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・ソーミャ皇女は拷問がお好き

「本来、致命傷には及ばない器具、とうかがっておりますが――まあ大丈夫でしょう、だって男の方ですもの」


「お、おいっ、ソーミャ皇女を止めてくれっっ!! あ、あんな物で串刺しにされたら、死んでしまう……っっ!!」


 ソーミャ皇女が脅しと拷問を楽しんでいるように見えるのは俺の気のせいだろうか。気のせいと思いたい俺がいるだけだろうか。


「はて、お気に召しませんか? まあ確かに、いざ実行するとなると、難儀な器具にございます」


 成人男性を鉄の処女に入れるのは簡単なことではない。そのことに今さら気付いた彼女は、別の拷問器具を手に取った。


「はい、針でございます」


「ひっっ!? ま、まさか……っっ?!!」


「縫い針にしてはだいぶ太いようですが、これは、どこに使う針なのか、博識なアル様はご存じでしょうか?」


 ソーミャ皇女が残酷に口元を歪ませてそう問いかけた。


「それはたぶん、火で熱して、爪の間に押し込む拷問器具だよ」


「や、止めっ、止めでぐれぇ……っ!! サ、サビているぅぅ……っっ!!」


「そうだよ、ソーミャ、酸化鉄は傷口には毒なんだ。最悪は患部が膿んで死んでしまうから、そんなのをこの人の爪の間に入れたらダメだよ」


 具体的にどうなるか説明すると、ソーミャは邪悪な笑顔を、間者は恐怖にひきつった青い顔をした。


「ですがわたくし、誘拐されて、陵辱されて、拷問死するところだったのでございますよね? この男の荷担で」


 確かにその通りだ。想像するだけでもおぞましい話だった。間者の語るフリントゥス王子の本性が本当ならば、それは起こり得たかもしれないもう1つの未来でもあった。


「そうですね。標的となった君からすれば、多少は反撃する権利があるのではないでしょうか?」


「お喜び下さいっ、アル様のお許しが出ました! 今、針をろうそくで熱しますので、甘美なるひとときまで、しばしお待ちを……♪♪」


 彼女は無邪気な笑顔で針をろうそくの火にかけた。俺はその笑顔に目をまばたかせて、どこまで本気なのか疑った……。


「い、イヤだっっ、お願いだ待ってくれぇぇぇぇ……っっ!! 協力っ、協力するっ、なんでもするからソイツを止めてくれぇぇぇぇっっ!!」


「そうですか、貴方は生きたいのですね。プライドをかなぐり捨ててでも、何を代償にしても生きたいという生の輝きをっ、今貴方からまばゆいほどに感じます!!」


 十分に熱された針を持って、彼女は誘拐未遂犯の右手を取った。


「ヒッ、ヒィッ、ヒィィィィーーッッ?!!」


「ああ……散りゆく命というのは、なんと美しく輝かしいものなのでしょう……。生にしがみつくそのお姿、まさにそれこそが生の証。では、少し痛みますが、存分にお楽しみ下さいませ……」


「廃教会に皇子も皇后もいないっっ!! どちらもロメイン家の屋敷だっっ!! 頼むなんでも自白するっっ!! 自白するから許してくれえええっっ!!」


 ソーミャは微笑を浮かべて、まだ足りないのか爪の間に針を差し込もうとした。

 それを俺が止めると、待っていたかのように針を捨てた。


「焼いた針で全身を待ち針受けのようにして差し上げたいところですが……お母様の命がかかっております。洗いざらい、話していただきましょう、わたくしの気が変わらないうちに」


 どんな手を使ってでも皇后様を救い、皇太子殿下に戴冠式を迎えていただかなければならない。だからここはソーミャが正しい。俺たちは敵から情報と同意を引き出した。


 忠誠心の高い間者ならばこうも簡単に吐かなかっただろう。彼は金で雇われただけの使い捨てだった。

 あの暗殺者のように、減刑を条件に依頼人についての供述をする口約束まであっさりと取れてしまった。


「ソーミャ、彼を連れて赤竜宮に戻ってくれますか?」


「一緒に逃げよう。全てを捨てて辺境の小さな町で幸せになろう。そう言って下さったのは貴方でありませんか、アル様……」


「言ってないです。それに状況が変わりました。この男の気が変わる前に、皇太子派に引き渡す必要があります」


 人質と誘拐犯の居場所がわかった以上、脅しに屈する理由はもうどこにもない。相手が皇族であろうとも現行犯でお縄にできる。


「では、アル様お一人で行くと……?」


「君のお母さんに気に入られたいんです。俺にとってソーミャは手の届かない存在だけど、だからって諦めてなんかいません。いつかは俺の――」


「アル様、その話は場所をあらためることにいたしましょう。古の拷問場でする話ではございません」


「あ、言われてみればそうですね……」


 いつかは俺のお嫁さんになってほしい。

 大切なその言葉をこんな拷問場でしたら、俺たちはここの怨念に呪われてしまいそうだ。


「では、皇太子派の信頼できる者をここに呼んできて下さい。俺はこの男を見張っておきますので」


「ふふ……後で、一緒にお兄様に怒られましょうね」


「はい、俺もその覚悟です」


 ソーミャ皇女は燭台を手に地上へと帰っていった。残された俺たちはろうそく1本の闇の世界で少し話をした。


「ロメイン子爵の邸宅は貴族街の外れにある。その変装は解かない方がいい、バルコニーから兵士が辺りを見張っている」


「助かります。そう貴方から情報を受け取ったと、後で皇太子殿下にお伝えしましょう。他には?」


「皇后様は地下の雑居牢だ」


「地下……それは好都合です。ありがとうございます、貴方のおかげで難なく皇后様のところにたどり着けそうです」


 ソーミャ皇女は戻ってこなかった。代わりに近衛兵長さんが3名の部下を連れてここにやってきた。


「へっ、さっきの、女官……?」


「あ、どうも……。先ほどはおやさしい言葉をありがとうございます……」


 部下のうち1人は赤面を風邪と勘違いしたあの近衛兵の人だった。


「んなぁっっ!? お、王子殿下ぁっっ!?」


「はい、騙されて下さりありがとうございます。なんか、納得いきませんでしたけど……」


 近衛兵長のおじさんは3人の部下に侵入者の連行を命じた。自分は残って、勝手なことをする悪ガキに腕を組んで見せた。


「ソーミャ様からご事情はうかがっております。貴方を黙って行かせろと」


「はい、俺が先行して忍び込み、皇后様の安全を確保して見せます」


 近衛兵長はここに部下を残さなかった。そこが俺には意外だった。彼は無謀なアルヴェイグ王子を止めなければならない立場だった。


「我々は軍人。命令がなければ動けぬ身。ロメイン子爵家邸宅への突入となれば、皇太子殿下のご命令が必要です……」


 その皇太子殿下は外遊に出た。今から後を追って命令書を手に入れて戻るだけでも、日が暮れてしまうだろう。


「行って、いただけますか……?」


 重々しい言葉で近衛兵長は苦渋の決断を下した。


「端からそのつもりです」


「皇帝陛下に続き、皇后様の御身にまで何かがあれば、混沌がこの国を支配してしまう。これは憂慮すべき深刻な事態です」


「帝国が混乱すれば、祖国アリラテにも災禍が降り注ぎましょう。俺にお任せを」


「まるでオラフ王が二人いるかのようです。我々も急ぎます、どうか皇后様をよろしくお願いいたします」


 近衛兵長はカンテラを差し入れてくれた。目の前のこの少年ならば皇后様を守れると信じてくれた。


 俺は古の拷問場から続く隠し通路から、恥ずかしい女官姿のまま脱出した。

 都の人々は顔を赤くして道を歩く女官に、物珍しそうな目を送ることはあれど、それが男だとは疑いもしてくれなかった。


 貴族街、俺の屋敷に皇后救出の鍵がある。たとえエマさんにこの姿を笑われようとも、俺は緑のオーラを放つアレを回収しなければならなかった。


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