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・女官アルヴェイグと豚貴族

 ロメイン邸はうちの屋敷から東に164歩、北に105歩の距離にあった。屋根は暗い赤で、壁は石造りの灰色、立派な尖塔が1つある。


 後はこの数値を二乗にして加算して平方根に当てはめれば、これから掘るべき距離が出る。

 俺はロメイン邸・正門の物々しい警備を横目にそこを通り過ぎた。


 今の貴族街はどこもかしこも傭兵や退役軍人だらけ。そんな情勢もあって端から見る限りは、ロメイン邸は特別怪しいということもなかった。


「そこの君、主人はどなただね?」


「……え?」


 角を曲がってすぐに帰ろうとすると、隣を馬車が横切った。

 声に振り返れば、気むずかしそうな白髪頭の紳士が窓からこちらを横目でのぞいていた。


「質問に答えたまえ、主人はいるのかね?」


「女、こちらはかの富豪ロメイン子爵閣下にあらせられる。閣下がお前に興味を持ち、お時間を割いて下さっているのだ」


 社交界で既に目にした顔だった。特に失礼な人だとか、女性に暴力を働くような人間には見えなかった。


「主人はおりません。宮廷で女官をしておりますが、今日は休暇で――」


「よかろう、うちの屋敷で仕事をやろう。ついてきたまえ」


「い、いえ、結構です……!」


「おい女!! 子爵であるロメイン様のお誘いを断るつもりかっっ!!」


 それが平民の女性、女官の格好をしただけで、こんなにも気味の悪いヒヒジジィに見えるなんて、姿を変えてみなければわからないこともあるものだ。


「私も友人も若い娘が好きでね。話相手になってはくれないかな? うちで少しお茶に付き合ってくれたら、君に金貨を1枚やろう」


 友人というのはフリントゥス皇子のことだろうか。


「ロメイン様は上流階級に顔がお利きになる。知己を得ておけば、今よりいい仕事先を紹介してもらえるぞ」


 まずい。まさかこんなところで鉢合わせになって、興味を持たれるなんて想像もしなかった。

 こいつら、いたいけな女官を食い物にするつもりだ……。


「お、お許し下さい、もうしわけございません失礼しますっっ!!」


「待てっ、ロメイン様に無礼であるぞっ!!」


 女性の気持ちが少しわかった。男たちは自分よりも力が強く、時に彼らはこちらを脅したり暴力に出る。女だからという訳のわからない理由で見下される。


 俺は逃げたが、ロメインの護衛が馬を駆って後ろを追ってきた! これでは屋敷に戻れない!


「待てっ、ロメイン様はお前が気に入ったと言っているのだぞ!!」


 あのヒヒジジィ、気色悪い!!

 エマさんに聞いた噂以上の豚貴族だ!!


「さあもう逃げられんぞ!!」


 ロメインの護衛に馬で回り込まれた。

 瞬発力倍加の力を駆使すれば、そこの塀を飛び越えて姿をくらませられるのに、ただの女官を演じている今はそれすらできない!


「怖がることはない、ロメイン様の金払いは私が保証する。今日は客人が多くてな、若い君の助けがいるのだ、わかるな……?」


「困ります……」


「君は休日なのだろう? ならいいではないか、さあこい、ロメイン様はおやさしいぞ……」


 やむを得ない。そこの屋敷の塀を飛び越えて姿をくらまそう。警戒されてしまうかもしれないが、ついて行けばいずれにしろ正体に気付かれる。


「わ、わかりました……では少しだけ、気持ちを落ち着かせる時間を……」


 逃げるために塀に寄った。塀の高さは2メートル弱。身長160センチ台の女が乗り越えるのは不自然だ。


「そこの君」


 ところがその時、声が響いた。どこかで聞いたことがあるような、落ち着いた男性の声が響き、俺と護衛は驚いてそちらに振り返った。


 その男は真紅のマントをまとっていた。立派な鈍色の鎧の背に、使い古しのボロボロの血染めのマントを身に着ける男がそこにいた。


「君はその女性に何をしているのですか?」


「なっ、なっ、なっっ、ち、血染めのオラフ……ッッ?!!」


 それは父上だった。俺は女官姿を父上にさらすことになっていた。


「貴方たちは昔から変わりませんね……。弱い女性ばかりを食い物にしておいて、表では聖人君子の顔をする」


 その血染めのオラフが腰の剣に手をかけた。


「わ、悪かった、頼む斬らないでくれ……!! 私はもう行くっ、アンタの相手なんて勘弁してくれっっ!!」


 父上が一歩前に出るだけで、あれだけ高圧的だった護衛が馬を飛ばして逃げ出した。

 助かった。いや助かったことは助かったけれど、これはこれで助かってなどいなかった。


「ヴェイグ、その格好は?」


「――ッッ?!! な、なんで……っ!?」


「そうしていると、お母さんにそっくりだからですよ」


「そ……そう……。こ、これには理由が……っ」


「屋敷に戻るのでしょう? 君のメイドが待っています」


「あ……寄ったんですね、そういうことですか……」


 こんな姿、父親に見せるものではない。羞恥心に顔が真っ赤になった俺を、父上はやさしく背中を押して歩かせてくれた。


「ところで、念のため父親として確認したいのですが……その服は、君の趣味ですか……?」


「そんなわけないでしょうっっ!!」


「そうですか、それはそれで、なぜか惜しいような気もしてきますね」


「父上にだけは見せたくなかったです……」


 貴族街の通りを親子で歩いて、与えられた屋敷へと引き返した。

 あの時、ゴルドーさんが言っていた頼もしい援軍とは血染めのオラフ。俺の父上のことだった。


「それで、父上はどうしてここに……?」


「ベルナディオに呼ばれたのです。彼に戴冠式までの警護を任されました」


「では父上は俺のサポートのためにここに……? プアン皇后の誘拐の件はご存じですか?」


「ああ、若い頃はとても綺麗な方でした。いえ、綺麗な分、すごむと非常に恐ろしいものでして……」


「聞いてませんよ、そんなの……」


「それが誘拐とは初耳です。ヴェイグ、君は赤竜宮でソーミャ皇女の護衛にあたっていたはずでは……?」


 父上はまだ宮廷に出頭していなかった。息子と入れ違いになるといけないからと、念のために屋敷を訪ねたらエマさんに応対されて、女官姿の俺を探して通りに出た。


 母親に似ているから見破れたとか、よくも言えたものだった。

 俺は知っている情報全てを父上に報告した。


「エマさん……」


「はい、なんでしょう王様」


「息子が迷惑をかけているのだろうね……」


「いえそんなことは。私も奉公の身ですし、王子殿下の寂しさは自分のことのようによくわかりますから」


「そうか、君のような子が付いてくれていて助かるよ……。この子が寂しそうな顔を少しでも見せたら、僕の代わりに慰めてあげて下さい」


「はい、それは喜んで♪ ふふふ……国王陛下の依頼ならば仕方ありませんね♪」


 だいぶ不本意な横道にそれながらも、ここしばらくの一通りの出来事の父上を伝えた。


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