第十二章(11) 終わり良ければ・・・
だからウズメは、ルシベルのプロポーズをすぐには返さず、逆に一つだけ質問する。
「_____ルシベル、きっと貴方は、私よりも長い時間を生きて、私よりも多くの体験をする。
貴方からすれば、人間の人生なんて、あっという間(瞬き)なのかもしれない。
だからこそ聞きたい。私も貴方(ルシベル・魔族)を理解して、受け入れたいから。
私が今後、腰が曲がって、肌がシワシワになっても、側に居てくれる?
髪が真っ白になって、自分で歩くことが難しくなっても、私を愛してくれる?」
「_______________
__________
_____っ!!!」
ルシベルはそこで、ようやく気付く。
あまりにも彼女との距離が近かった為、『重要な事』をすっかり忘れていた。
それは、二人が結ばれる為の『覚悟』でもあり、文句なんて言えるわけがない、どう足掻いても覆せない『絶対』
例えるなら、『小魚』が『動物』と同じくらいの年月を生きられない事と同じ。
ルシベルとウズメ(栄太郎と舞)の大きな違いは『種族』だけではない。
もっと重要な事(大きな壁)があった。
それは、『共に生きられる時間の長さ』
つまり、『寿命』
ルシベルにとっては『ほんのひと時』だったとしても、ウズメにとっては『一生』
その違いはあまりにも大きく、ルシベルにとっては『そんな些細な事』でも、ウズメにとっては『お金よりも重要な事』
もし、今後ウズメが、病気・怪我・事件に時間を蝕まれない限り、彼女はこれから最低でも60年は生きられる。
その60年を、ルシベルと共に生きる事には、何の不安もないウズメ。
だが、先にこの世界とオサラバして(亡くなって)しまうのは、ウズメの方が最も可能性が高い。
まだルシベルも、自分がこれから何年先まで生きるのかは分からない。
だが基本的に、魔族は人間の何倍も長く生きる。生命力が強いから。
魔王の息子であるルシベルが、並の魔族の何倍生きても、不自然ではない。
つまり、ウズメの一生を支える・・・という事は
彼女の死を目の当たりにする
___という事。
「ルシベル、勇気を持って告白してくれた事は、すごく嬉しい。
でも、YESかNOを答える前に、これだけは、まず頭に入れておかないといけない。
後々になってから「そんなの嫌だ!!!」って言われても、どうしようもできない。
___だからと言って、『寿命の摂理』に抗えば、もしかしたら・・・貴方が『コーコン以上の災
害』をもたらすかもしれない。
それで例え、私が人間の寿命を遥かに超える事になったとしても、私は全然嬉しくない。
むしろ怒るし、全力で止める。」
「_____あぁ、また色々思い出した・・・
『僕たち』が橋の下で死んだ時、僕が最後に見たのは、熱を感じなくなった両親だった。」
ルシベルの脳裏を過ぎる、『冷たくなった両親』と、目の前で自分をまっすぐ見つめる『ウズメ』が重なる。
もう息子を見てくれない両親の目は、抱いている息子がうつらない(澱んでいた)。
少し生々しさが残る皮膚と骨の向こうからは、もう鼓動が感じられなかった。
どれほど声をかけても、どれほど揺さぶっても、まるで『壊れた機械』のように倒れる両親を目の前にした栄太郎は、絶望した。
しかしそれは、自分たちを理不尽にいじめた周囲に対してでもなく、自分やその周囲を洗脳したお国に対してでもない。
自分を育ててくれた両親に、何の親孝行もできなかった自分に対しての絶望であった。
冷たくなった両親の前でワンワン泣きわめいていた栄太郎は、いつの間にか魔族になっていた(転生していた)。
その光景を思い返したのも、数百年ぶりだった為、彼は指輪の入った箱が壊れそうな(無意識に馬鹿力が出る)くらい、混乱してしまう。
だが、必死で考えた。彼女の問いに、どう返せばいいのか。
そもそも自分は、彼女の旅立ち(ご臨終)に、どう向き合えばいいのか。
悩み続ける彼を、ウズメはひたすら待ち続ける。彼なりの答えが出るまで(決断を下せるまで)。
ウズメは、村の生活(変化)で多くの事を知り、そのなかで、『魔族にも感情がある事』を学んだ。
『嬉しい』『寂しい』という感情もあれば、『辛い』『悲しい』という感情も、当然ある。
魔族と人間で、抱く感情の度合いが違うのは仕方ない。
二つの種族は、似ている箇所が多いものの、違う所もある。だからウズメ達が奮闘しているのだ。
それでも、人間であろうと魔族であろうと、『家族の死』は、辛い事に変わりない。
ルシベルもウズメも、両親を失っている。だからこそ、互いに慎重になっているのだ。
今回の場合、一番悩まなければいけないのはルシベルの方。
『見送られる側』も当然辛いが、『見送る側』は、その悲しみを背負って生きなければいけない。
ルシベルに関しては、その期間が、人間の想像より遥か遠い。
果たしてルシベルが、その壁をどう乗り越えるのか、そもそも乗り越えられるのか、本人もまだ分からない。
しかし、この事実を受け入れなけば、『結婚』はおろか、『共生』も難しくなる。
だからウズメの問いは、いわゆる『共生への最後の壁』でもある。
「_______君が老いていく姿を想像するより、君が亡くなってしまう姿を想像する方が、よっぽ
ど辛いなぁ。」
「それは・・・仕方ないよ。
というか、あのコーコン襲撃の時(大舞台で)、もしツルキーの到着が少しでも遅れていたら、私の死
に様を目の当たりにしてたかもしれないんだよ。
_____あぁ、なんか自分で言っちゃったけど、想像すると怖いなぁ。
コーコンと旅をしている時は、『老いて死ぬ未来』は考えないようにしていたけど、改めて考える
と、『老衰』って、とてつもなく『贅沢』なのかもしれないね。」
ウズメは身体を震わせながら、あの一瞬(コーコンの乱入)を思い返していた。
そう、彼女にとって、『老いの恐怖』よりも、『コーコンの狂気』の方がよっぽど怖い。
それは舞台の襲撃時に始まった話(あの時が初めて)ではないものの、ウズメにとって、コーコンは魔族よりも、厄介で恐ろしい存在だった。
まだ戦っていた(勇者の右腕だった)頃は、魔族に隙を突かれてもおかしくない時代を、コーコンに裏切られてもおかしくない時代を、どうにか生き延びたウズメ。
そんな彼女もまた、自分が老いた姿が想像できない。『母親』になった自分すら想像できない。
迷うルシベルの前で、大人びていたウズメの心にも、少しずつ、不安が芽生え始める。
前世の自分が経験(体験)できなかった事もあり、経験できる嬉しさもある一方で、そんな未来を無事に歩めるのかどうか分からない。
だがそれは、ルシベルも同じ事。前世も含め、初めての告白と、初めての結婚と、初めての父親。
そして、初めての『老後』
だがその老後は、二人同時に訪れるものではない(一緒に老いる事はできない)。
それでもルシベルは・・・・・
「___でも僕にとって、『前世』も含めて、今もずっと悔やんでいる事があるんだ。
それが、『老いた両親』を見れなかった事。老いた両親に『親孝行』できなかった事。」
「それは・・・・・『お互い様』だよ。
私だって、前世は親よりも早く死んじゃったわけだし、私をこの世界で産んでくれた両親も、魔族
に命を奪われちゃったわけだし・・・・・」
「だから僕は、これから家族になるウズメの老いた姿を、この目に焼き付けたい。
人生を精一杯生きた君に、「お疲れ様」って言いたい。
僕はこのセリフを、『2度』も言えなかったんだから。」
「ルシベル・・・・・
_______そうね、私もルシベルに、「先に逝ってます」って言いたい。
前世では、冷たい階段の上で事切れちゃったけど、この世界では、しっかり寿命を全うしたい。
ちゃんとベッドの上で、大勢の家族に見送られながら。」
「それに、老いた『妻』と共に過ごす事も、『夫』として、当然の義務だと思う。
人間より長生きする魔族なら、尚更その責務は全うしなければ、それこそ不公平だ。」
種族の違いを『前向きに』考えられるようになったルシベルとウズメには、もう隔てる壁はない。
二人は自分たちの種族と、その特徴を理解しつつ、『相手を思いやる気持ち』に変えていた。
そうすれば、不公平には感じない、それが『自然の摂理』と受け止められる。
「それに、君とはこの先も、魔族と人間が共存できる世界を目指す為、共に協力してほしい。
健やかなる時も、病める時も、君となら、気持ちを共有できる(一番理解してくれる)。
もう争いのない、種族の壁のない、そんな世界・・・・・
『今の自分の願い』もだけど、悲しい気持ちを抱えたまま事切れた『前世の僕の願い』も、僕は無駄
にしたくない。
だから、君との婚約は、その『第一歩』だと、僕は考えているんだ。
___もちろん、欲張りだし、そこまでに数多もの障害がある事は分かっている。
それでも・・・願わずにはいられないこの気持ちを、理解してくれるのはウズメだけなんだ!!」
_____そこまで言われてしまったウズメは、引くに引けない。
それに、彼が決して嘘を言っているわけではない(ただ結婚したいだけの建前にも思えない)のは、彼の凛とした目線と顔を見れば分かる。
ウズメはようやく、彼の様々な決意の形である指輪を、ゆっくりと受け取り、右手の薬指にはめる。
自身の指に指輪がはまっている事自体、彼女はまだ信じられない(実感がない)。
ルシベルの決意がこもっている指輪は、心なしか熱く、重く感じたウズメ。
そして、互いに自分の指輪を見せ合いながら、互いのおでこを合わせるルシベルとウズメ。
その仲睦まじい光景を、『大勢のエキストラ』が見ていた
「う・・・ウズメ・・・・・おめでとう・・・!!!」
「おめでとう・・・本当に・・・!!!」
「えっ?!!」
ドアの隙間から覗いているのは、執事やメイドではなく、村で留守番をしている筈のヒスイとミラ。
そして2人の後ろからは、バタバタと誰かが駆け回っている音が聞こえる。
___どうやら留守番役に飽きた村人たちが、たまたま聞いてしまった様子。
「ふ、ふふふふふふふふ2人とも?!! どうして此処に?!!」
「あんたが「すぐ帰ってくるから」とか言ってたくせに、なかなか帰ってこないから、心配してわざわ
ざ来たのよ!
丁度、王族のお嬢様に頼まれていたドレスが仕上がったから、それを届けたかったし・・・・・
それにしても参ったなぁ、『ウエディングドレス』なんて、私でも数回しか見たことないから、ちゃ
んと作れるか不安になってきた・・・」
「ならいっそ、2人で『お手本』を見て回りましょう!
せっかく城下町まで来たんですから!」
「お、ナイスアイデア、ミラ。」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってって!
まだいつするかも分からないし、ルシベルの都合も考えて・・・!!」
「僕はいつでもいいよ、ヒスイさんのドレスが仕上がるまでに、色々と決めておこう!」
「私を置いていかないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」




