・人質王子、またの肩書を骨董修復家
ピラー商会長が経営する金牛宮商会は首都密着型の大手住宅業者だ。この商会は家を建て、そこに家具を揃え、その家を販売、または賃貸契約を結んで大きな利益を上げている。
家具は全て自社製。製材所と石切場も運営している。長男のリヴィアスさんが重役となってからはリフォーム業も始めた。
リヴィアスさんは古い家や土地を丸ごと買い取り、廃品やガラクタの中からお宝を発掘することを好む。
金の延べ棒を見つけたこともあると、彼は俺に得意げに自慢していた。
「おおっ、旧王国時代の黒檀のワードローブッ!! 滅亡したロズ家にゆかりある品!! あの状態から修復できたのかっっ!?」
彼はアンティーク家具を愛する骨董マニアだ。生前の爺ちゃんの時計屋でも、こういった趣味人はうちのお得意様だった。
そのリヴィアスさんが屋敷一階にある作業部屋を訪ねてきた。その部屋は修復予定の家具や道具や、子供のオモチャでいっぱいだ。転生で爺ちゃんの遺伝子を失っても、爺ちゃんの教えはこの胸に残っていた。
「カビと腐食が酷くて背面は全交換となりましたが、他は分解と研磨でどうにかしました」
「素晴らしい……。よければ我が部門で買い取ろう! これは権威主義者ども――ではなく、おほんっ、お得意様に高値で売れるぞっ!」
あれから半月が経ったものの、赤いオーラを持つ物品は一つも流れてこない。それに準じる緑のオーラの品も。
「君の修復品は金具まで光り輝いているが、いったいどうやって磨いているんだ……?」
「金属の材質を見極めて、それに合わせた薬品にしばらく漬け込んで、後はブラシで磨いただけですよ」
銀なら重曹。銅なら酢。鉄ならレモン汁でサビが取れる。知恵は力なり、だ。
「確かこれは金貨5枚でそちらに譲ったものだったか」
「ええ、俺にはちょっとした投資でした」
「ならば大金貨2枚を出そう、この【旧王国時代の黒檀のワードローブ】を買い戻させてくれないか?」
「え……ええ、それはかまいませんが……」
その条件なら経費抜きにして金貨15枚、日本円で30万円ほどの稼ぎになる。
「あの、そんなに貰っても、いいんですか……?」
「ああ、実は旧王国時代の家具をいくつか所有しているのだ」
今から250年前、アザゼリア王国は戦乱の時代に勝利を収め、諸国を従えて現在の帝国となった。
このワードローブは諸国の文化様式と融合する前の品だ。希少性が高く、帝国貴族に人気が高い。
「皇帝陛下も既に老齢。ベルナディオ皇太子殿下が新たな皇帝となれば、このワードローブには3倍……いや、最高で10倍の値段が付いてもおかしくない」
「え、そんなにですか……?」
「そうだとも。帝国貴族は見栄のためならばなんでもする。彼らが見栄っ張りだからこそ、我ら商会は財をなせたのだ」
それは大いにある。俺の古品修復の技能を彼ら帝国貴族は高く買ってくれていた。これまでの差別的な態度を取り下げ、社交界で助けになってくれる好事家も少なくない。
皮肉なことだ。人質として帝国に差し出されることで、俺の古品修復の技能は世間に認められることになった。
「ではこのワードローブが燃料にされず修復されたのは、その見栄っ張りな方々のおかげですね」
「ああ、彼らなら曾孫の代まで大切に使い込んでくれることだろう。……それで、取引の方は?」
「はい、言い値の大金貨2枚でお売りします。また新しいお宝が見つかったらこちらに流して下さいね」
「よし、決まりだ! 高値で売れたらランチにご招待しよう!」
大金貨は鉛のようにズッシリと重かった。それを腰の無限のポーチに飲み込ませると、スッと重さが消滅する。
商談もまとまったので、俺は薄い鉄板を加工して作ったゼンマイを、兵隊のオモチャの中に組み込んだ。
「それは?」
「最近できた友達の依頼品。このゼンマイを巻くと、ほら、歩くんですよ」
「おお……これか! 子供の頃、俺も似たようなのを親父に買ってもらったよ! ほぉ、いいじゃないか……!」
リヴィアスさんは30代前半の男性だ。それがブリキのオモチャに目を輝かす。どうやら俺たちは同類のようだった。
「アンティーク好きのリヴィアスさんなら、そう言ってくれると思いました」
「リヴィでいいと言っているだろう、アル。いくらで請けた? 俺もこれと同じ物が欲しい」
幼い頃の思い出が刺激されるのか、リヴィアスさんは少年の顔になって歩く兵隊を見つめている。
「俺の師匠は子供からお金を取らない人でした。これは依頼人の大切な相棒なので、すみませんがお売りできません」
「アルも師匠と同じことをしているというわけか! なら、そこのオモチャは!?」
「全て入院中の子たちです。パーツから手作りになりそうな子もちらほらいて……夜なべして直しています」
手には入らないとわかると、リヴィアスさんは不満そうに顔をしかめた。
「君はまるで魔法使いだ。カビだらけ、サビだらけ、塗装の剥げたボロボロのこれらに、新品以上の輝きを与える。尊敬に値するよ」
「ありがとうございます。俺も師匠を同じように思っていました」
「ううむ、その予定はなかったのだが、今日は実家に寄って帰るか……。子供の頃の物が、まだ残っているかもしれん……。見つかったら君の手でオーバーホールしてくれ!」
「それ、いいですね! ぜひお任せ下さい!」
子供の頃の大切な相棒を掘り返して、隣に置くことはいいことだと思う。もう一緒に遊ぶことはないとしても、そこには相棒との大切な思い出がある。
「本当に君は素晴らしいよ。君のおかげで、久しぶりに少年時代の心に戻れた。ふむ、アンティーク玩具というのも、悪くない……」
「そっちの世界も底のない沼ですよ」
「だろうな! そこは望むところだ!」
リヴィアスさんは部下をこの部屋に呼ぶと、大きなワードローブを抱えて屋敷を出ていった。
果たして好事家の彼は、商機が訪れたときにあのワードローブを本当に手放せるのだろうか。
そう思いながら見送りをして、またオモチャの修復に戻った。
「ご主人様、小さなお友達がいらっしゃっています」
「えっと……小さな、と言われてもどの子だろ。とにかく中に通して」
しばらく作業に没頭すると近所の男の子がやってきた。彼はある子爵家の子で、この前通りで落ち込んでいるのを見かけて声をかけた。
とてもかわいい男の子だ。巻き毛のブロンドがクシャクシャしていて、素直な顔立ちをしている。歳は4つ下の8歳だ。
「お、お仕事中、おじゃまします……っ。あの、僕のピエール……直りました……?」
「うん、ちょうど今直ったところです。次はゼンマイを強く巻きすぎないようにしようね?」
「あ……直ったんだね、ピエールッ!! お兄ちゃんっ、ありがとう!!」
「いえいえ、どういたしまして」
感謝の言葉がくすぐったかった。これは幼い頃に爺ちゃんが俺にしてくれたことを、他の誰かにしてあげているだけのことなのに。
「パパとママ、ピエールの代わりを買ってくれるって言ってたんだ……。でも、そんなのいらないって言って、よかった……!!」
「君の相棒はピエールだからね。他の兵隊さんじゃ、ピエールの代わりにはならない」
「僕っ、お父さんに言って、お兄ちゃんにお礼してもらう!」
「そんなのいらないよ。それよりピエールの調子がまた悪くなったら、遠慮しないでまたうちにきてね」
俺の言葉ではない。爺ちゃんが子供たちにいつも言っていた言葉だった。
「お兄ちゃん……。お兄ちゃんっ、カッコイイ……!! 兵隊さんよりカッコイイよ、お兄ちゃん!!」
「本当……? それは嬉しいな……!」
小さな友達は相棒のピエールを抱いて、うちの屋敷を飛び出していった。
俺とエマさんはその小さな姿を玄関先で見送った。エマさんはやり取りに感動してしまったのか、俺の隣で鼻をすすった。
「アル様、何か私にしてほしいことはございますか?」
少し涙声だった。
「いえ、今は特に何も。……突然ですね?」
「……うちの弟も、ご奉公に上がる前はあのくらいの歳で――今、あの子はどうしているのでしょう……」
エマさんは15歳。中学3年生くらいの歳だ。彼女は家族の生活を支えるために、その若さでメイドとなって立派に奉公している。
エッチなのが玉にきずだけど、なんて立派な人だろう。
「きっと元気だよ。お茶をお願い、エマさん」
「はい、お任せを。今夜はたっぷり、サービスさせていただきますね……♪」
「止めて。眠れなくなるようなことは止めて下さい……」
本当に、エッチなのが玉にきずな人だった……。
「このエマの務めは、王子殿下の寂しさをお慰めすることでもあります。遠慮せず、エマお姉ちゃんと一緒に寝たいと、そう言って下さっていいのですよ……?」
「うん、機会があったらお願いするよ」
エマさんのメイド服からこぼれる大きな胸に、俺は視線をしばらく奪われてしまってから、作業部屋に逃げ戻った。
最近の俺の生活はだいたいこんな感じだった。古品を仕入れ、修復し、つてを頼って販売し、壊れたオモチャや道具を直す。
そんな道楽生活を俺は生前のように、学業と社交との兼業で忙しなく続けていった。




