進軍する魔王軍(1)
「いいか!!! 先代の魔王を首だけにした(殺害した)罪は、万死に値する!!!
しかもそれでは飽き足らず、次の魔王すらも陥れようとする人間は、決して許されるべき存在ではない
のだ!!!
今こそ我々は、身勝手で低脳な人類をこの世界から消し去り、魔族による、魔族だけが生きる世界を
実現させる!!!
もう人間どもから馬鹿にされず、土地(生活)を奪われる事もない、そんな未来(世界)を、全ての
魔族が望んでいるのだ!!!
その為に、我々は『死』を覚悟してでも戦わなければいけない!!!
生きて帰れると思うな!!! 戦場での死は名誉だと思え!!!
そして、かつて我らが魔王を倒した勇者の首を、亡き王に捧げるのだぁぁぁ!!!」
「ふわぁぁぁ・・・・・
夜なのに元気だねー、あのワーウルフ。
___あぁ、そうか。ワーウルフだから、夜が一番元気なのか。」
大きなあくびを、大きな片手で隠すゴブリン。
その仲間も、頭とボリボリと掻きながら、真上で自分たちを見下ろしている、赤い満月を見ていた。
「この毎朝の演説、もうそろそろ飽きてきたぞ。というか、内容も毎朝ほぼ一緒じゃんか。」
「というかさぁ、本当にその王子様(新たな魔王)って、誘拐されたのか?」
「いやぁ・・・・・
噂では、『勝手に一人でいなくなってた』らしいぞ。」
「じゃあ、何であの『偉そうな魔族』は、あんなに必死こいてんだ?
俺は別に、人間に悪意があるわけでもなければ、危害を加えられた覚えもないぞ。
むしろ、巻き添えになっている今が一番、迷惑を被ってるんだが・・・・・」
「此処にいる大半の魔物は、お前と同じだと思うぞ。
逃げ出さない理由も、『あの偉そうな魔物』が怖いから・・・・・だろうな、俺も含めて。」
『眠気』と『倦怠感』で満ちている魔族軍に、大声で喝を入れる(怒鳴る)ワーウルフ。
だが、延々と同じセリフを言われたら、眠気が増しても(飽きるのも)仕方ない。
そんな威勢のいいワーウルフの目にも、眠気が見え隠れしている。
何故なら彼らは、ほぼ不眠の状態で歩き続けているのだから(城下町を目指しているのだから)。
戦える魔族が『及第点の範囲』で集まったと同時に出発した魔族軍、城下町の位置については把握しているものの、その間の計画はほぼ真っ白(考えていない)。
そんな上級魔族の勢いに任せた遠征は、まだ半分の距離しか進んでいない(城下町が見えていない)状況で、もう疲れが顔に見え始めている。
『魔王の護衛』として、魔族のなかでも戦闘経験があるワーウルフでも、遠征自体は初めてだった為、体力を維持する方法が分かっていない。
だが、彼はまだマシな方である。
いきなり『魔王の側近』と自称する魔族に連れて行かれたと思ったら、何の恨みのない存在(人間)と戦わなくてはいけない。
相手(人間)が貧弱である事は、ワーウルフ達が散々言い聞かせてはいるものの、やる気の全く湧かない状態で戦う事は、深傷を負うよりも辛い。
呼び出された彼らは、特に魔王と何の縁もなく、人間とも接点はほぼ無い。
というより、人間と関わりのある(人間の生活を邪魔する)魔族は、討伐する人間(勇者)の標的にされやすい。
魔王に従い、常に城の近くで行動している側近魔族より、独学で生きる術を学んでいる魔族(野良魔族)の方が、生きる術を身につけている(色々と頭が良い)。
だから、ワーウルフが声を張り上げて演説している最中、誰も彼に反論しなければ、意見もしない。
今この場で、何かワーウルフの気に触るような事をすれば、命を奪われるかもしれない。
___だが、そんな彼らにだって、『堪忍袋』はある。
今までは軍の輪を乱さない(偉そうな魔族に逆らわない)事を最優先に置いていたが、そんな彼らの冷静な思考も、徐々に削れ始めている。
「というかさぁ、俺たち何日間歩き続けてるんだ?」
「5回くらい夜を超えたから・・・・・5日か6日くらいか?」
「おいっ!!! そこのゴブリン!!!
話す余裕があるなら足を動かせ!!! 足を!!!」
もうワーウルフの怒鳴り声で、蝕む眠気が吹き飛ばせなくなった魔族たちは、歩き続ける方法を無意識に(朦朧になりながら)模索していた。
ある魔族は唇を噛み締め、ある魔族は自らの足を自らで踏み躙り、ある魔族は近くに落ちている木の実を噛み締める。
大量の魔族は、道中で人間を見かけても、無視して歩みを止めない(城下町を目指す)。
その光景を目の当たりにした人間は、急いで仲間や家族に報告するも、誰も信じてはくれない。
彼らが狙っているのは、たまたま見かけた人間ではない。
『国のリーダー(国王)』か『国のアイドル(勇者)』の首、そのどちらか。
二つのうちのどちらかを手に入れ、人間たちが大騒ぎになっているところに、魔族全員で人間を見かけ次第、あの世へと送る(皆殺しにする)。
それが、魔王の側近たちが考えた『人類殲滅計画』だが、それ以外の事については決めていない。
遠征の過程だけではない、2人の首をどうやって切り落とすのかも、そもそも2人が城下町にいるのかも(目的の人間が何処にいるのかも)、全く調べていない。
それを誤魔化そうとしたのか、ワーウルフ達は集まった魔族に説明を与える時間すら与えず、とにかく歩くように指示する(怒鳴る)のみ。
『ただ言われたから』という理由だけで、何日間も歩き続ける魔族の姿は、一周回って哀れに思える。
この現状に耐えかね、逃げ出す魔族もいるものの、同族を集めた本人達(魔王の側近)は、逃げ出した事にすら気づかない。
大勢の魔族が行進している為、ちょくちょく数が減っても(誰が逃げても)分からないのが、巻き込まれた側にとっての救い(幸運)。
それでもまだ逃げ出さない魔族は、威張り散らしている魔族が恐ろしいか、目的を達成した事による報酬への期待か。
どちらにしても、逃げ出した魔族を、誰も悪く言わなかった(追いかけなかった)。
むしろ「ラッキーだったな」と、逃げられた(見つからなかった)事に対する祝福の言葉を呟く。
「おい!!! そこの・・・・・マリオネット!!!
列を崩すんじゃない!!!
キメラはもう少し後ろの魔族の歩幅に合わせろ!!!」
「はぁ・・・・・あなたは毎日怒鳴っても元気ですねぇ。」
「あぁ、どっかのインテリで役立たずな魔族とは違ってな!!!」
怒鳴り散らすワーウルフの横で、ため息が止まない『インキュバス』
彼も、特に人間に対する恨みや憎しみがあるわけでもない。
先代魔王に対する尊敬の念はあるものの、彼の目的は『復讐』ではない、今回の騒動で上手く立ち回り、あわよくば自らが魔王の座に就く(ワーウルフを従者とする)野望を抱いている。
「そもそも、『あんた達』が事を大きくしたんじゃん。
『内部抗争』だとか何とかで、勝手に人間を巻き添いにしたから、相手も黙っていないでしょうね。
そのまたとばっちりを、私たちも受けてるんだから、何で無関係の私たちが・・・」
マリオネットは、あくびをしながらボソリと呟く(愚痴る)。
その人形もまた、『誰もいない廃墟』で過ごしていただけなのに、無理やり軍へ加入させられた。
自分だけでも、人間に悪い印象を(危害を)与えないように、旅人が迷い込んでも、人目につかない場所で隠れていたマリオネット。
だが、魔王の側近が突然廃墟に来たと思ったら、『自分とは無関係な演説』を聞かされ、気づいたらもう逃げられない(軍の一員)。一種の『宗教勧誘』である。
しかも、『率いる側の魔族』は、ただ威張って声を張り上げているだけ。
手下の魔族を導くような説得力もなければ、部下を労る言葉すら聞いた事がない。
あくまで『作戦を遂行する為の道具』としか、自分たちを見ていない上司を、心から慕う人間も魔族も、いないに決まっている。
「___ん? 何だろう、アレ。」
「おいマリオネット!!! 何回言わせたら気が済むんだ!!!
いいからとっととある・・・・・」
マリオネットが見ている先に、ワーウルフも一瞬だけ目を向けると、怒鳴り声が一瞬で止まり、それに反応して他の魔族も足を止める。
マリオネットは疑問に思った程度であったが、視野の広いワーウルフが見たのは、『異常』とも言えるる光景。
「な・・・何だアレは・・・・・幻覚か?!!」
それは、周囲に村や町が見えない(何もない)にも関わらず、丘の上を煌々と照らし続ける『十数本もの松明』
しかも、その松明に灯っている炎は、ただの炎ではないのは、遠目から見ても分かる。
丘を照らす松明の炎は、相当離れている魔族の軍勢にも見えるくらい、眩しい光を放っている。
『電気』がないこの世界には、当然『街灯』どころか、『電球』なんて存在しない。
そもそも、こんな辺鄙な(何もない)場所に、街灯なんて立っているわけがない。
___だが、『魔族の放つ炎』は、例え小さくても広い土地を照らせるほどの光力を持つ。
その代表が、『リザードマン』
リザードマンが吐き出す炎は、木や紙を燃やした際の(人間がつくる)炎とは違い、橙色が濃く、まるで炎そのものが呼吸しているような動きを見せる。
それを知っているワーウルフは、ますます理解できなかった。
リザードマンの炎が丘に燃え移り、火事を起こしているわけでもなく、松明の上でしか燃えていない。
そもそもリザードマンは、松明を使わない(道具を器用に扱わない)。
自分の口から出す炎で周囲を照らせる為、わざわざ松明(道具)を使う必要なんてない筈。
しかし、丘の上に突き立てられた松明の炎は、まるで丘全体を鮮明に見せるように(照らすように)、しっかりと計算し尽くされた配置。
この異常な光景に、側近たちは『個々(本来)の目的』も忘れ、その場で言い合いになる。
リザードマンの炎が松明に灯っているのも不可思議だが、周囲に何もない丘の上を照らしているのが、一周回って不気味さを感じる。
「どうなってるんだ?! リザードマンは、松明を使うほどの知能は持っていない筈だ!!!」
「そもそもリザードマンは、暗い場所でも周囲が見渡せる目を持っている・・・・・
なのに、まるであれは・・・・・
明かりがないと暗闇を見渡せない
にん・・・・・」
「『人間』のようだ」
と言いかけたインキュバスだったが、ワーウルフがその口を殴った。
『人間より、自分たち(魔族)の方が優っている』『道具を使うなんて、非力で無力な証拠』
そんなプライドを持つ、『あやふやな知識を振りかざす魔族』にとって、人間のように道具を使う魔族の存在は、何としてでも否定したかった。
だが、ワーウルフ達が何度丘の上を見ても、その松明の上で光り輝いているのは、リザードマンの炎に間違いない。
そして、しばらくその松明で揉めていた魔族が次に見つけた物に、ますます理解が追い付かない。
丘の上には、何も無いわけではなかった。松明が照らしていた物は、『木製の舞台』
その舞台を、隅から隅まで見渡せるように、計算して配置されているであろう松明。
なぜそこまで舞台を満遍なく照らしているのか(見せびらかしているのか)、それは舞台の完成度を自慢する為・・・と言わんばかり。
木の板を敷いた(打ちつけただけの)粗末な物ではなく、まるで立派な城の中にある部屋を、そのまま野外に移動させた(置いた)様にも見えるクオリティ。
それは、遠くにいる魔族にも伝わるほど、気品のある上品なオーラを放っている。
床には本当に紅いカーペットが敷かれている様に、カーペットの繊細な模様も表現されている。
壁に描かれている窓の向こうには、綺麗な夜空まで忠実に描かれている。
その夜空も、闇と光のバランスが、まさに本物の夜空そのもの。
下手な誇張(美化)もなければ、ただそれっぽい色を塗っているわけでもない。
その一角を作り上げるだけで、どれほどの時間と労力を費やしたのか、傍観している魔族たちには計り知れなかった(想像もできなかった)。
しかし、作りは至って単純。舞台の形に木の板を組み、あとは『彼女』が手を加えるだけ。
そう、このダンスホールを忠実に再現しているのは、複数人ではない。『たった1人の女の子』




