第十二章(1) 終わり良ければ・・・
ウズメの意識が戻ったのは、あの記念すべき(ルシベルと踊った)一夜から数日が経過した頃。
目覚めた彼女の目には、見慣れた『茶色い天井』がうつり、窓の外は、以前よりも賑やかに聞こえた。
体を起こそうとしたウズメだったが、数日間ずっと同じ体制だった為、起き上がるだけで一苦労。
そして、部屋に置かれた鏡で、自らの顔面を確認すると、目の周りが『ピエロの化粧』のように、真っ赤に腫れ上がっていた。
部屋で物音がしたこと(ウズメの目覚め)に気づいて、ウズメの様子を確認しに来たヒスイは、立つだけでも必死なウズメを抱きしめる。
「よかった・・・よかった・・・」と言い続けるヒスイの頭を、優しく撫でながら謝るウズメ。
そして、キッチンに立っていた(皆のお昼ご飯を作っていた)オロチや、足を運んでくれた兵士に演奏を披露していたリーフ達の耳にも、ウズメが目覚めた騒ぎ(知らせ)が届いた。
すると、全員が一斉にウズメの部屋へと駆け込み、目覚めたばかりの彼女に詰め寄る。
だが、まだ意識がはっきりしていないウズメには、何も答えることができない。
その間、ヒスイが城下町から来ている『本格的な医師』を呼び、他の野次馬は部屋から追い出した。
そして、医師の診察を、ソラが傍らでしっかり勉強している姿を見て、ウズメの意識はようやく戻ってくる。
ドアの向こうでは、診察の内容をどうにかして聞こうと、ゴソゴソしている音も聞こえた。
皆の反応を見て、ようやく自分が、長い間ずっと眠り続けていた事実に気づいた(現状を理解する)。
「えっと、脈は手首のあたりに手を当てて・・・・・」
「そうそう、昨日教えたばっかなのに、ずいぶん上達が早いねぇ。
おじさん、今まで沢山の弟子を見てきたけど、キミほど覚えの早い子はいないよ。」
「村の人にも協力してもらって、ミッチリ練習しましたから!」
「___え? ソラ、いつの間に『お医者見習い』になったの?」
「えっと・・・・・ツルキーさんが城下町から連れてきたのは兵士さんだけじゃなくて、お医者さんと
か、色々な仕事人を連れて来たんですよ。
___ほぼ大半の人が、「噂になっている村を見に行きたいっ!!」って魂胆の人ですけどね。
だから私、これをきっかけに、医学を学んでみようかな・・・って。」
「そ、そうだ!!! ツルキー、ツルキーは今何処に?!!
あいででででででででででででででで!!!」
「おいコラ!!! 急に動くんじゃない!!!
頭はだいぶはっきりしてきても、体はまだ本調子じゃないんだから!!!」
激痛に悶えながら、いきなり動いてしまった自分に後悔しつつ、ゆっくりと姿勢を元に戻すウズメ。
ソラはウズメの関節を適度に動かしながら、ウズメが意識を失った後を、順を追って説明する。
だがその間も、関節の痛みが邪魔をして、ウズメは何度も何度もソラに聞き直した。
ルシベルと練習していた際の疲れが、コーコンの乱入とツルキーの負傷によるショックで、一気に弾け飛び(解き放たれ)、ウズメの心身は耐えられなかったのだ。
だが、彼女が必死に頑張った成果は、ちゃんと今に繋がっている(大勢の人間が生かしていた)。
「ツルキーさんは今、城下町の方で、事情聴取を受けているんです。」
「咄嗟の出来事だし、あのお兄ちゃんも正当防衛ではあるんだけどねぇ・・・・・
その辺りは、もう「しょうがない」と考えるしかないでしょ。
私もあの場に居合わせたけど、あの兄ちゃんの咄嗟の動きには、感動すら覚えちゃったよ。」
「それで・・・ツルキーは無事だったんですか・・・・・
いだだだだだだだだだ!!! ソラ、もうちょっと優しくぅぅぅ!!!」
ベテラン(初老の)医師は、ウズメの凝り固まった体をほぐしながら、ソラに加減を教える。
そして、ウズメの問いに返答したのは、熱々のお粥を持って来たミラ。
ミラは、ベッドの上で悶える(痛みに耐える)ウズメを見ると、安心した表情で笑いを堪えていた。
「ツルキーさん、馬車に乗せられる際に、意識がようやく戻って来た様子でした。
精一杯の力を振り絞りながら、
「ウズメちゃんを・・・頼むね」
って言われたんです・・・・・」
「___そっか。
あぁ、ソラ、もうちょっと上の方。そうそう肩の方。」
ミラが持ってきたお粥をテーブルに置くと、ミラは匙ですくったお粥にフーフーと息を吹きかけ(冷まし)、利き手(左手)すら動かせないウズメに食べさせてあげる。
体がだんだん元に戻ってくると、胃の調子(空腹)も、だんだんはっきりしてくるようになり、ウズメはハフハフとお粥を頬張る。
しかも、食欲を掻き立てる『香辛料』や『ハーブ』もブレンドされている為、食べさせているミラも、食べているウズメを羨むような目で見ていた(食べてみたくなる)。
ミラは自らの口につたうヨダレを手で拭きつつ(食欲を堪えつつ)、オロチの近況も報告する。
「オロチさんもね、村に移住してきた『料理人』の弟子になって、今は『香辛料』の勉強をしているみ
たいですよ。
ウズメさんが眠っている間も、相変わらず色んな人が村に来て、移住者も増えてます。」
「___でさ、あんまり言いたくないかもしれないけど・・・・・
コーコンはどうしたの? アイツも城?」
「__________あぁ、ウズメさんとルシベルさんは、見えていなかったんですね。
むしろ、ツルキーさんにとっては、そっちの方が良かったのかもしれません。
咄嗟の判断だったとはいえ・・・・・」
「まぁ、見えてはなかったけど、アイツがコーコンに何をしたのかは、何となく想像できるよ。
___あの勇者の本性を知っていながら、今まで放置してきた私も、今回の責任を負うべきね。」
ガチャッ
「なら、俺も『負う側』だよな。」
「_______えっ???」
「よっ、ウズメ。久しぶりだな。」
「え・・・・・あ・・・・・!!!
キュードゥ?!! なんでなんでぇ?!!
めっっっっっちゃ久し・・・イデデデデデデデデデデ!!!」
相変わらず、テンションが上がると何もかも忘れてしまうウズメの性格に、キュードゥーは大爆笑。
隣でその様子を見ていた医師はというと、また無理に体を動かすウズメに我慢できず、つい彼女の頭をペチンッと叩く。
とりあえずオロチが、ウズメとキュードゥーにお茶を出し、ソラ達は一旦退出。
だが、数年ぶりに再開した2人は、まず最初にお互いの近況報告(数年間の出来事)をする。
本当は、もっと話すべき事があるのは、お互いに分かっている。
だがウズメもキュードゥーも、色んなところが『良い意味』で変わっていた為、ついつい深堀してしまう(話し込んでしまう)。
「実は俺がこの村に来たのは、旧友でもあり、戦友でもあったウズメに、頼みたい事があったんだ。
___いや、決してやましい事じゃないよ。
「お金を貸してくれー!」とかでもない。
_____俺、『孤児院』の院長になろうと思ってるんだ。」
「えっ?!! 孤児院の?!!」
「あぁ、でも俺や子供達に必要なのは、『お金』よりも、一緒に遊んで学べる『土地』
城下町に孤児院を建てる事も考えたんだが、城下町に良い思い出がない子供達からすれば、城下町は
『居るだけで不快になる場所』なんだ。
だから、城下町から離れた、もっと広々として、緑に溢れている場所に孤児院を建てる(全員で移り住
む)事にしたんだけど・・・・・
いざ、その場所を探すとなると、なかなか決められなくて・・・
そんな時、このカミノー村の話が、城下町でも話題になってたんだ。
しかもその立役者がウズメ(かつての仲間)だったなんて、正直そっちに驚いたよ。」
「___成程ね。
確かにカミノー村は、まだまだ発展途上ではあるんだけど、魔族と人間が共に暮らす、『新しい時代
の先駆け』だからね。
未来を生きる子供たちには、『争い』よりも『共存』を重視してほしい私としても、キュードゥーの
提案は、大いに賛成よ。」
「でさ、子供達に、一度この村を見せてあげようと、連れて来たんだけど・・・・・」
そう言ってキュードゥーは、窓の向こうに見える(村で遊ぶ)子供たちを眺める。
来たばかりにも関わらず、村に住む子供たちに溶け込み、思いっきり体を動かして遊んでいた。
もう、誰が村の子供で、誰がキュードゥーの連れて来た子なのかも分からないほど。
不安と恐怖で溺れそうな(城下町で必死に生きていた)日々には見られなかった、あどけない子供たちの様子に、キュードゥーは安心した表情に。
そんなキュードゥーは、まさに『親の顔』
彼の心身共に成長した姿に、ウズメは一瞬、(本当にキュードゥーなの?)と思ってしまう程。
「実はさ、村の人にこの話をしたら、もう色んな人が資材をかき集めて、『土台』まで完成させちゃっ
たんだよね。」
「え? 私って、そんな長い間、ずーっと寝てたの??」
「この宿の主の話によると、『一週間近く』って言ってたぞ。
まぁ、ウズメが驚くのも無理ないよ。
___『我らが勇者様の狂行』には、ちょっと納得できちゃったけど。」
「まぁ・・・それは・・・・・ね。」
皮肉を交えながら呟くキュードゥーの言葉に、ウズメも皮肉混じりの笑みを浮かべながら、2人で苦笑いする。
2人には、コーコンと冒険を続けている間に、[こんな事が起こるんじゃないか・・・?]という予感が、奥底にあった。
だが、まさかそれが現実になった上に、全員が解散した(最終目標を達成した)後に起きるなんて、コーコンを誰よりも理解している(かつて仲間だった)2人でも想像できない。
そして、ウズメが村で、踊り子としての実績を重ねている(平和な生活に馴染んでいる)間に、コーコンがとんでもない事件を各地(国中)で起こしていたのを、キュードゥーから聞かされた。




