・アルヴェイク12歳
あれから長い時が経ち、言葉も喋れなかった赤子は12歳の少年となった。
変わってはいるがやさしい両親と、何かとお節介焼きな姉に愛され、俺は両親の望み通りの気質に成長した。
ただし望み通りなのは気質だけで、武勇の方はというと、血染めの王オラフと畏れられる男の足下にも及ばなかった。
俺なりに転生者であるリードを活かしたつもりだったのだが、どうもこの父親はおかしい。
血染めのオラフはその圧倒的な武勇ゆえに、宗主国からも強く畏れられていた。
「こんなものですか……。僕が父に別れの稽古を付けられたときは、もっと粘ったものだけど、まあいいでしょう」
父の稽古も今日で最後だった。
先週、アザゼリア帝国から使者が訪れ、屋敷に顔も知らぬ祖母が帰ってきた。
「無理を言わないで下さい。むしろアリラテ最強の父上相手に、ここまで粘れたことを褒めてほしいです」
「僕としては複数の刺客相手に、無傷で立ち振る舞えるところまで、鍛え上げたかったのですが」
「そんな子供がいるわけないでしょう……!」
「僕にはできました」
「それは父上が血染めのオラフだからです!!」
武人の厳しさを解いて父上は笑うと、それから寂しそうにまた笑った。
人質であった祖母は解放された。明日からは俺が父を縛る人質となる。
「年に1度、宗主国への朝貢のために帝都へと上がるよ。寂しい思いをさせてすまないが、帝都でのお役目は任せたよ、ヴェイグ」
「お任せ下さい、父上。アリラテの王子として、宗主国アザゼリアとの関係を取り持ってみせます」
「ふ……やはり君は母親似ですね。……別れても、僕たちが家族なのを忘れないで下さいね」
剣を握ると血染めの鬼となる父オラフは、家庭では罵声一つ飛ばさないやさしい父親だ。姉さんと母上の方がよっぽど怖かった。
「それと、これを」
父上は訓練に入る前から荷物を用意していた。
彼はボロボロのバックからそれを取り出し、我が子に差し出した。
「服、ですか……?」
「昔に僕がアザゼリアで着ていた物です。……我が国が貧乏でなければ新調をさせたのですが、生憎今年は不作が多く財政が……」
王侯貴族らしいいい感じの古着だった。
それでいて使い込まれていて時代遅れ。そこがまさに俺の好みの服だった。
「ありがとう、父上! 早速着てみていいですかっ!?」
「あ、ああっ! 昔はね、これを着て君の母を口説いたんですよ!」
あまり知りたくもない情報を聞かされながら、俺はきつくなってボタンも回せなくなっていた上着とズボンを脱いで、王子の服(お古)に袖を通した。
「どうですか、父上?」
「ああ、かわいいよ、ヴェイグ!」
「……まあ、確かに」
今の俺にはダボダボだった。
袖から出るのは指先だけで、ズボンの丈も余りに余っている。
後で姉さんに針と糸を借りて手を入れることにしよう。
「そしてもう1つ。これを君にあげるよ」
一瞬だけ軍人の顔になり、父上は腰の剣を鞘ごと抜いて息子に差し出した。
「え、父上の剣を……?」
「これはね、我が国の始祖、騎士王がこのアリラテ王国を築いた時に握っていた物です」
「そ、そんな大切な剣を父上は日常的に振り回していたんですか!?」
「そうですよ? 剣は使ってこそ意味があるものじゃないですか」
俺はその家宝で薪を伐る男を1人知っている。
俺の父親は剣の一太刀で伐採ができる穏やかな超人だった。
「僕たちのこと、忘れないで下さいね……。僕はいつまでも、君がどんなに大きくなっても、君の父親ですからね……」
「父上は大げさです。どんなに離れても家族の関係は変わりませんよ」
「いや……。人質時代の僕は、アリラテの家族のことを綺麗に忘れたよ……」
「えぇぇ……っ?」
「帝国が従属国の王子を都に集めて教育するのは、善意ではなく理由が――まあ、賢い君なら言うまでもないですか。……ヴェイグ、忘れないで、僕たちのことを」
「はい、忘れません。約束します」
父より【騎士王の剣】を受け継いだ。
血染めの服とマントの男は今日も血と鉄臭かった。
「このマントも持って行くかい? こんなのどうせすぐに真っ赤に――」
「それは絶対にいらないですっっ!!」
「ヴェイグ、死と血の臭いのする男って、意外とモテますよ……?」
「そのセリフ、母上に聞かせても問題ないのですよね?」
父上は苦笑いを浮かべてマントを取ろうとする手を止めた。
俺は受け継いだ【騎士王の剣】を抜き、これを修復するならどこからだろうと、修復家の妄想を膨らませた。
「ん……?」
すると一瞬、剣から赤いオーラのようなものが見えたような気がして、昼間から目を擦ることになった。
騎士王ドレイクと呼ばれる俺のひいお爺さんは、たった一代で平民の身からこの国を築いた立身出世の代名詞そのものだ。
「あ、まただ……なんだ、これ……?」
また見えた。今度は剣だけではなく、父の古着からも赤いオーラが見えて、火が収まるように消えた。
訓練で疲れているのだろうか。
傷だらけの【騎士王の剣】は雰囲気を変え、その由来に相応しいだけの圧倒的な気配を放っていた。