紅の館の目覚めざる竜 ~呪われた炎を背負うエルフと、四人の冒険者たち~
リリス・エルディナ(Lilith Eldina)
- 種族: エルフ
- 年齢: 125歳(エルフとしては若い成人)
- 職業: 放浪する魔法使い
- 性格: 冷静沈着だが皮肉屋。感情を表に出すのが苦手。
- 背景:
かつて故郷である森のエルフの村を火災で失い、それ以来一人で旅を続けている。火災の原因は自らの魔法の制御の失敗だったと信じており、罪悪感に苦しみながらも、同時に自分の力を恐れている。しかし彼女の魔法は他者を癒したり助けたりすることもでき、彼女がどこへ行っても人々の記憶に残る存在となる。最初は冷たい態度を取るが、信頼を得た相手には徐々に心を開く。
- 特徴的な武器/能力:
銀色の魔法の杖「カルミア」。彼女が感情を抑えきれなくなると、杖が光を放ち暴走する危険性がある。
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ガロン・ストームブレイカー(Garon Stormbreaker)
- 種族: ドワーフ
- 年齢: 68歳
- 職業: 元軍人、現在は鍛冶職人
- 性格: 正義感が強く、短気だが情に厚い。
- 背景:
かつてドワーフ軍の精鋭部隊に所属していたが、戦争で左腕を失い引退。故郷に戻り鍛冶職人として生計を立てている。しかし、心の奥では戦場を忘れられず、平和な生活に馴染めずにいる。そんな中、伝説の武器が眠るという噂を耳にし、それを守るべく旅に出ることを決意する。
- 特徴的な武器/能力:
「トールンハンマー」と呼ばれる雷を宿した大槌。戦場では圧倒的な力を発揮するが、使いすぎると自身にも反動が返ってくる。
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セリーヌ・フィオーレ(Céline Fiore)
- 種族: 人間
- 年齢: 19歳
- 職業: 盗賊
- 性格: 無邪気で好奇心旺盛だが、狡猾で計算高い。
- 背景:
幼い頃、戦災孤児となり盗賊団に拾われて育った少女。盗賊としての腕は天才的で、貴族の屋敷から重要な書類や宝物を盗み出すことを得意としている。しかし彼女の本当の目的は、失われた家族の手がかりを探すこと。そのため、盗賊団のリーダーである義父からも疑いの目を向けられている。
- 特徴的な武器/能力:
素早い動きと「シャドウスネイク」と呼ばれる短剣。特殊な薬草で刃を染め、眠らせる効果を持つ。
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アゼル・ファルカー(Azell Falkar)
- 種族: ドラゴンと人間の混血
- 年齢: 32歳
- 職業: 遺跡探検家・傭兵
- 性格: 自信家でカリスマ性があるが、過去に囚われている。
- 背景:
幼少期にドラゴンの血統を持つことを理由に迫害され、世界をさまよいながら生き延びてきた。成人後、自分の力のルーツを知るために古代の遺跡を探るようになり、そこで出会った仲間たちと行動を共にすることに。過去に何度か仲間を失っており、心の奥では「自分と一緒にいる者は不幸になる」と信じているが、実際は仲間思いで誰よりも他者を守ろうとする。
- 特徴的な武器/能力:
ドラゴンの血から生まれる火炎ブレスと、ドラゴンスケールで作られた盾「インフェルナス」。
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ミナ・オリヴァ(Mina Oliva)
- 種族: 獣人(猫族)
- 年齢: 21歳
- 職業: 旅芸人(踊り子)
- 性格: 陽気で楽観的だが、実は秘密主義。
- 背景:
華麗な踊りと歌声で各地を旅しては人々を魅了する猫族の踊り子。普段は明るく振る舞っているが、彼女の目標は行方不明となった故郷の同胞を探し出すこと。彼女は同胞が何者かに奴隷として売られた可能性があると考えており、その情報を探るため各地を渡り歩いている。
- 特徴的な武器/能力:
音楽と踊りを使って相手の感情を操る「魅了の舞」。緊急時には細身の短剣を使い、素早い攻撃を繰り出す。
第1章:泥濘と残り火
宿屋『朽ちたランタン』の扉を押し開けた瞬間、鼻をついたのは煮込み料理の香ばしい匂いと、安酒特有の酸っぱい臭気、そして濡れた犬のような体臭が混じり合った淀んだ空気だった。
「クソッ、やっぱりあの時、俺のハンマーが届く距離だったじゃねえか」
ドワーフのガロンが、泥と脂にまみれた大槌『トールンハンマー』を床板が軋むほどの重さで下ろす。彼の豊かな髭には、先ほど討伐した巨大ネズミの返り血が点々とこびりついていた。 エルフのリリスは、そんな彼を一瞥もしない。濡れたマントを優雅な動作で脱ぎながら、銀色の瞳で店主に向かって指を二本立てる。
「エールを二つ。それと、お湯を。……泥臭いのが一匹いるから」 「あぁ!? テメェ、誰が泥臭いだって?」 「事実を言ったまでよ。私の計算では、あなたが大振りの隙を晒してネズミに噛み砕かれるまで、あと二秒の猶予があった。あのタイミングで魔法を撃たなければ、今頃あなたの自慢の義手はスクラップになっていたわ」
「食べてからでいい。腹が減っては戦ができん」 アゼルが微かに笑うと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
運ばれてきた料理を前に、それぞれの「癖」が出た。 ミナは椅子の上で器用に胡座をかくと、濡れた髪を犬のようにブルブルと激しく振るった。
「きゃっ! ちょっと、ミナ!」 セリーヌが素早くメニュー表を盾にして防御する。「汚い水しぶきを飛ばさないでよ。私のスープが薄まるじゃない」 「えー、だって自然乾燥が一番なんだもん。ドライヤー魔法かけてよ、リリス」 「お断りよ。あなたの毛は燃えやすいから、加減を間違えると火達磨になるわ」 リリスはそう言い捨てながらも、杖の先で軽くミナの肩を小突き、瞬時に水分を蒸発させる生活魔法をかけてやった。 「わぁ、ふわふわ! ありがとリリス大好き!」
ミナがリリスに抱きついている横で、ガロンは行儀悪く義手の指先で瓶ビールを挟み、親指の金具で栓を『シュポンッ』と景気よく抜き飛ばした。 「へっ、これだからナマモノの体は不便だぜ。防水加工もされてねえとはな」 「あんたのその油臭い指で、パンに触らないでよね」 セリーヌが心底嫌そうに顔をしかめる。
そんな喧騒をよそに、アゼルだけは静かだった。彼は骨付きの巨大な肉塊を手に取ると、ナイフも使わず、骨ごと『ガリリ、ボリリ』と噛み砕き始めたのだ。 「……アゼル、音」 リリスが眉をひそめる。 「ん? カルシウムだ。無駄にするな」 アゼルは平然と骨を飲み込み、ジョッキを一息で干した。「それに、これから行く場所じゃ、優雅な食事なんざ望めない。食える時に、食えるもの全てを腹に詰め込んでおけ。それがドラゴンの流儀だ」
その言葉に、全員の手が少しだけ早まった。 和やかな食事風景の裏で、誰もが予感していたのだ。これが「最後の晩餐」になるかもしれないことを。
リリスの声は冷ややかで、鈴を転がすように美しいが、その言葉には剃刀のような切れ味がある。 ガロンの左腕――鋼鉄と魔導回路で構成された義手が、怒りに呼応するようにギチ、ギチと不穏な駆動音を立てた。
「はいはい、そこまで〜!」
一触即発の空気を裂くように、軽快なステップで二人の間に割って入ったのは、猫族のミナだ。彼女の猫耳がぴょこぴょこと動き、細い尻尾がガロンの肩をペシペシと叩く。 「ガロンも怒らないの。リリスも、言い過ぎ。せっかく稼いだお金で美味しいもの食べるんでしょ? ほら、見てこれ!」
ミナが革袋を逆さにすると、テーブルの上にチャリチャリと硬貨がこぼれ落ちた。さらに、ひときわ目を引く大粒の宝石が一つ、ランプの光を受けて妖しく輝く。
「……おい、ミナ」 一番最後に入ってきたアゼルが、呆れたように低い声を漏らした。ドラゴンの血を引く彼は、店内の低い梁に頭をぶつけないよう、少し背を丸めている。「その宝石、依頼主の報酬に含まれていたか?」
「あら、これは『特別手当』よ」 ミナが悪戯っぽくウインクする。「あの貴族、私の踊りを見ながらお尻を触ろうとしたから、教育的指導として頂いてきたの。慰謝料ってやつ?」
「盗んだのね」 盗賊のセリーヌが、濡れた金髪をタオルで拭きながらテーブルについた。彼女はミナの手元から素早く宝石を奪い取ると、片眼鏡を取り出して鑑定を始める。その手つきは、完全にプロのそれだった。 「……本物のルビーじゃないわね。魔力を帯びた合成石。でも、細工は見事だわ。台座の裏に何か刻印がある。『T』……いや、紋章かしら?」
「売れそうか?」アゼルが椅子を引き、重たい腰を下ろす。 「さあね。でも、ただの換金アイテムじゃなさそう」セリーヌはルビーを指で弾き、空中でキャッチした。「妙な魔力を感じるもの。ねえリリス、わかる?」
リリスは運ばれてきたエールのジョッキを手に取り、興味なさそうに宝石を一瞥した。だが、次の瞬間、彼女の表情から僅かに色が失われる。 「……その石、近づけないで」 「あら、どうしたの? 魔力酔い?」 「違う。……臭うのよ。数百年前のカビと、乾いた血の匂いがする」
リリスの言葉に、場が静まり返った。彼女が「匂い」と言う時、それは物理的な嗅覚ではなく、魔力の質のことを指す。そして彼女が顔をしかめる時の予感は、大抵ろくな結果にならないことを、全員が経験として知っていた。
その時だ。 宿の外で雷鳴が轟き、窓ガラスが激しく震えた。 同時に、宿の扉が開くこともなく――スウッ、と一枚の黒い封筒が、入り口の隙間から床へ滑り込んできた。
風に煽られたわけではない。まるで、意志を持った蛇のように、的確にアゼルの足元へ滑ってきたのだ。
「……客か?」 ガロンが義手の指を鳴らし、トールンハンマーの柄に手を伸ばす。 アゼルは鋭い視線で入り口を見据えたが、そこには誰もいない。ただ、激しく降る雨の音が聞こえるだけだ。彼は無言で封筒を拾い上げた。
封筒は濡れていなかった。外は豪雨だというのに。 そして、封蝋にはセリーヌが持つルビーと同じ、奇妙な紋章が刻まれていた。
「『ターヴェルの赤い館に注意せよ。そこには目覚めてはならない者がいる』」
アゼルが低い声で読み上げると、リリスが持っていたジョッキの水面が微かに波打った。彼女の杖『カルミア』が、持ち主の動揺を拾って淡く明滅している。 「ターヴェル……。古い地名ね。今はもう地図にも載っていない、東の崖の上」
「赤い館って、あの呪われた屋敷のことか?」 ガロンが顔をしかめる。「昔、あそこで何かの儀式失敗して、領主一家が全員行方不明になったって噂だぞ。軍にいた頃、あそこには近づくなと厳命されてた」
「面白いわね」 セリーヌがニヤリと笑い、手の中のルビーを弄ぶ。「この石が『鍵』で、この手紙が『招待状』ってわけ? あのケチな貴族、こんな厄ネタを隠し持ってたなんて」
「返しに行く? それとも……」ミナが不安そうに尻尾を丸める。 「罠に決まってる」リリスが断言した。「その手紙自体から、誘引の魔術を感じるわ。私たちをおびき寄せるための餌よ」
アゼルは封筒をテーブルに置き、仲間たちの顔を見渡した。 怯えるミナ。計算高いが好奇心を隠せないセリーヌ。嫌な予感に強張るリリス。そして、武者震いをするように拳を握りしめるガロン。
彼は知っていた。このパーティは、危険だと言われれば言われるほど、その火の中に飛び込まずにはいられない性分だということを。そして何より、彼ら自身の「過去」が、平穏な生活を許していないことも。
「罠だと分かっていて飛び込むのが、俺たちの仕事だ」 アゼルは短く言い放ち、ドラゴンの革で作られた盾『インフェルナス』を引き寄せた。「それに、この『目覚めてはならない者』とやら……放っておけば、いずれ街道まで降りてくる気がする」
「……あーあ、言っちゃった」 セリーヌが大げさに肩をすくめる。「じゃあ、宿代は浮かせられそうね。今夜出発するんでしょ?」
「今からかよ!?」ガロンが目を丸くする。「俺のスープがまだ来てねえぞ!」 「食べてからでいい。腹が減っては戦ができん」 アゼルが微かに笑うと、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
だが、リリスだけは窓の外、漆黒の闇に沈む東の空を見つめ続けていた。 (あの微かな魔力の揺らぎ……私の知っている『炎』に似ている気がする。まさか、ね) 彼女はそっと自分の左手を握りしめた。そこには、かつて故郷を焼き尽くした時の熱さが、幻痛となって今も残っている。
雨は、夜明けまで止みそうになかった。
第2章:霧の街道と亡霊たち
宿場街の灯りが背後の闇に飲まれて消えると、世界は泥と雨、そしてまとわりつくような濃霧だけに支配された。
街道とは名ばかりの、ぬかるんだ獣道だ。 一歩踏み出すたびに、ブーツが泥に吸い込まれる湿った音が響く。頭上を覆う枯れ木は、まるで断末魔の姿勢で固まった骸骨のように枝を伸ばし、冷たい雨の雫を旅人たちの首筋へと垂らした。
「……クソッ、湿気が酷すぎる。これじゃあ関節が錆びちまう」
ドワーフのガロンが、不機嫌な唸り声を上げた。 彼が左腕を振るたびに、義手の内部からギュイ、ギュイと、油切れの歯車が擦れ合うような不穏な音が漏れる。それは生き物の関節音ではない。明らかに人工的で、無骨な鋼鉄が悲鳴を上げている音だった。 彼は腰のポーチから油差しを取り出すと、歩きながら慣れた手つきで義手の隙間へとノズルを差し込む。プシュッ、と黒い粘液が注入され、駆動音が滑らかな低音へと変わった。
「あんたのその腕、本当に手がかかるわね」 盗賊のセリーヌが、フードを目深にかぶりながら呆れ混じりに言った。「私の愛人にするなら、もっとメンテナンスが楽な男がいいわ」 「はんっ、俺の左腕(相棒)の機嫌を取れるのは俺だけだ。それに、この重量と硬さはそこらのナマクラ刀じゃ代用できねえ」 ガロンは義手の指――五本の太い鋼鉄の爪をカシャカシャと動かし、満足げに鼻を鳴らす。「こいつは繊細なんだよ。魔導回路なんざ組み込んでねえ、純粋なバネと油圧と歯車の芸術品だ」
「はいはい、男のロマンってやつね」 興味なさそうに会話を打ち切ると、セリーヌは視線を前方へ戻した。 先頭を歩くアゼルは、雨など気にも留めていない様子だ。彼の皮膚の一部、首筋や手の甲にはドラゴンの鱗が浮き出ており、打ち付ける雨粒を弾いて蒸発させている。彼の周囲だけ温度が高いのだ。
最後尾を歩くエルフのリリスだけが、無言だった。 彼女の顔色は、降りしきる雨よりも青白い。
(……息が、苦しい)
リリスの視界は、現実の風景と過去の記憶が二重写しになっていた。 白い霧が、彼女の目には「煙」に見えるのだ。 湿った土の匂いが、鼻腔の奥で「焦げた肉」の臭いに摩り替わる。
『熱い、熱いよリリス……!』 『どうして、こんなことを……!』
耳元で幻聴が囁く。妹の声。母の叫び。そして、木造の家屋が爆ぜて崩れ落ちる轟音。 百年前のあの日、彼女の未熟な精神が暴走させた炎魔法は、村一つをまたたく間に地獄へと変えた。
「っ、うぅ……」 リリスは立ち止まり、激しく咳き込んだ。 自分の手を見る。美しい白磁のような肌。だが、彼女の網膜には、その手が炭化して黒く焼け焦げ、指先からボロボロと灰になって崩れ落ちていく映像が焼き付いていた。
「あーあ、また始まった」 セリーヌが足を止め、冷ややかだがどこか心配そうな視線を投げる。「リリス、深呼吸しなさい。ここは森じゃない。ただの湿っぽい田舎道よ」
「……わかってる、わかってるわよ……」 リリスは震える手で杖『カルミア』を握りしめた。だが、指先の感覚がない。まるで他人の手を借りているような不快感。 彼女にとって魔法とは、奇跡の力ではない。呪いそのものだった。使えば誰かを傷つけ、使わなければ無力感に苛まれる。その矛盾が、彼女の精神を内側から蝕んでいた。
「おい、長耳」 不意に、ガロンの無骨な影がリリスを覆った。 彼が差し出したのは、無骨な鉄の水筒だった。 「飲め。強い酒だ。脳みそが焼ければ、幻覚も消える」
「……ドワーフの気付け薬なんて、毒と同じよ」 「毒を盛らなきゃ治らねえ病気もある。ほらよ」
ガロンは強引に水筒を押し付けると、その重たい義手をリリスの肩に乗せた。 ズシリ、と沈み込むような質量。人間の腕とは違う、冷たくて硬い金属の感触。 だが、その「無機質な冷たさ」が、逆説的にリリスを安心させた。燃えることのない鉄。痛みを感じない鋼。それが、今の彼女には救いだった。
「……ありがと」 リリスが一口だけ酒を煽り、顔をしかめたその時だった。
ゾワリ。 肌を撫でる風の質が変わった。 霧が、意思を持った生き物のように渦を巻き始めたのだ。
「……来るぞ」 アゼルが足を止め、低く唸った。その声は人間の警戒音というより、縄張りを荒らされた猛獣のそれに近かった。 「風下からだ。数は……多い」
霧の奥から、ジャリ……ジャリ……と、金属が擦れる音が近づいてくる。 一つ、また一つと現れたのは、朽ち果てた甲冑の群れだった。中身の肉体はとうに失われ、ただ空洞の鎧の中に怨念の紫煙を宿した『動く甲冑』たち。 だが、通常の魔物とは違う。その鎧は赤黒い錆に覆われ、まるで血の海から這い上がってきたような禍々しさを放っていた。
「へえ、お出迎えってわけ?」 ミナが短剣を抜き、素早くアゼルの背後へ隠れる。「ねえ、あいつら何か変よ。動きが統率されすぎてる」
「元は館の衛兵か、あるいは侵入者の成れの果てか……」 アゼルが前に進み出る。彼は武器を構えない。ただ、だらりと両手を下げたまま、無防備に敵の群れへと歩み寄った。
先頭の甲冑が、錆びついたグレートソードを振り上げる。 人間なら両手で扱う大剣を、軽々と片手で。その一撃は、岩をも砕く勢いでアゼルの頭蓋へと振り下ろされた。
ガギィンッ!!
甲高い金属音が、霧の森に響き渡る。 リリスは息を飲んだ。アゼルが避けていないからではない。 彼が、それを**「首で受け止めた」**からだ。
ドラゴンの鱗に覆われた彼の首筋に、刃が食い込むどころか、逆に大剣の刃がひしゃげて欠けている。 「……軽いな」 アゼルは退屈そうに呟くと、刃が当たっている首を傾げ、そのまま無理やり剣を押し返した。ミシミシと音を立てて鋼鉄の剣が曲がっていく。 魔法による防御結界ではない。純粋な『生物としての硬度』が、鉄を凌駕しているのだ。
「邪魔だ」 アゼルが左腕を振るう。 それは武術の裏拳などという洗練されたものではなかった。丸太のような腕を、ただ暴力的な速度で叩きつけただけだ。 だが、その質量とドラゴンの怪力が合わさった時、それは攻城兵器の一撃となる。
ドグシャァッ!
大剣ごと、甲冑の上半身が粉砕された。 鎧が弾け飛ぶのではない。文字通り、鉄屑のようにクシャクシャに潰れ、中身の怨念ごと霧散する。 「次はどいつだ? 俺の鱗を傷つけられる奴はいないのか」 アゼルの全身から立ち上る熱気が、周囲の雨を蒸気に変え、白い湯気を纏わせる。その姿は、人の皮を被った怪獣そのものだった。
「おいおい、全部持っていく気かよリーダー!」
背後から、蒸気機関車の暴走音のような音が迫った。 ガロンだ。 彼は大槌『トールンハンマー』を地面に引きずりながら突進していた。 その左腕の肘部分にある排気口が開き、圧縮された蒸気がシュゴオオオッ!と激しく噴き出す。
「食らいなッ! 重打・パイルバンカー!」
ガロンが踏み込むと同時に、義手の内部ピストンが炸裂した。 振り抜かれたハンマーが、二体目の甲冑の胴体を捉える。 魔法的な雷撃や爆発ではない。 鉄塊の重量と、油圧シリンダーによる加速、そしてドワーフの筋力が生み出す、純粋なる運動エネルギーの塊。
ズドンッ!!
重低音が腹に響く。 殴られた甲冑は、弾き飛ばされることすら許されなかった。衝撃の逃げ場を失い、その場で「くの字」に折れ曲がると、背面の鎧を突き破って衝撃波が貫通したのだ。 バラバラになった鉄片が、散弾銃のように後方の敵を薙ぎ倒す。
「ハッハァ! やっぱり油を差したばかりは調子が良いぜ!」 ガロンは飛び散る油と泥を顔に浴びながら、狂暴な笑みを浮かべた。戦場の血なまぐささと、機械油の匂い。それが彼の生きる場所だった。
一方、リリスは戦場の端で立ち尽くしていた。 アゼルとガロンが前線を支えている間に、援護射撃をするのが彼女の役割だ。だが、杖を握る手が震えて止まらない。
(炎はダメ。使えば、また制御できなくなる……) (でも、風や氷の魔法じゃ、あの鎧を貫通できない……!)
迷いの隙をついて、一体の甲冑が霧の中からリリスへと忍び寄っていた。 錆びた槍の穂先が、彼女の喉元へと突き出される。
「リリスッ!」 ミナの叫び声。
リリスは反射的に杖を掲げたが、防壁魔法の詠唱が間に合わない。 死のイメージが脳裏をよぎる。しかし、その死は「焼かれる痛み」ではなく、冷たい鉄の感触だった。それが皮肉にも、彼女を一瞬だけ冷静にさせた。
――ガァンッ!
槍が弾かれた。 リリスの目の前に、ミナが割り込んでいた。彼女の持つ短剣が、絶妙な角度で槍を受け流している。 「ボーッとしてないで! 焼き払えなくてもいい、転ばせるだけでいいの!」
ミナの言葉に、リリスは唇を噛んだ。 そうだ、殺す必要はない。私がやらなければならないのは、殲滅ではなく勝利への布石。 「……舐めないで!」
リリスは恐怖を怒りで塗りつぶし、杖を地面に突き立てた。 「大地の戒めよ、彼らを縛れ! 『茨の拘束』!」
彼女が選んだのは、攻撃魔法ではなく拘束魔法だった。 地面から石の茨が隆起し、群がる甲冑たちの足を絡め取る。炎のような破壊力はない。だが、その緻密なコントロールこそが、彼女がエルフの賢者と呼ばれる所以だった。
「上出来だ!」 動きの止まった敵を見て、アゼルが大きく息を吸い込んだ。 彼の胸郭が限界まで膨張する。体内の熱炉が臨界点を超え、喉の奥が赤熱した。
「消え失せろ」
ゴオオオオオオオッ!!
解き放たれたのは、魔法陣も詠唱も必要としない、純粋なドラゴンの火炎。 数千度の熱線が、茨に絡め取られた甲冑たちを飲み込んだ。 断末魔を上げる暇もない。鎧は飴細工のように溶け落ち、霧そのものさえも蒸発させていく。
圧倒的な熱量。 リリスはその光景を、呆然と見つめていた。 彼女が恐れ、忌避し続けている炎。それをアゼルは、己の肉体の一部として完全に支配し、行使している。その姿は恐ろしくもあり、同時に残酷なほどに美しかった。
(……私には、一生できない)
炎が消えた後には、赤熱した地面と、溶けた鉄の塊だけが残されていた。 雨がジュウジュウと音を立てて蒸発し、再び白い霧となってあたりを包み込む。
「……片付いたか」 ガロンが義手の排熱弁を開き、最後の蒸気を吐き出した。 「だが、こいつらただの野良魔物じゃねえな。明らかに『誰か』の命令で動いてやがった」
「ええ」セリーヌが溶けた鎧の一部をつつきながら頷く。「館の主人は、随分と用心深いみたいね」
霧が風に流され、前方の視界が少しだけ開けた。 そこに現れたのは、崖の上に聳え立つ巨大な洋館だった。 『ターヴェルの赤い館』。 その異名の通り、壁の煉瓦は血を吸ったように赤黒く、窓のない威容は巨大な墓標のようにも見えた。
「着いたわね」 リリスは乾いた喉で呟いた。 館からは、先ほどの甲冑たちとは比べ物にならないほど濃密な、淀んだ魔力の気配が漂っている。 そこには、彼女が探している答えがあるのか。それとも、さらなる絶望が待っているのか。
アゼルが黙って歩き出す。 ガロンがハンマーを担ぎ直す。 四人の背中は、もはや引き返すことを許さない闇の中へと消えていった。
第3章:赤き館の回廊
重厚なオーク材の扉が、軋んだ音ひとつ立てずに開いた。 一行が足を踏み入れたエントランスホールは、外見の荒廃ぶりとはあまりにかけ離れていた。
「……趣味が悪いな」 アゼルが鼻を鳴らし、土足で深紅の絨毯を踏みつける。 そこは、まるで昨日まで貴族の舞踏会が開かれていたかのように整っていた。埃ひとつないシャンデリア、磨き上げられた大理石の床、そして壁一面に飾られた無数の肖像画。 だが、漂う空気は死人のように冷たく、鼻をつくのは古い香水とホルマリンが混ざったような、甘ったるい腐臭だった。
「ねえ、見て」 セリーヌが壁の肖像画を指差す。「こいつら全員、目が描かれてないわ」 彼女の言う通り、壁に並ぶ歴代当主と思しき人物画は、眼球の部分だけが黒く塗りつぶされていた。まるで、こちらの存在を見ないように、あるいは「見てはいけないもの」を見ないようにしているかのように。
「おい、セリーヌ。金目のもんはありそうか?」 ガロンが警戒しつつも、盗賊に尋ねる。 「さあね。調度品は一流だけど……全部『呪い付き』に見えるわ。古物商に持ち込んだら、店ごと祟られる類いのね」
その時、リリスが小さく悲鳴を上げた。 「……動いた」 「あ?」 「今、あの絵が……こっちを見たの」
リリスが指差した婦人の肖像画。その黒く塗りつぶされた目の下から、ツーッと赤い液体が流れ落ちた。 それは絵の具ではない。鉄錆の臭いがする、鮮血だった。
ジャンッ!
突如、ホールの奥にある螺旋階段の上から、ピアノの不協和音が響き渡った。 それを合図にしたかのように、館全体がガタガタと震え始める。地震ではない。建物そのものが、異物を排出しようと蠕動しているのだ。
「歓迎会のお出ましだ!」 ガロンが即座に反応した。 彼が義手のロックを解除する音と同時に、左右の壁から「それ」は現れた。 壁紙を突き破り、無数に伸びてきたのは、白い石膏のような腕。館と一体化した亡者たちの腕だ。
「ギャアアアッ!」 耳障りな叫び声と共に、石膏の腕がミナの足首を掴もうとする。 「きゃっ! 気持ち悪い!」 ミナは猫のような身軽さでバックステップを踏み、掴みかかってきた腕を短剣で斬りつける。だが、硬い石膏の感触に刃が弾かれる。「硬っ! これじゃ斬れない!」
「どけッ!」 割り込んだのはガロンだ。 彼の義手から、プシューッという排気音が漏れる。 「邪魔な壁なら、壊せばいい!」
ズドォォンッ!!
ガロンは敵ではなく、腕が生えてきた「壁そのもの」にハンマーを叩きつけた。 義手のピストンが最大出力で壁面を殴打する。物理的な破壊力が魔術的な拘束を上回った瞬間だ。煉瓦が砕け散り、壁の中に埋まっていた「本体」――干からびた死体たちが、石膏の破片と共にボロボロとこぼれ落ちる。 「へっ、やっぱり中身はスカスカだぜ!」
だが、敵は壁だけではなかった。 頭上のシャンデリアが音もなく落下し、セリーヌを狙う。 「っと、危ない!」 セリーヌは床を転がって回避するが、砕けたガラス片が散弾のように飛び散り、彼女の頬を浅く切り裂いた。 「顔に傷がついたら、請求書に上乗せするわよ!」
「騒がしいな……」 混沌とする戦場の中、アゼルだけが静かだった。 彼の眼前に、巨大な甲冑の飾りが動き出し、ハルバードを振り下ろしてくる。 アゼルは避けない。ドラゴンの鱗に覆われた左腕をかざし、振り下ろされた刃を真正面から受け止めた。
ガキンッ!
鋼鉄の刃が、アゼルの腕に当たって砕け散る。 「この程度か」 アゼルは興味なさそうに、武器を失った甲冑の胸倉――金属の板を鷲掴みにした。 ミシミシ、と甲冑が悲鳴を上げる。握力だけで分厚い鋼鉄が飴のように歪んでいく。
「燃えろ」
短い言葉と共に、アゼルの掌から爆発的な熱が伝播した。 ブレスではない。『接触発火』だ。ドラゴンの体温を局所的に高め、触れたものを溶解させる。 甲冑は内側から赤熱し、ドロドロに溶けた鉄塊となって床に崩れ落ちた。
「ひっ……!」 その光景を見たリリスが、息を飲む。 溶けた鉄が床を焦がす臭い。立ち上る黒煙。 それが彼女のトラウマを刺激する。視界が揺らぎ、呼吸が浅くなる。 (煙……火……熱い……)
「リリス! 後ろ!」 ミナの叫び声。 リリスの背後、床の絨毯が蛇のように鎌首をもたげ、呆然と立ち尽くす彼女を飲み込もうとしていた。
「――させねえよッ!」 横合いから飛び込んだ鉄塊が、絨毯を床ごと粉砕した。 ガロンだ。 彼は義手の排熱で熱くなった金属の爪で、絨毯を引き裂き、リリスの前に立ちはだかる。 「おい長耳! ボサッとしてると黒焦げになるぞ!」
「っ……!」 「黒焦げ」という言葉にリリスは過剰に反応したが、目の前にあるのは炎ではない。ガロンの頼もしい、油と鉄の匂いがする背中だった。 「ご、ごめんなさい……!」
「謝る暇があったら、道を作れ! このままじゃジリ貧だ!」 ガロンの言う通り、壊しても壊しても、館自体が再生するように次々と新たな腕や家具が襲ってくる。
アゼルが周囲を睨みつけた。 「……チッ。キリがないな。この館全体が、一つの消化器官みたいだ」 彼は大きく息を吸い込み、喉を赤熱させる。本気でブレスを吐けば、このホールごと敵を焼き払える。 だが、それをすれば―― アゼルの視線が、震えるリリスを一瞬だけ捉えた。 「……おい、盗賊。出口はどこだ」 アゼルは熱を飲み込み、セリーヌに問う。
「正面の階段は囮よ! 魔力の流れが渦巻いてる!」 セリーヌが片眼鏡を押さえながら叫ぶ。「本命は地下! あそこの暖炉の裏に隠し通路があるわ!」
「よし、強行突破だ!」 ガロンが吼える。「アゼル、先頭を頼む! 俺が殿で瓦礫を積み上げて追手を塞ぐ!」
「承知した」 アゼルが獣のような咆哮を上げ、暖炉へと突進する。 彼の体当たりは、もはや攻城兵器だった。 ドガァァンッ!! 石造りの暖炉が粉々に砕け散り、その奥から冷たく湿った空気が吹き出してくる。
「走れッ!」 ミナがリリスの手を引き、暗闇へと飛び込む。 セリーヌ、アゼルが続き、最後にガロンが暖炉の入り口枠をハンマーで殴打して崩落させた。
ズズズ……ンッ。 瓦礫が通路を塞ぎ、エントランスホールの喧騒が遠のいていく。
静寂が戻った。 そこは、石造りの冷たい地下通路だった。 明かりはない。アゼルの身体から発せられる微かな熱と、リリスの杖の青白い光だけが頼りだ。
「……はぁ、はぁ。とりあえず、撒いたかしら」 ミナが座り込み、乱れた息を整える。
「油断するな」 アゼルが低い声で警告した。「ここから先が、本番だ」
通路の奥。 そこには、これまでとは質の違う、濃密で粘り気のある闇が広がっていた。 そして、その闇の奥から、チロチロと何かが蠢く音が聞こえる。
「リリス」 不意に、ガロンが声をかけた。 彼は懐から布を取り出し、油で汚れた自分の義手を拭っている。 「さっきの絨毯、お前の火なら一発だったはずだ。……まだ、ビビってんのか?」
リリスは唇を噛み締め、俯いた。「……私の火は、敵だけを焼けない。あなたたちも巻き込むわ」 「俺は燃えねえって言ったろ」 「そういう問題じゃないの!」
リリスが叫んだ瞬間、彼女の脳裏で、封じ込めていた記憶の蓋が弾け飛んだ。
――あの日も、今日のように肌寒い夜だった。 村を襲った野盗たち。怯える母と妹。リリスはただ、守りたかっただけだった。 指先に灯した小さな火。それが、私を守ってくれる温かな光に見えた。
『燃えろ、燃えろ』
頭の中で甘い声が囁いた。魔力が血管を駆け巡る感覚は、どんな極上の酒よりも彼女を酔わせた。 気がつけば、彼女は指揮者のように両手を振っていた。 目の前で踊る紅蓮の炎。逃げ惑う人々の叫び声さえ、薪が爆ぜる愉快な音楽のように聞こえた。
『あは、あはははは! 見て、きれい! 悪い人たちが消えていくよ!』
幼い自分は笑っていた。無邪気に、残酷に。 炎が野盗を飲み込み、そして風に煽られて実家へと燃え移るその瞬間まで、彼女は恍惚の表情で笑い続けていたのだ。 母が焼ける臭いを、「美味しそう」だと錯覚してしまうほどに、魔力に脳を焼かれていた。
――ハッ、とリリスは現実に戻る。 自分の手が小刻みに震えている。吐き気が込み上げてくる。
「一度火を点けたら、私は止まれない……」 リリスは自分自身を抱きしめるように体を丸めた。 「あの時のように、全部灰にするまで……私は笑いながら燃やし続けるのよ。自分が何をしているかも分からずに! それが……それが怖いの!」
彼女の告白に、沈黙が落ちた。 彼女が恐れているのは火そのものではなく、火を使うことで露呈する「自分の中の無垢な怪物」だったのだ。
「……なら、俺が止める」 アゼルが背を向けたまま、淡々と言った。 「お前が暴走したら、俺がその首をへし折ってでも気絶させてやる。だから安心して撃て」
「……何それ、全然安心できないんだけど」 リリスは呆れたように言い返したが、その声には少しだけ力が戻っていた。ドラゴンの混血である彼なら、本当にやってのけるだろうという信頼。それが、彼女の肩の荷を少しだけ軽くした。
リリスは大きく息を吐き出し、乱れた前髪をかき上げた。震えていた指先は、もう強く杖を握りしめている。
「よし、休憩終わりだ」 セリーヌが立ち上がり、通路の先を指差す。
「この先に扉があるわ。鍵穴は……ない。けど、妙な窪みがある」
一行がたどり着いたのは、巨大な鉄の扉の前だった。 そこには、六角形の窪みが刻まれている。 セリーヌが懐から、あの「ルビー」を取り出した。
「やっぱりね。これが鍵だわ」 彼女がルビーを窪みにはめ込もうとした、その時。
ゴゴゴゴゴ……
地面が揺れた。いや、床が「抜けた」のだ。 「なっ!?」
セリーヌの足元が消失する。落とし穴ではない。空間転移の魔法陣が、彼女の足元に発動していたのだ。 「セリーヌ!」 一番近くにいたガロンが手を伸ばす。 その巨大な金属の手が、セリーヌの細い腕を掴んだ。 「離すなよ!」
だが、魔法陣の光はガロンまでも包み込んだ。 「チッ、道連れかよ!」 ガロンは舌打ちをし、とっさにリリスたちの方へ叫んだ。 「俺たちは先に行く! アゼル、リリスを頼んだぞ!」
シュンッ! 空気を切り裂く音と共に、ガロンとセリーヌの姿がかき消えた。
残されたのは、アゼルとリリス、そしてミナの三人だけ。 鉄の扉は、まだ閉ざされたままだ。
「……分断されたか」 アゼルは舌打ちをし、扉を睨みつけた。「姑息な真似を」
「ど、どうしよう……」 ミナが不安げに尻尾を丸める。「ガロンとセリーヌ、大丈夫かな?」
「あの石頭のドワーフと、狡賢い盗賊だ。地獄に落ちても悪魔と取引して帰ってくるだろう」 アゼルはリリスの方を向いた。 「それより問題はこっちだ。……リリス、覚悟を決めろ。この扉の先、明らかに『熱い』ぞ」
アゼルの言う通り、鉄の扉の隙間からは、熱風と共に焦げ臭い匂いが漏れ出していた。 リリスの顔が強張る。 彼女の最も苦手とする戦場が、この先に待っている。
第4章:地下に眠る罪
1. 廃棄場の鉄屑と宝石
視界が反転する浮遊感のあと、二人の体は硬い何かに叩きつけられた。
「ぐっ……!」 ガロンが呻き声を上げ、身を起こす。 背中を強打したが、ドワーフの頑強な肉体と背負ったハンマーがクッションになり、骨折はないようだ。 「……おい、生きてるか盗賊」
「最悪よ」 隣でセリーヌが、何かヌルヌルした液体を払いながら立ち上がる。「ドレスが台無しだわ。ここ、どこよ?」
ガロンが義手の肩口にあるスイッチを入れると、『カチリ』という音と共に小型のサーチライトが点灯した。 照らし出されたのは、石積みの井戸の底のような、円形の狭い空間だった。だが、足元にあるのは石畳ではない。 山のように積み上げられた、大量の「骨」だ。 動物の骨、人の骨、そして歪な形をした魔物の骨。それらが汚泥と腐敗液にまみれ、地層を作っている。
「……『ゴミ捨て場』ね」 セリーヌがハンカチで鼻を押さえる。「館の主人は、実験の失敗作をここに捨てていたみたい」
「出口は……遥か頭上か」 ガロンがライトを上に向ける。天井には鉄格子がはまっており、そこまでの高さは20メートルはある。登るのは不可能だ。 「ハッ、罠にしては単純だが、効果的だぜ。餓死するまで骨と仲良くダンスしてろってか」
ガロンが忌々しげに骨の山を蹴飛ばした、その時だ。 ズズズ……と、足元の骨山が揺れた。
「ガロン、動かないで」 セリーヌの声が鋭くなる。「何かが、いる」
骨の隙間から、ブヨブヨとした赤黒い粘液が滲み出してきた。それは互いに集まり、骨を取り込みながら一つの巨大な不定形生物へと形を変えていく。 だが、通常のスライムではない。無数の頭蓋骨や折れた剣を体内に取り込み、それらを「牙」や「装甲」として利用している『骸骨捕食者』だ。
「グルルル……」 不定形の身体から、空気が漏れるような不快な音が響く。
「おいおい、ゴミ捨て場の番犬ってわけか?」 ガロンが『トールンハンマー』を構える。 だが、足場が悪い。骨が崩れて踏ん張りが効かない上、相手は打撃を吸収する軟体生物だ。
「物理攻撃は相性が悪いわよ!」セリーヌが警告する。「核を潰さないと再生するわ!」 「知ったことかよ!」
ガロンは義手の出力を最大にした。 ウィィィィィン……! タービンが回転する高周波音が、狭い井戸の底に反響する。
「いいか盗賊、よく見てろ。ドワーフの鍛冶師に『斬れないもの』はあっても、『壊せないもの』はねえんだよ!」
ガロンが跳躍した。 同時に、敵の身体から骨の槍が突き出される。 ガロンはそれを回避しない。空中で義手の掌底を突き出し、骨の槍を正面から受け止めた。
ガギィッ!
火花が散る。だが、ガロンの義手は傷つかない。 「捕まえたぜ」 ガロンの鉄の指が、敵の触手を万力のように握り潰す。 「吹き飛べッ! 『爆砕機構』!!」
義手の肘に内蔵された撃鉄が落ちる。 掌の中央から、指向性の衝撃波と爆炎がゼロ距離で叩き込まれた。 軟体生物といえど、内部からの爆発的膨張には耐えられない。
ドパンッ!!
敵の半身が弾け飛び、粘液と骨片が雨のように降り注ぐ。 その中から、キラリと光る赤い球体――魔力の核が露わになった。
「今よ、セリーヌ!」 「任せて!」
セリーヌの影が走る。 彼女はガロンの肩を踏み台にして宙を舞うと、短剣『シャドウスネイク』を一閃させた。 キンッ、という澄んだ音と共に核が両断される。
再生を失ったスライムは、ただの泥水となって崩れ落ちた。
「……ふぅ。やるじゃない、鉄屑さん」 セリーヌが着地し、汚れたドレスを払う。 「お互い様な。それより、当たりだぞ」
ガロンが指差したのは、スライムが崩れた跡から現れた、横穴だった。排水口か、あるいは死体運搬用の通路か。どちらにせよ、この部屋からは出られる。
「行きましょう。アゼルたちが心配だわ」 「へっ、あのトカゲ野郎なら心配無用だろ。問題はリリスだ」 ガロンは義手の油汚れを拭いながら、真剣な目で言った。 「あいつ、まだ『自分の火』を恐れてやがる。……道具ってのはな、使い手がビビってちゃあ、本来の性能を出せねえんだよ」
2. 灼熱の扉と凍てつく心
一方、地下通路に残されたアゼルたちは、別の「壁」に直面していた。
「……鍵がない」 ミナが扉の前で狼狽する。「セリーヌが持ったまま行っちゃった!」
目の前の鉄扉は、閉ざされたままだ。 アゼルは溜息をつくと、ドラゴンの鱗に覆われた手を扉に押し当てた。 ジュッ、と皮が焼ける音がする。それほどまでに、扉自体が高熱を帯びているのだ。
「鍵など必要ない」 アゼルの腕に血管が浮き上がり、鱗が赤く発光し始める。 「開かないなら、溶かせばいい」
彼の掌から放たれる超高熱が、鉄の扉を急速に赤熱させていく。 本来なら溶解魔法を使う場面だが、彼は自らの体温操作だけで物理的に鉄の融点を超えようとしていた。 鉄が飴のように歪み、蝶番が溶解してドロリと垂れる。
ガコンッ! 重たい扉が、自重に耐えきれず内側へ倒れ込んだ。
瞬間、猛烈な熱風が吹き荒れた。 「きゃあっ!」 ミナが悲鳴を上げて顔を覆う。
そこは、巨大なボイラー室のような空間だった。 部屋の中央には巨大な溶鉱炉が鎮座し、そこから伸びる無数のパイプが、館全体へ魔力を供給しているようだ。 そして、その溶鉱炉の前には、炎を纏う番人が待ち構えていた。 『炎の精霊』。ただし、人工的に歪められ、暴走寸前の高エネルギー体だ。
「侵入者……排除……排除……」 サラマンダーが腕を振るうと、炎の鞭がアゼルたちを襲う。
「リリス、援護しろ!」 アゼルが前に飛び出し、盾『インフェルナス』で炎を受け止める。 だが、ドラゴンの革で作られた盾ですら、この猛火の前では燻り始めている。
「……っ!」 リリスは杖を構えたが、動けなかった。 部屋に充満する熱気。揺らめく炎の赤。そして、焦げた匂い。 それが、あの日と同じなのだ。
(熱い、怖い、息ができない……) 視界が歪む。 目の前のサラマンダーが、焼け死んだ家族の姿に見える。 アゼルの背中が、今にも燃え尽きようとしているように見える。
『お前のせいだ、リリス』 『お前が魔法なんて使わなければ』
「いやぁぁぁっ!」 リリスはその場にしゃがみ込み、耳を塞いだ。戦うどころではない。過呼吸を起こし、全身が震えている。
「リリス! しっかりして!」ミナが肩を揺さぶるが、反応がない。「だめ、完全にパニックになってる!」
「チッ……!」 アゼルが舌打ちをする。 彼は炎の鞭を素手で掴み、強引に引きちぎったが、次々と放たれる火球の連打に防戦一方となる。 アゼル自身は火に強い耐性を持つが、無敵ではない。それに、背後の二人を守りながらでは、あの大味な攻撃も使えない。 この閉鎖空間で彼が本気を出せば、リリスたちごと蒸し焼きにしてしまう。
「リリスッ!!」 アゼルが、戦場の轟音を切り裂くような怒鳴り声を上げた。 彼は炎の中を突っ切り、サラマンダーの攻撃を身一つで受け止めながら、振り返ってリリスを睨みつけた。
「いつまで被害者面をしている! 見ろ!」
彼は自分の左腕を突き出した。 ドラゴンの鱗が剥がれ、皮膚が焼けただれている。再生能力の限界を超えた火傷だ。 「俺も焼かれている! 痛いぞ、熱いぞ! だが俺は立っている!」
リリスが、涙で濡れた顔を上げた。 アゼルの左腕から、血が滴っている。 無敵だと思っていた彼の、生身の傷。
「お前の魔法は、過去を焼くためのものか? 違うだろう!」 アゼルが叫ぶ。 「今、俺を守るために使え! お前のその『呪われた力』で、この俺を冷やしてみせろッ!!」
その言葉が、リリスの心臓を鷲掴みにした。 過去じゃない。幻覚じゃない。 今、目の前で、仲間が傷ついている。 私が何もしなければ、アゼルが死ぬ。ミナが死ぬ。
(……嫌だ。もう誰も死なせたくない)
リリスの震えが止まった。 恐怖が消えたわけではない。ただ、それ以上に強い「渇望」が、恐怖をねじ伏せたのだ。
彼女は杖『カルミア』を強く握りしめた。 指の関節が白くなるほどに。 脳裏に浮かべるのは、炎ではない。 すべてを静寂に包み込む、絶対零度の世界。
「……アゼル、伏せて!」
リリスの声は、冷徹なほどに透き通っていた。 彼女の銀色の瞳から、怯えの色が消える。 杖の先から、青白い冷気が爆発的に溢れ出した。
「氷結界・展開! 『白銀の棺』!!」
放たれたのは、攻撃魔法ではない。 部屋全体の熱エネルギーを強制的に奪い取る、大規模な環境操作魔法。 リリスを中心にして、床、壁、そして空気中の水分が一瞬にして凍結する。 迫りくるサラマンダーの炎すらも、空中で赤い氷の結晶となって砕け散った。
「グォォォ……ッ!?」 サラマンダーの動きが止まる。その燃え盛る身体が、下半身から徐々に青白く凍りついていく。
「今だ、アゼル!」 「……よくやった」
アゼルがニヤリと笑う。 彼の髪や鱗にも霜が降りているが、その瞳には獰猛な光が宿っていた。 部屋が冷やされたことで、彼は気兼ねなく「熱」を出せる。
「寒すぎるのは苦手でな。……温め直させてもらうぞ!」
アゼルが跳躍した。 凍りついたサラマンダーの頭上へ。 振り上げられた拳に、全魔力を込めた紅蓮の熱を纏わせる。
メテオ・ストライクッ!!
拳がサラマンダーの脳天に叩き込まれる。 急激な冷却と、極点への加熱。 極端な温度差による『熱衝撃』が、精霊の核を物理的に粉砕した。
パリーンッ!! サラマンダーの身体が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
静寂が戻る。 部屋は霜に覆われ、白い吐息が漏れるほどの寒さになっていた。
「……はぁ、はぁ」 リリスはその場に崩れ落ちた。魔力を使い果たした脱力感。 だが、その手はもう震えていなかった。
「リリス!」ミナが駆け寄り、彼女を抱きしめる。「凄かった! あの炎を凍らせちゃうなんて!」 「……無茶をさせる」 リリスは苦笑しながら、アゼルを見た。「あなたまで凍らせるところだったわ」
「構わん。お前の氷なら、悪くない」 アゼルは自分の腕の火傷を見もせずに、リリスに手を差し伸べた。 「立てるか。……まだ最奥が残っているぞ」
リリスはその無骨で熱い手を取り、しっかりと立ち上がった。 彼女の中で、何かが確実に変わっていた。 呪いは消えないかもしれない。だが、それを制御する意志は、今、彼女の手に握られたのだ。
3. 狂気の工房
ガロンとセリーヌが進んだ横穴の先は、石造りの通路から、奇妙な空間へと繋がっていた。 そこは、魔法の研究所というよりは、巨大な「屠殺場」と「工場」を継ぎ接ぎしたような場所だった。 壁には解体された魔物の骨格標本や、ホルマリン漬けにされた臓器が並び、床には複雑な魔法陣と共に、歯車やピストンといった機械部品が散乱している。
「……何だよ、ここは」 ガロンが作業台の一つに近づき、顔をしかめる。 そこに置かれていたのは、竜の鱗と金属板を無理やりボルトで縫い合わせた、歪な装甲板だった。 「竜の素材と、機械技術の融合……? ここの主、ただの魔法使いじゃねえな」
「見て、ガロン」 セリーヌが、部屋の隅にある古びた机から、一冊の日記帳を拾い上げた。革表紙はボロボロだが、中の文字は保存魔法のおかげで鮮明に残っている。
「『実験記録 1024日目。竜の血液による不死化実験は失敗。肉体は再生するが、精神が崩壊する』」 セリーヌが読み上げる声が、静まり返った部屋に響く。 「『純粋な生物では負荷に耐えられない。ならば、肉体の一部を鋼鉄に置き換え、痛覚と感情を遮断すればどうか? ……成功だ。被検体は痛みを感じず、命令に忠実な殺戮兵器となった』」
「ふざけやがって」 ガロンがドンッ、と作業台を叩く。「生き物を部品扱いかよ。俺の義手とは大違いだ。こちとら失った機能を補うための『足し算』だが、こいつがやってるのは命への冒涜だ」
「『しかし、最大の誤算があった。竜の細胞は金属さえも侵食し、融合しようとする。我が最高傑作は、制御不能の怪物となり、私自身を喰らおうとしている……』」 そこで日記は途切れ、ページは赤黒い血で汚れていた。
「つまり、この館の主は自分の作ったペットに食われちまったってわけか」 ガロンが吐き捨てる。「で、その『最高傑作』とやらが、まだ地下で腹を空かせてる」
「ビンゴね」 セリーヌが日記を閉じ、ガロンを見る。「でも、朗報もあるわ。この日記に『停止コード』代わりの弱点が書いてある。『心臓部の融合炉は、急激な温度変化に弱い』って」
「温度変化だぁ?」ガロンがニヤリと笑う。「そいつは奇遇だな。俺たちの連れに、うってつけの奴らがいるじゃねえか」
その時、部屋の奥にある重厚な扉の向こうから、ドォン!という衝撃音が響いた。 誰かが外から扉をこじ開けようとしている。
「下がってろ、セリーヌ」 ガロンがハンマーを構える。 扉が赤熱し、金属が溶け落ちていく。 そして、ガコンッ!と扉が蹴り破られた。
そこ立っていたのは、全身から湯気を立ち上らせるアゼルと、疲労困憊ながらも毅然とした表情のリリス、そしてミナだった。
「よう、トカゲ野郎」 ガロンが緊張を解き、ハンマーを下ろす。「遅かったじゃねえか。道草でも食ってたか?」
「……少し暖房の効きすぎた部屋でな」 アゼルが口元を拭う。「そっちはどうだ、鉄屑。カビ臭い骨とお似合いだったか?」
「ああ、お陰で骨の髄まで暖まったぜ」 憎まれ口を叩き合いながらも、二人の間には確かな安堵の空気が流れた。 セリーヌがミナに駆け寄り、ハイタッチを交わす。 「無事でよかった。リリスも、顔つきが変わったわね?」 「……ええ。少しだけ、ね」リリスが杖を握り直す。
「さて、役者は揃ったな」 アゼルが視線を部屋の最奥――巨大な封印の扉へと向けた。 そこからは、これまでの敵とは次元の違う、圧倒的なプレッシャーが漏れ出している。
「あの中に、この館の主……いや、主を食い殺した『目覚めてはならない者』がいる」 ガロンが義手の回転数を上げ、臨戦態勢に入る。 「準備はいいか? ここから先は、引き返せねえぞ」
第5章:覚醒と代償
封印の扉が開かれた瞬間、生臭い風が吹き抜けた。
そこは、地下空洞を利用した巨大なドーム状の広間だった。 天井からは無数の鎖が垂れ下がり、その鎖に繋がれていた「それ」が、侵入者たちを見下ろしていた。
全長20メートルを超える巨体。 だが、それは美しいドラゴンではなかった。 半身は腐り落ちて骨が露出し、もう半身は錆びついた真鍮やパイプ、鋼鉄の装甲で補強されている。心臓部分には赤く脈動する魔力炉が埋め込まれ、背中からは蒸気機関のような排気管が突き出ていた。
『機械竜』。あるいは、竜の死体を弄びすぎた成れの果て。
「グオォォォォォ……!!」 竜が咆哮すると、その声は生物の唸り声と、金属が擦れ合う高周波が混ざった不快な音波となって空気を震わせた。
「なんて趣味の悪さ……!」 リリスが顔をしかめる。「死んでいるのに、無理やり生かされている……魂が泣いているわ」
「同情は無用だ」 アゼルが一歩前に出る。「あれはもう生物じゃない。ただの暴走した兵器だ。……壊してやるのが慈悲だろう」
ガシャァァァンッ! 竜が身じろぎをすると、拘束していた鎖が紙切れのように引きちぎられた。 自由になった巨体が、重力に逆らって浮上する。背中のスラスターから青い炎が噴射されたのだ。
「来るぞ! 散開ッ!」
アゼルの号令と共に、四人が四方へ飛び散る。 直後、竜の口から放たれたのは火炎ブレスではない。紫色のレーザーのような『魔導砲』だった。 ビィィィッ!と空間を焼き切り、床を一瞬で蒸発させる。
「おいおい、反則だろあんなの!」 ガロンが瓦礫の陰に滑り込む。「物理攻撃が届かねえ! 空を飛ばれたら手が出せねえぞ!」
「落とせばいいのよ!」 セリーヌが叫ぶ。「ミナ、あいつの視線を惹きつけて! リリスは翼の付け根を狙って!」
「了解!」 ミナが戦場を駆ける。彼女は瓦礫を足場に、猫のような身軽さで宙を舞い、竜の眼前に躍り出た。 「こっちよ、鉄屑ドラゴン! 遅すぎてあくびが出るわ!」 彼女は短剣を投擲し、竜の鼻先をかすめさせる。
「グォォッ!?」 竜が苛立ち、ミナを追って首を振る。 その隙を、リリスは見逃さなかった。
「今度こそ、外さない!」 リリスは杖を掲げ、精神を研ぎ澄ます。 恐怖はまだある。だが、背中には仲間がいる。 彼女は深く息を吸い込み、冷気を練り上げた。 「『氷結の槍』!!」
数本の巨大な氷の槍が生成され、高速で射出される。 狙いは正確無比。竜の右翼、その駆動部であるパイプの継ぎ目に突き刺さった。
バキバキッ! 氷がパイプを凍結させ、内部の流体を詰まらせる。 プスン、と右翼のスラスターが停止した。
「グゥ……ッ!」 バランスを崩した竜が、高度を下げる。 「落ちろォッ!」 待ち構えていたアゼルが、瓦礫を蹴って跳躍した。 彼は空中で竜の足首を掴むと、宿屋で肉の骨をへし折った時と同じように、そのまま自身の体重と腕力で強引に地面へと引きずり下ろした。
ズズォォォンッ!!
地響きと共に、竜の巨体が地面に叩きつけられる。 「ガロン、今だ!」 アゼルが叫ぶ。
「おうよ! 待ちくたびれたぜ!」 ガロンが義手の全リミッターを解除した。 蒸気が爆発的に噴き出し、彼の身体が白煙に包まれる。 彼はハンマーを持たず、義手そのものを巨大な杭打ち機へと変形させた。
「テメェの硬い装甲も、俺の『貫通』の前じゃ紙切れだ!」 ガロンが突進する。 狙うは竜の胸部。赤く輝く心臓炉。
「必殺! 『螺旋撃砕』!!」
ガロンの義手が高速回転し、竜の装甲に突き刺さる。 ギャリギャリギャリギャリ!! 凄まじい火花と金属音が飛び散る。竜が苦痛に暴れるが、アゼルがその巨体を押さえ込んでいるため動けない。
だが、硬い。 竜の鱗と魔法金属の複合装甲は、ドワーフの技術をもってしても容易には貫けない。
「くっ、まだ届かねえか……!」 ガロンの義手が過熱し、赤く発光し始める。このままでは義手が壊れる。
「ガロン、退いて!」 リリスの声。 「あいつの弱点は温度差よ! 私が冷やす!」
「なにっ!?」 ガロンが飛び退くと同時に、リリスの極大魔法が発動した。
「絶対零度の牢獄よ……『コキュートス』!!」
リリスの杖から放たれた白い奔流が、赤熱した竜の胸部を直撃する。 ジュウウウウウッ!! 凄まじい水蒸気爆発。 ガロンの摩擦熱で数千度に達していた装甲が、一瞬にしてマイナス百度まで冷却される。
物理法則が悲鳴を上げた。 極端な熱膨張と収縮に耐えきれず、無敵を誇った装甲にピキピキと亀裂が入る。
「……ナイスアシストだ、長耳!」 ガロンが再び踏み込む。 「これでトドメだァァァッ!」
亀裂の入った装甲に、トールンハンマーの一撃が叩き込まれた。 パリーンッ! 装甲が砕け散り、露出した心臓炉が剥き出しになる。
「アゼルッ!」 ガロンが叫び、横へ飛ぶ。
「終わりだ」 アゼルが、露出した心臓炉の前に立っていた。 彼の口元から、漏れ出す光。 体内の全エネルギーを凝縮した、至近距離からのブレス。
「灰に還れ」
ゴオオオオオオオオオッ!!!
ドラゴンの王の息吹が、心臓炉を貫いた。 魔力炉が臨界点を超え、白く輝く。
カッ――――。
視界が白に染まり、次の瞬間、地下空洞全体を揺るがす大爆発が起きた。
***
館が崩れる轟音を背に、四人は這うようにして荒野へと脱出した。 朝日が昇り始めている。
「ゲホッ、ゲホッ……! あー、死ぬかと思った」 ミナが煤だらけの顔で芝生に大の字になる。「もう二度と、あんな変な館には行かないからね!」
「……違いない」 ガロンが義手から煙を上げながら、ドサリと座り込む。「俺の可愛い相棒(義手)もガタガタだ。修理費だけで報酬が吹っ飛ぶぞ」
「あら、報酬なら心配ないわよ」 セリーヌが懐から、キラキラと光る何かを取り出す。 それは、竜の心臓部に使われていた、純度の高い魔力結晶の欠片だった。 「崩れる寸前に、ちゃっかり回収しておいたわ。これ一つで、お城が買えるかもね」
「お前……いつの間に」 アゼルが呆れたように笑う。彼の上半身は傷だらけだが、その表情は晴れやかだった。
リリスは、燃え落ちる館を見つめていた。 かつては火を見ると恐怖で動けなくなった。でも今は、その炎を見ても、ただの「現象」として受け入れられている自分がいる。
「……怖くなかった?」 アゼルが隣に来て、ボソリと尋ねた。
「怖かったわよ」 リリスは正直に答えた。「でも、あなたたちがいたから。……今は、少しだけ自分の力が好きになれそう」 彼女は杖を愛おしそうに撫でた。
「そいつは良かった。……また頼むぜ、氷の魔女さん」 ガロンがニカッと笑い、親指を立てる。
「ええ。……でも次は、もう少し上品な冒険がいいわね」
四人の笑い声が、朝の荒野に響き渡る。 彼らの影が、長く伸びていた。 それは昨日よりも大きく、そして四つの影が重なり合って、一つの強い絆の形を描いているようだった。
「さて、行こうか」 「次はどこの街? 美味しい魚があるところがいいな」 「俺は温泉だ。腰が痛くてかなわん」
新たな街道へ足を踏み出す冒険者たち。 その背中には、もう迷いはなかった。
キャラクターの使い分けの練習で書いてみたのですが、、、全然キャラクターが生きてませんね。。。
もっと躍動感あふれる会話を目指してみたいです。




