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・夜会から始める皇后救出劇

 いつか自伝を残す機会があれば、この章ではこう書き出そう。『俺は初めて夜会に招いたお客様は、忠義に厚い近衛兵のお兄さんたちでした。』と。


 この作戦に加わって下さったのは近衛兵の中でも一際目立つ、皇后親衛隊と呼ばれる美形揃いの守護者たちだ。


 その彼らを夜会――と呼ぶには早い日暮れの初めに屋敷へと招いた。


「しかし父上、誘拐の実行犯は、皇后親衛隊内部の者の可能性が高いのでは……?」


「ええ、ですからこの人数です。少しでも疑いのある者は外しました」


 選りすぐったと説明されても疑いは消えない。いつ誰がどんな理由で裏切るかもわからなかった。


「彼らは信用できそうですか……?」


「はい、彼らはプアン皇后に心酔しています。命を捧げてでもプアン皇后の救出を果たしてくれるでしょう」


 父上は論理(ロジック)ではなく直感で動くところがある。俺にはその説明では納得がいかなかった。


「心配はいりません、私にはわかるのです。私も若い頃はあの方を心酔していましたから」


 言われて会場を目にすると、そこには決意の眼差しを浮かべる男たちしかいなかった。

 この人たちならば裏切らない。この作戦に命をかけてくれる。証拠はどこにもないのに、そう信じかけてしまう何かがあった。


「さあ、始めましょう。ベルナディオに手柄を横取りされる前に、僕たち親子の功績とするのです」


 最後の皿が庭園に運ばれて夜会の準備が整った。運んでくれたのは庭師のお兄さんで、慣れない接待に戸惑う姿がかわいかった。

 お兄さんは俺と目が合うと、友情混じりの笑顔を送ってくれた。


 その人の大切な物を修理したり、メンテナンスしてあげると、その人の心が買える。修理とは俺たちが思っているよりもずっと、人身掌握に向いた力なのかもしれない。


「皆さんっ、本日は私、アルヴァイグの夜会にご参加下さり誠にありがとうございます! 何分このご時世、十分な物はご用意できませんでしたが――」


 父上は取り繕った挨拶をする俺を意外そうな目で見ていた。これは父上が教えてくれなかったことだ。俺を寵愛して下さった皇太子殿下と社交界が教えてくれたことだ。


 俺はソーミャが欲しい。ソーミャを手に入れるには立派な紳士にならなくてはならない。


「――それでは皆様、新たなる皇帝の誕生に乾杯!!」


 それは気が早い? いやそれほど早くもない。これから始まる俺たちの作戦で、あの方の額に皇帝の冠が乗ることになるのだから。


 急場ごしらえのハムサンド。潰してバターを加えただけのマッシュポテト。街の酒場で調達した薄い安酒。貰い物の手作りキャンディ。貧乏なアリラテ王国の夜会に相応しい慎ましやかなメニューだった。


「大変です、ヴェイグ兄さん!!」


 そこに友人のロドニア子爵令息と近所の子供たちが駆け込んできた。


「あれ、どうしたの、ロドニア?」


「僕たちっ、大変なものを見つけてしまいました……! 地面の底にトンネルがあって……っ、その先に、牢屋があって……っ!」


 そう、俺はロドニアに探検を依頼した。子供にしては賢いロドニアに計画を打ち明けて、他の子たちには内密にひと芝居打ってもらった。


「あのねっ、あたしたちは怖くて入れなかったけど、ロドニアちゃんが見たんだって!」


「僕っ、牢屋に入れられた皇后様を見ました!!」


 子供とは思えない迫真の演技だった。その一言を俺たちは待っていた。彼のその一言が帝国を闇を晴らす。

 近衛兵たちは食事の手を止め、指揮官である近衛兵長と父上がロドニアの前に立った。


「お腹の大きくなった、ボロボロのお姉さんも……いたんだ、いたんだよ……。あんな、ひどいこと、するなんて……信じられないよ、僕……」


 それはおかしい。その情報はロドニアには与えていない。他の子たちをトンネルに残し、見に行った振りをして戻るようにと、俺は彼にお願いをしたはずだった。


 人間の悪意の傷ついたロドニアの手を握って慰めて、俺はこの式典の主催者として声を張り上げた。


「皆様、もし彼の言うことが本当ならば、俺たちには皇后様を救出する義務が生まれます!! ……そこで、どうでしょう、余興にもなりますし、これからそのトンネルを探索してみるというのは!!」


 皆が提案に同意した。料理と酒を用意してくれたエマさんたちには申し訳ないけど、これはこの事態を引き起こすための茶番だ。料理は初めから下げられることが決まっていた。


「案内してくれるかな、ロドニア?」


「兄ちゃん……俺、あのお姉ちゃん、知ってる……。あのお姉ちゃん、ずっと、あそこに閉じ込められて、いたの……?」


「それを俺たちで助けるんだ。さあ行こう、ロドニア!!」


 俺たちはロドニア少年の背中を追った。都合よくも用意されていたカンテラを手に、地下トンネルを進み、そしてあの独房にたどり着いた。


 戦闘員は俺、父上、近衛兵長、皇后親衛隊が26名。裏切りを警戒しての少数精鋭となったものの、俺たちには血染めのオラフがいた。


「ロドニア、皇后様とその女性はどちらに?」


「こっち……です……」


「では親衛隊は待機。俺と父上と近衛兵長で、事実の確認に向かいます」


 一度往復した地下牢を進んだ。父上たちは拷問部屋とそこにある真新しい器具にとても恐ろしい顔をしていた。どちらも皇后様が心配でたまらないといった顔だった。


「あ、ああっ、アルヴェイグ様……っっ。あっ、それに、貴方は、まさか……!?」


 ミアンさんからすればこれは、約2年間も続いた監禁生活に差し伸べられた救いの手だった。

 彼女は血染めのマントをまとう男に気付き、それがかの有名なオラフ王であることをすぐに理解した。


 そんな彼女を無視してオラフ王と近衛兵長と膝を突いた。俺に背を抱かれて震えていたロドニアもまた、同様に皇后へと膝を突いた。残る俺は背後へと警戒の目を送る役を担うことになった。


「皇后陛下、お迎えに上がりました。近衛兵の相次ぐ裏切りは全て、この私の不覚がもたらした事態……申し訳ございません……」


「止めよ、そなたに退職でもされたら面倒を被るのはわらわじゃ。……オラフ、そなたも久しぶりじゃ、よくきてくれた」


「ええ、貴女には返しきれないほどの恩がございますので。しかし皮肉なものです、僕を寵愛して下さった貴女の息子が、今度は僕の息子を寵愛する……」


 父上の目には安堵の涙があった。口ではオバさんと言っていたのに、父上にとって皇后様は大切な恩人だった。


「うむ、両家にはよっぽど縁があると見える。さてオラフよ、わらわを戒めるこの牢獄をどうにかせよ」


 皇后はミアンさんを後ろに下がらせた。ミアンさんの赤ちゃんを抱き上げた。

 それを見届けると父上が鞘から剣をひらめかせた。雑居牢の鍵はそれで一刀両断、すぐに近衛兵長が雑居牢の扉を開いた。


「ロドニア、君はあの女性――ミアンさんを連れてトンネルから脱出するんだ。そして君の自宅に連れて帰るんだ。……できるね?」


「ヴェイク兄さんは……?」


「君とミアンさんの代わりに、アイツらをぶっ飛ばすっっ!!」


「わぁ……兄さん、やっぱりカッコイイ……!!」


 俺たちはプアン皇后を囲んで前進した。あの独房の前までやってくると、親衛隊が主人の無事に感激しながらも合流し、ロドニアがミアンさんをトンネルの先に連れて行った。


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