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・血の残劇、皇女を狙う暗殺者

 皇帝陛下は奇跡的に一命を取り留めた。

 ソーミャ皇女は涙を流して回復を喜び、皇后様も皇太子殿下も家族に一目会おうと赤竜宮に帰ってきた。


 どちらも無事を喜んでいたが、一方で当てが外れた表情を混じらせていた。皇帝陛下は弱り果て、会話どころか筆談すら不可能なほどに追いつめられていた。


『あれでは戴冠式を行えない。皇帝としての命令すら下せない。弟ども貴族派は譲らないだろう』


『この母が貴方を支えます。貴方が成さんとする政策は痛みをともなうものですが、これ以上、大貴族たちの台頭を許すわけにはまいりません』


『アルヴェイグ、ソーミャ、父上を頼む。必ずこの争いに勝利し、安定した世を築くと約束する』


『はい、オラフ王が息子として、父の代わりに皇太子殿下の夢をお支えします』


『親子そろって頼もしいことだ。私はよき友人を持った』


 皇帝は政務に復帰不可能。この事実が戴冠式には必要だった。

 これから10日以内に戴冠式を行い、争いを終わらせてみせると皇太子殿下は俺に約束した。


 しかしそれは逆に言うと、具体的な危険が差し迫ってきているということ。

 戴冠式の妨害。内戦への誘導のために、手段を選ばない暴挙が実行に移されることが、確定したも同然だった。


 そしてその暴挙はこの赤竜宮でも起きた。真夜中の寝室、互いに眠れない夜をソーミャ皇女と過ごしていると、争いの物音が寝室の外から響いた。


「まあ、大変……わたくしの命の危機にございます」


「そこのクローゼットに入って。守りながらだとやりにくい」


「臆することはございません、貴方はわたくしが祝福を与えた方です。宇宙の大魔王が訪れようとも負けるはずがございませんわ」


 ソーミャ皇女がクローゼットに隠れ、俺が扉の死角に隠れた。

 扉を開くのは勝利を収めた近衛兵か、あるいは暗殺者か、様子をうかがった。


「ソーミャ様、ご安心下さい。賊は討ち取られました」


 ほどなくして争いの物音が静まり、声が響いた。イントネーションになまりのある、聞いたことのない声だった。


「お休み中でございますか? ソーミャ様、ソーミャ様……?」


 その者は恐らく近衛兵ではなかった。ソーミャ皇女の名前しか呼ばなかったのだ。そこにアリラテの王子が護衛として張り付いていることを知らないようだった。


「非常事態です、お許しを」


 そう前置くと、暴力的な騒音が扉から響き渡った。頑丈な鍵のかかった扉を侵入者は手斧でぶち破ろうとした。


 試みは成功し、ドアノブの隣から腕が伸びた。施錠が外され、男が室内に侵入した。男は血塗れの姿で近衛兵の剣を握っていた。


「隠れていてもわかりますよ、ソーミャ皇女。貴方の首には大金貨750枚がかけられているのです、逃がしませんよ」


 むせかえるような血の臭いだった。通常ならば震え上がってしまうような状況だ。

 しかし血の臭いのする男に抱かれて育った俺には、それが懐かしい家族の匂いにすら感じられた。


「ああ、そこですか、ソーミャ皇――」


 クローゼットからの物音に暗殺者は気付き、恐れ多くも皇族の寝室に侵入した。ヤツは大金貨750枚の報酬に目がくらみ、暗がりに潜伏する少年に気付かなかった。


「がっっ?!!」


 俺は剣を使わない。殺さずに暗殺者を無力化して情報を引き出したい。

 始祖の時代より続く宝が生まれ変わりし最強の相棒、【武神王のバンテージ】を握り締め、必殺の一撃を暗殺者のわき腹に叩き込んだ。


「下に鎖かたびらですか」


「なんだ子供かっ、邪魔をするなら貴様も――うっ、がっ、がはぁっっ?!」


 相手が剣を振るよりも先に連打を叩き込んだ。


 敵は赤竜宮の女官の格好をしていた。その衣服の下に鎖かたびらを仕込んでいた。

 服を奪った女官を暗殺者が生かす道理はどこにもない。情け容赦の必要なんてひと欠片もなかった。


「誰に暗殺を頼まれたのですか?」


「その答えは、死ね小僧だっっ!!」


 プロの暗殺者の刃が少年の喉を狙った。

 武器を持たない子供の殺害なんて、彼からすればリンゴの皮をむくより簡単だ。


 しかし彼の刃は空振りした。ステップを軽く弾ませるだけで、俺はリーチ外に易々と逃げることができる。この時点でもはやちょっとした魔法だった。


「な、なんだ、このガキは……っ!? なっ、がはぁぁっっ?!!」


 踏み込みも同様だ。格闘の間合いまで一瞬で距離をつめ、ボディブローを叩き込んだ。


「つ、強い……っ、だ、だが……この間合いならっっ!!」


 【無限のポーチ】は敵の行動を先読みする力がある。【武神王のバンテージ】は、絶対に打ち負けないという守りに長じた力を持っている。


「と、止めた……!? バカなっっ?!!」


 銀色のバンテージに包まれた俺の手は、敵の刃を指先の間で受け止めた。このバンテージが手元にある限り、俺は絶対に打ち負けない。どんな攻撃も、たとえ素手であろうとも、止められる。


「これがプロの暗殺者ですか、なんて恐ろしい。これ以上暴れられる前に、貴方を無力化します」


「いったい、これは、どうなっている……!? なぜ、こちらの全力を止められ――バ、バカなァァッッ?!!」


 突きも薙ぎも袈裟斬りも、全力の乱舞を全て止めて見せると暗殺者の顔色が真っ青になった。


 俺の力は人殺しには向かない。成長途上の体格もあって攻撃力にもやや欠けている。

 この暗殺者に逃げられる前に行動不能にするには、このオーラカフスの特性を出し惜しまずに使うしかない。


 何かを見つけたのか、庭園を哨戒をする近衛兵たちが騒がしくなった。


「くっ、時間をかけ過ぎたか……! かくなる上は……っ」


「逃がしません、必ず情報を吐いてもらいます」


 明らかに遠い不自然な間合いから、俺は及び腰の敵に拳を突き込んだ。

 敵から見れば当たるはずのない意味不明の動作だ。


「おごっっ?!!」


 しかし現実ではオーラの拳が80センチ伸びて、鎖かたびら越しのミゾオチに突き刺さった。


「連続でいきます、お覚悟を」


「なっ、なんっ、手、手が、伸びるだと……!? うっ、うがっ、ぬああああーっっ?!!」


 そこからラッシュをかけた。顎を狙い、脳震盪を誘発して運動能力を奪った。オーラのローキックが鞭のように逃げ足を傷付けた。質よりも量の怒濤のオーラジャブがガードの隙間をぬって、凶悪な暗殺者を無力化させていった。


 単騎で忍び込んで近衛兵を片付けてしまうほどの凶悪な暗殺者を、崩した表現で言うところのフルボッコにしてやった。


「子供に、負け…………あり得、ない……。ぅ……うが……っ、は…………」


 暗殺者は前のめりに倒れた。その手首を後ろに回してカーテンタッセルで縛ると、俺の役目は近衛兵の救援の到着により終わった。


「なんということだ……。アルヴェイグ殿下、ご無事でございますか?」


「同感、なんてことだ。これはソーミャには見せられない。俺はソーミャのところに戻ります。近衛兵の皆さんは、申し訳ないけど、同僚の――」


 凄惨な死体と血の海を片付けてもらわなければならない。


「は、これが我々の仕事、お気づかなく。死んでいった同僚たちのためにも、皇太子殿下には一刻も早く帝位を継いでいただき、この歪んだ帝国を正していただけなければ……」


 同僚の死体でいっぱいの廊下に近衛兵さんたちを残し、俺は戦いの血を拭いてソーミャ皇女のところに戻った。


 クローゼットを開けると、歯をガチガチと鳴らして震えるソーミャ皇女がいた。

 天使であった頃には感じられなかった恐怖が、人間である今は強く感じられる。彼女は最近よくそう言っていた。


「わ、わたくし……アル様が、今……っ、イ、イケメンの、ス、ススス、スバダリにっ、見えますの……っっ!」


「それは果たして、歯を鳴らしながら言うセリフでしょうか」


「生きるとは、大変な、試練……なのですね……。わたくし、とても……とてもとても怖かったです……」


 その姫君はクローゼットから倒れ込むように下りてきた。

 護衛として俺はそれを当然として抱き留めて、やせ我慢のお姫様抱っこでベッドに運んだ。


 あれだけ強い暗殺者を生け捕りにしたのに、スーパーヒーローみたいに軽々とはいかなかった。

 今後の課題は筋力、攻撃力だ。それを高める装備が欲しい。


「まだ怖いです……」


「当然ですよ、殺されかけたんですから」


「子供じみた言葉なのは重々承知なのですが、すみません、一緒にくっついて、朝まで隣にいてくれませんか……?」


「俺もちょっと怖かったです。朝までソーミャと一緒に、くっついていたい気分です」


 呼び捨てにするとソーミャ皇女は嬉しそうに笑う。立場上、連発するわけにはいかないから、こういう時のとっておきだった。


「では、そういたしましょう、わたくしのナイト様。生きるとは、つらく恐ろしいことなのですね……」


「そうですね、俺もそう思います」


「貴方に看取られるのは、もう少し後がよいかと、ここに訂正いたします……」


「またそんなことを言って……。落ち着くまでずっと隣にいますから、安心して下さい」


 ソーミャとくっついてベッドに寝そべって、掛け布団をかけて、怖い記憶を消すために一緒に目を閉じた。

 ほとんど眠れなかったけど、ちょっと甘くていい夜になった。


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