第二章(4) カミノー村
そんな混沌とした一行を助けてくれたのは、見知らぬ男性の声。
助けが来る可能性を全く考えていなかった一行にとって、突然森の奥から聞こえた動物でもない(人間の)声に思わず武器を構えてしまう。
「おいおい! 大丈夫かぁ?!」
男性の姿が見えるより先に見えたのは、か細い火。
一行は、その火の正体が『松明』であることを見抜くと、慌てて武器を収めた。
何故なら、その松明の明かりだけで、相手が先程の盗賊集団ではない事が証明されたから。
どさくさに紛れて、人から金品を盗むような連中が、律儀に明かり(松明・ランプ)を持って、旅人を襲うわけがない。
夜襲に慣れている彼らなら、そんなものなくても、簡単に逃げ道も確保できる。
だが、ウズメ達の目の前にいる男性は、松明の明かりでも心許ないのか、少々足元がふらついている。
「なんかすんごい音が聞こえたと思ったら・・・・・」
一行の読み通り、男性は一行が遭遇したフードの集団(盗賊集団)とは違い、かなり薄汚れたシャツとズボンを着ていた。
森の中で騒ぐ一行を見て、男性は警戒しながらも、恐る恐る質問する。
こんな状態で、一番びっくりしているのは松明を持っている男性(一般人)だ。
「あんたら・・・ここら辺を荒らしている盗賊・・・じゃないみたいだな・・・?」
「あっ。ち、違うんです、違うんです!!
私たちもついさっき襲われて、どうにか追っ払ったんですけど・・・」
ウズメが男性に事情を説明している間、勇者は床に倒れているミラを、男性から隠すように立ち位置を変える。
___その辺りも、勇者がいかに『狡猾』なのかが垣間見れる。
彼はかかとでミラを蹴りながら、「黙って立て」と言わんばかりに、鋭い目つきで後ろを振り向く。
その目線に怖気づいたのはミラだけではなく、大木の後ろで隠れているヒスイもだった。
ヒスイはすかさず幹から飛び出し、ミラの手を引っ張って彼女を起こしてあげる。
「いやぁ、最近あの盗人連中が、俺たちの村で収穫された野菜も盗みやがって、今度見つけたらボコボ
コにしようと思ってたんだ・・・」
「___私たちは、荷物全部持って行かれちゃって・・・・・」
「えぇ??! 荷物全部かい??!
そりゃぁ・・・・・災難だな・・・
というよりお嬢さん、あんたそんなデケー槍を持って、普通の旅人じゃないんじゃ・・・」
「あ、はい。私たちは・・・・・」
「夜分遅くに申し訳ありません。
自分たちは、国王から直々に、魔王討伐を依頼されているのですが・・・」
「ってことは・・・勇者様かい?!!
はえー、俺生まれて50年くらいになるが、勇者なんて初めて見た。
時々『村』に来てくれる旅人から、勇者様の話を聞くが・・・・・」
説明するよりも先に、コーコンが割り込んで自己紹介をすると、おじさんはひどく驚いた様子。
『いいとこ取り』が上手ければ、『美味しい役』も奪うのが上手いコーコン。
これもまたいつもの事なので、ウズメは後ろに下がり、ミラの怪我の具合を確認。
幸い、幹にぶつかりはしたが、たんこぶ程度で済んでいる。ただ、柔らかい頬が腫れあがってしまった。
ウズメは自分の持っていたハンカチをミラに渡し、それを腫れあがった頬に当てるように促す。
「あの・・・・・貴方が住んでいる村って、此処からどれくらい離れてますかね・・・?
せめて村の中で野宿すれば、少しは安心して全員が休めるんですけど・・・」
「それなら、『俺の宿』に泊まってくれ!
飯も適当でいいなら作るぞ!」
「えっ?! いいんですかぁ!!」
[思ってもいなかった展開にびっくりー!!]という『顔を作る』のも上手いコーコン。
おじさんは上手く騙せても、ウズメ達には、彼の心境が手に取るように分かる。
[ここまで様子を見に来たんなら、泊める家の一軒くらい紹介してくれるんだろうな?]
という、脅迫じみた威圧を、『思わぬ展開にラッキー!!』という雰囲気で誤魔化している。
「俺達も村に入ってくる魔族にはうんざりしてるんだ、その被害を消してくれる勇者様ご一行ともなれ
ば、1泊くらいサービスしなくちゃな!」
威勢のいい男性の笑い声が暗闇(森)の中に響き、男性はそのまま後ろを振り向くと、「案内するぞー!」と言って先陣を切る。
男性の気前のいい言葉に、一行全員が安堵して、そのまま男性の後ろ姿についていく。
___だがコーコンだけが、男性の視野に入らなくなった瞬間、明らかに嫌そうな顔をしていた。
こんな状況になりながらも、彼は辺鄙な場所で寝泊まりするのが気に入らなかったのだ。
しかし、コーコン以外のメンバーにとっては、まさに『地獄に仏』
おじさんのおかげで、コーコンのミラに対する暴行が止められただけではなく、命拾いまでしてくれた。
ウズメはコーコンの視野に入らないように歩幅を調整しながら、ミラが背負っていた荷物を代わりに背負う。
ヒスイが、まだ頭がクラクラしている様子のミラを支え、一行の後ろをついて行く。
ミラは、まだ意識が整っていないものの、自分の足で懸命に歩こうと、足を前へ前へ進ませる。
案の定、おじさんから案内された村は、民家も宿もボロボロ。
しかし、夜中の来訪にも関わらず、村の全員が食料を出し合い、怒り疲れて空腹状態の勇者一行にご馳走を提供してくれた。
古くて今にも壊れそうなベッドでも、コーコンは翌日の昼まで熟睡。
その間、ウズメ・ヒスイ・ミラの3人で、村人全員に頭を下げ続けた。
その間、魔術師や回復師はというと、もう一度森の中に入り、自分たちの荷物を盗んだ盗賊を捕らえて帰ってきた。
一行の荷物は、売りさばかれる前に戻って来た為、ウズメが代表して一泊分の代金を払おうとしたが、宿の主人はそれを拒んだ(お金を受け取らなかった)。
話を聞くと、その盗賊は村の畑(野菜)にまで手を出していたらしく、彼らを牢に送り込む(懲らしめる)事を条件に、宿泊費も食事代も只にしてくれた。
それではさすがに申し訳なさを感じたウズメは、村で採れる野菜をいくつか購入して、旅の間の腹ごしらえにさせてもらった。
あの城下町の珍味になれているコーコンでさえ、夢中になる程の美味。
一行は口にしなかったが、[この旨さなら、盗まれるのも仕方ないかも・・・]と思っていた。
自然豊かな場所で栽培された野菜や果物は、特に変わった栽培方法をしなくても、美味しく出来上がる不思議。
それだけではなく、村近くの川から捕れる川魚もまた絶品。
こんな場所が、地図にも載っていない(周知されていない)事が、非常に勿体なく感じる程。
「あの時は、本当にありがとうございました。
奴隷の私にも、あんな美味しい料理を作ってくださるなんて・・・・・」
「あの味は、本当に忘れられませんでした。
だから、こうしてまた食べられるなんて、何よりも幸せです。」
相手が宿の女将という事もあり、いつもの尖った自分の性格を隠すように、丁寧語を心掛けるヒスイ。
ただ、女将にはそんな彼女の心遣いが見えているのか、ヒスイの緊張を解くように、軽い冗談で場を和ませようとする。
「まぁ、美味しいのは嬉しいけど、太らないようにねー。」
「えっ・・・・・」
明らかにショックを受けつつ、持っていたパンをお皿の上に置くヒスイ。
ウズメは、ちょっと驚いていた。
まさかヒスイが、『体重』というワードに弱い事を、今まで知らなかったから。
だがヒスイの隣にいたミラは、慌ててヒスイをカバーする。
「だ・・・・・大丈夫ですよっ!!!
ヒスイさん十分細いんですから、ちょっとくらいお肉が付いた方が、健康的だと思います!!!」
「___それ、ミラにだけは言われたくない。ほら、ミラだってどんどん食べてよ。
そうしないと、身長伸びないわよ。」
「まぁまぁ二人とも、落ち着いて。
今まで満足に食事できなかったんだろ? ほら、もっともっと食べろー!!」
そう言いながら、宿の主人は野菜のスープがたっぷり入った鍋を持って来る。
宿の主人も、女将も、二人の境遇については探ろうとはせず、ただただ二人が満足に食事をしている様子に安心している様子。
ウズメがこの村を選んだ理由の一つも、この光景だった。
城下町では、身分の違いが浮き彫りになる事が多いが、実は村でも場所によっては、差別が色濃い。
同じ村に住んでいる住民(仲間)にも関わらず、他の村民の仕事を手伝っても報酬が貰えなかったり、遠巻きに煙たがられる村民がいる。
だからウズメは、二人が伸び伸び生きられる場所を、『今まで旅をした記憶』を頼りにしながら考えた結果、この村に行きついた。
「それにしても、ミラちゃんが無事みたいで安心したよ。腫れてたほっぺも元通りみたいだし。」
「え、えへへへ・・・・・」
宿に初めて泊めてもらった夜、コーコンの罰(虐待)で腫れ上がったミラの頬を、女将は川から流れる清水をたっぷり染み込ませた布を当てながら
「大変だったね」
と、『労りの言葉』をかけていた。
今までウズメやヒスイから、『支えの言葉』や『褒め言葉』を時折貰っていたミラだったが、ついさっき知り合ったばかりの人(ほぼ他人)に、そんな優しい言葉をかけてもらえるのは初。
その時のミラは、『喜び』と『戸惑い』の詰まった涙を流しながら、少し恥ずかしそうに笑っていた。