・ピラー夫妻の白磁の壺 2/2
白磁の壷が修復が終わった。
終わったところでまるで盗み見ていたかのように、メイドのエマさんがハーブティーを運んできてくれた。
「完璧ですね、ご主人様。届ければまたハニーパイをいただけることでしょう」
「いや、ダメだ、まだ渡せない。粉砕してしまった破片のところに色むらがある」
壷の内側には藻の混じる水垢がたまっていた。きっと花瓶として使っていたのだろう。
だったら再び花瓶として使えるように、完璧に直さなければ良い仕事とは言えない。
「……私には違いがわかりません。この程度ならば奥様も気付かないのでは……?」
「ダメだよ、これは2人の思い出の品なんだ。これをプレゼントした年に子供が産まれたって」
「あふ……では明日にいたしましょう。子供はもう寝る時間です」
寝ろと言われてもどうしても納得がいかなかった。せめて死ぬ前に使っていた道具があれば、もっと上手く直せたのに。
「ご主人様、私とベッドに参りましょう。朝までご一緒したく、こんな時間まで起きていたメイドにご褒美を下さい」
「あれ……?」
子供の身体は眠気に正直だ。集中が解けて一気に眠くなってきた。
ところがその目に、緑色のオーラを放つ白磁の壷が映った。
なぜ突然オーラをまとい始めたのかはわからない。それは後で考えるとして、緑のオーラを放つ物品からは、どういった転生候補が現れるのだろうか。
膨らむ期待を抑え込みながら白磁の壷に触れてみた。
――――――――――――――――
【ピラー夫妻の白磁の壷】
特性:家庭円満の加護
転生候補:
商才の算盤
特性:商取引の際に時々幸運が訪れる
ピラー夫妻の白磁の壷・改
特性:家庭円満の加護Ⅱ
――――――――――――――――
「ご主人様……? 私、寝ぼけているのでしょうか……?」
「俺、実は魔法使いなんだ」
修復を済ませたら緑のオーラが見えるようになった。つまり壊れている物からオーラは見えない、ということになる。
次に、似て非なる同一品に転生させることが可能であると、俺の能力が示している。
『あのっっ、ありがとう王子様!!』
「キャッ、な、なんですか、この声っ!?」
「エマさんにも聞こえるの? これは白磁の壷の声だよ」
俺からすれば想定内のことだった。
オーラをまとった物品とは言葉を交わすことができる。また一つ能力の検証が進んだ。
『これでまたお花を活けてもらえる!! 奥様にまた会える……!! ありがとう、ありがとうっっ!!』
「いえいえ、俺は趣味と実益の一環で貴方を直しただけです。……ところで、相談なのですが、貴方には家庭円満の加護があるようなのです」
『え、私に……?』
「はい。俺の力で転生すれば、その力をもっと強くできます。同一の姿に転生してみませんか?」
エマさんは壷を言葉を交わすご主人様をいぶかしんでいた。けどそっちの説明は後にして、俺は能力の検証を進めたい。
『私、奥様の力になりたい! あの屋敷を守れるなら、喜んでなんでもする! 王子様の言うこと、よくわからないけど……大切にしてくれた恩返しがしたいの!!』
「では決まりだね! ピラー夫妻の白磁の壷よ、ここに生まれ変わり、同一の姿となれ! リィン・サイクルッッ!!」
ピラー夫妻の白磁の壷・改の項目を指先で押して、俺は壷を同一の存在に転生させた。
気になって寝るに寝れなかった修復跡が、美しい白磁の肌から消えた。
新品同然の生まれた変わった同一品がそこに誕生していた。
『あ、ああ……っ、壊れた身体が、元通り……。私を直してくれて……ありがとう……。奥様、旦那様……私にお花を活けて、もう一度、2人で笑って……』
白磁の壷からオーラが消えた。言葉も聞こえなくなった。後に残ったのは混乱状態のエマさんだけだった。
「俺寝ますけど、エマさんはどうします?」
「そ、その前に説明して下さいっ、ご主人様っ!」
「大切にされた白磁の壷には魂が宿っていた。さっき言葉を交わしていたのは、その白磁の壷。俺は力を使って、新品同然の同一の品に転生させた。……そんな感じです」
「も……もう一度お願いします……。わけが、わかりません……」
「白磁の壷を修理して魂を救った! 以上です! ハーブティー、ごちそうさま、夜遅くまで俺を見守ってくれてありがとう、やさしいお姉さん」
「……あ、ベッドまでお姉さんがご一緒します♪」
「それはいらないです、また明日お会いしましょう」
「そんなこと言わないで、お姉さんと一緒に寝ましょう……? 気持ちいいですよー?」
「からかわないで下さいよ……。エマさんみたいに綺麗な女性が隣にいたら、それだけで眠れなくなります!」
「ふふ……私は貴方に与えられたメイドです。私を好きにしていいのですよ?」
「は、早く出て行って下さいっ!!」
部屋から3つ上の巨乳のメイドさんを追い出して、完璧に修復された白磁の壷に惚れ惚れしてから、その日は寝た。
・
翌日昼、ピラーおじさんの屋敷を訪ねると、両夫妻に迎えられた。
「あ、あの子は……っ!?」
「直ったかね、私たちの壷は?」
壷を我が子のように愛する奥さんを見て、あれに魂が宿ったわけがわかったような気がした。
「ご覧に入れましょう。ゴルドーさん、持ってきて!」
「へいっ、こちらがお約束の品にごぜぇやす!」
布に包まれた白磁の壷が応接間のテーブルに置かれた。その布を両夫妻の前で俺はほどいた。
「ああっ、サンディ!! すっかり元通りに……!!」
ピラー夫人は我が子にするように白磁の壷へ抱きついた。
「これお前っ、人前ではその名前を呼ぶなと言っているだろう……! ああすみませんな、息子が娘だったとき付ける名前がサンディでしてな、はははっ」
「すごいわ……この子、貴方が買ってきてくれたときそのままの姿よ!? ああっ、サンディ、こんなに若返って……っ」
変わった奥さんだ。けれど白磁の壷サンディと言葉を交わした俺からすると、奥さんは最高の所有者にしてお母さんだった。
苦労して直してよかった。そう思わずにはいられない瞬間だった。
「ありがとう、アルヴェイグ王子! あ、ブルーベリーパイはいかが? この人が焼いたの!」
「これっ、私の趣味がお菓子作りなのは夫婦の秘密だろうっ!!」
「マジですかい!? あのハニーパイすげぇ美味かったですぜっ!」
「うん、うちのメイドも大喜びしてました。お店を持てるレベルかと」
俺たちはこの後、ピラー商会長にこれでもかとブルーベリーパイを勧められた。
奥さんにより新しい花が生けられた白磁の壷は、日向で幸せそうに白く輝いていた。
「君のやらんとしていることがよくわかったよ。約束通り、修復の価値のありそうな品をそちらに流そう」
「ありがとうございます、感謝します!!」
「私と同じ思いをしている方もいるかと思います。そのような方がいましたら、アルヴェイグ王子を紹介いたしますね」
「はい、奥様! どんな品も喜んで修復させていただきます!」
これで体制は整った。ピラー商会長から古品を仕入れ、修復してそれを販売しながら、赤いオーラを放つ特別な品が流れてくるのを待つ。
いつまでかかるかわからないが、俺の人生はまだまだ長い。学びながら社交を重ねてゆっくりと足場を固めて、特別な品と巡り会える日を待つことにした。




