Ep.7 奪い合う覚悟
とうとう試験こと前期期末考査の日がやってきた。
僕らは〈学園〉ではなく、繁華街の一角へと集められていた。整列した僕らの前に数人の教師たちが並び、改めて試験の内容を説明していく。その中には草薙の姿もあった。きっと僕らの学年の担任と学年主任なのだろう。
試験の内容は前に説明された内容とほとんど際はない。一通り説明された後、質疑応答の時間が設けられた。どうせ誰も質問なんてしないだろうと思っていたが、1人だけ質問をしている生徒がいた。
「生徒同士の協力は行ってもよいのでしょうか」
いかにも品行方正というような印象を受ける生徒だった。〈感情〉も素直で真面目そうな、草薙とは正反対のタイプだ。草薙の性格も好きではないが、こういうのもあまり好きではないかもしれない。草薙は〈感情〉が面白かったがこっちはそういう面白さもない。
おっと、常日頃から〈感情〉に執着しすぎたせいか、人を見るとついつい観察してしまう。こういうことも控えた方がいいかもしれない。そのつもりはないが。
あの生徒だけに気を取られていたが、やはり〈学園〉は人が多い。同級生だけでこれだけいるのだからたまったもんじゃない。僕はポケットに入れておいた眼帯を左目に取り付けた。
先の質問対し、1人の教師がまるでカンペでも要しているかのように返答する。
「生徒同士の協力は別に行っても構わん。ただし、そのバッチの分配で少なからずもめるとは思うがな」
なるほどね……少し違和感はあった。協力されちゃあ試験の意味がないんじゃないかと。だがよくよく考えれば1人からバッチは1つしか得られないのだ。ピッタリ等分できる個数を獲得したならいいが、そうでない場合少なからず争いになるだろう。もしかしたら協力した者同士で奪い合いに発展するかもしれない。
つまりはルール上は可能だが裏切られる可能性を考えるとできないと。
僕はこの教師の頭がとんでもなくキレると思った。この教師はわざわざこの場で説明することによって生徒同士を疑心暗鬼に陥らせたのだ。その証拠にもともと協力を行おうと思っていたであろう生徒の幾人かがそわそわとし始めた。
「質問は以上か?」教師は周りを見渡す「ではこれよりバッチを配布する」
そういって渡された金属製のバッチ。表に〈D〉という表記があって、僕のランクが最下層にあることを教えてくれた。
実を言うとこのランクにそこまで興味はない。僕はたとえ最底辺でも〈学園〉に入れさえすれば新しい〈感情〉に出会い続けられると考えるので、退学されない程度の成績を取り続けられればそれでいい、そう思っていた。
だが、そうは問屋が卸さないみたいで、最後に付け足すようにかの教師は言う。
「そうだ。今回の試験の結果でクラス分けを行うので死力を尽くしてバッチを奪い合うように」
前言撤回。死ぬ気でランク〈S〉を取りに行く。稀穂と離れないために。
◇◇◇
計画なんてものはあってないようなものだ。事前に調べ上げた同級生の能力の内、狩れそうなものから順番に、ひたすらに狩っていく。奪って、奪って、奪って、奪って、奪う。できる限り多くの同級生に僕が稀穂と離れないための犠牲となってもらう。
そういえば、今回の試験をバッチ0個で終えたものには重めのペナルティがあるらしい。程度はわからないが、その一部は退学にまで追い込まれるとか。大前提、それだけは避けなければならない。
試験時間は約3時間。その間にスタート地点に戻らなくてはならない。各ランクのポイントは以下の通り。〈D〉が1ポイント、〈C〉が5ポイント、〈B〉が10ポイント、〈A〉が50ポイント。そして……〈S〉が1000ポイント。
つまり稀穂と同じ〈S〉のバッチを奪えばいいと考える人もいるだろう。だが、そんなに甘い話じゃない。〈S〉のバッチのポイントが1000ポイントたる所以はひとえに彼らがそれだけ〈学園〉から実力を買われているからだ。そんなものたちのバッチを奪うなんて楽な芸当じゃない。
できれば〈S〉のバッチが欲しいがそれは難しいので〈A〉、〈B〉のバッチを重点的に狙っていこう。と言う方向性に定まった。
「早速1人目だ」
繁華街の建物の屋上で僕は獲物の品定めを行っていた。すると早くも街路樹の間を駆けていく1人目の犠牲者の姿があったので奇襲を仕掛けることにする。
1人目のターゲット、能力は『触れたものを回転させる能力』で、ランクは〈A〉だ。センター分けが似合う優男という印象を受ける彼を、僕は容赦なく空中から切り伏せる。
言っていなかったが、こっそりと、そしてしっかりと、2本一対の〈切り札〉は持ってきている。バレないようにやるつもりだが、万が一バレた場合には「ルールでは言われていませんでしたよ」と言って逃れるつもりだ。十中八九教師たちには嫌われるだろうが。
3階の高さから飛び降りて加速した一撃だったのにも関わらず、寸前で躱されてしまった。
「今のを避けるか、やるね」
眼帯を外して彼を見える。その〈感情〉は怯えだ。
「君のノロマな攻撃なんていくらやっても当たらないよ。分かったなら引くといい。俺も暇じゃないんでな、ランク〈D〉に構う余裕なんてないんだ」
この状況でよくハッタリをほざけるなと思わず感心してしまう。
「残念ながら君は逃せない。僕のために……奪われてくれ」
僕が〈学園〉で初めて行う、明確な敵意と害意を持った戦闘だった。