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・ソーミャ皇女の盾として

 その晩から俺はソーミャ皇女の盾となった。美しい空中庭園に囲まれた皇族の住まいにお邪魔して、付かず離れずの距離からソーミャ皇女を護衛した。


 はなはだに物々しい警備だった。赤竜宮のありとあらゆる場所に近衛兵が立ち、張りつめるような緊張感で俺の喉元を息苦しくした。


 近衛兵たちに私語は全くなかった。

 彼らの失態ではないとはいえ、ここに毒が持ち込まれ、それが皇帝を危篤状態にしたとあっては無理もなかった。


 微笑みを作れば不謹慎と人にがめられるような、あまりに重々しい空気が赤竜宮に重く立ち込めていた。

 未来は暗い暗雲に包まれた。ソーミャ皇女からも笑顔が減り、プアン皇后様も酷くまいっている。


「貴方はオラフ王に似て素朴でやさしい子ですね」


「はい、父はとてもやさしい人です。皇后様はうちの父をご存じで?」


「ええ、オラフ王はベルナディオと親友でしたので、彼の若い頃にいくらか接点が。わらわのような恐いオバさんは苦手だったようです」


 ソーミャ皇女と皇后様はプライベートな空間を求めて、窓のない寝室に閉じこもり、そこに俺という建前上の護衛を付けた。

 ソーミャ皇女は今、自分のベッドで静かに眠っている。


「父はああいったおとなしい性格ですから、気の強い女性が苦手なようでして」


「では、貴方もわらわが恐ろしいですか?」


「皇后様は厳しい方だと思います。貴方の期待を裏切らないよう、全力を尽くします」


「アルヴェイク王子、貴方はまだ14歳。もし敵が現れても無理をしてはいけません。近衛兵が到着するまで、時間稼ぎに徹しなさい」


「はい、皇后様、寛大なるお言葉のままに」


 ここで反論しても利益はない。

 夫が危篤。さらにその上に娘のボーイフレンドに何かがあれば、心の弱った皇后様としてもたまらないだろう。


「誰かきたようです。鎧を身に着けた者の足音ではございませんわ」


 ソーミャ皇女がベッドから身をもたげてそう言った。暗殺の恐怖が常に隣にあるこの状況で、深く眠ることなど不可能だった。


「母上、我です、フリントゥスです」


 来客は皇帝の三男にして継承権二位のフリントゥス。皇太子殿下と皇后様の政敵その人だった。


「フリントゥス、貴方、正気ですか」


「話をしにきただけです。そこにソーミャもいるんだろ、出てこいよ、クソガキ」


 普段は皇女らしからぬソーミャ皇女も、今ばかりは表情を青ざめさせた。

 俺はその隣に寄って、できるだけやさしく見えるように笑いかけた。


「父上の書斎で待っています。我はただ、あのポピュラリスト気取りの兄上を止めてほしいだけなのですよ、母上」


 足音が部屋の前から去った。

 外に待機していた近衛兵によると、フリントゥス皇子は皇族の権利を行使して、護衛を付けずに乗り込んできたという。


 ソーミャ皇女と皇后様は書斎を訪れ、俺もまた護衛としてそれに付き従った。


「ほう、珍しい雑種を飼っているな。よもや母上ともあろう方が、蛮族の国の王子をソーミャに近付けるとは、いよいよこの国も狂ってきている」


 フリントゥス皇子とは一応の面識がある。非常にいけ好かない男だ。彼は威風堂々とした皇太子殿下とは正反対に背が低く、まだ14歳の俺と同じくらいの背丈しかない。

 やや小太りで、目が暗く落ちくぼんでいて、肌は不健康に生白い。


「あら、ご冗談を小お兄様。このアルヴェイグは帝国最強のボディガードにございますよ」


「ああ、噂は聞いている。帝国学院筆頭の――雑種のクソガキだろう?」


 彼の目が俺に焦点を合わせるのはこれが初めてかも知れない。彼にとって先日までのアルヴェイグ王子は、その辺のどうでもいい雑草だった。


「フ、フフ……フフフの、フ……。それは武勇なき弱者の負け惜しみにございます。わたくしのアルヴェイグは、一個師団を単騎で迎え撃てる男にございます」


 ソーミャ皇女がそう大言壮語する以上は堂々と、俺は銀色のバンテージを締め直して肥満体型のおじさんを睨んだ。

 彼にはそれが子供の負け惜しみや誇張に見えたようだ。


「母上、ベルナディオ兄上を説得して下さい。ヤツは蛮族の国を併合し、アザゼリアの国民にする気です」


「フリン、貴方とは交渉の席にはつきません」


「なぜです!? 我も貴方の息子のはずです!」


「わらわは母である前に皇后です。皇帝に毒を盛った逆賊と、言葉を交わす口は持ち合わせていません。去りなさい、親殺しの愚か者」


「我が、どうして!? 毒を盛ったのはベルナディオ兄上ですよ。皇帝に不適当なあの思想を、父上にとがめられたのでしょう」


 その言葉をヤツは皇帝の書斎机の上に足を乗せて言う。少なくともフリントゥス皇子は父親を敬愛してなどいなかった。


「ああ、可哀想に、我が末妹よ。暗殺が恐ろしくて眠れないのだね……。すぐに楽になれる方法があるよ、簡単なことだ……」


「小お兄様、それ以上の無礼を働けば、わたくしの彼ピッピがバネのように弾んで、そのふくよかなミゾオチに拳を叩き込みますよ」


「はい、今の俺はソーミャ皇女を守護する剣そのもの。やれとおっしゃるならば、喜んで」


 この男は皇帝毒殺を試みた逆賊の一味だ。ソーミャ皇女と皇后様の不安の種だ。敬う理由はどこにもない。

 俺は逆賊フリントゥスの前に出て、冷たく彼の顔を見た。


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