・逆賊フリントゥスを討て
「ククク……敵は我が子とはいえ気分がよい。オラフ、アルヴェイグ、愛する親衛隊たちよ、わらわに従い進め!! わらわの剣と盾となり、逆賊どもを討ち取れ!!」
俺たちは囚われの皇后という大義を囲んで進んだ。地下から地上に上がると、屋敷のメイドたちが俺たちに気付き悲鳴を上げた。
だが俺たちの背にはプアン皇后がいる。皇帝陛下が倒れた今は、戴冠式が行われるまで彼女が帝国の象徴そのものだ。
「あの外道どもを取り逃がすわけにはいかぬ!! わらわが軍勢よ、わらわと共に駆け抜けよ!!」
俺たちは大食堂へと駆けた。この時間のロメイン子爵は決まってそこで食事をしている。その情報提供をしてくれたのは虐待されていたミアンさんだった。
食堂の入り口には見張りの兵が2名いたが、片方は血染めのオラフの剣に、もう片方は80センチも延びる予測不能のストレートパンチに、一撃で粉砕された。
皇后率いる鎮圧隊は大食堂になだれ込み、そこで半裸の女性に囲まれて歓談していた悪党どもの目を見開かさせた。
「なっっ、母上……っっ?!! それに貴様らはっっ!!?」
チビのクズ皇子フリントゥスは父上と俺の姿にも驚いていた。けれど今の俺たちは皇后の剣と盾、つまらない私語は必要ない。
「なんの権利があって私の屋敷に……っっ、これは帝国法に違反しているのだぞ、貴様らっ!! う……っ!?」
皇后が冷たく一瞥するだけで、あの神経質なロメイン子爵は黙った。なんであろうともこうなってはもうただでは済まない。
女たちは逃げ出し、親衛隊が彼ら誘拐犯を取り囲んだ。
「ただ捕まるだけでは納得がいかなかろう。アルヴェイク、わらわ救出の最大の功労者である、そなたが相手をしてやれ」
「はっ、私がですか?」
「そやつらを鎮圧せよ」
「……は、かしこまりました。ご命令とあらば喜んで」
俺が剣を持たないと見ると、フリントゥスとロメインが腰の短剣を抜いた。
「貴様……っ、これは貴様の差し金なのかっ!?」
「バカな、私はこんな子供にしてやられたのか……!?」
14歳の若造に監禁先を見抜かれ、それを逆手に取られて制圧されるなんてとても信じられないだろう。
「ロメイン卿、貴方には失望させられました。貴方は普通のおじさんだと思っていたのに……こんな怪物が近所で暮らしていただなんて……」
「私が怪物だと!? 奴隷の国の王子が何を偉そうなことをっ!!」
「昼間、通りで女官を見かけませんでしたか? その女官、もしやこの顔に似ていたりはしませんでしたか?」
「何……?」
初めは問いにいぶかしむだけだった。
「なっ、んなぁぁっっ?!! 貴様はっ、あ、あの時の女っっ!? あれは、貴様だったのか……っ?!!」
しかしそれが昼間食い物につもりだった女官だと気付くと、さすがの厚顔無恥も青ざめた。
「ロメイン卿、貴方は最低です」
「くっっ!!」
「貴方は気品の欠片もない社会の敵そのものだ!! 2年前のミアンはまだ小さな女の子だった!! それを誘拐して、監禁して、あんなことをするなんてっっ、貴方は虫けら以下のクズだっっ!!」
ロメインは顔を真っ赤にして侮辱に怒った。それが事実であろうと侮辱は侮辱、彼は怒りに駆られて剣を抜いた。
「苦労も知らないガキがっっ、大人の恐さを思い知らせてやるっっ!!」
そしてそれを使って子供の首をはね飛ばそうとした。
けれどそれはできない。俺の手にある銀色の布【武神王のバンテージ】が強制的に打ち合いを拮抗させる。
「なっっ、止め、止めただとぉっっ?!!」
「これで正当防衛も成立。これから俺は、決闘の申し出もなしに暴力に出た貴方を――」
「し、死ねぇぇーっっ!!」
攻撃があることは【無限のポーチ】が教えてくれる。あらゆる斬撃を全て素手で受け止めて拮抗させる。
どんな攻撃であろうと俺が打ち負けることはなかった。
「あの子に代わって、貴方を、ぶっ飛ばしますっっ!!」
オーラではなく生身の拳でロメインの頬を殴り飛ばした。腹部、顔面、膝の間接、利き腕。一通りに打撃を加えると、ロメインは剣を落としてうずくまった。
「後ろです、ヴェイク!」
その俺の背中に卑怯者のフリントゥスが襲いかかった。俺はフリントゥスの短剣を片手で受け止めた。
「な、なんなんだ、コイツ……ッッ?!」
「フリントゥス皇子、貴方の野心が多くの者を死に追いやった。暴力で帝国の秩序を崩壊させ、帝国の寿命をいたずらに縮めた」
「属国の王子ごときが我が帝国を語るなっっ!!」
「君たちは利権に群がる蠅だ。後先考えずに目先の利益を追求して、これが国益だと言い張っているだけの、蜜に群がりたいだけの蠅だ」
見下していた相手に侮辱され、フリントゥスは怒り狂った。奴隷だの、属国だの、蛮族だの、ヤツは程度の低い侮辱の言葉をわめき散らした。
「君が皇帝になれば帝国はおしまいだ。従属国と民はいずれ反乱を起こし、帝国は荒廃する。その未来を避けられるのは、皇帝ベルナディオの治世をもたらすことだけなんだ」
「奴隷の国の王子ごときがっっ、黙れ黙れ黙れ黙れっ、黙りやがれぇぇーっっ!!」
凶狂の乱舞を全て素手で受け止めた。権力も暴力も封じられた今、フリントゥスを守るものは何一つなかった。
「フリントゥス皇子殿下」
「な、なぜ……なぜ止められる……っ、こんなバカなことが……っっ」
「皇后陛下誘拐の罪で、貴方を現行犯逮捕します。ご覚悟を」
銀色のバンテージを締め、拳を握り締めて身構えると、フリントゥスは震えて後ずさった。
「お、俺は帝国の皇子だぞ?! 第三皇位継承者なんだぞ!? その俺を殴るなど、や、止めろ……っ、俺を敵に回すと後悔――」
「これはわらわの甘さが招いた事態……。わらわが許します、顎の骨が折れるまでそのバカ息子を殴り飛ばしなさい!!」
「はい、ご命令のままに!!」
ご命令は顎の骨が折れるまでの殴打。俺はその役目を忠実に果たした。ガードを下げさせるために胴体の打撃を加えながら、顎の骨が折れるまで顔面を全力で殴った。
「う、うげ……も、もう……やべ、で……オガァァァァーッッ?!!」
フリントゥスが抵抗をするせいで、顎を折るまで5発も左頬を殴り飛ばすことになった。
これで片が付いた。親衛隊のお兄さんがフリントゥスを縛り上げた。
大食堂にはフリントゥスとロメインの兵が集まっていたが、主人にチェックメイトかけられた状況となっては人数がいようともただのカカシだった。




