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・属国王子と宗主国皇女の身分違いの恋

「ああ、この感覚は……わたくし、以前覚えがございます……」


 ソーミャ皇女の顔は真っ赤だった。白い肌が耳までピンク色に染まってかわいらしかった。


「お、俺は、なんか……頭が混乱してきました……。これ、安易にしていいことだったのでしょうか……」


「そう、そうこの感覚は――」


 耳が熱い。こんな現場を皇太子殿下に見られたら裏切り者だと思われてしまう。

 ただの子供同士の遊びだったはずなのに、体が熱くなって頭がクラクラした。


「殺意でございまぁすっっ!!」


「……えっっ!?」


「わたくし、驚きでございます。この胸が焦げるような感覚……間違いございません。わたくしは貴方に、黒い殺意を抱いております……!」


「い、いや、それ、たぶん違います……っ」


「まあっ、そのお顔、貴方も同じ気持ちなのですか!? ぶつかり合う殺意と殺意……ああっ、なんと生の実感に満ちたひとときでございましょう……! 感動的にございます!」


 元天使様は瞳を潤ませ、情熱的な声を上げて、見当違いな結論に感動した。

 愛と憎しみは表裏一体。彼女は『殺意を抱いている』と俺に告白をしてくれたことになる。


「手袋が手元にございませんので、靴下にいたしましょう! よいしょ……と」


「こ、今度は何をしているんですか……っ!? うわっ!?」


「わたくし、ソーミャ・ガラド・アザゼルは貴方に決闘を申し込みますっ、ジャキィーンッ!!」


 手袋の代わりに靴下を投げ付けられて『さあ決闘するぞ!』とやる気になる人がどこの世界にいるのだろうか。


「皇女殿下、それは殺意ではありません……。強烈な好意が形を変えたものです……」


「まあっ、なぜ貴方様がそれを!? わたくし、確かに貴方様への強烈な好意をこの小さな胸にそっと……抱えております……」


「そ、それが高ぶるとですね……? 感覚としては、憎しみに似た感情になるんです……。相手への強い執着を抑えられなくなるでしょう……?」


「あ、なーーるほどっっ!!」


 皇女様は合点がいったと、手のひらを拳で叩いた。


「これは――これは生物の、繁殖欲ですね! わたくしの本能は今、つがいを求めているので――むぐっっ?!」


「もうなんなんですか、君って人はーっっ!!」


 口をふさがられてもソーミャ皇女は興奮が収まらない様子で激しい主張をしていた。

 何を言っているのかわからないけど、これ以上語らせるわけにはいかなかった。


「お前たち、何をやっている……」


「ぷはっ、お兄様……っ!」


 そこに皇太子殿下が現れた。俺たちが姿を消したのを心配して、探しにきてくれたのだろうか。


「ソーミャ、彼はアザゼリアを支える王国が王子。無礼は許さんぞ」


「いえ俺の方が悪いのです! ソーミャ様が……えっと、外で話したいと言うので、それでふざけ合っていたら、段々……その……」


「それは?」


「わたくしの靴下ですわ。決闘を申し込んだのですが、靴下ですので乗っていただけませんでした……」


 薄暗い庭園で、皇太子様が筆舌に尽くしがたい微妙な顔をした。こんな変わり者の妹を持ったらさぞ大変だろう。


「妹が迷惑をかけた……謝罪する……」


「い、いえっ、そんなことはありませんっ! すごく……あの……楽しかったです……」


「ええ、わたくしも。アルヴェイク様がご出席するなら、わたくしも公務が苦ではございません。バケツいっぱいご所望いたします」


 俺も同じ気持ちでソーミャに視線を送った。様子だけで察してくれたのか、彼女はくるりと回って気持ちを表現した。


「ソーミャ、母上のところに戻れ。アルヴェイグ王子、私の友人が君とのダンスをご所望だ。嫌でなければご同行願えるか?」


「はい、喜んで。皇太子様から学ばせて下さい、社交界での良き立ち振る舞いを」


「よろしい。喜べ、君はオラフよりも遙かに優秀だ」


 ある舞踏会の夜、俺たちは早すぎる恋心に気付いた。

 しかしこの感情は報われないことが約束されている。俺たちの身分はあまりにも違いすぎる。


 ソーミャ皇女は兄に説得されると『また後ほど』と言い残して舞踏場へと駆けていった。後ろ姿が見えなくなるまで俺はそれを見送った。


「アルヴェイグ、ソーミャが欲しいか?」


「……い、いえっ、お(たわむ)れを。互いの立場くらい存じております」


「フ……そういったところはオラフより劣っているな」


 低い声で皇太子殿下は笑い、何かを思い返すように月を見上げた。


「それはどういう意味ですか?」


「オラフには強い心の力があった。身分違いの女を妻に迎え、君の母親とした」


「は、母上を知っているのですか?」


「ああ、オラフと彼女を奪い合った」


「うちの母上を……っっ!?」


 皇后は難しくとも次期皇帝の第二夫人くらいにはなれたはずなのに、マルサ母上は若き皇太子殿下をふったという。


「負けるとは思わなかった。マルサは私を選ぶとばかり思っていた。君は母親似だ、とてもよく似ている……」


 若い頃を思い出しているのか、彼は属国の王子の頬に手を置いた。それからすぐに我に返って謝罪した。


「君からはとてつもない才覚を感じる。最近、さらに強くそれを感じ取れるようになった」


「俺に才覚、ですか……?」


 帝国のカリスマそのものにそう言われて、否応なく口元がゆるんだ。


「笑われるかと思うがな、私には見えるのだ。才ある者の、オーラが」


「オーラ……ッ!?」


「比喩ではない、実際に見えるのだ。私の目にはその者の才覚が光となって映る。アルヴェイグ、君は特別な存在だ」


 もしかして俺と皇太子様は似たものを見ているのだろうか。俺が古品から特別な魂を見い出すように、彼もまた色彩で者を見分けるのだろうか。


「それはいつからですか?」


「む……?」


「生まれた時からですか? それとも、後天的な……?」


「ふむ、そうだな……今から1年ほど前からだ」


 皇太子殿下の返答に俺は納得した。皇太子殿下と俺には共通点があった。


「それはソーミャ皇女があの性格になった後、ですか?」


「ほぅ……言われてみればその通りだ。しかし、なぜわかった?」


「明確な根拠はありません。ただの勘です」


 答えると皇太子様は腕を組んで笑った。彼の目には何が見えているのだろうか。赤いオーラを放つ俺がそこにいるのだろうか。


「今度、腹芸のコツを教えよう。夫人が待っている、さあ行こう」


 俺は特別な才能を買われてここにいる。皇太子殿下の期待を応えて、俺は30歳も年上のご夫人とダンスを踊って、彼の望む社交に長けた王子を演じた。


 ソーミャが欲しければ社交界での名声を高め、皇族の娘をめとるにふさわしい功績を上げろ。……属国の王子ごときに無理を言ってくれるものだった。


 しかしそれは不可能でもない。他でもないソーミャ皇女本人がくれたこの力を駆使すれば、身分違いの恋を成就させることだってできる。俺は成り上がれる。


 赤いオーラを放つ特別な古品を手に入れるために。皇太子殿下の期待に応えられる男になるために。初恋を成就させるために、俺はさらなる力を求めて計画の下準備を進めた。


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