09
いや〜、なかなか画期的なことが起こったな。
変なじいさんが来たと思ったら、あっさりOSを使いこなしてて、プロパティ表示とかしてくれたおかげで、その時のコンピュータの動作過程が把握出来た。
じいさんが手入力したコマンドをコピペすることが出来たのだ。
そしてコピーしたコマンドのストックがある程度溜まったので、あれこれ駆使して、どうにか日本語で文章を表示出来るようになったのだ。
これでこちらの意図がある程度伝えることが出来るようになった。
あのじいさんが何者かは良く分からないが、明らかに操作に慣れていた。
おそらく元戦車兵だったに違いない。
だいぶ明るい兆しが見えてきたな。
少なくともこれで、問答無用でスクラップにされることは無くなっただろう。
明日また来るようなことを言っていたが、エロ娘も電源を落とし忘れてどこかへ行ってしまったようだし、今のうちにコンピュータをいろいろ動かしてみよう。
文章で意思を伝えることは出来たが、普通にキーボードを打つようには使えない。
ダ〜っと羅列されてる文字コード表から、一文字一文字拾ってきて表示するという、かなり面倒なことをやっているのだ。
もし、音声を言葉として伝えられたらコミュニケーションがずっと楽になる。
なにしろ普通に会話が成立するのだ。
それがどれほど素晴らしい事か、こんな身になって初めて実感出来た。
なんとかして、そこまで持って行けないものだろうか。
まずは音を出してみよう。
コンピュータには普通、デフォルトでビープ音を出せるよう音源がマザーボードに組み込んである。
単純な矩形波を鳴らすだけなら、おそらくすぐにでも出来るだろう。
だが、ボカロとかのアプリがあるならともかく、こちらが思った通りの音声を発するのは思った以上に大変なことが分かった。
矩形波をいじって周波数を変えることは何とか出来るようだが、ピーがポーになるくらいで、この状態から言葉として成立させるのは並大抵では無いな。
アナログな音源をサンプリングしていじった方が現実的かも知れないが、だったら最初からボカロにしてくれって感じだよな。
まさか、コンピュータの黎明期からの課題をこんな形でなぞることになるとは。
そもそも、この俺の意識はどういうものなのか?
もう、そんなのは人類の最終命題みたいなことになってしまうので、とてもじゃないがすぐに答えなど出るはずないのだが、すくなくとも俺という存在があって、自分が自分であることを自覚出来ている。
何によって存在させられているのかは、この際横に置いておいて、この思考の過程なり結果なりを記録出来ないものだろうか。
まあ、普通なら日記を書くとか、メモを取るといった行為なわけだが、要するにログを取ることが出来ればかなり凄いのではないか。
コンピュータがあるんだし、何らかの電気信号なり、磁場の揺らぎでもいい、記録さえ出来ればそれがコミュニケーションの手段になり得る。
自分で音声データの周波数をいじって言葉として発するのはもしかしたら可能かも知れないが、コミュニケーションのツールとしては現実的では無い。
俺がプログラマーだったら自分でコード書いてアプリを自作出来るかもしれないが、そんな資料も教材も無いんじゃ手の付けようが無い。
う〜ん、どうしても行き詰まっちゃうな。
とりあえず、この戦車のPCには家庭用のPC程度の機能しかない。
だが、逆に考えればPCで出来ることなら、その気になれば可能ではあるのだ。
OSをTR○Nでは無く、もっと一般的なOSにすれば、出回っているアプリを使って、いろいろ出来ることが増えるかも知れない。
ただ、TR○Nを使っているのは理由があるわけで、一つにはIoTに特化したOSってことで、機器の制御が得意であること。
国産であること。
他にも理由はあるだろうが、一般的な有名なOSより優れているから選ばれているのであり、これを御全部置き換えるのは賢明とは言えない。
なので、一つの手段として、エミュレータを使うという可能性だ。
TR○Nはそのままで、それの一部領域を使って例えばウ○ンドウズを走らせることも可能だ。
Ma○OSユーザーの間では、よく使われていたので、今でもそのリソースは残っているかも知れない。
ウ○ンドウズが動けば、それで使えるアプリは格段に増える。
ボカロも動くかも知れないが、サウンドボードが無いので、それは増設しないとダメかもしれない。
その辺は、もしかしたらじいさんが連れて来るという、コンピュータの専門家と話ができれば可能性はあるな。
話ができればだがな。
あ〜、結局堂々巡りか。
う〜む。何か出来るかと思ったが、これといったことは出来そうも無い。
そうだな、せいぜいテキストでメモを残しておく程度か。
そうだな、それが今出来る最善策だ。
面倒くさいがやるしかない。
あと、もう一つ分かったことは、あのチビエロ娘の名前が「ミナコ」ということだ。
前に来たオッパイオバサンは「ミニ子」とか呼んでいたが、あれはおそらくあのオバハンだけが使う呼び名だ。
そして、あのじいさんは「にしさん」と呼ばれていた。
十中八九「西」かな?と思うが「仁志」とか「二司」かもしれないからな。
ということで、とりあえず、あの二人宛に手紙を書いておこう。
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ミナコ様、ニシ様
私はクラウゼ・鉄男と言います。
今、私はこの25式の中に居ます。
いろいろ驚かせてごめんなさい。
どうにかして私の存在を知ってもらいたかった。
2026年のプラモ展示会で25式の前に立っていたことが私の最後の記憶です。
気がついたらこの戦車の中に居ました。
コンソールのカメラによって唯一外の様子を知ることが出来る状況です。
今が何年で、世界がどうなっているか全く分かりませんが、あまり良い状況で無さそうなことは想像がつきます。
ニシさんがコンピュータを操作してくれたおかげで、文字を表示する方法は見つけましたが、リアルタイムでのコミュニケーションはまだ出来ません。
出来れば、私を救い出して欲しい。
コンピュータに詳しい方が居たら、助かります。
よろしくお願いします。
KRAUSE 鉄男
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あ〜疲れた。
これだけの文章を書くのにたっぷり3〜4時間は掛かっただろうか。
それにしても、いったい何が疲れたのかもよく分からないが、集中力が無くなってきたので、多分疲れたのだと思う。
よく分からないが、眠りたい気分だ。
ここで眠ってしまったら、そのまま目が覚めないのではないかという恐怖心もあるが、それよりも物理的に目をつぶるということが出来ない。
電源が入りっぱなしだと、常に否応なしに視聴覚情報が入り続ける。
確かにここで目覚めてから3日間あまり、意識して寝たことはない。
だが、電源が切られている間は意識レベルは低く保てるので、うたた寝のような状態になる。
それを無理矢理イメージング作業のため意識を集中していたのだ。
疲れるような肉体は持っていないはずなのに、やはり精神も疲れるのだろうか。
意識というのはやはり、謎だらけだな。
ともかく、しばらく考えることを止めて、ボーッとすることにしよう。
1時間ぐらい呆けていただろうか。
ミナコちゃんが起きてきた。
なにやら「しまった〜」と悪態をついているので、電気を点けたまま寝たことを後悔しているようだ。
この辺の電力事情は分からないが、電気もタダでは無いのだろう。
そして、戦車に近づいて、こっちの電源も切り忘れていたことに気付いたようだ。
「あっちゃ〜」とか、昭和なフレーズをのたまっているが、いったいいくつなんだ?この娘は。
「あ〜電池がヤバい」とか言ってるので、親の影響か?語彙が昭和だよね。
そう言いながら、発電機を稼働させてバッテリーと思しき装置に電気を供給し始めた。
その間に、朝食でも摂っているのか、奥の方からカタカタと食器が触れ合うような音が聞こえる。
外の様子は全く分からないが、音の響き方からして、それほど広くはないようだ。
そもそも戦車が入るだけのスペースがあるのだから、ガレージか倉庫のような所だろう。
そこに住んでいるのだろうか?
30分ぐらいして、またこちらの様子を見に来た。
充電の状況を確認したのだろう。
何かを口に咥えたままだ。
何だそれ?エ○ジードリンクみたいなパウチのパッケージの飲み物だろうか?
見たことも無い銘柄だな。
派手なアメリカンな感覚のデザインだ。
ふむ、説明も全て英語のようなので、ホントにアメリカ製っぽいな。
つまりアメリカは核戦争を生き延びたってことか?
そして、ミナコが戦車から出て行こうとしたとき、シャッターを叩くようなガンガンという音が聞こえてきた。
するとミナコは「え!?もう来たの?」とつぶやくと戦車から出て、「まだ8時じゃんよ」とぶつくさ言いながら遠ざかっていった。
さては昨日のじいさんだな。
ガラガラとシャッターを開ける音がして「ああ!ニシさん。早いですね」と、半ば迷惑そうな挨拶だな。
「すまんな。居ても立っても居られなくてね。タチバナ君にも怒られてしまったよ」
「ああ、そちらが、タチバナさん?」
「すみません、朝早くから。ご迷惑お掛けします」
「いえいえ。こちらこそ。あ、初めましてタミヤミナコです」
「タチバナリョウコです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
おや、また新たな登場人物が。
少し低いトーンの落ち着いた声の女性だ。
タチバナリョウコさんねぇ。
あの娘はタミヤって言うのか。
まさかあのタミヤとは関係無いだろうな。
「お食事とかは?」
「大丈夫です。来る途中89式の中で済ませました」
「ああ、89式で来たんですね」
「ええ、89式をご存じ?」
「まあ仕事がら、自衛隊車両は一通り」
「そうですわよね。当然お詳しいですよね」
「この25式は、彼女のお父上が一人で整備していたらしいのだ」
「なるほど、それをミナコさんが受け継いだと」
「まあ、残された物はこれしか無かったってだけですけどね」
「私も知らずに無粋なことを言ってしまってね」
「まあ!まさか譲ってくれとか言ったんじゃないでしょうね」
「いや、その…まさかで…」
「会長!それはダメすぎます!」
「いや、済まん」
「ホント、申し訳ありません。会長は物欲に塗れてますので、いろいろ身の回り等、お気をつけください」
「随分だなタチバナ君」
おお。
なかなか強めのお姉さんって感じだな。
会長って、あのじいさん、どこかの会社の経営者か?
さしずめタチバナさんはキリッと強めの社長秘書ってところだろうか?
会長秘書か。
会長形無しだな。
「では早速拝見しましょう」と、戦車を登る音がして、ハッチからスルッと美しいパンストの脚が入って来た。
ミニスカでないのがちょっと残念だが、彼女もピッチリとした短パンを穿いており、美しい御御足が中腰で近づいてくる。
ご尊顔は大変美しく、まさにイメージ通り。
姫カットボブにメタルフレームのメガネが素晴らしい。
上着は会社のユニフォームなのだろうか、ネームタグの付いたダークグレーの長袖のジップアップブルゾンのようだが、ツルツルのビニール素材のようなテクスチャーだ。
遺憾なのはやや透けてアンダーウェアが見えているところだ。
肩が紐のキャミソールのようだが、丈が短くヘソが見えそうだ。
そういえば、会社のブルゾンを脱げば、ミナコと似たようなファッションではある。
これが今の定番なのか?
まあ、そんなことはどうでも良い。
今はこのお嬢様に全てが掛かっているのだ。
彼女がコンソールを立ち上げ、コンピュータの操作を開始した途端、異変に気付いたようだ。
デスクトップにミナコ様ニシ様と書いたファイルを発見したのだ。
その二人宛の手紙をすぐには開かず、まずミナコを車内に呼んで確認している。
さすがにこの狭い車内に3人は入れないだろうしな、じいさんは後回しで良し。
さあ、開いて読むのだ。
ミナコちゃんは、間違いなく昨日までは無かったことを確認して、恐る恐るその手紙をクリックして開く。
おお、細長い目をまん丸にして驚いているぞ。
可愛いねぇ。
まるで映画のシャ○ニングで、気が触れた旦那の小説を見たときの奥さんみたいになってるぞ。
血相を変えてニシさんを呼びに行ってる。
ここに3人は入れないことを悟ったタチバナさんは、急いで車内から出ようとするが上手く出られず、少々藻掻いている。
意外に背が高く、お尻が大きいためなのか、短パンがあちこち引っ掛かっているのだが、不思議なことにパンストは引っ掛からない。
電線すらしない。
ふうむ、もしかしてこれも新しい素材なのか、ツルツルしていて触り心地が良さそうだ。
ムフフフ、何を隠そう、パンストとメガネは俺の大の好物なのだ。
即ちタチバナさんはそれだけで理想の女性と言える!
そんなことより、ニシさんが老骨に鞭打って車内に入ってきた。
このじいさんも老眼なのだろう、メガネをかけ手紙を読んでいる。
同じメタルフレームでもジジイのメガネはなんとも感じない。
まあ、これで万一何かを感じるようでは人生終わったと思って良いだろう。
「これは大変なことだぞ!」と、ジジイが叫んでいるが、俺としては早くタチバナさんに戻ってきて欲しい。
今の願いは、ただそれだけだ。