進軍する魔王軍(2)
「_____ん? あれって・・・
もしかして・・・・・」
マリオネットが指差したのは、『舞台の左側』
そこからゆっくりと出てきたのは、『城を出た時と少し服装が変わっているルシベル』
きちんとした礼服の素材がなかなか見つからず、苦肉の策としてヒスイが手をつけたのは、ルシベルが村へ来た際に身に着けていた服。
汚れがひどかったものの、村の奥様方と知恵を出し合い、どうにか汚れを全て落とせた。
その後は、あちこちに手を加えながら、ルシベルの体格に合うように調整する。
ただ、男性の服を作るのは初めてだったヒスイは、男性陣からのアドバイスも取り入れつつ、いつも以上に何度も何度も針を通した(試行錯誤を繰り返した)。
今回は、ウズメの衣装でも相当手間取ってしまったが、ルシベルの衣装にもかなり時間を費やした。
汚れてはいたものの、元の材質が良い事もあり、つい熱が入ってしまったヒスイ。
気がつくと、作った本人もびっくりするぐらいの仕上がりに、初めて拝見したルシベルも、ただただ唖然とするしかできなかった。
シャツの襟元や袖には鎧のかけらを縫い付け、様々な糸を使い、シャツの生地に『糸で絵を描く』
ズボンの裾はわざと斬り込みを入れて膨らませ、靴底には加工した(ヒール状の)木材を貼り付け、舞台を歩くと甲高い音色が響くようになっている。
雨風でボサボサになってしまった、彼の黒髪は、綺麗に結い上げられている。
練習と並行して、危ない精神状態でボロボロだった彼の体も、どうにか健康体にできるように、村の住民があれこれとお節介を加えた(面倒を見た)。
花の油を使って、傷んだ髪に栄養を与え、身体にも美味しい食事を与え、睡眠もとってもらう。
その結果、ルシベルは以前の彼とは見違えるほど、しなやかで美しい姿になった。
村人達の献身もあるが、カミノー村の穏やかで温かい空気は、ルシベルの擦り切れる(発狂)寸前だった精神状態を癒したのだ。
そんな今のルシベルは、どんな質が高い服を着ている時より、とても凛としていた(かっこいい)。
側近の魔族でも見たことがないくらい、父親(亡き魔王)と瓜二つなほど。
「ルシベル様が、どうしてあんなとこ・・・・・・っ?!!」
ルシベルが舞台に上がった(姿を見せた)時点で、ワーウルフとインキュバスは王子のもとに駆け寄ろうとしたが、『舞台の右側』から出てきた人物を見て、思わず足が止まる(目を疑う)。
何故なら『彼女』は、ワーウルフやインキュバスにとっても『宿敵』であり、魔族の界隈に混乱を招いた(人類全滅作戦を決行する引き金になった)『張本人の仲間』
___が、彼女もまた、ルシベルと同じく、『美しい装い』に身を包んでいた。
城に攻め込んだ時とは大きく異なる、『華やかで煌びやかな姿』
本当に『あの時』と同一人物なのか、疑いたくなる程。
そして、魔族たちには聞こえていないが、丘の上の二人は、微笑ましいやり取りをしていた。
「_____なんか・・・恥ずかしい。」
「そんな事ない、すごく似合ってる。綺麗だよ。」
「嬉しい、ありがとう。」
ウズメは照れ笑いを浮かべると薄い紅を塗った唇が、松明に光に照らされて光る。
普段、お客様の前で踊る際も化粧はしているウズメだったが、いつもより気合の入った『顔』と『服』に、ウズメ自身も顔がニヤけてしまう(興奮する気持ちを抑えられない)。
彼女が身に纏っている服は、いつも舞台で着ている衣装とは違い、裾が長く、腰回りがふんわりと盛り上がっている『ドレス』
こちらもまた、素材が限られているにも関わらず、ちゃんとドレス特有の『リボン』や『フリル』が贅沢に使われている。
ここぞとばかりに貯めておいた素材を全て使い、村の子供たちが持っていた『絵本のプリンセス』を見本にしながら制作したドレス。
ウズメ自身、スタイルはとても良い為、細い胴体とふんわりした下半身のバランスは、『本物の人形』を思わせる。
彼女のそんな美しさに、魔族陣営も思わず息を呑んでしまう。
まさか彼女が、槍を縦横無尽に振り回し、数多の魔族を牽制してきた人間には思えないほど、気品のある美しさ。
そして、彼女を目の前にするルシベル自身も、異性を見て緊張した事は、数百年という年月のなかで初めてだった。
今までに感じたことのない不思議な気持ちを胸に、遅れて舞台へ上ったリーフたちの準備を待つ。
「それにしても、よくここまで本格的な舞台を、『木材』と『絵の具』だけで再現できたね。
さすがはミラ、有名画家も泣いて逃げ出す出来栄えね。」
「ヒスイさんもですよ、あんなに本格的な礼服を見たのは、お城の舞踏会以来です。
『資料』も無し、『お手本』も無しで、『記憶』だけをヒントに、『芸術作品』と言っても差し障り
がない作品ができるなんて・・・
もうヒスイさんは、『布の芸術家』ですね。」
「あら、ありがとう。
でもまだまだ、作りたいものが沢山あるから、これが最高傑作ではない事だけは伝えておくわ。」
「___そうですね、私たちは、もっともっと沢山の作品を作るために、頑張ったんですからね。」
舞台の袖で、自分たちの作品の出来栄えを語り合う二人。
二人もまた、疲労の色が隠せなかったものの、この大舞台を、見ないわけにはいかなかった。
松明の光に照らされたルシベルとウズメは、まさに『御伽話のプリンスとプリンセス』
御伽話の世界がそのまま現実に出てきたような、違和感を感じてしまうほど、幻想的な光景。
だがその光景を作り出したのは、『魔法』でも『奇跡』でもない。
___いや、『人の手』という名の魔術師が作り出した、まさに傑作。
この光景を幻想的にしている要因としては、二人の作品が『あえて現実味を薄くしている』のも要因。
それでも、二人のセンスが人間だけではなく、魔族まで虜にする程の力がある。
ルシベルが身につけている『タキシード風の衣装』も、ウズメが身につけている『ドレス風の衣装』も、よくよく見ると、『本物のタキシード・ドレス』には見えない。
何故なら作り手であるヒスイは、今までタキシードもドレスも『見たことがある』だけで、『制作の手順』どころか、『素材』すらも知らない。
その上、時間と素材がない状況下で作られた、『ぶっつけ本番の作品』
だが、ヒスイは城の中での思い出を、何度も何度も頭の中で繰り返し再生しては、どうすれば『それっぽく見えるか』を研究していた。
本格的な作品(完璧なドレス・礼服)を作ろうとしたら、時間がいくらあっても足りない。
それを教えてくれたのは、ウズメだった。
試行錯誤ばかりで、全然布を触れなかったヒスイに、ウズメが『舞台に上がる前の自分』を思い返しながらアドバイスした。
「私もだけど、『完璧』という言葉は、なるべく使わないようにしてるんだ。
だってそうしないと、いつまで経っても舞台に上がれない。上がる勇気が持てない。
だから、あえて『改善点がいくつかある状態』で舞台に上がるの。
実際に踊ってみないと分からない事だって沢山あったし、第三者からのアドバイスも貰えるし。
それにさ、『完璧』を作ってしまったら、『次』がなくなってしまいそうで・・・・・」
その言葉を聞いたヒスイの迷いは、一気に消し去った。
迷いが消えたと同時に、ヒスイは迷わず布を手に取り、針に糸を通した。
そこからはもう、誰の声も聞こえない、目の前の作品にしか目が向けられない、『ヒスイの世界』が広がっていった(作品が形になっていく)。
ウズメのアドバイスもあり、悪戦苦闘しながらも、舞台が出来上がったと同時に完成した、二人の晴れ舞台を飾る礼服。
ヒスイは照れ笑いを浮かべながら「礼服『もどき』だけどね」と言っていたものの、見ている側からすれば、そんなのは関係ない。




