・チート能力【リィン・サイクル】発動
夜会の後、ソーミャ皇女の誘いで蒼白宮に泊まった。相手は皇女、俺は属国の王子。立場が違いすぎるというのにソーミャ皇女は自由だった。
「朝帰りたぁいいですねぇ、殿下?」
「疲れたよ……早く帰って自分のベッドで寝たい……」
「皇女殿下が手を振ってやすぜ。やさしい王子様の笑顔でお別れして下せぇ」
皇太子様は先に帰った。俺はソーミャ皇女と皇后様に手を振って、郊外の離宮から貴族街の屋敷へと朝帰りした。
「あっしは脈ありだと思いますぜ」
「なんの話……?」
「俺っちの目がごまかせねぇ。ありゃ恋する乙女の目でしたぜ」
「属国の王子と皇女では家柄が釣り合わないですよ。彼女は魅力的だけど、身分がまるで違います」
「向こうはそうは思っちゃいねぇ感じですぜ?」
ゴルドーさんを話し相手にすれば屋敷の正門なんてすぐそこだった。
帰宅した俺はまっすぐに部屋に戻り、二度寝の前にクローゼットを開いた。すると――
『うむ、立派な姿じゃ。どうやら、ワシの出番はもう終わりのようじゃの』
「…………えっ?」
クローゼットの中から声が聞こえた。【オラフの古着】から見えるあの赤いオーラはハッキリとした像を結ぶようになっていた。
さらには昨日と今日で、その古着は雰囲気がまるで別物だ。圧倒的な凄みを放つようになっていた。
『ワシを物置からオラフが取り出した時は、こやつ正気かと我が目を疑ったものじゃが……。これほどまでに大切にしてくれるとはのぅ……』
「【オラフの古着】、もしかして君がしゃべっているの?」
『む……? オラフから聞いておらぬか? ワシはお前の祖父の代から王家に仕えておる』
「そんなに昔から……?」
『今日までワシのようなボロを大切にしてくれてありがとうなぁ……。じゃがもう、十分じゃ。主に恥をかかせてでも着られたいなどと、ワシは思わぬ。クローゼットの中で静かに眠らせておくれ』
オラフの古着は役目を終えた老人のように、今日まで王家に尽くせたことに満足していた。
けれどどこかその声は寂しそうだ。もう二度と誰にも着られることはないと、諦めの混じった言葉にも聞こえた。
「まだ引退には早いかもしれませんよ?」
「ほっほっほっ、やさしいのぅ、君は。ワシも君が直した枝切りバサミのように、磨けばピカピカになれればよかったのじゃがのぅ」
「剣術の試験でサポートしてくれたのは貴方ですよね?」
『うむ、どうもそのようじゃ』
「新しい人生に興味はありませんか?」
『ほっほっほっ……。なんじゃと……?』
「俺は貴方を手放したくありません。貴方が望むなら、新しい姿となって、これからも俺のことを支えてくれませんか?」
そう求めると、タブレットPCのようなものが手元に現れた。それは以前、俺の手のひらに突き刺さっていたカードと同じ形状だった。
タブレットには文字が浮かび上がっていて、こうあった。
――――――――――――――――――――
名称:オラフの古着
特性:
・行動予知
交戦相手の先の動きを瞬時に読める
転生候補:
・知のメタルヘルム
特性:思考速度+50%
・無病のレザーアーマー
特性:毒物無効
・賢人のシルクドレス
特性:交渉上手
・才人の銀の指輪
特性:身体能力全強化25%
・無限のポーチ
特性:収納ポケット777L
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どうやら候補の中から転生先を選べる仕組みのようだった。
俺が試験で優勝できたのは、この【行動予知】の特性のおかげだろう。
転生させたアイテムは新しい特性を得る。既存の特性が転生後にどうなるかはわからない。
この中だと【収納ポケット777L】の特性を持つ、【無限のポーチ】が汎用的で使いやすそうだった。
「これから俺の力で、貴方を777L収納できる魔法のポーチに転生させます。大切にしますから、これからも俺に使われてくれませんか?」
「おおおおーっ、これら全て、ワシがなりたくてもなれなかった憧れの物じゃ! ワシは、まだ、アリラテ王家の支えとなれるのじゃな……。ぅ、ぅぅ……嬉しいぞい……っ、必ずよき家臣になってみせるぞい!」
「では【オラフの古着】よ、今、古き姿を捨てて、新しい姿に生まれ変わって下さい!! どうか未熟な俺に、先々代より続く偉大なる力をお貸し下さいっ!!」
候補【無限のポーチ】のアイコンをタッチすると、古着はリサイクルのように糸へと分解された。
それからその糸は腰に巻き付けるポーチの姿に編み直され、糸ではなく革の新品へと再構成された。
俺が父に託された【オラフの古着】は消えた。新しい姿【無限のポーチ】へと転生した。
『ワシは……そなたと共におるぞ……。オラフよ、お前の息子はワシが守る…………』
ポーチはそれだけ言い残して、それっきり言葉を喋らなくなった。
魔法のタブレットの画面にはこうあった。
――――――――――――――――――――
名称:無限のポーチ
特性:
・行動予知
交戦相手の先の動きを瞬時に読める
・収納ポケット777L
収納物はタブレットから参照可能
収納の際は物品の名前を呼ぶ
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転生前の特性は失われていなかった。
あの強力な行動予知能力と、777Lもの巨大ストレージを併せ持つ、使いやすそうなポーチを腰に巻いた。
「あ、なんか冒険者みたいでかっこいいかも……。えーと、では、空気よ、ポーチに入れ! わっ!?」
ポーチがひとりでに開き、掃除機のように辺りの空気を吸い込んだ。
それはまるでブラックホールだ。強烈な突風がポーチに向けて吹き込み、部屋中を舞い散らせた。
「ストップッ、ストップッ、もういいっ、張り切り過ぎだからっ!」
命じると止まった。777Lの超広々ストレージに期待して選んでみたものの、この吸引力は凶悪極まりない兵器そのものだった。
もしかしたら西遊記のひょうたんのように、人間すら収納できるのだろうか……?




