父の人柄を知る人たちは驚いていた。


「着る理由がなくなった。ただそれだけのことです」


 詳しい理由を聞いても話してはくれなかった。前皇帝への拝謁の際には必ず着ていたというのに、皇帝ベルナディオには絹の軍服を着て拝謁する。


 血の匂いのしない父親に俺と姉さんは戸惑っている。帝都での暮らしに浮かれる姿もまるで別人のようだった。


 それで俺はというと、かつてのように近所の子供たちに囲まれながらオモチャを直したり、シトリン姉さんとソーミャ皇女の遊びに引っ張り回されている。


 人質だった頃は行けない場所がたくさんあったのに、今ではどこにだってゴルドーさんが連れて行ってくれる。人質だった頃からは想像も付かないほどに自由な生活を謳歌していた。


「まあっ、アルとそんなことを……!?」


「はい、メロンのようにむしゃぶり付いて下さいました」


「あ、あの子ったら見ないうちにそんな……っ!? もっと詳しく教えてっ!」


「はい、シトリンお姉さま。アル様のお話ならば、殴り合った後に夕日に向かってダッシュした上に朝まで語り合いたく存じます……」


 同じおてんば娘同士、姉さんとソーミャ皇女は気が合った。困り果てる弟の前で、さらに困るガールズトークをしてくれた。

 唇にむしゃぶり付けと言ってきたのは、ソーミャの方なのに。


「当家へようこそ、プアン皇后」


「久しいですね、マルサ。わらわのオラフはいますか?」


「皇后陛下、夫は貴方には会いたくないそうです」


「ふっ、嘘はいけませんよ、マルサ。ああ、もしや、わらわに夫を取られそうで焦っているのでは……?」


「オラフは浮気なんてしませんっ!!」


「さて、それはどうでしょう。息子に家督を任せて気が楽になったのか、だいぶガードが緩くなっているようですよ?」


 皇后様の来客も増えた。父上は皇后様には逆らえないようで、母上は不満を抱えていた。


「ご主人様、ロドニア様たちがまいりました」


「あ、通して。僕の家族がいつも迷惑をかけてごめんね、エマさん」


「いいえ、王様もやさしいですし、楽しませていただいています。本当に、オラフ王様は、やさしい方で……」


「う、うん……? うん……」


 何か引っかかった。最近父上とエマさんは仲がよかった。


「あ、ミアンのことですけど……半年後からなら出勤できそうです」


「え、それ本当っ!?」


「うん! あの子雇ってくれてありがとね、ご主人様!」


 崩した言葉で言ってもらえて嬉しかった。


「助けた以上は最後まで見届けたいだけです。ロドニアにもいい顔ができますしね」


「ホント、ありがと……。私勘当してしまいましたので、後でたっぷりと、サービスして差し上げますね♪」


「家族のいる家でそれは止めて……っっ」


 皇帝継承は無事終えたものの、権力争いはまだ終わってなどいない。先日の議会でも荘園への課税にまつわる議論で大荒れとなった。


 しかし議会には皇帝ベルナディオの味方がいた。併合の道を選んだアリラテ侯アルヴェイグとタリア侯クリムトが議会に加わったことで、皇帝派が優勢となった。


 もし大貴族たちが決起すれば、血染めのオラフ率いる正規軍が鎮圧に出る。傀儡フリントゥスは現在収監中。刑期は12年。つまり真皇帝への武力発起は現実的ではなかった。


 父上の睨みがある以上、しばらくの間は平和だろう。しかしこれは別のきっかけが加われば、もろくも崩れてしまう仮初めの平和でもあった。


 そんな折りの晩、俺はソーミャ皇女とプアン皇后が暮らす青白宮を訪れた。皇后を交えた食事会の後に、ソーミャの部屋に引っ張り込まれた。


「アルヴェイグ公爵様……」


「なんですか、ソーミャ皇女? 急にかしこまって」


「お兄様が先日、このような物を手配して下さいました」


 部屋のテーブルには青く小さな化粧箱が2つ置かれていた。


「なんでも『見ていてまだるっこしい』とのことで、オラフ様と合意の上で、これを用意したとのこと」


「え…………」


 ソーミャが化粧箱の片方を両手に抱えてこちらに向けた。


「まさか、これって……」


「両家の婚約指輪にございます」


 化粧箱の中にはプラチナの指輪が入っていて、俺は我が目を疑った。ソーミャと婚約するには功績が足りていないとばかり思っていたからだ。


「俺たち、婚約……できるの……?」


「母上の許しも出ました。盟友である両家の友好の証として、わたくしと婚約して下さいませんか……?」


 言葉が堅苦しいのはいつものソーミャ。けれどその表情は幸せに明るく輝いていた。


「喜んでっ!! こちらこそ俺と婚約して下さい、ソーミャ!!」


「では、婚姻は貴方が16歳となるその日、ということですので、よしなし」


「ええっ!?」


 嬉し恥ずかしとソーミャが顔を背ける一方で、俺は2年もない猶予に驚き跳ね上がった。


「それまで我慢するのが大変でございますね……」


「え、何をっ!?」


「獣欲にございます。晴れてつがいとなったわたくしたちの、生物の終着点にございます」


「俺は卵を生ませてそれっきりの雄鳥なんかじゃないですよっ!!」


 俺は相変わらずの困った人の手を取って気持ちを伝えた。

 皇帝家の公認が得られた今、俺たちは彼氏彼女と名乗れる間柄になった。ソーミャと出会って2年、短いといえば短い道のりだった。


「まあっ、わたくしの卵を抱いて下さると!?」


「抱けるものなら抱きたいけど、残念ながら人間は胎生です」


「俗に言う『ヒギィッ』でございますね」


「はぁぁ……っ。どうして君は自分からムードをぶっ壊しに行くんですか……」


 帝国の性教育はどうなっているのだろう。ソーミャは本気で卵を産むつもりのようだ。


「はい、神はわたくしにこうおっしゃいました。『ズレたことを言わせたらそなたがチャンピオンだ』と」


 天界ジョークに渋い顔をして、さらに咳払いをして、俺はもう1つの化粧箱を取ってあらたまった。ソーミャの指輪は一回り小さかった。


「これまで言いたくても言えなかったけど、今なら言える。ソーミャ、俺は君を幸せにする。もっともっと強い男になって君を守るよ」


 ソーミャに気持ちを伝えて、細い薬指に指輪を通した。指輪はまだ大きく、中指に通し直すことになった。


「ずっと伝えたかったんです。でも言えなかった……。俺はいつ処刑されるかもわからない人質で、貧しい属国の王子だったんですから」


 彼氏なら言えて当たり前の言葉をやっと口にできて、知らず知らずのうちに笑顔があふれていた。


「なぜでしょう……。ただの雄の本能を宣告されただけのことに、わたくし、胸がいっぱいにございます……」


 ちょっとズレている皇女は両手で胸を抱き、中指の指輪を握って確かめた。


「ソーミャ・ガラド・アザゼル様。あの日、あの夜会の席で助けていただいたときからずっと、アルヴェイグ・イポスは貴方に異性への好意をよせていました」


「まあ……っ」


「面白くて、勇敢で、かわいくて、それでいてちょっと変なソーミャが好きです。将来、いえ2年後に、俺のお嫁さんになって下さい」


 ソーミャは今さらな告白に『はい』と答えて彼氏の腰に両手を回した。早く結婚したい。早く子供がほしい。そんな早すぎる感情をいだく自分に俺は驚いた。


「アル様、これからもお兄様をお支え下さい。皇帝となりましたが、お兄様の立場はとても不安定、いつ暗殺されるかもわかりません……」


「当然だよ。今の俺は帝国貴族、皇帝ベルナディオの忠臣です。祖国を圧制から救って下さったあの方に、俺は一生付いていきます」


 そう忠誠を誓うと、ソーミャ皇女は少し不満そうな顔をした。俺がベルナディオ様を敬愛すると、彼女はそれに嫉妬する。人の心は複雑だった。


「ありがとうございます。あの、それともう1つ、お願いが……」


「なんでも言って下さい、どんな願いも叶えてみせます」


「ぁ……ではっ、わたくしたちがつがいとなった証を下さいっ! 確かな証が欲しいのです!」


「あ、証……っ!?」


 そんなの――欲しいに決まっている。婚約関係の証である指輪を指に通しても、今一つ手応えに欠けていた。

 婚約が許されたこの喜びを、もっと実感する方法があるならばぜひ試したい。


「でも、怒られないかな……」


「では秘密にしましょう。内緒にすれば、怒られません」


「そ、そうかな……? いいのかな……?」


「はい、何も問題ございません。証をいただけますか?」


 抱っこしてと言わんばかりにソーミャ皇女は両手をこちらに差し出した。それは男心をわし掴みにする反則技だった。


「わ、わかった……! 今日だけ。特別な今日だけなら、許されるかもしれない……」


 俺は小柄なソーミャを抱き上げて彼女をベッドに運んだ。絹のシーツの上に一緒に寝そべった。それからその後のことは――今夜限りの秘密だ。大切な人との時間を過ごした。


 陰謀渦巻く帝国社会。明日には無惨な死が待っているかもしれない。明後日には帝国中を揺らす内戦に発展しているかもしれない。


 俺たちは明日無事でいられるかもわからない暗殺に震える身だ。そしてだからこそ、後悔がないように生きたかった。


 俺たちは器を満たし、甘い眠りに落ちた。たどたどしい手探りの行為で、決して上手とは言えない愛の証を示した。


 人生は突然終わる。そのことを俺たちはよく知っている。だからいけないとわかっていても、器を満たさずにはいられなかった。


 - 人生は破滅と隣り合わせ、頭上とクーデターには重々ご注意を -


ここまでお付き合い下さりありがとうございました。

なろうでは今一つでしたが、アルファではHOT2位に入ったり、サイトによって人気にムラのある一作でした。


悩み悩んでいた時期に書いたもので、この物語そのものも難産の果てに生まれたもので、今読み返すと迷いが出ていたり、ウェブ小説の読者が喜ぶ展開から逸脱していたりと、反省点が多くあります。

もっともっと上手くなって、楽しめる物を提供いたします。これからも応援して下さい。


明日より新作「元ラスボスの悪役令息はネタ装備がお好き - 通常プレイに飽きたので[武器:トイレのスッポン]で無双していたら、いつしか変態貴族と呼ばれるようになっていた -」を始めます。


暗い雰囲気のある本作とは経路の異なる、重厚な表現を廃したサクサク倒してサクサク育つハクスラ系です。

すごく気に入っている一作なので、もしよかったら明日からの連載を追ってみて下さい。


アルヴェイクの物語をここまで読んで下さりありがとうございました。

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