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・皇女ソーミャの祝福

「こんばんは」


「……えっ?」


 ところがそこに乱入者が現れた。同い年くらいの女の子が白いドレスの裾をたくし上げて、颯爽とした早足でこちらに突っ込んできた。


「素晴らしい月夜ですね」


 彼女は艶のある漆黒の髪をお尻の辺りまで伸ばしていた。見れば目を離せなくなるほどの、とても綺麗な女の子だった。

 それが口ケンカに割って入って月の話を始めるのだから、なかなかの大物だ。


「えっと……初めまして、こんばんは。アルヴェイク・イポスともうします」


「あ、これはわたくしとしたことが失礼を。私はソーミャ・ガラド・アザゼルともうします」


 ソーミャがそう名乗ると、成金紳士が悲鳴混じりに息を呑んだ。続いて彼は後ずさり、さらに後ずさり、俺たちの前から静かにフェードアウトしていった。


「不思議なものですね……」


「え、それはいったい何がでしょうか……?」


 ソーミャは成金紳士のことなど眼中にすらなかった。それどころか、さも当然と、遠巻きに見られているというのに距離をつめてきた。


「こうして貴方とわたくしめがここに立っていることが、不可解ともうしますか、感慨深いともうしますか、わたくし、今若干、ハッスルハッスルしております」


「ハ、ハッスル……?」


 お嬢様らしからぬ語彙に戸惑った。

 この特別な祝いの席で、子供ながらしてここに立っているという時点で、彼女はただ者ではない。


「あ、お礼を言っていませんでした! 先ほどはありがとうございます! おかげで助かりました!」


「……はい?」


 感謝の気持ちを伝えると、黒髪のお嬢様は首を傾げて目を丸くした。


「わたくし、何か感謝されるようなことを、いたしましたか?」


 子供なのに彼女はしっかりとしたしゃべり方をする。けれどお堅い感じはしない。丁寧語が彼女の自然体なのかもしれない。


「あの紳士にからまれていた俺を、助けようとしてくれたのでは、ないのですか……?」


「まあっ、それは存じ上げませんでした!」


「そ、そう……」


 つまり気付かずに俺の前に突っ込んできて、『こんばんは』『素晴らしい月夜ですね』と、彼女は素で語りかけたことになる。


 隣の大人を豪快にスルーしたところも、かなり個性的だと評価する他にない。

 一般論でもうし上げて、ソーミャ・ガラド・アザゼルは浮き世離れした少女だった。


 また個人的見解で申し上げると、彼女は清潔な雰囲気がちょっと素敵だったかもしれない。


「とにかく助けていただきありがとうございました」


「いえ、わたくしは貴方様をお見かけして、ただいてもたっていられず、言葉を投げかけただけにございます」


「それはそうですけど、助かった事実は変わりません、ありがとう」


 その辺りの話はどうでもいいのか、彼女は無感動だ。彼女は白くて小さな手で俺の背後を指さした。


「見れば湖にご執心のご様子。よろしければ、そこのベンチでお話でも」


「ぜひお付き合いするよ! 大人ばかりで居場所がなかったんです!」


 彼女は静かに微笑み、湖の前に置かれた白いベンチに腰掛けた。俺もその左隣に腰を落ち着かせた。


「もっと早く、貴方にお会いしたかったのですが」


「え……それは、どういうことですか? 俺のことを、ソーミャさんは知っているのですか……?」


「はい、会っていますよ、一度」


「もしかして君、帝国学院の生徒さん……?」


「いいえ」


 彼女はにじりと距離を数センチつめて、膝に置いていた俺の手の甲にその美しい手を重ねた。


「あ、あの……なぜ、俺の手を……?」


「わたくし、あの後叱られてしまいまして」


「え、あの、突然なんの話ですか……? 失礼ながら、主語をうかがっても……?」


「ああ、これはとんだ失礼を。わたくしとしたことが、再会の感動に、気持ちが高ぶってしまったようでして」


 と言いながら彼女はまたにじりと、男の子との距離をつめた。


「わたくし、あの後――神様に叱られてしまいまして」


「…………へっ?」


 隣の美少女に両手を取られた。

 夜空のように黒い髪、月のように白い肌をした素敵な女の子だったけど、やはりかなりの変わり者だった。


「貴方が転生したその後、神はこうおっしゃいました」


「んなっ?!」


 俺の転生に立ち会った人は1人だけだ。変わり者の天使に俺は転生させられた。

 この常人と感性がズレた捉え所のない性格。ズレた言葉のやり取り。あの時の天使にそっくりそのままだった。


「貴女はあの時の天使様……なのですか……?」


「まあ、気付いていただけるなんて光栄でございます」


「気付いたっていうか、気付かされたっていうか……。でも怒られたって、どういうことですか? もしかして俺、迷惑をかけてしまいましたか?」


 あの時もらった転生特典、いまだに上手く活用できていない。せっかくもらったのに使わないなんて、本人を前にすると申し訳なかった。


「いいえとんでもない! 神はこうおっしゃいました! 『チート能力の盛り方が全く足りていないっ、お前も転生して彼の後を追うのじゃ!』……と」


「…………はい?」


「これからわたくしは、貴方の能力を100倍にいたします。このたびはわたくしの至らなさのあまりに、ご迷惑をおかけいたしました」


「ひゃ……100、倍……? え……っ!?」


「拒否権はございません。では、少し儀式が恥ずかしいのですが、淡い喜び混じりに、失礼……」


 天使は身を乗り出して、少年の額に祝福の接吻をした。それから上手く聞き取れない魔法の言葉を唱えた。

 俺は歳の近い女の子にキスをされた。彼女の唇は小さくてやわらかかった。


「今夜の催しを終えたら、お好きな骨董を手に取ってみるとよいでしょう」


 驚きと興奮に真っ白になっていた頭を振り払った。


「それはあの赤いオーラのことですか?」


「はい。貴方の力【リィン・サイクル】は【魂を得た物品】を【転生】させる力です」


「転生……。つまり、別の物に変える力、ということですか?」


「はい。剣を盾に。盾をまな板に。まな板を最強の剣に変える力がそちらにございます」


「な、何、それ……?」


「因果なものですね、生前に貴方がしていた行為が、強大な力となって貴方を祝福するのですから」


 まな板を最強の剣にする力と言われても、どうもよくわからない。まな板が剣になるわけがない。


「必ずや古品は貴方の力となるでしょう。新たな人生に感謝して、貴方の助けとなるでしょう。……あら?」


 両手を取ったまま離してくれない彼女の視線を追うと、ベンチの端にベルナディオ皇太子殿下がいた。


「何をやっている、ソーミャ?」


「あら、お兄様……」


「えっっ!?」


 彼女は皇太子殿下を兄と呼んだ。

 その兄は否定せず、少し困った様子で手の早い妹と属国の王子を見る。


「わたくし、この方が気に入りました。王子様でなければ『買って』と父上におねだりをしていたでしょう」


「生憎、私は奴隷制には反対だ。今の過酷な属国経営にもな。奴隷に依存した大国の未来は暗い」


 なんて立派な皇太子様だろう。皇太子の立場で言っていい言葉かは、わからないけれど。


「ソーミャ、それは私の客人だ。母上のところに戻るがよい」


「少しくらい、ご自分のオモチャを妹に貸して下さってもよいではありませんか……」


「お前の目には、友人の息子をオモチャにする男に見えるのか、私が」


「ええ、いいご趣味だこと。ここに集う虚飾を喰らう豚どもに、属国の王子を寵愛するお姿を見せつけたいのでしょう?」


 重要な単語は声をひそめていたが、それは皇太子殿下を困らせ、焦らせるのに十分な発言だった。


「ソーミャが迷惑をかけた。去年の暮れから妙に頭が冴えるようになってな、母上も手を焼いている」


「ではアルヴェイグ様、またお会いいたしましょう。わたくし、貴方の、大ファンですので、騒動を期待しております」


 転生しても変わらない天使様は、翼でも付いていそうな軽い足取りで建物の方へと駆けていった。

 俺がその後ろ姿を見つめていると、皇太子殿下はソーミャ皇女が温めたベンチに腰掛けていた。


「虚飾を喰らう豚、か……。ああ、実は私もそう思っている。どんなに嫌おうと、私の人生とそいつらは、切っても切り離せない運命なのもな……」


「えっと……。少しくらいなら愚痴に付き合いますよ?」


「アリラテの王太子よ、これが我が帝国の現状だ……。土地と奴隷を持つ者は富み、物価は奴隷経済を中心に成り立ってしまっている……」


 愚痴というよりも難しい経済の話を聞かされた。

 奴隷を働かせて作られた商品に、一般の職人や農民は対抗することができない。そのせいで奴隷が増え、奴隷が増えるせいで経済がさらに悪化する。


 その負のループが際限なく帝国を蝕んでいると皇太子様は言う。


「その歳でこの話を理解できるとは、やはり賢いな」


「それは皇太子殿下の説明がわかりやすいからです」


「フ……世辞も上手い。さて、そろそろ君を母上に紹介しよう。君はこれからも社交界に身を置き、有力者との親交を結ぶといい。それが故郷の家族のためにもなる。それが、務めたくなかろうと我々の仕事だ……」


 ベルナディオ皇太子殿下はパーティの中心にアルヴェイグ王太子を引き連れて進んだ。そして皇太子殿下は驚く彼らにこう言ってくれた。


「この子は猛獣の子ではない。我がアザゼリアが盟友アリラテ国の誉れある王太子だ。血塗れのオラフが浴びた血は、我々がかぶるはずだった血だった。それを蔑むことは私が許さん」


 プワン皇后様にもまあまあ気に入られ、アルヴェイグ王子の後ろ盾に皇太子様がいると、場の者に周知されることにもなった。

 俺の社交界デビューは成功で終わった。

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