・皇后の帰還、ソーミャとの甘い夜
「オラフ、アルヴェイク、我が親衛隊よ、わらわを赤竜宮へと護送せよ」
俺たちは全員で声を上げて命令に従った。
「このたびは大義であった。そなたらの救援がなければわらわは、惨たらしい死を迎えていただろう。そなたたちは英雄である、そなたたちは今、帝国の闇を晴らしたのだ」
首謀者の身柄を盾にロメイン邸の屋敷を出て、うちの屋敷に用意しておいた馬車に皇后を乗せた。
俺と父上はその馬車に同席した。馬車に乗り込むと、緊張の糸が切れたように皇后はぐったりと背もたれに身を預けた。
「オラフ……」
「はい、こちらに」
「此度は疲れた……ちこうよれ……」
「それはなにとぞご容赦を、我が子の前でございます」
「そうか……ならば、オラフの息子よ……」
「えっ、お、俺ですかっ!?」
「ちこうよれ……そなたで妥協しよう……」
「それならば問題ございません。ヴェイグ、プアン皇后をお慰めしなさい」
「え、ええええーーーっっ?!」
「女性が弱いところを見せたら、やさしくそれを包み込むのがモテる男の秘訣ですよ」
「ふん……帝都一の遊び人だったそなたが取り繕いおって……」
これはソーミャのお母さんに気に入られるチャンスだ。気乗りしないものの、チャンスではあるので命令に従った。
「そなたの父は悪ガキだったぞ」
「その話はご勘弁を」
父上は皇后様とかなり親しかったようだ。それも知人という域で収まらない、男女の親しさに見えなくもなかった。
やがて馬車が宮廷へと飲み込まれた。皇后様を囲んで宮廷を練り歩き、赤竜宮への連絡路を抜ければ護送の任務が完了した。
ここが今回の救出劇の終点だ。そしてその終点には大切な人が俺を待ってくれていた。
「まあ、お母様、少しおやつれになられたのでは?」
「すまぬ、心配をかけた。そなたの言う彼コケコッコーに助けられたぞ」
「彼ピッピにございます、お母様」
ソーミャは泣かなかった。引き替えにいつもよりも明るく母親と言葉を交わしていた。少しの涙を目元に浮かばせて、軽く拭う程度の安堵と喜びを見せてくれた。
皇后様と父上は後片付けがあると言って部屋に引きこもり、ソーミャと2人だけの時間が訪れた。
俺とソーミャも部屋にこもって、これまで通りの護衛生活を再開させた。
「アル様、このたびはわたくしとお母様のためにご尽力下さり、まことにありがとうございます」
「どういたしまして。みんなが協力してくれたおかげです」
「わたくし、これでも義理堅い性分にございます。一宿一飯の礼は欠かさぬ、いつ渡世人に転生しても成し遂げられる淑女にございます」
「ええと……。その、ソーミャ、君の話はいつだって回りくどいです。要点を先にお願いします」
そう聞くとソーミャが頬に朱が差した。テーブルの向かいで彼女は内股になり、ソワソワとした上目づかいでこちらを見るようになった。
「……待って下さい、やっぱり回りくどい手順を踏むのが正しいような気がっ!」
「アル様っっ!!」
「は、はい……っ!?」
ソーミャは身を乗り出して俺の手を取った。
「物語の結末では、幸せなキスを交わして終わるのがお約束とうかがっております」
「…………え?」
「わたくし、貴方をお喜ばせする方法を考え、考えあぐねいて蛇のようにのたうち回っておりましたが、結論はこれにございました」
結論は幸せなキス。そう言われても俺はどうすればいいのだろう。
「アル様……どうぞ……」
「ど、どうぞって、いきなり言われても……っ!?」
「どうぞ、どうぞわたくしの唇にむしゃぶり付き下さいませ。さ、メロンでもがっつくように、さあ……っ!」
「自分の唇をメロンにたとえる人を初めて見ましたよ、俺……」
ソーミャの顔はさっきからずっと真っ赤だった。彼女なりに感謝の方法を模索した結果がこれなのだろう。
ムードはひどいものだけど、彼女なりに勇気を出して、むしゃぶり付いて下さいと彼女は自らを差し出した。……メロンのように。
「わかりました、ではいただきます」
「まっ、まぁっ?!」
「夜会で遊びでした時からずっと……もう一度これがしたかったんです……」
「わ、わたくしとっ!?」
「はい、もう一度ソーミャとキスしたいです。今度は遊びではなく、本気で」
「わたくしも同じ気持ちにございます。わたくしもずっとあの日から、貴方にキスしていただきたかったです……メロンをがっつくように!」
メロンにがっつくようにむしゃぶり付けと言うので、敬愛する皇女様のご命令に従った。俺は14歳の子供同士がするにはかなり過激に、ソーミャの唇にむしゃぶりついた。
そこにノックが響いて俺たちは飛び上がった。俺たちは耳まで真っ赤な顔をしていた。
「ソーミャ、アルヴェイグはいるか?」
「は、はいっ、ここにいます!」
「フッ、私を出し抜くとはやってくれたな」
「余計なお世話でしたでしょうか……!?」
ソーミャが隣を離れない。あの扉を開かれたらまずいところを見られてしまうというのに、ソーミャがベッタリとくっついて離れてくれない。
「いや……。私は皇帝となって君たちの友情に報いよう。母を助けてくれてありがとう、君とオラフに心よりの感謝を」
照れ臭いのか皇太子様はすぐに足音を立てて扉の前を去っていった。
後にはコアラみたいにくっついて離れない姫君だけが残った。
「アル様……わたくし、大人の階段の上り方を教えていただきたく存じます……」
「すみません、不勉強なものでそれは俺も知りません」
皇族にふさわしい地位に出世しないとその夢は叶わない。
俺たちはもう1度だけ幸せなキスを交わして、甘いひとときに幕を引いた。




