・転生【栄光帝の赤き宝杖】
『やかましいやつじゃ……。オラフの息子よ、さっさと転生させてしまえ!』
戸惑いに言葉を失っていると、腰の【無限のポーチ】が2年ぶりに言葉をしゃべった。
『同意しよう、この者の声はキンキンと頭に響く。一刻も早く黙らせてくれ』
礼服の下に巻いていた【武神のバンテージ】も、やかましい新入りに不満を呈した。
『何かね、諸君らは!? 我が輩は、初代皇帝が権威の象徴そのものであるぞ!!』
『乞食の杖じゃろがい』
『我が主よ、彼の希望の転生先は、物干し竿だそうだ』
『ええいっ、布切れとオシャレポーチごときが偉そうなっっ!! 我は皇帝の杖なるぞ!!』
権威主義な宝杖に【リィン・サイクル】の力を使うと、久々にあのタブレットのような物体が現れた。
そこにはこうあった。
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名称:栄光帝の赤き宝杖
特性:
・不幸の杖
持ち主に不幸をもたらす
(転生で変化)
転生候補:
・王者のトーガ
特性:カリスマを得る
・賢者の杖
特性:IQ+20
・歌人のシルクグローブ
特性:歌の才能を得る
・波動のカフスボタン
特性:射程+++
・黄金の物干し竿
特性:盗難率1000%
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トーガ姿で通学したら笑われる。アザゼリアの社交界でも決してフォーマルとは言えない。
IQ+20の世界では何が見えるのだろう。けど彼は杖にはなりたくないと叫び訴えている。
『物干し竿でいいだろう。こんな厄介者、金に変えて売り払ってしまうことを勧める』
『ほっほっほっほっ、お似合いの来世じゃな!』
『我が輩は物干し竿に憧れてなどいなぁぁーいっっ!!』
歌の才能。社交界で役立ちそうだけど、こういうの物は余裕がでてきてからで十分だ。
射程+++。これはいったい、どういう意味なのだろう……。
『カフスボタンがいい……。我が輩はきらびやかな、宝石のように輝く青いカフスボタンになりたい……』
「カフスボタン。確か手首や襟首に付けるカフスを止める、宝飾品ですよね?」
消去法でカフスボタンだろうか。
トーガ、杖、どちらも邪魔になる。シルクグローブはバンテージと重ねて使うものではない。
カフスボタンならバッジのように装着場所を変えるだけでいいので、今後も汎用的に使ってゆけそうだ。
黄金の物干し竿はいくらなんでも可哀想だ。人から人へと盗まれ続ける曰く付きの、面倒極まりない物干し竿が世に生まれてしまう。
『いや王子殿下っ、男前にあらせられますな! 我が輩がピカピカのカフスボタンとなれば、我が輩の高貴さに王子殿下はモテモテ! あっ、間違いっ、ございませぇぇぇぇんっ!!』
「奇遇ですね、俺もカフスボタンがいいと思っていたところです。では、転生させますね?」
『喜んでっ!! 全身全霊をもってっ、この高貴なる我が輩が貴方にお仕えいたしましょうぞっ!! あ、いざっ、あ、いざっ!!』
歌舞伎みたいな口調になっている宝杖を【リィン・サイクル】の力で転生させた。
錆び付いた杖はみるみると縮んでゆき、一組のカフスボタンの形を取った。
それは表側に美しい大粒のサファイアが埋め込まれた、プラチナの輝きを持つカフスボタンだった。
一組しかないので、これは襟首に身に着けるのがいいのだろうか。
「えっと……使い方がよくわからないから、こういうときは……」
ベルを鳴らしてエマさんを呼んだ。
すると急ぎ足の足音が階段を駆け上がってきて、俺がノックに応じるなりエマさんが部屋に駆け込んできた。
「はいっ、どのようなご用件でございましょうか、ご主人様! エマはそのベルを週に数度しか鳴らして下さらないのが、はなはだ不満でございまして……!」
「エマさん、これ、俺に着けて」
エマさんの前に寄って、青くきらびやかに輝くカフスボタンを渡した。
「わぁぁ……っ」
プラチナとサファイアの輝きにエマさんは年齢相応の歓声を上げて、それから落ち着いた態度を取り繕った。
「これはなんと美しい……カフスボタン、でございますね?」
「さっきの杖をこの姿に転生させたんだ。……着け方わからないから、俺に着けて?」
そうお願いするとエマさんはとてもやさしい顔をした。まるでシトリン姉さんが俺にするような、弟を慈しむような表情だった。
「ふふふ……ご主人様はそういうところがとっても、かわいいです……♪」
エマさんはカフスボタンの留め金を外して、俺の襟首のボタン穴に装着してくれた。
少し――いやかなり、これは派手なような……。まるで夜空に輝く北極星のように強く輝いていた。
「お似合いですわ。お着替えの際は、いつでもこのエマを呼んで下さってよろしいのですからね……♪」
「考えておくよ。それよりみんなにこれから戻ると伝えに行ってくれる?」
「それとも……エマを着替えさせる方がご主人様のお好みでしょうか……♪」
エマさんはわざとらしくメイド服の胸元に指を引っかけた。冗談なのか本気なのか、エマさんはどっちかわからない。
「俺をからかって楽しいですか……? さっさと行って下さいよ……」
「ふふ……すねるお姿もかわいいです♪」
「エマさんはエッチじゃない方が好きです……」
「それはすみません。私、エッチですので」
つれない言葉にエマさんはおかしそうに笑って部屋を出ていった。
それから俺は再び【リィン・サイクル】の力を使って、そのカフスボタンの詳細を確認した。
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名称:波動のカフスボタン
特性:
・因業のカフス
幸福と不幸の双方をもたらす
・射程+++
オーラの力で攻撃が80センチ伸びる
(格闘、魔法でも有効)
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「これ、いいじゃないですか、カール・アウグスト卿!」
礼服の下のバンテージを軽く締めて、部屋でストレートパンチを繰り出した。
すると確かに伸びた。薄桃色のオーラの拳が、俺の拳から80センチのところまでロケットパンチで繰り出されてすぐに消えた!
格闘の弱点はリーチだ。武神王のバンテージでなんでも止められるとはいえ、それには限界がある。
相手は思いもしないだろう。対戦相手の拳が追加で80センチも伸びるなんて。
カフスボタンにしてよかった。【射程+++】は他の能力とも組み合わせやすい、優れた特性だった。
「見て、みんな! みんなが届けてくれたあの杖で、この素晴らしいカフスボタンが作れました! なんてお礼をすればいいのかわからないです、ありがとう!」
食堂でみんなが一足先にお茶をしていた。俺は立派なカフスボタンを見せて、心からの感謝の言葉を送った。
するとみんなこう答えた。
「ヴェイグ兄さんは僕たちの大切な友達を直してくれました。僕たち、ずっとその時の恩返しがしたかったんです。兄さんに喜んでもらえて、よかった!!」
これは無償の善意。大切なオモチャを直してくれたアルヴェイグへの恩返しだと、少年少女たちが口々に言う。
その気持ちがこうして新たな力となって、みんなの想いを身に着けられることが嬉しかった。
「本当にありがとう、みんなに感謝しています。これ、一生大切にします」
意外な形で俺は2年がかりの捜し物を見つけた。次に宝に会えるのはいつになるのだろうか。まったく見当も付かない。
それは年に1度しか会えない故郷の家族の面影が、具体的に思い出せなくなってきた春のことだった。
父上がそうであったように、俺は少しずつ故郷のことを忘れていっていた。




